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冒険者パーティー壊滅事件 File2

 森に囲まれた薄暗い空き地に立つ小屋。そこに『七星の団』のもう1人の前衛職であるクワトロは住んでいた。現在は木こりをしているらしく、小屋の外には薪割り用の小ぶりの斧と、まとめ作業の途中らしき薪が乱雑に散らばっていた。

 突如住処に訪れたロクドウ達の話をクワトロは当初信じなかったものの、酒場から借り受けた団員の遺品を見せたことで事実として受け入れ、小屋の中へと案内された。

 1人で暮らす分には困らなそうな小屋の中には、クワトロが当時使っていたと思われる武器や防具が乱雑に置かれていた。クワトロが言うにはこの家に住み着いてまだ間もなく、荷物の整理がまだ終わっていないとのことだ。

 ロクドウがクワトロの対面になるように席に座り、アンはその隣で証言の紙に記録する。まず尋ねたのは、団を抜けた理由だ。

「怪我でね。引退したんだよ」

 クワトロは右腕の古傷をロクドウ達に見せた。傷跡の範囲は広く、肉が少し抉れたようなその腕は重症だったことが伺える。

「なるほど……その傷のせいで、あちらの武器をまともに持てなくなったと」

 ロクドウは壁に立てかけられた大斧に目をやる。大柄であるクワトロの身長に届く程の長い柄についた両刃の斧は、相当な筋力が無ければ持ち上げられなさそうな重量感があった。

「それにしても大きいですねぇ。少し触ってみても?」

「構わねぇよ。持ち上げられるとは思えんがね」

 ロクドウは両手で大斧の柄を取って持ち上げようとするも、刃の部分は微動だにしない。フンッと声を出して力を入れても、刃は床から離れることすらなかった。

「おっとっと!」

 それどころか大斧が傾いてロクドウの元へ倒れロクドウが大斧の柄の下敷きとなってしまい、アンが慌てて駆けつける。

「あ~もう、何やってるんですかロクドウさん!」

「いやいやお恥ずかしい……このような重量武器を使いこなしておられたとは。前衛として七星の団への貢献は大きかったのでしょうねぇ」

 アンに大斧を持ち上げてもらい解放されたロクドウは席に戻り、気を取り直して聞き込みを再開する。何事もなかったかのように振る舞うロクドウにアンもクワトロも一瞬呆気にとられるも、本題に戻ることに異論はなかった。

「……利き腕の負傷は戦士にとって致命傷だ。軽い武器なら戦えるってわけでもない。あいつらに事情を話して、納得してもらった上で団を抜けたんだ。別の人員を1人補充してくれってな」

 そこでクワトロの言葉が止み、世話になった酒場から分けてもらったという酒を一気に飲み干す。酒の入っていたジョッキは乱暴に机に叩きつけられた。

「……落ち着いたら遊びに来るとか言ってたくせに、なに勝手にくたばってんだよ。4人で依頼を受けて全滅だと? メンツが変わっても7人揃ってこその『七星の団』じゃねぇのかよ……!」

「クワトロさん……」

 自分よりも遙かに屈強な体つきをした男が、涙をこらえている。アンはかける言葉が見つからなかった。

「お察しいたします。しかし『七星の団』は、それほど人数に強いこだわりがあったのでしょうか」

 しかしロクドウは寄り添うような言葉をごく最小限に抑えた上で職務を続けた。しかもクワトロが来客用にと皿に盛ってくれた木苺を食べながらだ。

「ちょっと、ロクドウさん!」

「いや、良いってお嬢ちゃん。……そうだな、7人って人数に拘ってたのはリーダーのウーノだよ。何でも幸運が舞い込む数字だとか言って、何か緊急事態なのに人数が欠けてる時も、初対面の冒険者を臨時で雇ったくらいだ。そこから正式に加入した奴もいれば、それっきりだった奴もいたな」

 構わず質問に回答してくれるクワトロに応えるために、アンは記録に集中せざるを得なくなる。仲間の死を悼む暇もなく捜査に協力するのも辛いだろうが、それを聞き漏らさず記録するのもまた辛い。ロクドウはそうではないのだろうか。

「では4人で依頼を受けたのは、やはりあり得ないと?」

「ああ、だからこそ最初あんたらの話が信じられなかった。遺品を見せられるまでな。……確かに妙だ。何かがあったように感じる。他に何か質問はあるか?」

 一転してクワトロの目に生気が宿りつつあった。かつての仲間の不審な死の真相が知りたいと、こちらを真っ直ぐ見つめていた。

「ご協力感謝いたします。では――」

 その後もロクドウは質問を続け、クワトロもそれら全てに答えてみせた。その中には、次に伺おうと思っていた元団員の住所も含まれていたのが2人にとって僥倖と言えた。


 リガディへ戻り、クワトロから聞いた情報の整理に取り掛かる。次の行き先を指定後にリガティが算出した到着予想時刻によると、まとめる時間はたっぷりある。

「さて、アンさんから見て気になった箇所は何かありましたか?」

「そうですね……新しい情報としては、残りの団員2名の印象でしょうか。随分と落差があるなと思いました」

 クワトロの語る残りの団員、狙撃担当のトレースと補給物資担当のゼロ。クワトロは主にトレースの方を絶賛しており、狙撃手としての腕を高く評価していた。

――その距離でその角度から当たるのかよって射撃でも、しっかり当てやがるんだよ。風とか色々計算してんだろうな。矢が敵に追尾して当たるって感じだったぜ――

 というトレースの評価に対し、

――正直あんまり印象に残ってねぇな。いやまぁ荷物番の非戦闘員だからな。目立つ訳ねぇから当然なんだが、そうでなくても口数少ない奴だったよ――

 というのがゼロの評価だ。とはいえ前線を担当していたクワトロにとって、戦闘の功績の有無で印象が変化するのは不自然とは思えない。

「ロクドウさんはどうです? 私は特に不審な点は見つからなかったんですが……」

「戦闘中に抱いたという違和感……というのが気になりますかねぇ」

「ああ、人数が狂うって奴ですか? 確かに気にはなりますけど、クワトロさん自身が否定されてましたよね?」

――俺は戦闘前に、敵の全体数を把握した上で自分が何体倒すかの目標を決めてんだ。味方の負担を減らして、戦いやすくするためにな。ところが、いつからか計算が合わなくなってきたんだよ。目標の数を倒してねぇのに全滅させちまってな。……まぁその辺の目算が出来なくなったから、あんな怪我をする羽目になったのかもしれねぇ。すまん、忘れてくれ――

 その目算が合わなくなり、しばらくしてクワトロは大怪我をして引退することになったという。戦いの勘や経験則が鈍ったが故の引退の契機とクワトロは見ていた。アンも本人がそう言うのならと、特にその証言を注視はしていなかった。

「……まだ仮説を立てるには早いでしょう。次の元団員の住む地への到着を待つとしますかねぇ」

 そう言うとロクドウは、袋に入っていた木苺を食し始める。ちゃっかりクワトロに分けてもらったらしく、現地の食べ物がそんなに気に入ったのかとアンは呆れざるを得なかった。


「――家督を引き継ぐことになりまして、この家に戻ることになったんです」

 七星の団の元団員、トレースは突然の来訪者であるロクドウ達にそう答えた。狙撃職を担っていたトレースは、クワトロとは真逆で線の細い女性だった。顔に染みやそばかすといった物が一切ない、整えられた美しい顔立ちをしていた。

 訪問したトレースの実家は、北方の雪国にある地方領主だった。トレース本人の継承順位は5位程度のものだったが、上位の兄弟たちに不幸がありトレースにその役割が回ってきたとのことだ。

 既に領主に就任したトレースに七星の団が全滅したという報を伝えると、トレースは多少驚きこそしたもののすぐに2人を自らの屋敷の中へと招き入れた。ロクドウは分からないが、アンにとっては極めてありがたい申し出だった。

「何せ外が、この気候でしょう? 地元の人間でも命を落とすことはザラにあるんです」

 トレースの視線に釣られてアンは窓の先の景色をみる。つい先ほどまであそこにいた事が信じられない。下手をすれば自分たちも命を落としていたのかと思うと恐怖しかない吹雪の景色が窓の先にある。

 出来ることならもう外に出たくないと思うほど、何故こんな所に人が住んでいるのかと問いたくなるほど、トレースの治めている地方は極寒の地だった。リガディから出た直後から襲い掛かるその寒気に、アンは秒で心が折れてしまった。

「いやぁ助かりました。あの気候の中、玄関で聞き込みをする事にならなくて本当に良かったですねぇアンさん」

「はい。扉を開けた途端に屋敷内の暖かい空気が迎え入れてくれて……天国ってあるんだなって思いました」

 暖を感じた後に目についた吹き抜けの玄関により、その広さに圧倒されもした。複数の廊下に続く部屋からは使用人たちが数多く出入りしており、地方領主の名は伊達ではないということだろう。

「恐らく他の家ではここまで暖かくないと思うのですが、何か秘密でもあるのでしょうか」

「いいえ特には。各部屋に暖炉があって、燃料を他所よりも多く得ているというだけですよ。それにしても、まさかこんな過酷な地に、私に話を聞くためだけに訪れる方がいるとは思いませんでした」

 応接室はあるにはあるが今は使われていないからと、ロクドウ達は2階の客間へと案内される。2階の廊下も同じく暖かかった。

 客間に付くまでの廊下の壁には、彼女の家族や先祖と思われる肖像画が横一列に並んでいた。右目の下の泣き黒子が代々受け継がれているようだ。

 しばらく待つと使用人が入ってきて、ロクドウとアンに食事が差し出される。肉入りのスープを口にすると更に体が温まる。おまけにデザートとして苺入りのパイまで付いてきた。いよいよ本当に外に出たくなくなりそうだが、それでも本題に移らなければならない。

「この過酷な環境から逃れるために冒険者になったのですが、まさか上の兄弟が全滅するとは……。しかもお世話になった七星の団まで……呪われてるんでしょうか、私」

「お察しいたします。それでは、団を抜けたのは貴方本人の意思ということでしょうか」

「ええ。そこそこ名が売れてきたのが災いして、ギルド経由で実家から手紙が来たんです。兄弟が皆逝ってしまい、更に父も危篤状態で時間がないから帰ってきてくれと。私は戻らざるを得なかったんです……」

 理由は大きく違うが、本人の事情で七星の団を抜けた点はクワトロと共通している。その後も色々と話を聞くも、不審な点も動機も見つからない。

「では、団を抜けた方の中で話を聞きたい最後の1人……ゼロさんについて何かご存じありませんか?」

「ゼロですか……彼は私たち3人の中では2番目に団を抜けた人ですね。彼については、何と言うか妙な点が多くて」

 ほう、とロクドウとアンが食いつく。クワトロはトレースやゼロとあまり親しい関係ではなかったため情報が薄かった。ここで新たな証言が入るのは大きい。

「よく分からない人でした。そもそも彼が何故団に入ったのか。そして何故、急にメンバーから外されたのか……」


 極寒の気候もリガディに入ってしまえば関係ない。周囲の何もかもをシャットダウンできる空間の便利さに、アンは改めて製作者への敬意とばかりに祈りだす。

 大袈裟ですねぇとロクドウに言われて我に返り、アンはトレースからの証言をまとめようとメモを見直し始める。

「トレースさんの他2人の印象は、クワトロさんとあまり変わりませんでしたね。トレースさんもクワトロさんのことを高く評価して、ゼロという人のことはそれ程という感じでした」

「接点はそれなりにあったそうですが、まぁ荷物番ですからねぇ。それよりも、そんな荷物番を戦力外としてメンバーから外すとは、この頃から七星の団は奇妙な動きをしていたようです」

「ですね。トレースさんの話によると、クワトロさんとゼロさんが抜けた後に、団長さんから団員の補充の話を聞いたことがないそうでした」

 団長のウーノが7という数字に拘りを持っていたというなら、クワトロが抜けた時点で新たな団員を補充するのが筋だ。しかし彼は逆にゼロをメンバーから外し、更にトレースが抜けて減った団員をそのままにしていた。この時点で七星の団に何かがあったということか。

「あと興味深かったのは、トレースさんもまた戦闘時に違和感を抱えていた点ですねぇ」

――たまに狙おうとした敵が、勝手に倒れることがあったんです。私は主に味方の背後を突こうとする敵を狙撃するのが役目だったのですが、そんな敵が何もせず倒れるんです。私しか気づいていない筈なのに――

 このトレースの証言は、クワトロの証言とも一致する箇所がある。敵が勝手に倒れるという現象がトレース目撃箇所以外でも起こっていたのなら、クワトロの撃破数の目算が狂うのも頷ける。ここに何かがある気がする。ロクドウとアンは頷き合った。

「ふむ、少し資料を漁ってもらいますか」

 ロクドウはそう言うと、胸元から長方形の板を取り出す。その板に念を込めると、板が光りだし起動の合図を出した。

「こちらロクドウ、こちらロクドウ。応答願います。……ええ、少々調べて頂きたい事が」

 2人しかいない空間で、ロクドウが板越しにアン以外の誰かと話している。尤も、その話し先はアンも知っている存在だ。

 アンはリガティの空間に浮かぶ、次の目的地までの到着時刻を確認する。到着まで時間はたっぷりあるようなので、それまでには調べ物も終わるだろう。


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