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『ごっくん』


 殿下の言葉に驚いて、口の中に入っていたケーキを喉元を鳴らして、飲み込んだ。

 毒が入っているかもしれないものを、吐き出すんじゃなくて、目を丸くして思い切り飲み込んだ私の姿に、目の前でそれを見ていた殿下が我慢できないと声を上げて笑う。


 なっ何なの、この人!


 いきなりどうしたのっていうか、明らかに私の奇行のせいで笑っているんだろうけど、いくらなんでも笑い過ぎではないかと、自分が毒を飲んだかもしれない事を忘れ、戸惑って周囲に視線を移せば、傍に控えていた執事の方も、扉付近に立っている騎士の方々も呆気に取られたように殿下を見ていた。

 メイドさんにいたっては、怖いものを見たと青褪めている。

 そういえば、カイルもこの人には気をつけろ的な事を言ってた気がするし、彼がこんな風に笑うのは滅多に無いのかもしれない。

 こうやって彼の周りに仕えている人達までもが、驚く程には・・・


 これはある意味貴重なものを私も見れたのはラッキーなのかな?


 なんて見当違いな考察している場合じゃないってば!

 それよりも、毒飲んだかもしれない私の立場はどうしたらいいの!?

 とにかく直ぐに吐き出すべきだっけ?


 毒を飲んだ時の対処法なんて、残念ながら知るわけもなく、周りの人は殿下にある意味夢中な中、とりあえずお手洗いに逃げようと立ち上がったところで、ようやく笑いを堪えた殿下が口を開いた。


「冗談だ、それには毒なんぞ入っていない」


 肘掛に置いた手に顔をのせ、まだ可笑しさを滲ませた目で言われた言葉に、私は思わず、ぐっと拳を握り締めた。

 怒りに震える私に気付いた執事さんが、そっと近付いてきて、どうぞお掛け下さいと促すのでしぶしぶながらも腰掛けたけれど、私の怒りが収まるわけもなく、目を細めて殿下を睨んだ。

 彼はそんな私の態度に、口元を歪ませて意地悪く笑っている。


「紅茶のお代わりはいかがですか?」


 執事さんがこの場を何とかしようと気を使ってくれたのか、殿下の方を伺ってから私を見る。

 心配そうに私を覗き込むその視線から、殿下を睨むのは止めて下さいとひしひしと感じ取り、私は小さく息を吐き出すと、お願いしますとカップを持ち上げた。

 新しく湯気のたった紅茶が並々とカップに注がれ、折角だし、気持ちを落ち着けるためにと口をつける。


 ああ、美味しい・・・


 荒んだ心が癒されるような芳ばしくて、温かい紅茶をごくごく飲んでいる私の前で、殿下は何かを思い出したように執事さんに顔を上げた。


「そうだ、イェルク」

「はい」

「確か、その紅茶だったな、本当に毒を入れたのは」


 ぶーっ!!

 ・・・っげほげほっがふっ!


「「!!??」」

「・・・ハッ」


 辺りに一気に緊張が走ったというよりも、皆驚き呆気に取られた。

 何故なら、いきなりの殿下の言葉に私がお茶を噴き出したからだ。

 しかも水分が器官にまで入り込んだせいで、咳が止まらない。

 そんな私の前で、殿下は再度声を上げて笑い出し、執事さんは慌てて私の傍に膝を折るように屈みこんで背中を摩ってくれた。

 涙目で咽る私の口元にハンカチを差し出しながら、執事さんは困ったように眉を寄せ、殿下に顔を向ける。


「・・・殿下、お戯れが過ぎるのでは・・・」

「その女には一度借りがあるんだ」


 メイドさんが汚れたテーブルを片付けながら、聞こえた殿下の言葉で、私が何をやらかしたのだという非難の目を向けてきた。

 入り口近くの騎士の方々も、そっと目を伏せて私の悲惨な顔を見ない振りをしてくれていたけれど、やはり同じ様に不審な視線を寄越す。

 そんな中で私は、まだごほごほっと喉の奥の違和感が取れず咳き込みながら、執事さんが差し出してくれたハンカチで生理的な涙を拭った。

 周りの反応や執事さんの言葉から、結局紅茶にも毒なんて入っていない事は解ったけれど、殿下の言う借りの意味がわからずに一瞬考えて、はっと思い出す。


 そういえば、初対面で結構嫌な態度取ったあれの事?

 そりゃ確かに、殿下に対する態度にしては不敬以外の何でもないけど、こんな仕返しなんて子供っぽすぎると思うのは私だけ!?


 羞恥で顔を真っ赤にさせた私を面白そうに眺める殿下を涙目ながらに睨むと、彼は余裕な顔で笑い返してきた。


 何だその顔、ムカつくっ!


 かちんときたけれど、ここで私が怒っても事態はますます収集着かなくなるだろうし、下手したら本気で何かお咎めがくるかもしれないと考える。

 気遣ってくれてる唯一の味方、執事さんのためにも、頑張れ私。

 そう思って大きく息を吸い込むと、乱れていた呼吸を整え、気持ちも一緒に切り替えると、真っ直ぐに殿下を見詰めて口を開いた。


「・・・その節は、本当にすみませんでした」

「・・・ほお?」


 私が素直に謝った事が意外だったのか、殿下が片眉を上げる。

 レィニアスさんを馬鹿にしたからとか、殿下の顔が黒い靄に覆われていて見えなかった事とか、それに触れたせいで少し私がおかしくなった事とか言い訳しようと、口を開きかけたが何から話していいかわからずやめた。


「今日はそれの仕返しで私を呼んだのですか?」


 それが本当だったら、嫌味でお子様な第一王子のレッテルを貼ってやる。

 私の言葉に、殿下は仕返しとはな・・・と鼻で笑ったけれど、でも先程のやりとりってそれ以外に当てはまらないと思う。

 彼は片手を上げて、執事さんとメイドに下がるように促すと、彼らが出て行くのを見計らってから口を開いた。


「いや、下のに近付くお前の事を調べさせたら、祭司長と同じ力があるやもしれぬと話を聞いたのでな。前に会った時のお前の言葉を思い出したのだ。お前も、あの時の事をしっかり覚えているようだな」


 あの出来事は軽く忘れていて、関わりたくないレィニアスさんのお兄さんって枠組みの人だという事は内緒にしておいた方が良さそうだと思いながら、とりあえず頷いた。

 唯一の味方と勝手に思っていた執事さんがいない今、落ち着いて考えながら会話を進めていかなければならない。


 でも私、そういうの苦手なんだよね・・・


 溜息を吐きそうになるのをぐっと堪え、そういえば、あの思っている事が顔に出やすいメイドさんがここにいようものなら、下のに近付くってあたりでまた凄い目で見られそうだよね。

 なんて場違いな事を考えると、なんだかやけに落ち着いた。


 変なところで助かったよ、メイドさん。うん。


「・・・今も何か見えるのか?」


 静かな声音に顔を上げる。

 心霊みたいな言い方、やめてもらえないかな、怖いから。


「見えません。いつでも見えるわけじゃないんです。ふとした時にたまたま見えたという程度ですから」

「確かめに器には触れたのか?」

「いいえ、怖い物には近付かない精神で生きてきましたから、遠慮させて頂きました」


 だから、あなたともお近づきになりたくないんだけどね?


 流石にそこまで言えないけれど、私の言葉に殿下は軽く目を見開いた後、可笑しそうに目を細めた。


「物言いが愉快な女だ。そうか、この国の象徴ともいえる力の源、器の存在が怖いというか・・・」


 こくこく頷く私から、彼は一旦視線を外し、何かを考えるように視線を伏せる。

 しかし、次の瞬間にはその瞳に強い決意の光を宿してこちらを見つめた。


「だが、お前の力がどのようなものであるか、はっきりと確かめさせてもらう。祭司長の力と同じであるのなら、こちらとしてもお前の処遇を考えねばならぬ」


 言って、彼は立ち上がると、咄嗟に後ずさった私の腕を捕らえた。

 ぐっと力任せに掴まれた腕が痛い。


「他国にお前の存在がバレてしまわぬうちにな」


 それってつまり・・・


「白莉殿に向かう馬車の用意を」

「はっ」


 慌てて部屋を出て行く騎士の背中を見送って呆然とする私の顔を殿下が覗き込んで来る。


「下のがこのような女を隠していたとはな・・・さっさと報告しておけばいいものを」


 そういえばレィニアスさんも私の事を探してくれていたんだったとぼんやりと思い出しながら、私は別の事を考えていた。


 私今朝、白莉殿(そこ)から王宮(ここ)に帰ってきたばかりなんだけどね・・・!

 めんどくさっ


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