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「まあ、今の時期は器が安定しないのは殿下もご存知でしょう。でも、今の事で彼女に力がある事は誰の目にも明らかでしたし、解りやすくて良かったですね」
殿下の厳しい目に射すくめられ、びくびくしていた私の前で、デュラが唐突にそう告げた。
たいした事でもないとさらりとした言い方に、殿下は眉を潜めたけれど、この神秘なる力を持つのがこの世界にデュラただ一人という事実上、彼の言葉に沿うしかないと思ったのか、忌々しそうにではあるけれど、溜息を吐いてから、口を開く。
「この者に何かしらの力がある事は確かに解った。だが、それがお前と同じ力であるかどうか、今度はそれを見せてみろ」
「・・・それでは、あなたが祈りを捧げますか? それとも別の者に?」
「そうだな・・・おい、折角だ。お前達がやるか?」
言いながら、後方でこちらを伺っていた騎士の二人に、殿下は視線を移した。
主に問われ否と答えられるわけもなく、二人が前に歩み出てくる。
ちらりと私を見る目には、得体の知れない者を見るような戸惑いが生まれている事に気付き、なんだか私も申し訳ない気分になってしまう。
デュラがやるならまだしも、何かしら力がある事の証明だけされた私がやるんだから、これってつまり二人は実験体って事だよね・・・
私も確かに遠慮したい事だわ・・・ああ、だからこそ殿下は逃げたのかな?
ある意味、殿下で力を試してみたいぞ。
なんて考えている私の隣で、デュラが私の頬に手を添えながら口を開いた。
「まずは、私がやるから。アオイは見ておいで」
口元に笑みを浮かべ、そう告げたデュラの言葉に、騎士の二人に更に緊張が走ったのを私は見逃さなかった。
二人一緒ならまだお互い不運だったなーと後で笑って話せる事かもしれないのに、一方は自分達が信奉する現祭司長に、一方は得体の知れない私に力を試されるのだ。
二人の間に生まれた一種の連帯感が消えうせ、お互いが視線を交わす。
お前が、あの女な。
いや、マジで勘弁。お前が頼むよ。
えー俺だって嫌だっつーの。
なんて彼らの脳内会話を勝手に想像して、軽くへこんだ。
高潔なイメージのある騎士の方々がそんな口調で会話する事はないだろうけど、似たような事は考えているだろう事は間違いないはず。
「では・・・」
「あのっ!」
「? アオイ、どうかしたかい?」
指名されてしまったら、残された方が可哀想だと思った私は、焦って口を開いた。
「私の国ではこう、組分けに不安がある時にやる簡単な分け方があるんだけど、それやっちゃダメ?」
「それはどういったやり方で?」
「掛け声に合わせて、手を握り締めたぐーの形と開いたぱーの形にして出すんだよ。それで同じ手の形してる人同士が組になるの」
手をぐーとぱーの形にひらひら変えながら説明する私の言葉を、騎士の二人はぽかんとした感じで話を聞いていた。
不安や緊張が走っていたところに、いきなり水を差された感じで場の空気が変わる。
「それは不思議なやり方だね、アオイはどちらを出すんだい?」
「私とデュラは絶対かぶっちゃダメだから相談するんだよ。あの、そちらの二人もどっちが何を出すか話し合って下さい。デュラはちょっとこっちに来て」
騎士の方々に背を向けて、デュラとどっちを出すか決める。
お互い声に出さずに、私がぱーでデュラがぐーを出す事を決めて、騎士の二人の様子を伺うと彼らも決まったのか、頷きが返って来た。
「えーと、私が『ぐっぱーで、しょっ』と声をかけたら、一気に手を出すでお願いします。こういう感じで」
「・・・掛け声はそんなものになるのか?」
耳に慣れない拙い言い方に、騎士の一人が困惑を隠せずに質問する。
「子供の頃によく使うやり方だから、こんな言い方なんだと思うんですよ。慣れると気にならないですよ。大人になってからもつい使っちゃいますし。後は他にじゃんけんっていうのがあって」
「おいっまだ決まらないのか?」
殿下が焦れたように声をかけて来たので、思わず「殿下も参加します?」と声をかけたら、睨まれた。
興味ありそうに説明聞いてたくせに・・・
「とにかく、さっさとしろ」
険しい顔で殿下に促され、私達は一発勝負で事に及ぶ事になった。
かくして、厳粛なる神殿の広いホールの中、騎士二人とこの国の要である祭司長、そして私という奇妙な四人組は、円を描くように肩を寄せ合い手を前に出す。
なんともいえないシュールな展開だ。
けれど、騎士の二人の顔からは先程の戸惑いが消え、和んだような真剣とも取れる姿を見て、この提案は間違ってなかったはずと自分を褒めてあげたい気分で私は顔を上げた。
デュラはそんな私を最初から、面白そうに見つめていた。
「ではっ、恨みっこなしという事で・・・ぐっぱーで、しょっ!」
「創生の時より生まれし聖浄なる器よ、無明の闇に魅入られし無二なる御魂を導き、その御手により救いと平穏を与えたまえ。我愛燐の筆を取り一筋の架け橋を画く者・・・祝福を」
頭を垂れ、片膝をついて蹲る騎士の前に立ち、デュラが無表情で片手を上げる。
普段、私に見せる彼からは想像も出来ないその凛とした姿と、この場の雰囲気に私は息をのんだ。
その直後に、私は寒気を感じて、無意識に腕をさすった。
跪く騎士の頭上、デュラの手がかざされているあたりの空間に、うっすらと灰色の靄が掛かり始める。
うわーん、やっぱり怖いんですけど!?
これってある意味本当心霊体験だよね!?
「どうした?」
小さく震え出した私に気付いた殿下が、小声で私に話しかけてくる。
この俺様王子様が気遣いなんて出来たのかと一瞬思ったけれど、元はと言えばこれとご対面する羽目になったのは、お前のせいだと、恨めしそうに睨み上げると殿下が目をみはった。
殿下という立場ある者に対して向ける目ではなかったと思うけど、そんな事考える余裕なんて今の私にあるわけなく。
ぞくぞくと震える身体に負けないように、ぎゅうっと手を握り締める。
怖さから涙が込み上げてきそうになり、慌てて顔を俯かせた。
そんな私の隣で、殿下は何を思ったのか、ふいに私の震える手を取るとぐっと握り締めた。
「えっ!?」
「静かにしろ。そんな目で私を見れるのならば、しっかりあれを見ておけ」
まさかの殿下からの力強い手の温もりに驚き、私は怖さも忘れて素直に彼の言葉に従い、少し離れた場所、つまり先程まで見つめていた光景へと顔を戻した。
そこでは、薄い灰色の靄に覆われたデュラの手が透明な石造に触れるところで、石が靄に呼応して淡く光りを放つ。
これも黒い靄と違って皆に見えているらしく、部屋に灯された明かりとは違う光に、皆の瞳が揺らぐ。
そして、跪いていた騎士の上げた顔は、何処か憂いが晴れたような凛とした表情をしていた。
気持ちの昂ぶりと尊崇の念を宿した真っ直ぐな瞳で、器と石に触れたまま目を閉じているデュラを見つめている。
「あれが我が国が誇る宝、そしてそれを司る人間だ」
殿下の誇らしげな声音に、私はごくりと喉を鳴らした。
黒い靄を見て触れた時の恐怖心ばかり先立っていたけれど、実際に人の心の憂いを晴らす場面を見てしまうと、まさしくそれは奇跡そのものだった。
言いようのない心の昂ぶりが生まれ、私がほおっと息を吐き出した時、殿下が唇の端を持ち上げて笑った。
「怖いと避けてばかりいては見えぬ物もあるという事だ。さて、次はお前の番だ。その力、先程のように存分に発揮してくれ」
にやりと意地悪く笑いかける殿下なんだけれど、彼のおかげで目の前の奇跡から目を逸らさずにいられた事が助けとなり、嫌な事に立ち向かわなければならない気持ちでいっぱいだったそれが薄れ、心が軽い自分に気付く。
さっきまでの私だったら、この殿下の顔にムカつきしか感じなかったのに、少しだけ愛着が湧いたよ。
よしっどうなるかわかんないけど、やるしかないよね。
そんな事を思いながら、まだ握られたままの手の温もりにはたと気付き、恥ずかしくなって視線をそこに落としたら、殿下がふんっと鼻で笑って手を離した。
「手を握るくらいで落ち着くとは、下のが女としてお前を見ているのが信じられぬ。力の事を除けば、只の子供ではないか」
なっ・・・やっぱりいけ好かない奴!
むっと眉間に皺を寄せたところで、デュラが私達の間に割り込んできた。
「殿下、軽々しく女性に触れるような事はお止め下さい」
誰よりも、私に気安く触れてるのがデュラ、あんたなんだけどね。
「ふん、女性と呼ぶにはまだ早いだろう」
もう24だから、充分女性と呼ばれる枠組みですけど、何か?
「解っていませんね。まあ解らなくて結構ですが、この幼い顔立ちに愛らしい仕草、それなのに衣服の下には魅惑な肢体が隠されているんですよ。それを女性と言わず何と呼称しろというのです」
!!??
「何、これがか・・・?」
「いやもう全然普通の・・・って、何の話をしてるのっこのバカデュラッ!!」
ぎゅううっとデュラの頬を力を込めて引っ張った。
唖然としている殿下を振り向き、笑顔でこれ以上何か言ったら殺すと無言の圧力を目力に込めたら、珍しく殿下が動揺を見せて口を噤んだ。
更に呆気に取られている周囲もじろりと睨んだ後、私は傍に控えていたもう一人の騎士の方へと勢いよく歩み寄る。
「ぱーチーム、頑張ろうねっ!」
がしっとその手を取って言った私の言葉に、騎士の方は二度瞬きをしてから、はぁ・・・となんとも気の抜けた返事を返してきた。
その口が小さく、ぱーちーむって・・・と困惑を呟いた事は聞こえなかった事にして、私は集めの器へと目を向けた。
すぱっと終わらせて、こんな所、殿下も含めてさっさとおさらばしてやる!