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後門のオオカミはたちが悪い 1

 何で、何で、何でこの人が・・・!


 久々に見たレィニアスさんのお兄さん、この国の第一王子を前にして私の身体は固まった。

 でもそれも仕方ないと思うんだよね。

 苛立ちを隠そうともしないその目の鋭さは、獲物を見つけた猛禽類のようで思わず逸らしたくなるんだけど、逸らしたら負けだと変な意地が働いて、私はその目を見つめ返した。

 といっても、何度か瞬きして、何ですか? 私何かしました? という表情で誤魔化そうとしたりしてるあたり、対抗意識がやたら低い自分が情けなくもある。

 そんな私の前で、彼は一度大きく息を吐き出すと、腰掛けていた厚手のソファにどっかりと座りなおし、顎で私にその前の席につくように指示した。


 何よ、偉そうに!


 なんて心では毒づくけれど、背後に控える騎士の方々の手前もあって、おずおずと前に進み、日本人らしく偉い人の前に出た時にやる仕草、軽くぺこりとお辞儀して席に着く。

 改めて真正面から彼の視線を受けて、いたたまれない思いで一杯になりながら、沈黙に耐えられず口を開こうとした時、目の前の彼が口を開いた。


「お前、デュラルースと同じ力を宿しているというのは本当か?」

「え?」


 いきなりの質問に、ぽかんと口を開ける私の姿に、彼はまたしても苛立ちを感じたのか、ちっと小さく舌打ちをする。


 何ですか、何なんですか、この野郎は。

 人を呼び出しておきながら、挨拶も無しに質問して、ちょっとその質問の意味を図りかねただけでそんな態度を取られる理由は絶対ないと思うんだけど。


 彼のぞんざいな態度に、一瞬で怒りが募ったけれど、これはレィニアスさんのお兄さんと心の中で何度も呟いて、その怒りを静めて口を開く。


「わかりません」

「わからないとは、どういう事だ?」

「・・・この国の祭事の内容は少し聞かせて頂きましたし、デュラルースとは仲良くさせて頂いてます。けれど、その力に関しては詳しく知りませんし、知りたいとも思えない内容でしたから、私に同じ力があるかどうかなど、確かめたいとも思いませんでした」


 心を落ち着けて、仕事用の口調で話す私の前で、彼は顎に当てていたた指先を軽く滑らせ、手の平で顎を支えると、何かを考えるように目を伏せた。

 けれど、彼の視線から逃れられたと安堵の息を吐く間もなく、彼はその金に近い茶色の瞳に疑いを滲ませて、問いかけてくる。


「デュラルースの力がこの土地の者のみに現れるからこそ、この国は周辺各国から聖地と呼ばれ、均衡を保っているというのに興味が無いのか?」

「・・・そんな難しい事を言われても、私はこの世界・・・この国に慣れておらず、あのような力など見た事も聞いた事もなく育ってきたので、よくわかりません」


 目に見える神がかり的な力と器の存在に、あったら便利だよねとは最初確かに思ったけれど、あの黒くて怖い靄と触れ合わなきゃいけないのは、本気でご免こうむりたい。

 だから、この目の前のお兄さんが、私に何を言わせたいのか、聞こうとしているのかわからないけれど、ここは何が何でも知らぬ存ぜぬで通させてもらおうと心に強く決める。


「四大陸の主要な王国、帝国に属する者ならばこの国を知らぬ者などおらぬはずだが・・・そういえば、お前はどこの国の者だったか?」

「・・・日本という国ですけど」

「全く聞いた事のない国の名前だな・・・どんな辺境の土地から来たんだ」


 嘘を言うほどでもないかと、正直に自分の国の名前を言って返ってきたのは、問いかけるというよりも、鼻で笑い呟くような言葉だったために、私は口を噤んだ。


 そりゃね、異世界ですから。

 でも日本だって、地球レベルで見たら、凄い勢いで発展して住みやすい国なんだからね!

 なんて、ここでは国自慢も出来ないのが悔しいところだけど。


 会話する事により、治まっていた怒りがじわりと込み上げてきた、そんな時。

 コンコンコンッと軽やかなノックの音が、室内に響いた。

 その音に目を向けると、扉の前に控えていた騎士の方が殿下と目を合わせてから、扉に手をかける。

 開いたそこから、黒のロングジャケットを身にまとった、いわゆる執事風の男性と銀色のワゴンを引いたメイドの女性が入ってきて頭を下げた。


「殿下、お茶をお持ち致しました」

「ああ」


 わー、本物!


 カイルに少しだけ城中を案内された時や、掃除の傍らに騎士やメイドの方々は何度か姿を確認していたけれど、執事を見たのは初めてだったりする私は、少なからず感動した。

 執事喫茶みたいなんて思いながら、目の前に並べられていくティーセットにテンションが更に上がる。

 お菓子の甘い匂い、芳ばしい紅茶の香に自然に頬が弛んでしまう。

 怒りも忘れ、どうぞと目の前に置かれたカップから視線を外してお礼を言うと、いいえと微笑まれた。

 後ろに控えていたメイドさんには、何この女? とあからさまな視線を寄越されたけど、執事さんの笑顔のためにも許してあげよう。

 実際、掃除要員のエプロンドレス、しかも改造型を着こなしている私が、この場にいる事は、もし私が昔からここで働いている人間だったら、絶対同じ事考えるから。


 客観的に見て本当変だよね、この組み合わせ。


 流石に、殿下よりも先に手をつけるのはダメだよねと思いながらも、ついついどれから食べようかなんて目の前に広がる小さなケーキを見つめていた私の耳に、くっと吹き出す様な笑い声が聞こえた。

 顔を上げると、さっきまであんなに嫌な雰囲気を撒き散らしていた殿下が、口元を隠すように笑っていて、その目はしっかりと私を見ている。


 しまった、あからさまにケーキを物色し過ぎちゃった!?


 体裁を取り繕おうと、背筋を伸ばしてみたけれど、後の祭というか時既に遅くというか。


「好きに食べろ。許す」


 笑いを滲ませた声でそう言われてしまい、私は顔を赤くするしかなかった。

 いい年をした女がケーキの一つや二つで目の色変えるとか・・・いや、よくある事だ。

 ストレス社会の日本には、美味しい食事と甘い物、これ必要不可欠。うん。

 自分で自分を納得させながら動揺を誤魔化すように、紅茶で喉を潤した。

 ついでに、殿下もちゃんとこんな笑ったりするんだなと思い、ちらりと視線だけ動かせば、彼もまた紅茶を口につけている所で、嫌な所ばかり見てきた彼だけど、お茶を飲む仕草とかやはり生まれ持ったものなのか、なんだか優雅に見えてしまう。


 挨拶も無しに、いきなり嫌味な態度で始まったこの席だけれど、ちゃんとこういうのも用意してくれてたという事は、とりあえずそこまで悪い意味で呼ばれたってわけじゃないのかな?

 レィニアスさんも探してたのは、このためだったのかな?


 疑問に思いながら、執事さんが小皿にいくつか移してくれたケーキを口に運んだ。


 お、美味しい・・・!


 そういえば、この世界に来てから、普通に食事はして来たけれど、こうやってまともなスイーツは久々かもと頬が弛むのを止められない。

 月に一度、デパートの数あるスイーツのお店を端から端まで見定めて、毎日の仕事のご褒美として一番美味しそうなケーキを選んで食べていた日々を思い出し、つい感慨にまでふけってしまう。

 こんなふうに異世界に飛ばされるくらいなら、いつか買ってやると横目で見て諦めていた、あのちょっとお高いケーキも食べておけば良かったな・・・


 そんな事を考えながら、甘いケーキに幸せを隠せない私は、次の瞬間。

 目の前の殿下の言葉でどん底に突き落とされる事になるのだった。


「毒が入っているかもしれないとは、考えもしないのか?」

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