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殿下と騎士と? 1

 今の気分を一言でいうならば


「・・・最悪」


 眩しい陽の光が瞼の奥を強く照らし、私の意識は急速に覚醒した。

 何度も瞬きを繰り返しながら目を開ける。

 最初に目に映った何もない灰色の天井から壁に目を移し、私の顔に陽を落としているカーテンのない窓を眺める。

 そこではっと気付いた。


 直射日光はシミの元っ!


 慌てて体を起こし、太陽の光が当たらない位置へと体をずらした、その時。


「・・・いたい」


 首のあたりがひねった後のように鈍く痛んだ。

 ひねったっていうか、強制的にオトされたせいだろうけど。

 体の上からずり落ちた薄汚れたシーツを見て、私は更にむっと眉を寄せた。

 寝かされていたのは木で作られた簡易ベッドのようなもの。

 畳の上で布団も引かずに寝て起きた時のように、体の節々がきしんだ。


「夢じゃないんだ・・・」


 そう呟いた私の脳裏に浮かぶのは、いきなりのあのベッドシーン。


 あああもうっ


 意識を失う前の事を思い出そうとした矢先があれの事だなんて。

 私は硬いベッドの上にうずくまった。

 一番思い出さなくて良い思い出が一番脳裏に張り付いてるってどうなの、どうなの私っ

 両手で頭を抱きしめて、そのまま髪をぐしゃぐしゃっと掻き回した。


 もっと他に考えるべき事があるじゃない。

 ここが何処なのかとか、これからどうするのかとか。

 そうつまりは現状把握が一番重用なんだからっ


「おっ目覚めてたのか」


 いきなり振ってきた声に驚いて、私はがばっと体を起こした。

 そこには赤茶色の髪を肩まで無造作に伸ばした、逞しいという言葉がそっくりそのまま肩書きになりうる背の高い男の人が立っていた。

 薄い水色のシャツ越しに見える鍛え上げられた筋肉。

 その顔は整ってはいるけれど、昨晩の美麗な彼とは違って、野性味溢れる男の顔だ。

 言葉が出てこない私の前で男は碧色の目に楽しげな光を宿して、にっと口角を上げて笑った。


「扉はちゃんと叩いたぜ?反応ないからまだ寝てんのかと思ってよ」


 言って、彼は横で開いたままの扉をコンコンと軽く叩いてみせた。

 どうやら頭を抱えて、あんなふざけた事で頭が一杯のうちにまた聞き逃したらしい。

 だからといって、気を抜く事も出来ずに、私はじりじりと後ろに下がりながら眉を寄せた。


「まあそう警戒すんなって。それにどっちかっつーとあんたの方が警戒される側だからな」


 私が警戒される側!?

 そんな筋肉もりもりの男がこんなか弱い乙女の部屋に朝っぱらから入ってきて、何を警戒するっていうの、ありえないからっ


 焦る私の視線をものともせず、彼は私が座るベッドに足音荒く近寄ると、私に腕を伸ばしてきた。

 ぎゃああっ襲われるっ!

 慌てて逃げようとした私の頭が、その腕に捕らえられた。

 昨日の夜の痛みをまざまざと思い出した私は、びくっと全身を震わせて固く目をつぶった。


「ひっでえ寝癖」


 ははっと楽しげな笑い声とともに、大きな手が私の髪を撫ぜた。


 ・・・え、何?


 固まった体は急には動けず、今されている事の意味がわからない。

 何度か頭を撫ぜるように、髪が優しく彼の手によって梳かれて整えられ、さらさらと落ちていくのを目の端でとらえていた。

 ぱちぱちと瞬きをして現状を受け入れる。

 困惑した目で男を見上げると、彼はまたにっと笑った。


「昨日は悪かったな。まさかこんな子供だとは思わなくてよ」


 ああ、お約束。

 日本人の顔は他の国の人から見るとかなり幼く映るらしいと聞いていたけれど、本当の事らしい。

 何歳に見えてるのかはなんだか聞くのが怖くて、私は視線を下ろした。

 すると彼が腰から下げているモノに気付き、解きかけた緊張がまた私の体に走った。


「だがいくら子供だからって、やっていい事と悪い事がある」


 ふいに真面目な声音になって、私はごくりと喉を鳴らした。

 目にはゲームや映画、漫画などでおなじみの、いわゆる長剣。

 鞘に収められ、使い込んだ後がある柄の部分から目が離せなかった。

 先ほどよりも押さえつける力が強まった彼の大きな手が、私の頭の形を確かめるように撫ぜた。


「お前、どうやってあの場所に」


 ぐううっきゅるるるる・・・


 目が点になるとはまさにこの事。

 場所もシーンもわきまえないその音は、私のお腹の中からで。

 男は声を上げてからからと笑った。


「朝っぱらから飯も食わねぇでする話しじゃなかったな。今何か持って来てやるから待ってろ」


 言って彼はさっさと部屋を出て行った。

 一瞬今のうちに何処かへと思った私の耳に、ガチャッと外から鍵をかける音が聞こえた。


 ですよねー。


 気が抜けた私は、そのままぱったりと木のベッドの上に倒れて、大きく息を吐いた。

 昨日の事と今が現実だという事は、信じたくない気持ちと違って痛みでわかる。

 会社から帰ってお酒飲んで寝て、そして、そうだ。変な夢を見た。

 

 咲き誇る花と鼻につく濃い香り。

 そして、姿の見えない彼。


 あれは流石に夢だったのかな?

 昨日のベッドシーンの事は鮮明に思い出せるのに、その前に見ていた夢の出来事がいまいち思い出せない。

 透明人間さんと何か話した気がするんだけどな。

 記憶が曖昧で霧がかかったような感じ。

 うーん、この感じは実際に体験してない、夢の事を思い出そうとしてる時に似てるかな。

 じゃあ、あれはやっぱり夢で、今の現状とは関係ないのかも。

 寝て気付いたらあの美青年の部屋にいた。

 でもそれを一体どう説明するの?


 そんな事を考えながら私は仰向けに体をごろりと動かした。

 その直後、お腹がまたぐううっと大きく音を鳴らした。

 今は何よりも。

 

 ・・・ご飯、早く来ないかなぁ・・・

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