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目覚めたら人間!? とりあえず、甘い匂いを追え!


1.森の目覚め、それぞれの困惑

ザワザワと木々の葉が擦れる音。土と草いきれの匂い。

最初に目を開けたのは、アントだった。

(ん…? まぶしい…ここはどこだ? いつもの巣穴じゃない…)

ぼんやりとした意識の中、まず感じたのは自分の体の違和感。いつも地面を覆っていた硬い外骨格の感触がない。代わりに、妙に柔らかく、そして長い手足が視界に入った。

「……きゅ?」

声を出そうとして、喉から漏れたのは間の抜けた音。違う、いつもの仲間たちと交わすフェロモンの信号も、顎をカチカチ鳴らす音も出ない。

何より、体が大きい。いや、周りの草木が小さくなったのか? 混乱しながら泥だらけの手(と今は認識できる部位)で地面をまさぐる。いつもなら触角で感じ取る土の粒子の感触が、今は指先から微かに伝わるだけだ。

(仲間はどこだ? 女王様は? …ああ、お腹が空いた。甘いものが食べたい…!)

本能的な飢餓感、特に糖分への渇望が思考を支配し始め、アントはふらふらと立ち上がった。二本足で立つという不安定な行為に戸惑いながらも、鼻をくんくんと動かす。風に乗って、微かに甘い香りがする気がした。

同じ頃、少し離れた薄暗い茂みの中で、ラーネは目覚めた。

(糸…私の糸はどこ…?)

最初に感じたのは、自分の体から糸が出せない焦燥感。いつもなら自在に操れるはずの数本の足が見当たらず、代わりに二本の腕と二本の足が、木の葉や土にまみれて横たわっていた。

「……しゃ?」

不快感を示すように喉を鳴らしたが、それも聞き慣れない音。周囲を見渡せば、視界が狭い。いつもなら複数の目で捉える多角的な情報が一方向からしか入ってこないことに、強いストレスを感じた。

(落ち着け、私。まずは状況把握…獲物はいる? 安全な場所は?)

思考は冷静だが、体は言うことを聞かない。壁や天井に張り付きたいのに、つるりとした皮膚は吸盤の役割を果たさない。それでも、習性で薄暗く、狭い場所を求め、茂みの奥へとにじり寄ろうとした。その時、ピクリと空気が震えるのを感じた。微かな振動…何かの獲物か、あるいは危険か。

さらに別の場所、ひときわ高い木の枝の上で、ホークは強烈な目眩と共に覚醒した。

(な…なんだこの体は!? 羽がない! 翼がないだと!?)

眼下に広がる見慣れない森の風景。いつもなら大空から見下ろすはずの景色が、やけに近く、そして自分の体が重い。枝を掴む自分の手は、鋭い爪のついた足ではなく、柔らかい指に変わっていた。

「クルルッ!? キエエエエッ!」

混乱と怒りで叫び声を上げたが、それは鷹の鋭い鳴き声ではなく、甲高い人間の少年の声に近かった。

(飛べない…だと? 馬鹿な!)

本能的に枝から飛び立とうとして、体が傾ぎ、危うく落下しそうになる。慌てて枝にしがみつきながら、ホークは絶望的な気分になった。しかし、その瞬間、彼の瞳が驚くほど遠くの景色を捉えた。森の向こう、陽炎のように揺らめく何か小さな動く点々…あれは、集落か? そして、そこから漂ってくる様々な匂い。

(…獲物…いや、食料の匂い…!)

空腹が、翼を失った絶望をわずかに上回った。

そして、森を流れる小川のほとり。オルカは、冷たい水の感触で意識を取り戻した。

(…水だ。だが、体が…軽い? いや、違う…狭い!)

いつもなら広大な海を自由に泳ぎ回る巨体が、今は窮屈な人型に収まっていた。水中にいるはずなのに、全身が水に浸かっていないことに強い違和感を覚える。

「キュウ…? ボフッ!」

息をしようとして、慣れない肺呼吸にむせ返る。エラがない。滑らかな流線型の体もない。代わりに、手足がごつごつと岩に当たった。

(仲間は? 群れはどこだ? ここは危険だ、もっと深い場所へ…!)

本能的に水深を求めて身をよじったが、浅い小川ではどうしようもない。しかし、その時、彼の耳が水音とは異なる微かな音波を捉えた。仲間たちが発するようなクリック音ではないが、何か生き物の気配、そして遠くから響く騒がしい音。知的好奇心が、危機感をわずかに刺激した。

(…行ってみるか。この姿では、狩りもままならん)

陸に上がることに強い抵抗を感じながらも、オルカは重い体をゆっくりと川岸に引きずり上げた。乾燥が怖い。

2.邂逅、そして本能のコミュニケーション

甘い匂いをたどっていたアント。

獲物の気配(あるいは危険)を察知したラーネ。

集落の方向を目指していたホーク。

騒がしい音のする方へ向かっていたオルカ。

彼らは、まるで何かに引き寄せられるように、森のはずれ、村へと続く一本道で鉢合わせした。

「「「「…………」」」」

最初に動いたのはアントだった。目の前に現れた他の三人に、仲間かどうかを確かめるように、おずおずと近づき、匂いを嗅ごうとする。

「きゅ?(仲間か?)」

ラーネは、見知らぬ大きな生きアントの接近に警戒し、威嚇するように「シャーッ!」と喉を鳴らし、後ずさる。そして、無意識に指先から粘つく何かを出しそうになる。

ホークは、他の三人を高い木の枝の上から見下ろし、「キィー!(何者だ、貴様ら!ここは俺の狩場だぞ!)」と一方的に宣言するが、声が裏返ってあまり威厳がない。

オルカは、一番体格の良いアントと、神経質そうなラーネ、そして騒がしいホークをじっと観察し、とりあえず敵意がないことを示すように、ゆっくりと頭を下げて見せた。ただし、その巨体と濡れた姿は十分に威圧的だった。

言葉は通じない。しかし、お互いの行動や雰囲気から、なんとなく「自分と同じように、何か普通ではない状況に陥っている存在」だと感じ取った。

アントは甘い匂いのする方角を指さし、ラーネは地面の微かな振動を気にし、ホークは村の方角を顎で示し、オルカは「キュイ…(あっちが騒がしい)」と音のする方を向いた。

奇妙なジェスチャーと動物的な鳴き声による話し合い(?)の結果、彼らはとりあえず同じ方向へ進むことにした。先頭を行くのは、甘い匂いに一番敏感なアントだ。

3.村への到着、そして最初の騒動

やがて、森を抜けると、のどかな村が見えてきた。石造りの家々、畑、そして村の中央には広場があり、何やら準備が進められている。

村人たちは、森から現れた泥だらけで異様な雰囲気の四人組に気づき、怪訝な顔で遠巻きに見ている。

「なんだい、あの連中は?」

「旅芸人かね? ずいぶん汚れてるが…」

そんな村人たちの視線も気にせず、アントは村の入り口近くにあるパン屋から漂ってくる焼きたてのパンと砂糖菓子の強烈な甘い匂いに完全に心を奪われた。

「きゅ、きゅきゅ~~~!!(あまーーーーい!!)」

理性が吹き飛び、パン屋に突進しようとするアント。慌ててオルカがその大きな体で進路を塞ぐ。

「キュイ!(待て、落ち着け!)」

ラーネは、民家の軒下や壁の隅々に目が行く。

(ああ、あそこなら良い巣が作れそう…雨風も凌げるし、獲物もかかりやすい…)

無意識に壁に手を伸ばし、指先からほんの少しだけ粘着質の糸が出かかり、慌てて引っ込める。

ホークは、村で一番高い建物であろう教会の尖塔を見上げ、目を輝かせた。

「キィィ!(あそこだ!あそこなら全て見渡せる!)」

助走をつけて尖塔の壁を駆け上がろうとし、数歩でずり落ちて泥だらけになる。

オルカは、村の中央にある井戸を見つけ、渇きを癒そうと近づく。

(水だ! やっとまともな水にありつける…!)

井戸の縁に手をかけ、勢いよく顔を突っ込もうとして、村の子供に「わー!何するのー!」と泣かれ、動きを止めた。

4.ゴブリン襲来!ユニークスキル、まさかの初暴発!

その時だった。

「ゴブリンだー! ゴブリンが出たぞー!」

村の外れから、農夫の悲鳴が響き渡った。見れば、棍棒や錆びた剣を持った緑色の小鬼、ゴブリンの群れが畑を荒らしながら村へ向かってきている。その数、十数匹。

村人たちは鍬や鋤を手に取る者もいたが、多くはパニックに陥り、逃げ惑う。

アントたちの前に、怯える村の子供たちが数人立ちすくんでいた。ゴブリンの一匹が、ニヤリと汚い歯を見せて子供に近づこうとする。

(守らなきゃ!)

アントの本能が叫んだ。次の瞬間、何が起きたのか自分でも分からなかった。

「きゅあああああああッ!!」

アントが子供たちの前に立ちはだかり、ゴブリンに向かって突進しようとしたその時、彼の体から金色のオーラのようなものがふわりと立ち昇った!

【ユニークスキル:女王クイーン威光オーラ】発動!

周囲にいた村人たち、特に子供や女性たちが、なぜか「勇気が出る!」「戦える気がする!」と奮い立ち、アント自身も全身に力がみなぎるのを感じた。まるで体が軽くなったようにゴブリンに飛びかかり、小さな拳で殴りつけると、ゴブリンは面白いように吹っ飛んだ!

「え…?」アント自身が一番驚いていた。

ラーネは、逃げ遅れた老婆がゴブリンに棍棒で殴られそうになるのを目撃した。

(危ない!)

助けたい、でもどうやって? その思考と同時に、彼女の指先から意思とは無関係に、キラキラと光る丈夫な糸が何本も射出された!

【ユニークスキル:運命の編みデスティニー・ウィーバー】発動!

糸は瞬く間にゴブリンの体と棍棒に絡みつき、その動きを封じる。同時に、ラーネの脳裏に「ドンッ!という衝撃、土煙…」という未来の断片映像が一瞬だけ見えた。

「しゃあっ!(何なのこれ!?)」ラーネは自分の手から伸びる糸を見て混乱した。

ホークは、村長らしき老人がゴブリンのリーダー格に背後から狙われているのを、木の枝の上から発見した。

(まずい!あのじいさん、やられる!)

何か投げつけるものは…と足元の小石を拾い、投げようとした瞬間、世界がスローモーションに見えた。

【ユニークスキル:絶対空域パーフェクト・スカイ】発動!

ゴブリンの振りかぶる剣の軌道、村長のわずかな体の動き、風の流れまでもが手に取るようにわかる。ホークは狙いを定め、小石を投げた。小石はゴブリンの手首に見事命中し、剣が地面に落ちる。同時に、ホークの体がふわりと浮き上がり、風が彼を優しく包み込むような感覚があった。

「クルル…!(やったか…?というか、今、少し飛んだ…?)」

オルカは、ゴブリンの一匹が松明を手に、民家に火をつけようとしているのを見て、カッとなった。

(家が!燃やされるのは困る!水!水はどこだ!)

一番近くの水源は、さきほど自分が覗き込んだ井戸。そう思った瞬間、井戸の水が意思を持ったかのように激しく噴き上がり、巨大な水柱となってゴブリンの群れに襲いかかった!

【ユニークスキル:深海の盟約アビス・パクト】発動!

水流は松明の火を消し、数匹のゴブリンをまとめて洗い流す。オルカ自身も、自分の周囲に水の膜のようなものが形成され、陸上にも関わらず、まるで水中にいるような安心感を覚えていた。

「ボフッ!(おおっ!?これは…いいぞ!)」

5.事件解決? そして、お祭りの始まり

アントの超人的な力、ラーネの魔法のような糸、ホークの正確な投擲と風の助力、そしてオルカの呼び出した水柱。

彼らの意図しないユニークスキルの連携(?)の前に、ゴブリンたちはあっという間に撃退され、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

あっけにとられていた村人たちは、やがて我に返り、歓声を上げる。

「す、すごい!あいつら、何者なんだ!?」

「ゴブリンを追い払ってくれたぞ!」

しかし、英雄となったはずのアントたちは、それぞれ別の問題に直面していた。

アントは【女王の威光】の代償で猛烈な空腹感に襲われ、「あまいの…あまいのどこ…きゅうう…」と地面にへたり込み、パン屋の方を涙目で見つめている。

ラーネは、自分が張り巡らせてしまった大量の糸の後始末をどうしようかと途方に暮れ、「しゃー…(これ、どうしましょう…)」と自分の手を恨めしそうに見ている。

ホークは、先ほどの浮遊感が忘れられず、何度も枝から飛び降りようとしては中途半端に落下し、「キィー!キィー!(もう一回飛ぶんだ!)」と騒いでいる。

オルカは、スキルで呼び出した水が村の広場を水浸しにしてしまったことに気づき、「ボフッ…(あ、やりすぎた…?)」とバツが悪そうに鼻を鳴らしている。

村人たちは、そんな彼らの姿を見て、感謝の気持ちと、それを上回るほどの呆れと困惑を感じていた。

そこに、杖をついた村長がやってきて、深々と頭を下げた。

「おお、旅の方々!この度は村を救ってくだされ、誠に感謝いたしますぞ! 何やら不思議な力をお持ちのようじゃが…」

村長はアントたちの奇行に一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔で続けた。

「実は今日、この村は年に一度の収穫祭なんじゃ! 凶暴なゴブリンのせいでどうなることかと思ったが、おかげで無事に開催できる! よろしければ、お主らも英雄として、この祭りに参加していってくださらんか? 美味しい食べ物も、楽しい踊りも沢山ありますぞ!」

アントは「美味しい食べ物」という言葉にピクリと反応し、よだれを垂らしそうな勢いで村長を見つめる。ラーネは賑やかな雰囲気と綺麗な飾りに少し興味を示し、ホークは高いやぐらの上でなら参加してもいいと考え、オルカはとりあえずこれ以上乾燥しない場所に行けるならと頷いた。

まだ人間の言葉は完全には理解できないものの、「祭り」「ごちそう」といった魅力的な響きと、村人たちの歓迎ムードに、彼らは戸惑いながらも惹かれていくのだった。

こうして、元・動物の四人組の、奇妙で騒がしく、そしてどこかユーモラスな異世界での冒険の幕が、ドタバタと、そして盛大に上がったのであった。


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