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 コンコンと木で作られた扉がノックされ、私は慌てて起き上がった。

 先ほど出て行った彼が、食事を持って戻ってきてくれたのだと思い、扉を開けようとして、ガチャっと外鍵に阻まれた。

 鍵がかけられていた事をすっかり忘れていた私は、がくっと肩を落とした。

 そんな私の耳に、カチャリと鍵の外れる音に続いて、キイッと遠慮がちに扉の開く音が聞こえた。


「・・・失礼」


 少しだけ開いた扉から部屋を覗き込んできたのは、先ほどの男とは違い、灰群青の髪色を肩でゆるく結び、その髪色をより濃くした瞳の色を持つ男の人だった。

 冷たい感じのする細めの瞳が、扉の目の前で立っている私の姿をとらえて、軽く会釈した。


「食事を持ってきたので、少しどいて頂いても?」

「あっはい!すいません」


 私が立っているせいで、扉がこれ以上開けられないのだと気付いて、私は慌てて後ろに跳び退るように場所を空けた。

 一人用の小さなテーブルと椅子の傍で立ち止まると、男の人は片手に結構大きめなお盆を乗せた状態で器用に扉を開けて、部屋の中へと入ってくる。

 それをテーブルの上に置くと、彼は近くにあった椅子を引いて、私に座るよう目配せした。


「ありがとうございます」


 待ちに待った食事に私は嬉々として、素直に椅子に腰掛けてお礼を言った。

 そんな私の態度を見ていた彼はその細い目を更に細めて微笑えむと、コップに飲み物を注いで私の手元に置き「どうぞ」と食事をとるよう促した。

 私はにっこり頷いて、いつものように手を合わせる。


「いただきます」


 言ってぺこりとおじぎして、目の前の食事に手を伸ばした私を、男の人は不思議そうに見つめてきたけれど、お腹が空いていた私はそれを気付かない振りをした。

 日本人独特のこの食事前の挨拶が気になったんだろうけど、説明は後にさせてね。

 お腹の空きすぎは体に毒だから。知らないけど。

 ぱくっと自分の手の平よりも大きなパンを両手で持つとそのままかじり付いた。


 もっちりしてて美味しい~っ


 そのまま二口目もパンにかじりついて、もぐもぐと口を動かす。

 次にグラスに注がれたミルクをごくりと飲んでから、あぶり焼きのハムのような燻製肉を頬張った。

 朝はあまり食事が喉を通らない人たちと違って、私は朝からしっかり食べる。

 なにより、すっごくお腹空いてたしね。

 もりもりと食べ続け、デザート以外は全て食べつくし、ミルクを飲み終えた時、私はようやく食事を運んできてくれた男の人が、じっと自分を見つめている事に気付いた。


 しまったすっかり存在忘れてた・・・

 どんだけ食い意地張ってるんだって思われたかなぁ

 いい年をした女の食べ方じゃなかったよね・・・

 

 つい人前だという事を忘れて食べる事に夢中になった自分を反省する。

 しゅんとうなだれた私の傍にふいに彼は歩み寄ると、ミルクの入ったピッチャーを持ち上げた。


「失礼」


 言って、私が握り締めていたコップを丁寧な仕草で取り上げると、中身を満たした。

 空になったコップを手に食事を止めた私を、飲み物をついで欲しいと思ったのだろう。

 ミルクを注ぎ終わったそれを、彼は今度はテーブルに置かず、その手元を見つめていた私の前にそっと差し出してきたので、私はそれを受け取りながら、ありがとうございますとお礼を言った。

 折角なので、一度口をつけてごくりと飲んでからコップを置く。


 えーっと、とりあえず、何か話した方がいいの、かな?


「あのっ」

「ふふっ」


 え?

 

 私の声と彼の吹き出した笑いが同時だった。

 何?と見つめる視線の先で、彼は思わず出た笑いをこらえるように自分の口元を手で押さえ、視線を一旦私から外した。

 笑みを押さえたその瞳がもう一度私に戻ると、彼はそっと私の顎に手を伸ばしてきた。

 一体彼がどうしたのかわからずに、反応が遅れた私の顎は、彼の神経質そうな細くて長い指にとらえられ、軽く上向かされる。


 何?


 そう思った次の瞬間には、私の唇の端に彼の唇が押し付けられていた。

 目に写るのは、冷たい感じがした端整な男の人の顔。顔。・・・顔!?


 ちかっ!!!!


 いきなりの事に固まる私の大きく見開いた目に、彼の甘さを含んだ細い目が写った。

 微笑むように更に細められたそれに間近で見つめられ、更に動けなくなった私の意識は、唇の端に押し付けられた彼の唇が動いて、そこを舐め上げた事で急激に覚醒した。


「いっ・・・やだっ!!!」


 どんっと彼を突き飛ばした。

 それくらいの力で彼の胸元を押したはずなのに、彼は何事もなかったように自分の意思で私から離れると、自分の唇を親指でぬぐうような仕草をしてから言った。


「ミルクが付いていたので」


 は?

 みるくがついていたので?


 彼が言った言葉の意味がわからずに、思わずそのまま頭の中で何度も反芻する。

 彼の舌の感触がまざまざと残る唇の端に知らず手で触れた。


 ミルクが付いていたので。

 この後に続く文章を考えよ。

 答え。

 自分の唇と舌で拭いました。


 ってそんな答えあるかっ!!! 


「そっそういうのは普通に言って下さいっ自分で出来ますっ」

「あまりにも愛らしかったので」


 言ってにこりと微笑んだ彼の顔には、最初の冷たい雰囲気など欠片も残っておらず、甘やかで。

 私はそんな彼の視線に捕らえられ、真赤になってしまった。

 何なのこの人、何考えてるのとぐらぐら沸騰しそうな頭の中が疑問符で一杯になった時。

 ゴンゴンと大きな音で扉がノックされた。

 こちらが返事をする前に、ギイッっと勢い良く扉が開く。


「デュラッお前こいつの世話は俺だって言ってんだろうがっ」


 入ってくるなり、灰群青の髪の男の人に食って掛かったのは、先ほど部屋を訪れた赤茶色の髪をした彼だった。


「そう言うわりにはここに来るのが遅かったようだけどね?」

「殿下が呼んでるって嘘吐いたのはお前だろっ!わざわざここから一番遠い東館に来るよう指定するあたりでおかしいと思ったんだ」

「おかしいと思いながら行くから馬鹿を見る」


 はっと鼻で笑う彼の前で、赤茶色の髪の人の空気がずんっと重くなる。


「てめぇ・・・」

「熱くなるな、気持ち悪い。客人の前だろう」


 その言葉でようやく彼は私の存在を思い出したらしく、赤茶色の髪の人は、はっとしてこちらへ視線を落とした。

 いや別に私の事なんて気にしなくて良かったのに。

 急に始まった二人のやりとりを呆然と見ていた私に、彼はすまなそうに眉を寄せると口を開いた。


「悪い。ここに食事を運ぼうとしたら、こいつが横からしゃしゃり出て来やがってよ」

「こそこそ動いてる人がいたら気になるのは人の道理ですよね?お嬢さん」


 二人の男の言い分に、私は乾いた笑いを返すしか出来なかった。

 てか、お嬢さんってそんな呼ばれ方、恥ずかしすぎる・・・

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