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弱気な彼の小さな反旗

「彼女にそのような力が・・・」


 白莉殿の地下ホールから場所を変え、応接室へと通された私達は、先程までの経緯をレィニアスさん達に話し終えたところだ。

 革張りの白を基調としたソファにレィニアスさんが座り、その前のテーブルを挟んだ向かい側に座るのは殿下・・・今部屋には殿下が二人いるから、この人はシグ殿下と呼ぼう、そして、私とデュラは彼らを見渡せる位置に隣同士並んで座っている。

 騎士の方々はそれぞれの使える主の後ろに少し離れて立っている。

 ただ座っているだけだというのに、話されている内容が自分の事なせいもあって、何だか居た堪れない私は視線を床に落としたり、彼らの様子を伺ったりと視線をさ迷わせていた。


「この事は陛下に報告し、今後の事はおって私が指示を出す。それで異存は無いな」

「・・・彼女のことは私に一任して下さると」

「あれに力が無かった場合は、だ。今は私がこの目で確認した。この国の要ともなる力を有した女をお前に託すわけにもいくまい。自身の周りに置く者の力をろくに確かめもせず、野放しにしていた奴にはなおの事だ」


 シグ殿下の言葉に、レィニアスさんがぐっと言葉を詰まらせる。

 私は私でシグ殿下の失礼な言葉に何か言ってやりたいんだけど、立会人も多く、重い雰囲気の中のため口を開く事が出来ない。

 会社で面接受けてる時みたいな、嫌な緊張感が身体中をずっと支配している。

 ぎゅっと手を膝の上で握り締めて俯く私のその手に、隣に座るデュラがそっと手を重ねてきた。

 ん? と顔を上げれば、デュラが薄く笑みを浮かべている。


「シグジール殿下、レィニアス殿下を擁護するわけではありませんが、我々は彼女の意志を尊重したまで。彼女は奔放な所も確かにありますが、普通の娘です。この国の習慣にも力にも慣れない者に、何かと無理強いさせるのは酷というもの」

「それで放っておいた結果、発覚が遅れ、何かあったらどうするつもりだったのだ? 何かあってからでは困るのだ。特にこの時期は他国からの要人も集まる。その娘の存在が他国の者へと知れ渡ったらどうなると思う」


 言いながら、シグ殿下は冷めた視線をデュラからレィニアスさんへと移し、その後ろに控えていたカイルで留めた。

 その視線に促されて、カイルは首のあたりを軽くかきながら口を開く。


「そうですね、俺でしたら攫ってでも自国に連れて帰ります」


 さらりと怖い事を言ってのけるカイルの言葉に、私は驚いて目を丸くした。

 皆の視線を受けながらも、いつもの飄々とした感じを崩さす、顎の辺りに指先を滑らせながら、彼は言葉を続ける。


「今、集めの器の欠片は四大陸を治める各々の王家に貸し出されているのと同じ。それは、器を清める事が出来るのは、この国で生まれる者のみに現れる力があるからです。その力を、多少異なるとはいえ別の人間が使えるとならば、わが国にもその力の恩恵をと考えるのは当然かと」

「その通りだ。私も他国の王子であれば、真っ先に言うだろう」


 シグ殿下は交差していた指を解いて立ち上がり、私の前に来るとその太くて長い指先で私の顎を捉えた。

 ぐっと強い力で上向かされ、真正面から見据えられる。

 シグ殿下の後ろでレィニアスさんが、がたっと立ち上がる音が聞こえたと同時に、シグ殿下が口元を歪めて、笑った。


「生きていればどんな手を使っても構わん。何としても連れて帰れ、とな」


 驚きに目を見開く私の顔に、彼は満足したとその手を離すと、背後のレィニアスさんを一瞥した。


「事の重大さがわかったか。この国と、四大陸との均衡を崩すわけにはいかん。無能な貴様に任せるには力不足という事だ」


 何処かでレィニアスさんを貶める言葉を吐かなければ気がすまないのかと、いつもの私だったら怒っていただろうけど、私は私で事の重大さをわかっていなかったため、呆然としたままレィニアスさんに顔を向けるしか出来なかった。

 見つめる先では、レィニアスさんがシグ殿下の侮蔑に満ちた視線を、眉根を寄せて受けている。

 数秒、重い沈黙が部屋に訪れた。


「・・・ふん、ここでいくら話したところで埒が明かん。おい、帰るぞ」

「はっ」


 シグ殿下の言葉を受けて、彼付きの騎士の二人が頷いた。

 呆然と彼らの動きを見つめていた私だったけれど、ふいに視線を感じて顔を動かせば、レィニアスさんと目があった。

 交差した視線の先で、彼は小さく頷くと、その菫色の瞳に決意の光を宿す。

 何? と、きょとんと瞬きする間に、この部屋から出るべく扉に手をかけていたシグ殿下達に向かって、レィニアスさんが声を上げた。


「待ってください、兄上。私も共に帰り、陛下との話し合いに参加させて頂きます」

「・・・何だと?」


 ゆっくりと振り返るシグ殿下の威圧めいた雰囲気に気圧されるんじゃないかと、どきどきする私の心配をよそに、レィニアスさんはきっぱりと言い切った。


「何と言われようと、アオイのことは私が責任を持ちます。兄上の意に反する事になろうとも」


 レィニアスさんの言葉に、シグ殿下は軽く目を見張る。

 彼がこんなふうに、お兄さんに対して意思を示すのは、もしかして凄く珍しい事なんじゃないかと思うくらい・・・カイルが口笛でも吹きそうなくらい、嬉しそうな顔をしている。

 周りの人が驚愕やら、呆然としているのに、一人笑顔だと目立つ。

 カイルのほうがずっと、弟の成長を見守る兄のような優しい目をしていた。


「・・・勝手にしろ」


 吐き捨てるように呟くと、シグ殿下は身を翻して扉から出て行った。

 彼付きの騎士の二人は慌てて、それでもレィニアスさんに軽く一礼をしてから、主の後を追う。

 パーチームの騎士さんが一瞬私を振り返ったので、思わず頑張ってねと手を振ると、目を細め微笑んで去っていった。


 あのシグ殿下付きは絶対大変だよね。うんうん。


 二人を見送り、頷きながらそんな事を思っていたら、隣に座るデュラが何やら恨みがましい目でこちらを見ている。

 あなたは簡単に笑顔を向けすぎだとか何とかぶつぶつ言ってるけど、軽くスルーして立ち上がった。

 カイルと話しているレィニアスさんの元へと向かう。

 私に気付いたレィニアスさんの瞳に、今までにない何かを決意した真摯な光を感じてドキッとした。


「兄上がすまなかったな。アオイの力の事が兄上の耳に入り、こうなる前にと探したのだが見つけられなかった・・・」

「いえ、気にしてませんから」


 何より、私がレィニアスさんから逃げてましたからね!

 とは勿論言えずに、あははと小さく笑って彼を見上げる私の頬に、レィニアスさんの手がそえられる。


「昨夜は大丈夫だったか?」


 問われて、一気に昨日の醜態を思い出した私は、彼の手の感触も手伝って一気に頬に熱が集まった。


「いえ、あの、大丈夫ですというか、昨日は何かとご迷惑をおかけしてしまって、私の方こそすみませんでした」

「いやよい。どちらかといえば、私は少し残念だと思えた程だ。それに、昨日のように普通に話して欲しいのだが・・・」


 言われて初めて、自分が彼に対して敬語を使っている事に気付いた。

 レィニアスさんのことは、透明人間さんだと思っていたせいか、つい敬語を忘れたり、殿下という敬称で呼び損ねていたのだけれど、さっきまでシグ殿下と散々敬語で話していたせいで、それが抜け切れないでいたのだ。

 慌てて、何か言おうとしたところで、軽い咳払いが聞こえた。

 我にかえれば、カイルが先程と違い、にやにやした意地の悪い笑みでこちらを見ている。


「殿下、早く行かねえとシグジール殿下に遅れを取るのでは? 陛下も忙しいでしょうから、そう簡単には話は進まないと思いますけどね」


 何もかも見透かすようなカイルの視線に、赤面しながらも眉間に皺を寄せて彼を睨んだ。

 迫力なんてあったもんじゃないだろうけど。


「ああ・・・アオイは」

「レィニアス殿下、彼女にはここでまだ確かめなければならない事がありますので、私がお預かり致します」


 事の成り行きを傍観していたデュラがソファに座ったまま、軽く手を上げて言った。

 言葉は一応丁寧なのに、態度は本当あからさまな彼の姿に、殿下に対していいのかな? とも思ったけど、たぶんそこも祭司長とやらの地位で許されるのだろうと一人で納得した。

 それでもレィニアスさんが心中どう思っているのかわからないけど、何だか、二人の視線が交わった時、剣呑な光が走ったような気がしたけど・・・


「・・・では、アレンとミハエルを置いていく。アオイの力はまだ一部の者にしか知られていない。二人はアオイの警護にあたってくれ」

「はい」

「任せて下さい」


 話をふられ、アレンは至極真面目な顔で胸元に手を置いて頷いたのに対し、ミハは笑顔で胸を張った。

 本当対照的な二人だな、と思っていると、レィニアスさんが私の名前を呼んだ。


「いつもお前とは話す機会がないままだ」

「そう言われると、そうかも?」


 ふふっと笑うと、彼も美麗な笑みを浮かべた。

 思わず見惚れてしまうほど、麗しいなぁと彼を見上げていると、その顔がふいに近くなった。


「だが、必ずアオイの事は私が守ってみせるから」


 至近距離でそう囁かれ、胸がときめくと同時に頬に柔らかな感触が押し付けられた。

 わっと思った時には、もうレィニアスさんは離れていて、小さな温もりを感じたそこに手を当てて呆ける私の瞳を、彼は蕩けそうな微笑を浮かべて覗き込んだ。


「待っていてほしい」


 首から上に急激に上ってきた熱のせいで、頷きしか返せなかった私の頭を、レィニアスさんは軽く撫ぜると踵を返して、カイルと共に部屋を出て行った。

 後には、憮然としたデュラと目配せしながら私を伺うミハとアレンの姿があったのだけれど、それを気に留める余裕はなく・・・問題が山積みのところに、更に問題が増えたというのに。


 ・・・腰、くだけた・・・


「アオイちゃん!?」


 へたりこんだ私の顔は、にやけてしばらく元に戻らなかった。

 超絶好みな顔って本当やばい。




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