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異世界で迎える朝二日目。
今日もこの言葉で一日が始まろうとは思ってもいなかった。
「・・・最悪」
ぼそりとつぶやいた喉の奥は苦く痛み、しゃがれた声が出た。
「起きたのか」
すぐそばで発せられた男の低い声が私の耳をくすぐった。
男の赤茶色の髪が陽にあたり、普段より赤味が増して綺麗に輝いている。
野性味溢れる顔には少し疲れが残っているのに、髪に付いた寝癖が可愛さを醸し出していた。
「具合はどうだ?」
言って心配そうに私を覗き込んでくる男、カイルは本当いい男だ。
本当に本当に、いい男だ。
こんな朝には一番、会いたくないほどに。
「どうした・・・まだ辛いか?」
そっと横になったままでも飲める、病人用の水差しのようなものが私の口元に宛がわれたので、私はごくりと冷たいレモン水を飲み下した。
気遣わしげにそっと私の頬をなでる大きな手。長い指。
そのすらりと長い指が体と同じように固い事を知ってしまった。
ああもうなんだか。
「・・・消えたい」
「おいっ!」
カイルの肩が、がくっと落ちた。
私はもうこれ以上、彼を視界に入れている事が出来ないとごろんっと彼に背を向けた。
うわああんっ!だって頭はがんがん痛いし、喉はいがいがするしっ。
それに何より、昨日の醜態・・・本当ひどい。
ある程度自分のお酒の力量はわかっているつもり。
でも昨日は失敗だった。
飲みやすいからとはいえ、いつも飲んでる物と違ううえに、味の濃さでアルコール度数が計れなかったにも関わらず、ごくごく飲んだ。
そのうえ、ずかずか競歩ともいえる素晴らしい早歩きで一気に酔いを回しちゃうなんて、少し考えればわかる事だったのに。
しかもその後。
うっ思い出したくない・・・
・・・倒れた後、部屋まで運んでくれたカイルに水持って来いと騒ぐだけに飽き足らず、レモンしぼって入れてと味まで注文つける始末。
そのうえ、さ、最後は吐くに吐けない私に、カイルがその指をつっこんで・・・
ああああああああっ
本当生きててごめんなさいっ!!
酒は飲んでも呑まれるな。
本当まさしくそうだねっ反省したよっ!
深く深くシーツの中に潜り、海の藻屑になりたいと願う私の肩にそっと温もりがふれた。
昨日何度も私の背中を擦ってくれた、カイルの大きな手だ。
「まだ朝早いからこのまま寝てろ。二日酔いには寝るのが一番ってな」
ゆっくり、優しく、荒みきった私の脳内を宥めすかせるよう、何度もその温もりが私の肩を撫でる。
私の心はいとも簡単にその温もりの前に落ち着きを取り戻し・・・ズキズキ傷む頭が、思考を拒否したとも考えられるけれど、私の瞼もゆっくりと閉じていった。
ああでも、眠る前にこれだけは言わなくちゃ。
ありがとう、カイル。ごめんなさい。
ちゃんと音となって私の口から出たかどうかはわからないけど。
シーツ越しの私の頭に、そっと肩にある大きな温もりとは違う温もりが押し付けられた。
小さく息をはくようにカイルが笑ったような気がした。
「おやすみ」
その声に更に安心して、私は本格的に深い眠りへと落ちていった。
次に目が覚めた時、外は陽がその力を思う存分発揮していた。
たぶん、お昼を過ぎたあたりだろう。
あんなに痛かった頭がすっきりして本当に良かったと思いながら私は今、シャワーを浴びている。
二つある蛇口の内一つをひねってしばらくすると熱いお湯が出てくる。
それからもう一方の水が出る蛇口もひねって丁度いい温度に調節するというやり方は、昨日部屋を移った際に、トイレも含めて使用方法を説明されていた。
来客だったらこういう事は全部メイドさんにやらせて体も洗ってもらうらしいけど、そういう事は一切断固拒否した私。だって恥ずかしいよね。
花の香りがするシャンプーとトリートメントでふんわりいい気分。
・・・お腹減った・・・
体の汚れがすっきりすると、心もすっきりする。
そうすると次に来るのは、体の素直な欲求だ。
昨日教えてもらった食堂でお腹を満たしたら、カイルに謝りに行こうと予定をたてて、私はシャワーを終わらせるべく蛇口をきゅっと締めた。
脱衣所とシャワー室の間にかかるカーテンをざっと開ける。
直後、私は固まった。
「かっかかかっ」
壊れた人形みたいに言葉が出ない。
何故ならそこには脱衣所の扉に手をかけて、カイルが立っていたから。
「おっここにいたのか」
そして、彼は悪びれる様子もなく、上から下まで私を見た後に、一言。
「本当に大人だったんだな」
「しねええっ!!」