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「あー、すっきりしたー」
思い切り泣いて、途中から自分が何で泣いてるのかわからなくなるくらい号泣した私は、目の前の自分の涙で濡れた衣服で最後の一滴まで拭って、ようやく一息ついた。
顔を上げると、カイルの嫌そうな顔が目に映る。
自分の胸で泣けといわんばかりに抱きしめていたくせに、そんな顔を向けてくるなんて心外だ。
「・・・別に鼻はかんでないよ?」
「そんな事はわかってる。もっと根本的な所にがっかりしてたんだよ」
「根本的? ・・・え、全然わかんないんだけど」
「もういい」
きょとんとする私に向かってカイルは嫌がらせのように大きな溜息をつくと、私の身体に回していた腕を解いてうつぶせに寝転がった。
片手で顎を支え、苛立たしげに私を睨む。
何でこいつはいきなり機嫌悪いの?
不思議に思いながらも私もうつ伏せになって今度こそ本物の枕を引き寄せると、顎の下にひいた。
硬い男の身体より、やっぱりふかふかの枕だわーなんて思いながら、枕に顔を埋めた。
重いカーテンの隙間から、薄っすらと夜明けの光が差し込み始めている。
日の出までもう少しだな~なんて思いながら、窓の外を眺める私の隣でカイルが口を開いた。
「・・・本当に、落ち着いたんだな」
「うん、落ち着いた」
「そうか」
枕に顔を埋めたまま、ちらりと横目でカイルの様子を伺うと、彼の機嫌も幾分直っているようだった。
直っているというよりも、あきらめた感が含まれてる気がするけど、まあいいか。
自分のすっきり発言が男心というものに、少なからずショックを与えた事など気付きもしないで、私はほっと息をついた。
「なんかいろいろ考えてたら頭の許容範囲越えたって感じで、がーって泣いちゃった」
本当、お恥ずかしいところをすいません。
「・・・別に。お前に泣かれるのは初めてだったから驚いたけどな」
「そうだっけ?」
ここに来てから一番仲良しのカイル相手にそう言われると、変な感じがして思わず首をかしげた。
仲良くしているというより、一方的に迷惑をかけている気もしないけでもないけれど。
「そうだよ」
「・・・んー、まあいいじゃん! いい大人が人前で泣くなんて恥ずかしいだけだし、忘れて忘れて」
そう言い切って笑う私に対して、カイルはまた溜息を吐いた。
何なんだこいつはさっきから。
「・・・んじゃ、泣いた理由。また聞いてもいいのか?」
問われて、さっきはそれを話そうとして思わず感極まって泣いた自分を思い出し、先程と違い完璧心を落ち着かせた私は、少しだけ頬に熱が集まるのを感じながら一つ一つ言葉にした。
この世界に来るきっかけなのか、それともただの夢なのかわらからない人の存在の事。
それがレィニアスさんだと思った事。
でも違うって指摘されて、混乱しちゃった事。
「それで、その・・・大変言いづらいのですが」
「何で敬語なんだ?」
「そこはいいから」
一旦言葉を切って、枕に顔を埋める。
真面目な話をするのも苦手だけれど、情けない胸の内を晒すのはもっと苦手だ。
というか、今回の理由は流石に怒られる気がする。
「えーと、何かもう面倒になっちゃって、全部投げ出して帰りたいなーなんて思ってしまいまして」
そしたら、ようやくここが海外じゃなくて、異世界なんだなーとか。
会おうと思えばいつでも会えるからこそ、疎遠になってた家族や友人とかともう会えないんだなーって自覚した事を話す。
「いやなんていうか、遅すぎるだろって感じなのは本当自分でもわかっているんですけど。あまり深く考えないのが私のいい所と言いますか」
「だから、何で敬語?」
・・・ああもうっ
「そんなの恥ずかしいからに決まってんでしょ!」
カイルの言葉に思わず枕に埋めていた顔を上げると、想像もしていなかった優しい目をしたカイルと目があって驚いた。
驚く私を他所に、カイルは可笑しそうに目を細め、くっと喉で笑うと手を伸ばして私の頬をそっと撫であげた。
「確かに赤くなってるな」
いつの間にか外は陽が昇り始めていたらしく、カーテンの隙間から漏れた朝日が室内を明るく照らし出している。
そのせいで、情けない胸の内を晒して赤くなっていた私の頬を見られてしまったというわけだ。
カイルの指の感触やら優しい目やらのせいで、更に恥ずかしくなった私は、それを誤魔化すようにカイルの手をぺしっと叩き落した。
「もうっ! 人が真面目に話してるのに」
「まあ、言い方はどうかと思ったけどな」
「煩い」
ふんっと顔を背ける私の後ろで、カイルがまた可笑しそうに笑う。
「でも安心した」
「・・・何が?」
「最初、お前が俺に抱きついてきた時、こいつとうとう俺に欲情したのかと」
ぎゃああああっ何言い出すの、こいつは!
っていうか、起きてたのか!
落ち着いて考えれば、騎士で隊長とかいうランクの人が、他人が動いてるベッドの中で起きてこないなんてありえないと、少し考えればわかる事なんだけど、あの時の私は自分の事で一杯一杯だったのだ。
「そしたら、泣き出すだろ? 何だこいつはって思ったわけだが」
今までで一番の羞恥心に襲われて、悶絶打ちたい私はもう顔を上げる事が出来ない。
ああもう本当忘れて忘れて、忘れてください。
「殿下から、お前がよく泣くみたいな話をされた時、それはどこのどいつの話だと思ったりもしたが」
本当だったんだな。
そう言って、カイルの大きな手がぽんぽんと私の頭を軽く叩いた。
何やら失礼な事を言われた気もするけれど、まだ顔を上げる事は出来ない。
「異世界から来たって割には、泣きもしないし故郷の事も滅多に口にしない。順応性も高いと来てる。まあ親を思って泣くような年齢でもないしなと思ってたんだが」
・・・だって最初の頃は、ゲームや物語に溢れた異世界トリップくらいにしか思ってなかった。
落ち着いてきた頃なんて、タダで海外旅行くらいにしか考えてなかったから、しょうがないじゃない。
流されるように生きるというのは、根本に私のように深く考えない、楽観的という概念があるからだ。
胸中ではそう反論しながらも、口を噤んだままの私にカイルは言葉を続ける。
「さばさばした性格だと思ってた奴が、いつの間にか殿下と親密になってるみたいだと報告聞くわ、今度はその殿下からアオはすぐ泣くようだが、大丈夫か? みたいな事を言われて、俺は少なからずショックだったんだけどな?」
おい? とカイルが私の髪を軽く引っ張る。
カイルの話を聞いている間に、自分の動揺はかなり落ち着いた私は、枕に埋めていた顔を少しだけ上げて彼に視線をうつした。
細められた碧の瞳からは、彼が何を考えているのか読みきれなかったけれど、私はにっと口元に笑みを作ってみせた。
「嫉妬ですか?」
にやにやしながらそう言うと、カイルは一瞬目を見開いた後、何ともいえない表情をしてから苦笑をこぼした。
「そうくるか。ったく、勝手のわからない奴だな、本当」
「褒めてるの?」
「褒めてねぇよ。けど、ま、殿下に関しては嫉妬だろうな」
え。
この、女が放っておかなそうな男が、私と殿下の仲を嫉妬!?
そうテンションの上がりかけた私を、カイルの甘さをのせた瞳が見つめる。
えええ、ちょ、マジで!?
けれど、次の瞬間彼の口元は先程の私のように意地悪く持ち上がった。
「なんて言うと思ったか」
やっぱりか、この野郎!
「思ったよ! 凄い期待したってば!」
「・・・気の多い奴だな」
「そんなんじゃなくてっ・・・ああもうっ」
普通の女だったら、例え好きな人がいても、こんないい男にそんな事言われたらドキッとするものだというのを学習するべきだ。
いや、知っててやってるんだろうか?
私は枕を抱きしめていた手をカイルの顔に伸ばした。
とりあえず・・・
「いてぇ! おま、ひっぱるな!」
この顔が全部悪い!