避けて通れぬ面倒事 1
デュラの機嫌がすこぶる悪い。
目の前に並べられた夕食は、彼のわかりやすく苛立ちが含まれて細められた視線さえなければ、素晴らしい味を私に与えてくれただろう豪華さだというのに。
今は無理矢理喉を通らせているという感じで、美味しいには美味しいんだけど、心から楽しめない。
彼の機嫌が悪い理由?
そんなのは嫌というほど解りきっている。
目の前のこのデュラルースという変態美形は、私の顔が好みとだけほざいていたくせに、どうやら本気で私に惚れてしまったらしく、先程彼の前で他の男性にほっぺちゅうをされて舞い上がった私に対して、大層お怒りなのだ。
ちなみに部屋には今私とデュラが向かい合って座り夕食を食べているわけだけど、私の護衛と称してこの白莉殿に置いて行かれた二人の騎士、ミハとアレンは部屋の外に控えているらしい。
らしいというのは、この広い部屋の扉の外の気配なんてわかるわけないからだ。
護衛対象だけならともかく、祭司長という身分の高いデュラの食事の時間に、見慣れない騎士二人がいては気が休まらないだろうからとか、もっともらしいわかりやすい説明をして二人は部屋を出て行ったのだけれど、私にはわかる。
絶対、この機嫌悪いデュラに巻き込まれたくなかったから逃げたんだって。
騎士なら変態からも私を守れ、ちくしょー!
なんて口に出そうものなら、更にデュラを刺激しそうだったから、流されるままに二人で食事を取っているわけなのだけれど。
カチャカチャと食器のたてる音だけが部屋に響く、重苦しい雰囲気の中で進む食事は本当苦痛だった。
さっさと食べ終わるのが一番だと、いつもより早く食事を口に運び、空いた皿を前にご馳走様と手を合わせると、給仕の女性が不思議な顔をしてデュラに視線を送った。
「ああ、あれは彼女の国の食事の始まりと終わりの作法だそうだよ」
「そうなのですか。あの、それではデザートはどうしたらよろしいでしょうか?」
「食べますっ!」
苦痛な食事と心の中で毒づきながらも、デザートの言葉につい反応して思い切り返事をしてしまった私に、デュラは苦笑しながら、持ってくるよう指示を出した。
それから出されたのは、フルーツシャーベットのようなもので、冷たくて美味しい。
シグ殿下のところで出された焼き菓子といい、今日はなんて幸せな一日なんだ。
昨日から続く濃い出来事をすっかり忘れて、甘酸っぱいシャーベットに頬を弛ませていると、デュラはもういいからと給仕の人に部屋から下がるように促し、扉の音が閉まるのを確認すると私に向き直った。
「アオイの力の事だけれど、過去に前例がない事、また力を行使する事が出来るのが私だけという事もあり、あなたの力に関してはあくまで私の憶測でしかない。まだ何か別の力があるかもしれない」
デュラの言葉に、思わずきょとんとした顔で瞬きした私を見て、デュラがふっと笑みをこぼす。
「それを確かめたいと思って、ここに留めたのだけれど・・・」
「また器のところに行くの?」
「そうだね。あなたにはまだ見せてないもう一つの器の事は、知っているかい?」
もう一つの器?
一瞬、何の事だと思ったけれど、かなり前にユーグから白莉殿には集めの器と封じの器があると聞いていた事を思い出した。
ここに何度か足を運んでいるけれど、いつも名前が出てくるのが集めの器ばかりだったため、すっかり忘れていた。
「えーと、封じの器だっけ?」
「そう、表に出すのは集めの器、けれど本当に意味があるのは封じの器の方なんだよ。それはここに仕える者達もごく限られた者達しか見る事も出来ないし、王族では陛下と、その継承者しか見る事が出来ない」
「そんなすごいの!?」
まさしく国宝級!
と、思わず驚愕の声を上げたら、また笑われた。
いやだってしょうがないじゃない。
日本にだって、十年に一度とか五十年ぶりに一般公開されるとかいうお宝はあるけど、そんなのニュースに流れるだけで、結局実際に見る事が出来るのなんて限られた人達だけだったり、一般人の私なんて興味もなく、その時はテレビの前でへーとか思うけど、次の瞬間には忘れちゃうような高レベルの物。
驚かずにいられないでしょ。
目を丸くする私の前で、デュラは小首をかしげた。
その肩口から彼の灰群青の髪が一房流れ落ちる。
「・・・それにアオイに触れてもらいたい」
口元に薄く笑みを貼り付けてそう言うデュラに、私はなんとなく、本当虫の知らせレベルの些細な違和感を感じて、デュラ? と声をかけた。
彼は、はっとしたように一度瞬きをして、改めて私を見る。
「どうしたの?」
一瞬感じた違和感はなくなり、デュラが真っ直ぐこちらを見つめるものだから、なんだか私まで落ち着かない気分になりながら問いかけると、彼は軽く首を振って微笑んだ。
「いや、やはり少し複雑だと思ってね」
「ん?」
何が? と少し溶け始めたシャーベットを掻き混ぜながら、首をかしげた。
「今までこの力を持つ者が私だけだったからね。素直に喜ぶべきなのか、どうか、ね」
「散々運命だとか何とか言っておきながら?」
思わずふざけてそう返す。
すると、彼はくすっと笑って立ち上がり、私の傍までゆっくりと歩み寄ると、私の座る椅子の背もたれに手をかけた。
近付いた距離に少しだけ心臓がどきっとしてしまったのを悟られないようにしながら、デュラを見上げると、彼は私の顔を覗きこむように顔を寄せた。
間近に迫ってくる整った顔立ちから逃れるように、後ろに下がる私の前でデュラが小さく笑う。
「運命だと思っているよ。殿下でも誰でもない、私の運命の相手だとね」
な、なんかいきなり色気作戦きて・・・る?
戸惑う私の心を知ってか知らずか、デュラは言葉を続けた。
「あなたの力を更に確かめそれを報告したら、あなたは否応無くこの国の慣習に縛られる事になる。表舞台に連れ出され、この国の要の一人となるだろう。それに関しては既に両殿下が動き始めているから、逃れることは難しいだろうね」
あ、気のせいかな?
っていうか、何か凄く面倒くさそうな私の今後について言われたような・・・
告げられた未来に不安を感じ眉根を寄せる私の頬に、デュラはそっと手を伸ばし、触れるか触れないかの位置で包み込んだ。
「だからこそ、力の有無を確かめる術が私だけにある事を利用して、この腕の中にあなたを隠してしまおうかとね、気持ちは複雑だ」
言われた言葉の意味を図りかねて、いぶかしむ私の視線をものともせずに、デュラの親指が私の頬をなぞる。
「レィニアス殿下はあなたを守るといったけれど、彼は封じの器を見ることも叶わぬ者。彼にあなたを守る力があるとは思えない。けれど、私なら本当にあなたを守る事が出来る。表舞台に晒され面倒な柵に縛られるのは今まで通り、私だけですむ」
デュラの言葉は、面倒な事を避けたい私にとって、理想の逃げ道だ。
頬を傾けた彼の灰群青の瞳に影が落ち、青色を深くした見慣れない綺麗な目が私を捕らえて離さない。
「あなたはあなたのまま、生きたいように生きる事が出来る」
なんて簡単な逃げ道。
なんて甘い誘惑だ。
ゆっくりと近付いてくる、その整った顔立ちから目を離すことが出来ず、私は瞬きを忘れた。
甘くて、甘くて・・・
すっと細められたデュラの瞳に自分のまぬけ顔を確認した、次の瞬間。
「・・・ぐっ」
がつってね。
思わず頭突きしちゃってたよ・・・うん。
デュラのたぶん、歯? が、おでこに当たって、マジで涙出た。
デュラも口元押さえて、しばらく動けなくなってたけど、うん、しょうがないよね・・・
だって、甘い言葉には罠が付き物だって言うじゃない。