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冒険者パーティー壊滅事件 File4

 空も暗くなり街中の人通りも少なくなっていった頃、街を囲う防壁の外側には人の姿は自分たち以外に全くなかった。場所としては以前リガティを発動した森の近辺。ここは元々開発が進んでおらず近隣住民も近づかないエリアであり、予め何かあった時の拠点としてロクドウが目をつけていた場所でもある。

 既にロクドウとアンは就寝の準備を終えているが、実際に休むのは一人だけである。ゼロが逃げないように見張りを置くのはもちろん、不審者や野生動物が接近してこないとも限らない。

 ゼロは近場の木に縛られた上で目隠しと猿轡をされている。被疑者に人権はないのか等と叫ばれそうだが、相手は直視しただけで人を殺せる能力持ちだ。凶暴な獣として扱う位が丁度良い。

 ゼロの家で使用したチート対策を用いても良いが、あれも相応の力のリソースと周囲の影響が大きい。なので今は目隠しをすることで手軽に魔眼を封じている。ある程度のやり繰りが必要なのはどこの世界も同じという事だ。

「お疲れ様です、アンさん。交代しましょう」

「あ、はい! ゼロと周囲の様子に変化はないですので、後はよろしくお願いします」

「分かりました。夜明けまであと6時間ほどでしょう。では、また次の朝に」

「ええ、お休みなさいロクドウさん」

 時刻にして深夜を回り、アンとロクドウで見張り役を交代する。アンが寝床へ向かったのを確認し、ロクドウは焚火で暖を取る。

「しかし先に休ませてもらったとは言え、この年で今から寝ずの番は堪えますねぇ……」

 ロクドウは自分が若くはないと自覚している。異なる世界を行き来する体力はあれど、可能なら規則正しい睡眠を取りたいのが本音だった。

 伸びをしたり持参した本を読んだりとして眠気を誤魔化すが、2時間ほどでロクドウは自分の瞼が重くなっていくのを感じた。

 その瞬間を、その者は待っていた。

 ロクドウから数歩離れた距離で木に縛られているゼロ。その額目掛け、細長い凶弾が高速で迫る。凶弾は殆ど目視できない程の速さ。放たれた瞬間、狙った的を確実に射貫くことだろう。

「――っ!?」

 交代で眠っていたはずのアンが、その凶弾を素手で掴むなどと言う奇行でもない限り。

 現代の単位にして長さ約90cmの矢という名の凶弾は、あろうことかロクドウよりも離れていたはずのアンの素手に収まった。アンはその勢いのままゼロを通り過ぎるが、着地するとすぐにロクドウ達の元へと戻って来た。

「あちらです、アンさん!」

「分かってます! ロクドウさんはゼロを!」

 飛んできた矢の角度から狙撃地点は予測できる。アンは既に撤退を図っている刺客を追い、ロクドウは何が起こったのかと狼狽し続けるゼロを拳骨で黙らせる。

「落ち着きなさいまったく……さて、後は彼女が戻ってくるのを待ちますか」


 刺客は木々の太い枝を飛び乗ってアンから逃走を続け、アンは地上から刺客を追跡する。飛び乗ったら折れそうな枝の見極めを誤らない限り、足元の悪さからアンの方が不利なはず。しかしアンは枝や地面による微妙な勾配を一切気にする素振りはなく、刺客と距離を詰めていく。

 たまらず手にしたボウガンをアンに向ける刺客だが、跳んだり跳ねたりして逃げながらでは狙いが定まらない。ダメ元で撃ってみても全く違う所へ矢が刺さる。そして上手いことアンの方へ放てたとしても――

「ふんっ!」

 またしても矢を素手で掴まれてしまう。何故そんな真似ができるのかと問い質したいと刺客は思っている事だろう。だがその雑念が、飛び乗る枝を見極め損ねることとなった。

 太めの枝を選んで飛び乗っていた刺客だったが、ついに乗った直後に折れる程度の細さの枝を選んでしまった。枝の折れる音と共に落下する刺客は着地もままならず、体を地面に叩きつける形になった。

 すぐさま追いついたアンによって刺客は拘束される。逃走劇は呆気なく幕を閉じた。

「殺人未遂の現行犯で逮捕します……と。さて、ちょっと離れすぎちゃったなぁ」

「くそっ、何なんだおま……おおおおおおおおおおお!?」

 アンは刺客の手足を縛った後、刺客をヒョイと肩で担ぐ。そしてロクドウの元へと戻るために走り出す。刺客を担いだまま全く息を切らさずに、刺客を追跡していた時と同じ速度でだ。

 何とも間抜けな声をあげる刺客を他所に、アンは何事もなかったかのように森を駆け抜けていった。


 ロクドウはというとゼロの目隠しを外してアンの帰りを待っていた。既にゼロの能力を封じた術を展開済みなわけだが、実は刺客の接近を察知した時点で展開されていた。刺客が瞬間移動か何かで追跡を逃れるのを防ぐためだ。

 アンもロクドウと交代後に眠りについてはいなかった。「では、また次の朝に」という予め決めていたロクドウの合図から、刺客が仕掛けてくるのを待っていたのだ。

「戻りました。顔見せもしちゃいますか?」

「ええ、折角ですので答え合わせもしてしまいましょう」

 アンは担いでいた刺客を降ろし、ゼロの目の前に引き渡す。目隠しと一緒に猿轡も外されていたゼロは、自分がその者に狙われていたとロクドウから聞いていた。

「トレースさん……どうしてあなたが、こんな所に? どうして僕を……?」

「…………」

 顔を隠すためのフードを暗に剥がれた刺客の見知った顔を見てゼロが狼狽する。かつて同じ七星の団に所属していた狙撃担当の同僚が、自分を殺しに来たことが信じられないようだ。

 一方トレースはゼロではなくロクドウとアンを睨む。表情には若干の混乱や憤怒が見て取れ、色々な意味で何故自分が捕まったのかが理解できていないようだ。

「何なんだお前ら……何で私の矢が当たらない? いや、その前に何で私が狙ってるのが……」

「最初に不審に思ったのは、あなたの屋敷に入った直後でした」

 ロクドウはトレースの言葉を遮る。アンはその様子を見守りつつ、トレースとゼロの拘束が解かれないように目を光らせていた。とはいえ2人にそのような技量があるかは今となっては怪しいのだが。

「あの時アンさんが口にした通り、扉を開けた瞬間に包み込むような暖気が我々を迎え入れた。ですがあの屋敷の玄関は極めて広く、2階の天井まで吹き抜けの空間でした。熱というは上へ上へと上昇するもの。部屋へ続く廊下も含め、あのような広い空間は本来、暖を取るのに極めて不向きなのです」

「あっ……」

「2階の客間へ案内される際もそう。1階の時点であれだけの暖かさであれば、上昇した熱が溜まっているであろう2階は逆に熱いと感じる筈。ですが、あの空間の室温は殆ど変化を感じなかった」

 トレースとゼロはもとより、アンもロクドウの説明に言葉を失う。外の極寒から解放されたことの喜びに震えていた余り、その本来ありえない現象に気づくことが出来なかった。

「あの室温を空間全体に保てているのであれば、直接的な方法以外の手段が必要となります。中にはそういう魔術等もあるかもしれない。ところがトレースさん、あなたは『燃料を他所よりも多く得ている』と答えた。ですが、それでは説明がつかないんですよ」

 あの広さの玄関の室温を高く保つには、暖炉の一つや二つでは足りないだろう。記憶を辿ってもあの玄関に暖炉のような設備なんてなかったし、仮に複数あったとしても莫大な燃料が必要になる。いくら地方領主と言えど、いずれ資金と燃料が枯渇してしまう。

 あの空間もまた不正な何かを使用した結果であるのならば、トレースは深く追及されるのを避けるために無意識に当たり障りのない返答をしていたのだろう。それをロクドウは見抜いていたのだ。

「それともう一つは、コレです」

 ロクドウが懐から出したのは、苺だった。

「こちらはゼロさんが栽培していた物を拝借したのですが、これは本来この世界には存在しない果物なのです」

「え? でもロクドウさん、街を出る前に苺入りのパイを食べてましたよね?」

 ロクドウはあの街で聞き込みをする前にギルドで苺入りのパイを、ギルドでの聞き込みが終わったら露店で苺が塗されたパンを食していた。そんなに空腹だったのかとアンは呆れていたのだが――

「アンさん、それは正確ではありません。私が食した物に入っていたのは、苺ではなく木苺です。この世界で苺と呼ばれるのは粒の小さい木苺の事を指し、このような実の大きい『現代の地球で一般化されている』苺ではないのです」

 しまった! と、これまたロクドウ以外の3人が顔に出る。特にアンは、共に調査していながらロクドウの見つけた違和感に全く気付けていなかった。言われてみれば木苺と苺では形状が全く違うにも関わらず、どちらも『この世界に存在している苺』と認識してしまっていた。

「では何故、あなた方が木苺ではなく苺を食していたのか。答えは一つ。あなた方は2人共、この世界の住人ではないから……ですよね?」

 トレースとゼロにロクドウは顔を近づける。圧が凄いためか反論らしき反論が返ってこない。笑顔ではあるが、目が笑っていないというヤツだ。このタイミングで知らせるのも2人の助け舟という気がするが、アンも伝えないわけにはいかないので口を挟む。

「あ、ロクドウさん。両名の能力の解析が完了しました。色々使ってますね。気候や室温等を自分に都合よく変動できる気候法則改竄術、無条件に瞬時に移動できる転移術、人間の知能を大幅に下げる洗脳術、敵味方を問わず命そのものを操作できる……まぁ名前はどうでもいいですね。おぞましいのに変わりはないので」

 ついでに、トレースが団の狙撃担当でありながら先ほどゼロに対して全く矢が命中しなかったのも、この物理法則改竄術を解除したためである。

 物理法則を歪め、狙いがまともに出来なくても矢や弾の方が標的に追尾する。クワトロの「矢が敵に追尾して当たる」という証言は文字通り的を射ており、この『オートエイム』という不正能力が真相。トレースが狙撃担当を担えた理由というわけだ。

 アンから逃走中のトレースが明後日の方向に矢を放つことがあったのは、あの時点でロクドウがチーター封じの仕掛けを作動させていたため。本来ならどこへ撃ったとしても矢の方から標的に向かう。だから無理な体制で何度も撃とうとして、そして失敗していたわけだ。

「トレースさんが今仰った能力全て、ゼロさんが最後の能力だけを所持していると見ましたが、いかがですか?」

「……正解です、ロクドウさん。初めから本命はトレースの方だったんですね。今話した能力以外にももっと色々ありましたよ」

「ええ、そうでしょうとも」

 チーターには大まかに2種類の犯人がいる。片や別世界に転生する折に何者かから授与された能力を行使する者。片や能力を作り出し、転生者にその能力をばら撒く者だ。前者がゼロ、そしてトレースは後者という訳だ。何故なら――

「1種類だけを配布していては、その世界に同じ能力がすぐ溢れかえり目立ちますからねぇ。世界を自然に滅茶苦茶にするには複数の不正能力を別々に配布し、バレにくくする必要があります。あなたはばら撒く側の存在です。であれば我々の取り調べ技術を聞いて、ゼロを口封じにかかると見ていました」

 アンはロクドウが通信越しにトレースに犯人捕縛の報告をしていたことを思い出す。トレースに対してこの先の取り調べの事を話していたのは、それが狙いだったのか。

「取り調べで偽証も黙秘もできないなんて聞いたら、自分との関りがバレる恐れがありますからねぇ。急いで我々の元へ接近し、この森の中に身を潜め、体力の無さそうな私が睡魔に負けるのを待っていたのでしょう?」

 おっと、とロクドウがワザとらしく手を叩く。

「失礼、おかしな点がもう一つありました。貴方の屋敷にはご家族の肖像画が飾られていましたが、ご家族と父系の先祖は皆、右目の下に泣き黒子がありました」

 アンが改めてトレースの顔を見る。初めて出会った時から、染みやそばかすといった物がない美しい顔立ちをしていた。その美しい顔には、どこにも黒子はなかった。

「優性遺伝とはいえ黒子が必ずしも遺伝するとは限りませんが、元々彼らと血縁がないのであれば、一つの仮説が生まれます」

「血縁ではないのに血縁と偽ったということは……まさか、あの屋敷を乗っ取っていたってことですか!? では、本来の屋敷の主たちは……」

 恐らくは……とロクドウは答える。それはつまり、彼らはとうにトレースに始末されたということだ。

「人の出入りの少ない極寒の地にある屋敷。貴方はあそこを本来の目的の活動拠点にしていたのでしょう。であれば、あの屋敷を諸々の不正能力を解除した上で隅々まで調べれば見つかると思いますよ。他の転生者に配布する予定だった不正能力の術式の在庫品や、転生者に会う時に纏う神様らしい装束とかがね」

 トレースの口から反論の言葉が出ることはなかった。ここで身柄を拘束された以上、屋敷の調査を止める手段はない。つまり、見つかってはいけない何かがあの屋敷にあるのだ。トレースの犯行の動かぬ証拠となる何かが。


「あ、あの……すみません、さっきから話について行けないんですけど……」

 困惑しっ放しのゼロが口を挟む。

「トレースさんが転生者? しかもチート能力を配布って、じゃああの時の神様って……」

「うるせぇよ役立たず! クソ、何で力を行使できない!」

 声を荒げ豹変するトレースに怯えるゼロ。これまでの物静かな言動はどこへやら、どうやら本性が出てきたらしい。

「ああ、では解説しておきますか。前提として、我々が行き来する世界には、世界の数に応じて創造主というものが定義されています。それはまぁ、お二人も何となくご存じですよね」

 突如としてスケールの大きい話になるが、人間の文明が発展する世界には、必ずと言って良いほどそういった存在が存在する。実際に人々に認知されている世界もあれば、神話等で語り継がれているだけで実在するかの証明が出来ないものまで様々である。

 ロクドウ達が行き来する世界は、その創造主の存在が認知できる世界であることが前提である。ゼロのいた科学の発展が著しい世界でも例外はなく、国や土地によって別々の創造主が信仰されている。人間の文明を辿るにあたり、創造主という存在は無視できないものなのである。

「世界を構築する要素というのは、その創造主によって違います。大まかな部分は当然似通るのですが、その辺りは創造主の制作過程によって変化が生まれます。自然環境であったり、魔法の成り立ちであったり、物理法則なんかも違う場合があります」

「そういった違いは、その世界特有のもの。例え創造主であっても、自分の世界の法則を別世界に持ち込むことは不可能です。だってその別世界には別の創造主が、自分だけの法則を既に作っていますから」

 とあるゲームで使う用途で作ったコードを、別のゲームにそのまま適用するなど出来はしない。適用するには、そのゲームの規格に合わせる必要がある。それと同じ理屈だ。

「ただ、今回の場合はもう少し単純です。一時的に別世界の法則を適用するとか、それこそ強大すぎて使用できたものではありませんからねぇ」

「貴方たちの知るゲームで例えるなら、その世界の一部でありながら世界の細かな法則の設定が必要のない場所というものがあります。それは同時に、チートを使う必要がない場所でもあります」

 さて、そこはどこなのか。トレースもゼロも見当がつかないらしく答えを口に出しそうにない。

「即ち、タイトル画面です。平たく言うと私たちは今、あの世界から強制ログアウトした状態なんです」

 そう。ゲームでチートを使用するのはタイトル画面を抜けた先の本編だ。タイトル画面で使用するチートなどまずないし、そもそもログインしていない状態でチートを使用したところで大したことは出来ない。要するに、アカウントBANである。

「この世界の創造主と連絡し、あなた方をBANさせていただきました。周囲の光景が同じままにBANされているのは、それだけ創造主がこちらに協力的だからです。創造主はあなた方の存在が認められないみたいですねぇ」

「っざけんな……そんなチート封じの方法が……いや待て! じゃあその女はどうなんだ! あんな動きを普通の人間が出来るはずがねぇ! そっちはチート能力使い放題って訳か!?」

 トレースがアンを睨んで叫ぶ。まぁ森の中を追いかけられた挙句、捕まった後も同じ速度で担がれて運ばれてきたのだから無理もない。

「いえいえ、こちらはチートなど使っていません。無尽蔵な体力、瞬発力、反射神経……これらは全て、彼女本来の身体能力によるものです」

 はぁ!? という2人の声が重なる。信じ難いかもしれないが事実であり、新入りのアンがロクドウと組むよう指示された理由でもある。頭脳労働が専門のロクドウに対して、アンは肉体労働特化の人員としてファゾムにスカウトされたのだ。

「彼女の生い立ちはというと……」

「ロクドウさん、話が脱線しています! というか、人の個人情報とベラベラと話さないで下さい!」

「……失礼。まぁひとまず、貴方がたが使うような力は使っていないとだけ」

 その力をどうやって得たのかをトレースとゼロに追及した以上、こちらも説明してやるのが筋というものだが、アンの主張にも理がある。被疑者から事情を聞くのに、調査する側が身の上話をする必要はない。ロクドウはこの話を切り上げ、ゼロの方へと向き直る。

「貴方の先ほどの疑問にお答えしましょう。恐らくあなたがこの世界に転生する前に、神様らしい恰好でお話したのは彼女です。『間違えて死なせてしまったから、凄い能力を与えて違う世界に転生させてあげます』とでも言ってね」

 よく聞く話である。死後に何故か神様と面会できて、ほぼ無条件に強大な力を貰えるなど冷静に考えれば怪しいのだ。詐欺被害の補填をするから銀行の口座番号を教えてという詐欺の手口と大して変わらない。

 手違いで死なせてしまった代わりと言えば対価として十分という主張もあるだろうが、大体はそうはならない。何故ならそういう話を持ち掛けられる人間というのは、自分が元々生きていた世界に希望を見出していないからだ。

「……狂ってますよね。自分の人生が上手くいってないって思ってる人間なら、むしろそうやって死ねたことを幸運とすら思ってしまうのでしょう? そんな思考だから、他人の命を何とも思わないんでしょうか」

 アンが軽蔑の眼差しを含めて言い放つ。その命とは当然、今回の件で命を落とすことになった七星の団の事だ。

「団長のウーノさんを始め、彼らは極めて真っ当な冒険者でした。無謀なクエスト受注による全滅さえなければ、あるいは歴史に名を残す何かを成し遂げたかもしれません。そう、自分の価値を見出せなかった無能な冒険者『役』に、あなた方が選ばなければ!」

 彼らが命を落としたのは、2人が彼らを洗脳したからだ。無能な冒険者として動くように知性を下げつつ、かつ周囲の認知も操作し彼らの全滅に違和感を抱かせないようにする。

 自分たちが有能であることを示すために、周囲を馬鹿に仕立て上げた。それが七星の団の全滅の真相だ。尤もその目的が達成された後は、ギルドの関係者を始めとした周囲の認知操作の効果は薄まっていたが。

「実は強大な力を所持していたのに追放された冒険者という、それこそ何の役にも立たない肩書を得るための冒頭シーンとして彼らの命を弄んだ。到底許される所業ではありませんねぇ」

「特にトレースさん。所持している能力の数からして、貴方はゼロさんの他にもチーターとしてこの世界に送り込んだ余罪もありそうです。貴方も転生者である以上、誰かによって今の立場を得たのでしょうから」

 恐らくトレースは、強大な能力を無償で配布して回る役割を誰かに与えられた存在だ。そしてそのように動けと命じた存在がいる。例えるなら違法薬物を裏で配布させて薬物依存者を増やす犯罪者集団の元締めだ。

 そもそも能力を複数人に配布する理由とは何かといえば、世界の秩序を乱すことだろう。創造主の想定外な能力や現象が横行すれば、その世界に住むまともな人間が徐々に減っていくことになる。七星の団のような有望な冒険者パーティーが全滅するのが正にそれだ。

 そうすればだれが得するのかとなれば、創造主の手に負えない悪魔のような存在だ。言わば魔王のような存在が裏で糸を引いているかもしれないのだ。

「有用な情報を吐いてくれることに期待していますよ。先に申し上げた通り、取り調べが始まったら貴方は偽証も黙秘も出来ません」

 ロクドウは懐から紫色の宝石を取り出す。宝石が妖しく光ると、トレースの周囲が同様に光りだす。トレースは自分がどうなるのかを悟って暴れだすも、抵抗空しく光と共に宝石の中へと吸い込まれていった。

「死後の魂に、生者の人権など適用されませんからねぇ」

 残されたゼロは例によって何が起きたのか分からない様子なので、アンが事務的に解説に入ることにする。

「あの世界からBANしたと言ったでしょう? つまり今の貴方は、あの世界に居られない存在となったんです。受肉が解除されて魂だけの存在になったって言えば分かりやすいでしょうか。で、あの宝石は一時的に魂を補完する道具って訳です」

 そしてこれが貴方用ですと、アンはゼロに同じ宝石を見せつける。手錠で拘束して自分の足で歩かせるよりも遙かに楽であるため非常に便利だ。


「あの……僕って減刑? されたりしないんですか?」

「はい?」

 ゼロの声は上ずっていた。まるで彼の家で話を聞いていた時と同じように。違いがあるとしたらそれは、動揺ではなく焦燥。何もしなければ終わると分かっているが故の命乞いに近かった。

「だってそうじゃないですか。僕って完全に、トレースの奴に操られてたんですよね? だったらホラ、情状酌量とかそういった物ってあったり……」

 ああ、コイツは本当にクズだとアンは思った。4人も死に追いやっておいて自分の罪を認識するどころか、目を逸らしながら逃げる気でいる。さっさと宝石を起動しようとしたが、ロクドウそれを制止した。

「前提が間違っていますねぇ。不正能力は使用した時点で罪に問われるものです。違法薬物は所持した時点で罪に問われるでしょう? それと同じです」

「で、でも魔眼を使った相手は魔物だけで、団のあいつらに使ったわけじゃ……」

「我々にも使おうとしましたよね? 追及から逃れるために」

 ゼロは確かに今回の被害者に直接的に手を下した訳ではない。七星の団の死因は、トレースにより知能を低下させられたからだ。だが失敗したとはいえロクドウとアンに対しても、ゼロは間違いなく魔眼を行使しようとした。それはどう足掻いても言い訳できない。

「いや、でも僕は知らなかったんですよ! 陰であの魔眼を使って団を支えようとしたんです! でもウーノ達が急に僕を追放したんです! だってそうでしょう? 僕は魔眼しか持ってなくて、あいつらを操る力は持ってなかったんですから!」

 ……一応筋は通っている。ゼロを追放するよう誘導したのはトレースの方で、ゼロ自体はそれに関与していない。不正能力使用の罪は逃れられなくても、団員の死に関する罪からは逃れたい。そういう腹積もりか。

「まぁこれは今後の取り調べで分かる事なのですが、確かに疑問ではありました。最強の力を手にした仲間を追放してしまったパーティーが壊滅する。そんな事が知能低下術を使わないで出来るのかと」

「で、でしょう? 僕はそっちに関与は……」

「ですが貴方は、追放を宣告された時に自己弁護をしなかった。団を支える意思があったのなら、この行動の説明がつきません。その事から、あなたの目的は追放されることだったと考えるのが自然です。であれば更なる疑問が……何故貴方は彼らが自分を追放すると思っていたのかです」

 確かにそうだとアンはハッとする。トレース以外の誰かがゼロの能力の正体に気づく可能性だってあり、場合によっては追放どころか逆に重用される未来もあった筈だ。

 何故ゼロは、七星の団の団員が全員その能力に気づかず自らを追放することを前提に動けたのか。それは――

「貴方……神様に扮したトレースに、力の付与以外にも色々吹き込まれていたのではありませんか? 見る目のない冒険者パーティーがいるから、紛れ込んで追放されればカタルシスを得られますよ……とか」

 ゼロは分かりやすく息を呑んだ。まさか図星だというのか。そんな馬鹿丁寧に道筋を説明された上で従っていたのなら、関与していた所の話ではない。

「『転生したら最強能力を得るのはお約束』と思っていた貴方は、その力がチート……不正であることを認識していた筈。その上で貴方は知っていたんですよね。彼らに降りかかる未来を。知った上でトレースの話に乗ったんでしょう? 減刑なんて夢のまた夢ですよ」

「何なんだよ……何でこんなことになってんだよ」

 ゼロの態度が明確に変わった。言い逃れできない事を悟ったのか、先程のトレースのように愚痴りだすようだ。

「折角異世界に転生できたと思ったのに、思い描いてたザマァ展開に持ってけたと思ったのに! なんでそれで捕まらなきゃいけないんだよ! 何で異世界に来てまでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」

 ……とうとう逆ギレし始めた。人間は追い詰められると本性が出るというが本当らしい。アンが今度こそ宝石を起動しようとしたその時、ロクドウが再びそれを制止した。

「あなたの望みはこうですか? 世界を動かすような事がしたい。自分という存在を特別なものにしたい。特に努力せずにできたら最高」

 ロクドウが羅列する言葉に、ゼロは一つ一つ頷く。その望み自体は否定しない。誰だって抱く、漠然とした欲望といえるものだ。それを叶える為に生きるというのも、一つの生き方であはあるのだ。

「でも責任は取りたくない」

「……っ」

 しかしゼロは最後の言葉には頷かない。それが図星であるにもかかわらず。

「えっ?」

 アンは思わずそう口にした。言い淀んだゼロに対し、突如ロクドウが胸倉を掴んだからだ。

「恥を知りなさい。そんな舐め腐った考えの人間が生きていける世界なんて何処にもありはしませんよ。来世がありましたら、現実を見据えて自分を磨く努力ぐらいはする事です……来世があればの話ですがね」

 ゼロの顔面にギリギリまで接近して放たれた言葉は、静かに怒気が込められていた。そんなロクドウに目を丸くするアンだったが、ロクドウがゼロを突き放すように胸倉から手を離したため我に返る。

 死刑宣告とも取れるロクドウの叱責にゼロが完全に項垂れたままとなったため、アンはこれ以上の問答は必要ないと宝石を起動する。ゼロはそのまま光と共に宝石の中へと収納された。

「任務完了です。戻りますよ」

 ロクドウは何事もなかったかのように、アンを背にして歩き始めた。チーターの力を封じた空間は解除され、無音だった空間から本来の夜の静寂へと戻ったのが分かった。


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