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前門のトラ 1

「まだ頭がズキズキする・・・」


 呟いて、私は目の前にあるぴかぴかの窓ガラスにもたれ掛った。

 窓から差し込む日差しは穏やかで、その向こうに広がる芝生や等間隔で植えられた木々の緑は目に優しく、癒しを与えてくれるようだ。

 少し強めの風が枝を揺らして通り過ぎて行く。

 そんな穏やか~な外の様子を目に映して溜息を吐く私の背後から、それはそれは冷た~い声が発せられた。


「まだ半分も終わってないんですから、真面目にやって下さい」

「・・・・・・」

「ほら、ここまだ埃が残ってますよ?」


 言いながら窓枠に指を滑らせ、その指先に溜まった埃を私の眼前に突きつける。

 思わず仰け反りながら、私は眉を顰めた。


「何ですか、その顔。言いたい事があるんだったら、はっきり言って下さい」

「・・・ユーグが・・・」

「え?」

「ユーグが小姑みたい・・・」

「!」


 私の口から告げられた言葉に、ユーグの目が一瞬丸く見開かれ、次の瞬間には彼はきゅっと眉を寄せてこめかみの辺りを引きつらせた。

 やば、怒った!


「やだなー、ユーグ冗談! 冗談だから」

「・・・冗談行ってる暇があるなら、ちゃんと働いて下さい。カイル様からもしっかり見ているように言われてますから」

「でも、そのカイルのせいで私まだ頭が痛いっていうか・・・」

「本当に? 今 頭が痛いんですか?」


 今の部分を強調して言うユーグに、私はうっと言葉を詰まらせた。


 うわあ、あの可愛いちょっと毛色の変わった子犬みたいなユーグが人を疑う事を覚えた・・・!


 いやでもそれは、確かに私が悪いんだけど。

 ユーグの真っ直ぐな目に見つめられ、私はしどろもどろになりながら、口を開く。


「嘘です。今はもう痛くないです。久々の仕事復帰でちょっと面倒だと思っただけです」


 でもカイルのせいで、朝頭が痛かったのは本当だ。

 あの二人で目覚めた穏やか?な朝、起きて朝食を取った私にカイルが言った言葉を思い出す。





「そういや、お前今仕事どうなってんだ?」


 彼の素朴な疑問に、私も思わず素直に答えた。


「え? サボってるけど?」

「おま・・・!」


 私としては、それがどうした? くらいの気持ちだったんだけど、カイルは隊長という常識と彼の下に付く者達を律する立場でもあるわけで、彼はつかつかと私の前に歩み寄ると、その太い腕を振り上げて、なんと。


「いったー!!!」

「サボるなっ!」


 頭をぐーで殴られたのだ!

 ごいんっと小気味いい音がして、目から火花が散った。

 いや勿論彼が本気を出して殴ろうものならそれくらいじゃすまないだろうし、加減しているのが解るというか、そこまでは本当痛くなかったんだけど、ノリでね。


 それから、散々お説教されて、首根っこを掴まれるように王宮まで連行されて、今に至るというわけなんだけど。

 その時に、カイルがユーグにしっかり見張っておけよとか言ってたような気がする。

 最近私の落ち込んだ姿しか見てなかったユーグが、私のカイルといつもの口喧嘩をして元気よくしてる姿を見て、ほっとしてる様子に心が痛んだので、最初は真面目に仕事をしてたけど、疲れてきたらつい甘えたくなっちゃったんだよね。


 でも、昨日まで本当一気にいろいろあったからな・・・


 もやもやっと頭の中に、今は考えたくない、でも考えなきゃいけない事が浮かんできた私の耳に、ユーグの咳払いが聞こえたのは、そんな時だった。


「アオイさん、手、止まってますよ」


 はっと顔を上げると、ユーグはさっきまで見せてた険しい顔ではなく、最近何度もさせてしまった私を気遣う視線を私に向けていて、私は慌てて笑顔を作り上げた。

 折角元気になってたのに、自分からまた落ちてどうする私。


「ごめん、本気で仕事します」


 顔の前に片手を上げて、にっと口角を上げ、悪戯が成功したかのように笑ってみせる。

 ユーグは一瞬、眉を寄せて何か言いたげな顔をしたけれど、私がくるりと彼に背を向けて掃除を始めると、小さな溜息に続いて、水の張ったバケツにつけたままだった雑巾を手に取り、絞る音が背後から聞こえた。


 いい年しておきながら、年下のユーグに心配かけるなんて、本当ダメな大人だな~私。

 今は本当仕事に集中すべきだわ。

 ていうか、しばらくは真面目に仕事して、大人しくしてよう、うん。

 最近一気にいろいろあって、疲れたし、しばらくお酒も止めた方がいいよね。


 なんて事を考えながら、黙々と仕事をしていた私から少しだけ離れた場所で手を動かしていたユーグが、あ、と小さな声を上げた。

 何? と不思議に思いながらユーグを見た後、自然に彼の視線の先を追う。


「!」


 その直後、私はざっと床に座り込んだ。

 何故なら、私達がいる王宮の廊下から離れた場所を超絶美形のレィニアスさんがお供(こういう場合近衛騎士とかいう部類の人達だろうか?)を数人連れて歩いている姿を目撃したからだ。

 心臓が急激に鳴り始める。


 な、何でこんな所に!?


「アオイさん、どうし」

「しーっ!」


 いきなり体勢を低くした私の姿に驚きの声を上げたユーグを見上げ、口元に人差し指を立てる。

 そんな事を必死な形相でするものだから、ユーグは私の態度を不審に思いながらも口を噤み、ちらりと今しがた自分が見ていた窓の向こうへと視線を向けた。


 わああ、そんなあからさまに見ちゃダメだってば!


 焦る私と違って、彼は何もなかったかのように窓枠に置いたままの雑巾を手に掃除を始めた。

 けれど視線が明らかに、掃除する手元に向けられていない。


 ど、どうしよう・・・!


 酔っ払った人間が、たまに次の日記憶を失くすというけれど、私にはそんな体験がない。

 どれだけ泥酔していても、しっかりはっきり自分の取った行動は記憶されている。

 酔った人間が時として取る大胆な行動。それを抑えられず行い、次の日羞恥に身悶えするタイプの人間。それが私。

 つまり、今何故私がこんなに動揺して、思わず隠れてやり過ごそうとしているのかというと昨晩のレィニアスさんにしてしまった行為を、彼の顔を見るなり思い出してしまったからだ。

 髪の毛いじりまくったり、くっついたり、耳塞いだり・・・


 って、本当ありえないいぃっ!!!

 会いたいけど、昨日の今日じゃ会いたくない!

 どんな顔して会えばいいのよ、マジで!


「・・・アオイさんは、レィニアス殿下とも何かあるんですか?」


 視線も表情も動かさず、ユーグが呟いた言葉に、私は心の中で悲鳴をあげた。


 ぎゃああっいきなり確信!?

 咄嗟に口からは、否定が飛び出す。


「なっないないっ! 全くこれっぽっちも関係ない!」

「・・・では、何故隠れているんですか?」


 そこつっこんでくるか、ユーグ。

 焦る私の脳内は、一気に状況判断し、ある事を思い出した。


「だってほら、偉い人達に掃除する姿なんて見せられないって教えてくれたのユーグじゃない。ユーグの方こそ、そんなに堂々としてていいの?」

「それは・・・確かにそうですけど」


 動揺のため少し早口になってしまいながらも、少しだけ冷静さを取り戻した私の様子を感じ取ったのか、ユーグはようやく私の方へと視線を下げた。


「その隠れ方はどうかと・・・」

「う、それはそうなんだけど。私、ここの作法なんて知らないし」


 居直る私にユーグが苦笑をもらす。

 どうやら、本気で誤魔化せたみたいかも。

 そう安堵した直後、彼がまた窓向こうへと視線を上げた。


「あれ、こっちに来るみたいです・・・」


 な、何で!?

 焦る私を横目に、ユーグは窓枠のサイドに手を伸ばし、大きなそれを開いた。



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