1-1「償い」
「おーい!起・き・ろ!おーい!」
やかましい声が耳に響く。
……うるさいな。今日は確か、仕事休みだったろ?
もう少しだけ寝かせてくれよ、頼むから……
でも、待てよ――、
……僕、一人暮らしだったよな?
「おーい、いつまで寝てんだよっ!」
(パシパシッ)
両頬にしつこいビンタ。さすがに痛くて目が覚めた。
「いってぇ!誰だよ!」
目の前には見慣れた顔――ソラ。
……誰だ、ソラって。
名前は出てくるのに、記憶が霞んでる。
確かに親友のはずなのに――どうして、こんなにも“他人”に思えるんだ?
「今日は飲みに行く約束だろっ!」
「“今日は”って、“今日も”の間違いだろ……俺たち毎日飲んでないか?」
「へへっ、昨日もベロベロだったぜ?」
あれ?僕って、そんな社交的だったっけ……?
いや、そうだった。
ソラとはいつも一緒だった。……よな?
⸻
その後、街へ繰り出し酒場で乾杯。
ソラはいつも通り騒がしく、酒も豪快にあおる。
「なぁ、おっちゃん!酒もう一杯!」
「はいよ!そこらへんの、適当に持ってけ〜!」
何杯目だ?もうわかんない。
頭もガンガンするし……
「なぁ、そろそろ帰らね?なんか今日は、変な感じでさ」
「ん?どうした?いつも朝まで付き合ってくれるのに」
「……そう、だったっけ?」
するとソラが急に真顔になり、席の隅にある、新聞を広げた。
「おい、また“ドリーマー”が出たらしいぞ。近くの村だとよ!」
「……ドリーマー?なにそれ、なにかのバンド?」
「バンド?お前、マジで酔ってんのか?
ドリーマーってのは――」
彼は声を潜め、少し顔を近づけてきた。
「……“ドリーマー”ってのはさ、この世界の“お宝”を探してる奴らのことだよ」
「お宝って……なんだよ、それ」
「夢のカケラさ。昔この世界に生きてた人間の、本音とか、願いとか……そういうのがバラバラに散らばってるらしい」
「でもな、それを集めてる連中は“ドリーマー”って呼ばれて……笑われてんだよ」
「笑われてる?」
「『お宝なんてない』『現実見ろ』ってさ。
誰も本気で"お宝"なんか追わない。
追ってる奴がいると、浮くんだよ。
……だから“異端者”ってことにされてんだ」
「……」
「でもな、本当は……その夢のカケラを集めることで、壊れかけてるこの世界を元に戻せるって噂もある」
「壊れてる……?」
「最近の空、最近見たか?
少しずつ割れてきてる。
気づいてない奴ばっかだけどな」
「……」
「夢が無くなるたびに、人の心が壊れていく。そして、それと一緒に世界も、音を立てて少しずつ崩れてる……らしいぜ」
「でもな、誰も信じない。
“夢”なんてバカらしいって思い込んでるからな。
だからドリーマーはいつも笑われてる。
“そんなもん追ってどうすんだ”ってな」
夢を追うやつが……世界を救ってる……?
そんなバカな話……なのに、胸が熱くなる。
心の奥が、何かを思い出そうとしてる……
――僕は、本当にただの会社員だったのか?
それとも……
「でも、その"ドリーマー"が世界を救うために"お宝"を探しているならスゲェーカッコいいことじゃん!」
まるで世界を裏で支えているヒーローみたいで、興奮した僕は思わず語尾を強めてしまった。
すると、ソラはかなり焦った様子でトワの頭を抑え、口の前で人差し指を立てる。
「シィィー!静かにしろ!"ドリーマー"がカッコいいなんてここでは禁句だぞ!」
さっきまでの喧騒が嘘のように、酒場が静まり返った。
あれ?僕、結構まずいこと言った?
なんか、やばい空気になってるんだけど…
すると酒場のカウンター席で飲んでいた細身で、無造作な髪の男性が立ち上がり、こちらを見る。
「ドリーマーがかっこいい?はぁ?」
突然、男性は前屈みにお腹を抑える。
「……ぷっ、マジで言ってんの?
あぁ、口だけの“現実逃避”ヤロウたち、ほんっとカッコいいよな~?」
わざとらしく拍手しながら、彼は唇を歪めて笑った。
おいおい…"ドリーマー"ってどんだけ嫌われてるんだよ!
「"現実逃避"ヤロウ?」
「あぁ、そうだ!
本当にこの世界に"お宝"があると思ってるのか?
そんなモノ、古くさい昔話でしか聞いたことねーよ!」
「しかも、その"お宝"を手に入れると寿命が伸びるんだとよ!
そんなの現実で起きるわけねぇじゃねーか!
人生ってのは有限、日々を普通に楽しく過ごして死ぬことだ、ありもしない"お宝"のために必死こいて寿命を使うなんてバカすぎるだろ!
きゃははは!」
そうだよな…
決まった寿命を、そんな幻想に費やすなんて――やっぱバカだよな……
「そ、そうですよね…
僕どうしちゃったんだろう?あはは…」
「こいつちょっと飲みすぎたみたいで、すみません!おい、ちょっとここ出るぞ!」
ソラは慌てて永遠の腕を掴み、店の出口目掛けて引っ張る。
嘲笑っていた男性は、永遠達を指差しニヤリと口を開く。
「おい、あいつらドリーマーに憧れてんのか?
宝なんてあるはずねーよ!
あったとしてもそれで世界が救えるかっての!
はぁー…マジでバカじゃん!きゃははは!」
甲高い笑い声が店中に響き渡る。
それに便乗するように酒場のみんなも笑いだす。
その声は酒場の外にまで響き、まるで店全体が永遠たちを嘲笑っているかのようだった。
————
「なぁ、今日のお前どうした?
ドリーマーをカッコいいなんてお前らしくないぞ?」
「ごめん……なんか変だよな、今日の僕……?」
「もう俺たち子供じゃないんだからさ…あのときとは違うんだよ…」
「え…あのとき?…」
ソラの表情に、一瞬だけ影が差した気がした。
……気のせいか?
「……いや、いいや!今日は帰ろうか!
また明日飲もうぜ!」
「お、おう…」
お互いに、明日の約束をするとソラは家へスタスタと帰って行った。
「僕も帰るとするか…」
はぁ…めちゃくちゃバカにされたな…
そうだよな…"ドリーマー"って無謀なバカのすることだもんな
どうしちゃったんだ?僕…
でも確実に、あのときヒーローのような"ドリーマー"をカッコいいと思ったんだ。
あの感情に嘘はなかったはず…
ふと空を見上げる。
見上げた空に、髪の毛ほど細い裂け目が一本。
闇に滲むように、じわりじわりと広がっていた。
空が……割れる、か。
ん?確かに亀裂が入っているような…
あぁ…酒の飲みすぎだ…
……今日はもう帰って寝よう。
明日になれば、全部いつも通りに戻っている。
夢であってほしい、心からそう願いながら。
……けれど、僕の中に残った“あの感情”だけは、まだ消えず燻っていた。