温もり 1
痛む頭に眉を寄せながら、薄っすらと目を開けると部屋の中は暗かった。
ベッドサイドに灯る小さなランタンの明かりが頼りなげに揺れている。
酔って気絶するように眠りについてから、そんなに時間が経っていないのかもしれない。
いや、次の日の夜だったりして・・・
なんて思いながら寝返りを打った私の視界に、いきなりカイルのどアップが現れて、驚きに目を瞬かせた。
目を閉じて寝ている整った横顔に、私はまたこのいい男に多大な迷惑をかけたんだなぁと改めて罪悪感が蘇ったりする。
たぶん、この世界に来てから、一番迷惑かけてるよね。
しかも、出来れば女として避けて通りたい迷惑を。
はあ・・・と唇からもれた溜息に反応したのか、カイルが寝返りを打ってこちらを向いた。
思わずドキッとしながら彼の動きに身体を強張らせたけれど、彼の目は閉じたままで規則正しい寝息が続いている事を確認して、私はそっと力を抜いた。
レィニアスさんの超絶美形とかデュラの冷酷美形と違う、カイルの野性的な顔を見つめる。
見つめながら、でも、考えるのは別の事。
透明人間さんとレィニアスさんが別人かも、か・・・
自分は自分が思っていた以上に、夢見がちというか、思い込んだら一直線だったのだと改めて思う。
この人だと好きになった直後に、その人が思っていた人と別人だなんて展開。
他人事なら面白すぎる。
でも今の私は当事者なわけで・・・
全然面白くないからっ!!
思い返したくもない、恋する目でレィニアスさんの事見つめておきながら、実は別人でしたなんてもう会いたくないっつーの!
自分を襲う身悶えしたくなる羞恥心に耐えられず、傍にある抱き枕に手を伸ばしてぎゅっとしがみ付いた。
好きだけで動ける子供の頃と違って、ある程度自分を見つめなおす事が出来る中途半端な年齢の自分が、こんな時ちょっとだけ嫌だ。
いつも会いたいと思って動けていた学生時代と違って、会わなくても平気。
そして、いつのまにか消えちゃう感情もあるというのを、ふらふら流されるように生きていたからこそ、知っているというか。
レィニアスさんの事が凄い好きと思ったのも、あの夢現のほっとけない透明人間さんの事があったからこそなら、そのうち消す事が出来ると思う。
でもそれも。
・・・会わなければ、だけど。
あのめちゃ好みなレィニアスさんを前にしてたら、絶対無理。
それだけは確実に言える。
レィニアスさんの少し照れた顔を思い出して、またテンションが上がった私は顔がにやけるのを止められないまま、抱き枕にしがみ付く腕に力を込めた。
思い出すだけで顔がにやけるほど、好みな人の存在。
でも、その直後にもう一個の問題を思い出し、私は大きく溜息をついて抱き枕に顔を埋めた。
でも婚約者いるんだよね・・・
しかもこれまた、超絶綺麗な人。
リヴィエラさんの事を思い出すと、一気に憂鬱になる。
女として憧れはするけれど、張り合おうって気が微塵も起きないレベル。
あー無理。絶対、無理。
もう一度、深いため息をついてから、軽く頭を振った。
そして次に考えるのは、透明人間さんの事。
異世界なんて場所に飛ばされたほどなんだから、彼の存在も現実のものであってもおかしくない。
レィニアスさんと出会った時、それは本当だったんだと確信に変わった程だったのに。
やっぱり、あれはただの夢で、ここに私が飛ばされた事とは全然関係ないのかも・・・
婚約者の事で憂鬱な気分のままに透明人間さんの事を考えてしまったばかりに、彼の存在も夢でしかなかっただと思えてきた。
夢現の記憶と声しか頼れるものがない彼の存在は、本当に不確かで、私の胸を締め付けた。
・・・きっと、全部夢だったんだよね。
実は異世界にいる私の存在事態、夢の延長なのかも。
ちょっと長い夢だけど、私はまだ会社帰りの自宅のマンションのベッドで寝てるのかも・・・
そう考え出すと、なんだか段々そんな気までしてくる。
凄い魔法もないし、お約束な勇者も魔王も存在しないし、ちょっと変わった海外旅行の夢。
今なら目が覚めても、何の心残りもなく、あーやっぱり夢だったかで終われそう。
やりたい事もなかったけど、これといった不満もなかったついこの間まで広がっていた私の生活。
ここに来てから、ろくに考える事のなかった日本での生活を思い出し、自重の笑みが口元に浮かぶ。
目が覚めたら、1人暮らしして働くようになってから、ろくに帰ってない実家に帰るのもいいかもしれない。
ずっと会ってない友達に連絡取って、遊びに行くのもいいかもしれない。
いつでも出来ると思っていたからこそ、いつの間にか疎遠になっていた大事な事に今更ながらに気付く。
・・・夜の静かな空間はこれだから嫌だ。
レィニアスさんへの気持ちを自覚した時もそうだった。
静かな空間は、まとまらない考えを深く深く掘り下げて、いろんな意味で気持ちを昂ぶらせる。
実家に帰りたいなんて1人暮らししてる時は考えた事もなかったのに、こんな時に家族の顔を見たいまで思ってしまう。
じわりと目頭が熱くなるのを感じた。
その直後。
「・・・抱き枕に抱きしめられた」
「・・・第一声がそれか。ったく、本当変な女だな」
自分が散々抱きついていた抱き枕こと、カイルの力強い腕が私の身体を包んでいた。
その拍子にぽろりと零れ落ちた涙を誤魔化すために、そんな言葉が口から出たのだけれど、カイルは私の心情を知らないふりしてくれるのか、私のいつものふざけた口調に乗ってくれる。
「ぎゅうぎゅう力込めても潰れないナイス抱き枕だったのに、悪態付き抱き枕だったなんて」
「知るか。こっちは窒息するかと思ったわ」
「乙女にそんなに力があるわけないじゃない。もうっ」
「いてっ! そんなとこ抓るなっバカ!」
「あれ? じゃあ、皆の前で着替えられないようないかにもな爪あとの方がいい?」
「・・・お前な・・・」
心底呆れた声に冗談だよと笑う私の身体が、ふいに強く抱きしめられた。
く、苦しい・・・!
反撃か、この野郎!
文句を言おうと顔を上げかけた私の後頭部にカイルの大きな手がまわり、彼の胸元に押し付けられる。
「何で泣いた」
先程までと違った低く真剣みのこもった声音に、カイルの腕から逃れようとしていた私は思わず動きを止めた。
「・・・知らないフリしてくれるのかと思ったのに」
「そうしようかと思ったが、やめた」
あっさりとした言い方がなんだか可笑しくて笑いが込み上げてくる。
それと同時に、一瞬忘れかけていた家族の事とか、友達の事とか、ここにいる自分の存在全ての事が頭の中にわっと押し寄せてきて、涙腺が弛む。
ぐっと堪えようとした所を、カイルの手が頭を撫ぜたりするものだから、止められずに泣いてしまった。
自分て、結構弱かったんだな・・・なんて思いながら。