ご対面
「え・・・?」
ずっと白を基調とした建物の中を歩いてきて、久々に見た鮮やかな緑と花々のコントラストに私は驚きを隠せずに目を瞬かせた。
通路となるべく地面は先程の大理石の床から、古びた石畳へと姿を変え、その隙間から丈の短い雑草や苔のような緑が顔を覗かせている。
乱立した数自体は少ない木々の足元には、腰くらいまでの高さの植木があり、花をつけていたりそこに種類の違う花が寄り添うように咲いていたりと、煩くならない程度の色合いは目をひきつけた。
王宮で見かけた整えられた中庭と違い、いきなり森の中の一角を切り取り、白壁で囲んだかのような空間。昔は綺麗だったのだろう白壁もその色を薄く変え、今は蔦が伸びその面積の三割を占めている。
開いた口を閉じられないままに、後方に控えるデュラに疑問符をたくさんつけた視線を投げかける。
扉の先がまさかこんな中庭?だとは誰が思っていただろうか。
そんな私の視線を受けて、デュラは苦笑しながら私の横を通り抜け、数歩進んだ先でくるりと私を振り返った。
「ここがまず秘密の場所」
「え、それってどういう事・・・?」
扉を開けると封じの器が奉ってあるものだとばかり思っていた私のいぶかしむ視線の先で、デュラはその笑みを深くした。
「あなたに見せたい・・・触れて欲しいと思った物は、確かにここにある」
そう言われると、何だか神聖な気配が辺りに満ちているような気もしたけれど、人が滅多に踏み入れない場所、いわゆる自然が多い場所って独特な雰囲気があるから、たぶん気のせいだろう。
小首を傾げてデュラを見ると、彼は微笑んだまま庭の中心へと歩を進め、人が二人は横になれそうな横に大きく膝丈程の高さの平たい石に腰掛け両手をついた。
「探してごらん」
見つけられるものなら見つけてみろと言わんばかりの、悪戯心をきらめかせた彼の灰群青の視線に、挑戦状を叩きつけられた気分になった私は、やってやろうじゃないかと辺りを見渡した。
木々の間で見えなくなっている奥の方へと行ってみようと思いながら、デュラを振り返る。
「本当にここにあるんだよね?」
「あるよ。この国のごく一部の者しか見ることの出来ない宝がね」
「わかった」
ここまでうんざりする程期待と落胆を味合わされた私としては、さくっと見せて欲しかったところでもあるけれど、この場所にあるというのなら、最後くらいこの宝探しに付き合ってもいい気分だ。
それにやっぱりどこか楽しいと思ってしまう私がいる。
この世界に来てから、本当なんていうか、大人になって忘れてしまった恋心以外のドキドキする出来事を目の当たりにしている、そんな感じ。
「まあ、見る事が出来るっていうのは語弊があるけれどね・・・」
細い石畳の上にまで伸びてきている枝を掻き分けて進んでいる時、デュラの声がした気がした。
「何か言ったー?」
「いや、何も。ああ、見つけられたらご褒美は何がいいかな? 今着ているものは儀礼的な物だから、上から下まで新しい服を仕立てさせようか。勿論、中のものまで私が選ぶから安心して」
「・・・・・・」
「今回の事で白が似合う事もわかったけれど、淡い色はあなたに似合わないような、いや新しいアオイを私が一番に発見するためにも、色とりどりの服を取り寄せて」
まだまだ何かよくわからない事を言い募っているデュラを無視して、宝探しへ戻る事にした。
下手に殴りに行ったりしようものなら、ヒートアップしたデュラに何をされるかわからない危険がある。ここは宝探しをしながら、彼の妄想が尽きるのを待つのが得策だ。
見た目だけは神経質そうな大人の男性だというのに、本当残念。
最初私は、集めの器が石像だという事もあり、対のような石像がやっぱり宙に浮いているんじゃないかと思っていたのだけれど、それらしき物は何処にもなかった。
苔の生えた石の塊が何個か転がっていたけれど、三年に一度は祭事で使うような物なのだから、周りに動かされたような跡が無い事もあり、これでは無いだろうと・・・一応、ちょんちょんと指で触れた後、違うなと結論付けたりもした。
次に、壁伝いに中庭をぐるりと一周して花々がやけに密集してるところや、鳥の巣よろしく木々の間に何かあるんじゃないかと上を見上げてみたりもしたけれど、これだというものは何も見つけられなかった。
流石に、木登りなんて子供の頃にすらやった事のない私に登ってまで確認しようという気力は無い。
高い白壁に囲まれた空間から見える空の色が、夕日に染まっている事もあり、遅めの昼食を取ったとはいえ、多少の空腹感を感じる私を誰が責められようか。
そんなわけで、本日何度目かの虚脱感と共に、デュラがいる場所へと戻る事にした。
「降参」
デュラが口を開くより先に、その一言を突きつける。
探し疲れも手伝って、遠慮なく、けれどデュラから最低人一人分はスペースを空けて、彼の隣に腰掛けた。
まあ、そんな私のわざと空けたスペースなんて、デュラに一瞬にして詰められたけど。
早いよ。
「頑張って探したみたいだね」
言いながら、いつの間か汚れていた膝の辺りの土をデュラの手が払う。
何度かしゃがんだりしてたからその時についていたのだろう。
「本当に、ここにあるんだよね?」
「あるよ。まあ簡単に見つけられるような物だったら、過去にもう盗まれてても可笑しくないと思わないかい? ここまで来る道にそこまで警備も多くなく、上からの進入もまあやろうと思えば、不可能じゃない」
確かに、と顔を夕焼けに染まる空を見上げる。
私だったら絶対にやらないけど、盗みを働く人って壁とか平気で登ったり降りたいしそうな、そういう訓練やってそうだもんね。
「じゃあ、何処にあるの」
少しだけ不機嫌を滲ませた私の言葉に、デュラは可笑しそうにくすくすと笑う。
「アオイは集めの器と対なる封じの器として、探した?」
「そんなの当たり前だよ。集めが石像なんだから、封じも石像なのかと思ったよ。でも、違うでしょ」
「確かに違うね。姿、形も全て違うけれど、でも対なる物」
謎掛けのようなデュラの言葉に、むっと眉間に皺を寄せる。
見た目が違って対なる物って・・・そんなの後付でどうにでもなるんじゃないかと投げやりな考えになってしまう。
集めと封じなんだから、役割が違う事なんて、その物自体を探しているのに何の手がかりにもなりそうにないし・・・
「あっ変な力があるんだから、その力で見つけるとか?」
「それは例えば、どうやって? 私の力とアオイの力では多少なりとも違いがあるからね」
「えっ・・・うーん、デュラ何かこう見本を見せてよ」
「私の力は基本的に集めの器を媒体にしないと無理だよ。傍にあれが無い時は、ただ何となく感じるだけでしかない。アオイもそうじゃないのかい?」
「それは確かに」
元々人には虫の知らせレベルに感が働くとかそういうのあるもんね。
何となく、あの場所行きたくないーとかそんなのは普通だよね。
それに私の力って、こう幸せオーラを感じて、集めの器を使ってあたりに満たすとかそんな?
何か改めて自分なりに解釈すると、凄い恥ずかしい気がする・・・
「ここでデュラの楽しいとかの気持ちを使って、どうにか器を探すとか・・・うん、言ってて意味がわかんないわ」
私の独り言のような言葉に、デュラがまたふっと小さく吹き出すように笑った。
その笑みのまま、傾げた姿勢で私を覗き込んで来るデュラに、自分が言った事に羞恥を感じている私は頬を赤くしながら彼を睨んだ。
「自分でもおかしいってわかってるんだから、笑わないでよ」
「いや、可愛いなと思って」
「かっ!?」
デュラの思考は本当にぶっ飛んでいるようだ。
近付いていた距離を離すべく、ずりずりと後ずさる。
平たい石の上に手を付き、石の大きさがどれくらいだったか、このまま後ろに下がって落ちないかを手の平の感覚で掴もうとする私の無意識の行動に伸ばした手の先を、デュラが一瞬流し見る。
え、もう後が無いの? と思わずその視線を追って背後を見ると、まだ充分に余裕がある大きさだ。
折角なので、ずりずり下がるのをやめ、しっかりと距離を取って座りなおした。
そんな私の行動に、デュラがまた苦笑する。
「全く、少しでも色事を出すと、あなたはすぐに逃げようとする。いい加減、慣れてくれてもいいと思うのだけれど」
「いや、こういうのって慣れちゃダメなような気がするんだよね」
まあ、人それぞれだと思うんだけど、それに相手によるっていうか・・・
「って、今はそんな事より、封じの器っ!」
一瞬、忘れていたけれどここにいるための当初の目的を逃げ道に口にした私に、デュラは盛大に溜息を吐いてから、彼もまた私へと向けていた斜めの体勢を戻して、後ろ手をついた。
「封じの器は確かにここにあるよ。誰もが崇め、誰もが見ることの出来ない神秘なる器が。集めの器と対になる物が、ね」
何処か遠くを見つめるような、真っ直ぐ前を見ているようなデュラの言葉に、一瞬だけ彼の視線を追って前を見たけれど、そこは散々私が探し歩いた庭が広がるばかりで。
ぼうっとその空間を見つめながら、私は今言われたばかりの彼の言葉を反芻した。
誰も、見ることが出来ない器。
集めの器と対になるもの・・・それって、つまり・・・?
ふいに、背後が気になって、私は振り返った。
それは自分でも先程考えた、何となく感じる虫の知らせとかそういうレベルのもの。
視界に映るのはこの中庭にぽつんと設置された、自分達の座る大きな石。
似たような白い石は何個か転がっているのは見えたけれど、デュラが一番最初に気軽に腰掛けた物だったから、気にも留めなかったのだけれど・・・
自分の推理に、思わず立ち上がった。
「もしかして、これ!?」
指差したのは、勿論今まで二人で座っていたそれだ。
国の宝に私座ってたの!!?? と焦る私の姿に、デュラが顔を逸らす。
背を向けられた事により、やってしまった感いっぱいになった私は青ざめた。
この国の殆どの人が見れない、でも確か王様と継承者は見る事が出来るという事は、あの嫌味な第一王子のシグ殿下も見る事が出来るという事だ。
集めの器に気軽に触った私に対しても、あの怒りようだった彼の事だ。
封じの器に座ってたなんて事がバレたら・・・!!
と、そこまで一気に考えた所で、ふとデュラの肩が小刻みに揺れている事に気付いた。
え・・・と、デュラさん? もしもし?
「・・・くっ、残念ながらこれは違うよ」
こいつ、私が最悪な事態で説教されると阿鼻叫喚に震える想像をする私を、思い切り笑ってたのか!
目尻に涙までためて笑うなんて、最悪だっ!
「ああ、そんなに怒らないで。もう答えは出てるも一緒なのだから」
笑いを堪えた顔で言われたって、私の怒りはそうそう治まるわけがないじゃないか。
もう封じの器なんかどうでもいいとそっぽを向いた私の手に、デュラが手を伸ばす。
ぺしっと叩けば、きょとんとした顔の後に、彼はまたくすくす笑って、今度は私が反応するよりも早くにその手を伸ばして、引き寄せた。
思ったよりも力強いそれに、わわっと体勢を崩しそうになりながら、すとんと石の上に腰を落とす。
「もう意地悪はしないよ。充分楽しませてもらったからね」
「・・・最初から優しくしてほしかったけどね」
「あなたが何かを感じ取れるか、知りたかったんだよ」
言って、彼は掴んだままの私の手を持ち上げた。
軽く握る形になっていた手を開かせ、そのままと言いながら、私の手を石の上、何もない空間に押す。
次の瞬間、何も無い場所、本来だったら通り過ぎる空間で、私の手は・・・
柔らかな、何かに触れた。
これって・・・!
驚愕に目を見開く私を、デュラが先程までの苦笑まじりな、今の状況を楽しむような表情から一変した、感情の抜け落ちた瞳で見ている事など、気付きもしなかった。