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 お酒もしっかり入ってるし、こうなったら普段聞けない事しっかり聞いてやる!


 そう最初は思ってた。

 確かに、そう思っていたのだけれど。

 ふとした考えで、事態は思わぬ方向に進んでしまったりする。





 お酒で熱い身体は思うように力が入らず、私を抱き上げる身体にこてんとその身を預けた。

 触ってみたいなぁと思っていた緩く癖のついた髪は思っていた以上に柔らかく、何も考えないままに指を滑らせて感触を楽しむ。

 ついでにその頭に頬を寄せると、やはり甘い香が鼻腔を擽った。

 酔ってる時の人間は時として大胆に動くけれど、今の自分はまさしくそんな感じ。

 そんな私の態度をどう感じたのか、レィニアスさんは軽く咳払いをした後、部屋の扉へと向きを変え緩慢な動作で歩き始めた。

 不安定な身体が、彼の歩に合わせて揺れる。


 あ。


 レィニアスさんがカイルの脇を通り抜けようとした時、カイルと目があった。

 その直後、私の意識は現実に戻ってきたというか、気付けば咄嗟に手を伸ばしていて。


「いてえっ!」


 思わず掴んだのは、カイルの髪の毛で。

 加減が解らずに結構な力で掴んでしまったそれに、カイルの顔が痛みと私のわけのわからない行動のせいで歪み、疑問を浮かべて私を見る。

 私の腕のせいで引っ張られるように歩みを止めたレィニアスさんも怪訝な顔をして私を仰いだ。

 けれど、彼を気に留めてる余裕はなく、私はカイルの髪から手を離すと、ちょいちょいっと手でカイルを呼んだ。


「何だよ?」


 軽く眉を寄せ、引っ張られた髪の辺りを手で掻きながら、顔を近付けてきたカイルの耳を引き寄せる。


「お前、本当俺には遠慮がねぇな」


 ぼそっと文句を言ったけれど、とりあえず無視。


「あのさ、このままじゃまずいって気付いた」


 抱き上げられているため、いつもより間近に迫ったカイルに顔を寄せ、小声で言う。

 自分では内緒話のつもりなんだけど、自分を抱き上げてるのはレィニアスさんなのだから、どれだけ小声にした所で彼にも聞こえてるだろうけれど、そこまで考える余裕は酔った頭では考えられなかった。

 ついでにデュラも傍に寄ってきたけれど、それにも気を止める事が出来ないままに、カイルの碧の目を見つめながら口を開く。

 とにかく、カイルに聞いてもらわなくちゃ。それだけ。


「何が?」

「あのさ、私今酔ってる」

「そりゃな、見ればわかる」

「うん、だからさ・・・このまま行ったら私、その・・・」

「あー、吐きそうなのか? 本気で俺にまた介抱させようって?」


 呆れ顔だったカイルが茶化そうと鼻で笑う。

 それを一睨みしてその耳を強く引っ張った。


「違うよ! だから・・・流れで、私やっちゃうんじゃないのー? って」


 ぶっとカイルが吹いた。


 うわあん、だってこんなのカイルにしか言えないでしょっ!


 傍で聞き耳を立ててるデュラの温度が、すっと氷点下まで下がったり、私を抱えてるレィニアスさんの耳がうっすらと赤くなったりしてるみたいだけれど、私の目はカイルに助け舟を求めているだけで、それに気付かない。

 カイルはにやっと意地悪い笑みに表情をかえ、自分の耳元にある私の手を外させた。


「嫌なのか?」

「嫌とかそんなんじゃなくて、その今は、はっ・・・早くない?」


 言いながら、空いた手をレィニアスさんの髪に埋もれさせた。

 その手で彼の頭を掻き回すように撫でる。

 またもや酔ってる人間の大胆な行動というか、たぶん今の私は電話で話しながら、手はとりとめもなく落書きしたりするような感じ。

 それが大好きなレィニアスさんの頭だという認識が薄い。というか無い。

 指先にくるくると金色の柔らかな髪を巻きつけて遊ぶ。


「話したいって思うんだけど、ちょっと酔いが回りすぎてるっていうか。でも今2人になったら、話しとかよりぶっちゃけ理性飛ぶ」

「おい、お前一応女なんだから、さっきからもうちょっと言葉考えろ」

「だって」

「なんつーか、お前って子供みたいな顔してるくせに、変な所であれだよな。飛ばしていいんじゃねぇか? むしろ、殿下はそれ望んで・・・っと、すいませんね、殿下」


 カイルの視線がずれたと思ったら、レィニアスさんがカイルを睨んでいた。

 私はそこで漸くレィニアスさんに聞かれているという事を意識して恥ずかしくなり、彼の頭を両手で挟むようにしてその両耳を塞いだ。

 王子である彼がそんな事をされるのは初めてなのだろう。

 彼は戸惑った目で私を見たけど、それを潔く無視してカイルに視線を移す。

 アルコールを持った頭では、段々自分が何を言いたいのかわからなくなってきていた。

 こうなったらと、元々、カイルに話そうと思っていた事を伝えようと口を開く。


「・・・冷静じゃないよ。好きだけで片付く問題ならいいけどさ、それだけならいいんだけど」


 くらくらする頭で、ずっと話したくて、話し辛かった事を伝える。


「あのね、私この世界に来た意味なんて何もないと思ってた。でも、夢かもしれない出来事があって、そこで会った人の事放っておけないって気持ちがあって。でもその人の顔がわかんなくて、会いたいって思ってたら、同じ声のレィニアスさんと会ったんだよ」


 詳しく言うにはまだちょっと自信がないのと、ぼうっとなりやすい頭で一生懸命言葉を考える。

 たぶん、カイルにはしっかり伝わらないだろうと思いながら言葉を続けようとしたら、身体が揺れた。

 話しを聞きたいのか、私の腕を外そうとレィニアスさんが身じろいでいる。

 私は相変わらず彼の耳を塞いだまま、彼の頭にこつんと自分の頭を寄せた。


 いい子だから、大人しくしててね。


 そんな気持ちを込めたのが伝わったのか、はたまた諦めたのか、レィニアスさんの口から小さく溜息が漏れるのと同時に動きが止まった。


「この人だって思ったら、なんか一気にテンション上がって好きになったんだけど、なんか王子様とか婚約者の話とか聞いて頭の中ぐちゃぐちゃで・・・それなのに、2人になったらそんなのどうでもよくなっちゃいそうで、なんかこう乙女として」

「お前ってすぐ、乙女とか言うよな」

「いいの、私の逃げ道なんだから」


 くっと喉を鳴らして笑うカイルを睨む。


「アオの言ってる事はいまいちわかんねぇ事ばっかだが、酔っ払いの戯言ってだけじゃなさそうだな。とにかく、アオはわけわかんないまま殿下に抱かれるのは嫌だって事でいいのか?」


 簡単にまとめるのなら、そうだと思って頷いた。

 話はしたい。

 でも自分が考えた以上に酔いが身体を支配している。


「今、2人になったら確実にやばいくらいに、酔ってる」

「確かに話もまとまりないしな。けど、1ついいか?」


 何? と首をかしげると、カイルはやけに真面目な目で私を見た。


「もし殿下がお前の言ってる奴じゃなかったら、どうするんだ?」


 カイルの言葉に、目を見開いた。

 レィニアスさんにあの夢現の記憶がないと思われる事で、何度か落胆を味わったけれど、レィニアスさんが透明人間さんじゃないとは考えた事もなかった。

 何度か不安にはなったけれど、それを人から言われると思っておらず、少なからず動揺してしまう。

 彼が透明人間さんである事を前提に、夢現での記憶があるかどうかを確かめようとしていた。


 まあ、その前にそんな事どうでもいいー!

 スキーッ!


 って暴走しそうだったから、カイルに話してたんだけど。

 レィニアスさんが透明人間さんじゃなかったら。


 どうするんだろ、私・・・


 なんともいえない不安な気持ちのまま、レィニアスさんに顔を向けた。

 大人しくしていた彼だったけれど、私の視線を感じて顔を上げる。

 菫色の瞳にも私の不安が伝わったのか、疑問のような困惑が浮かんだ。


「・・・そんな事、あるわけないよ」

「何故そう言い切れるんだい? 声、だけなんでしょう」


 それまでずっと黙っていたデュラが、冷めた目で私を見ていた。

 その冷静な目に見つめられると、もっと早くに考え確かめるべきだったのに、私がそうだと信じ込んだ、レィニアスさんが透明人間さんであるという事があまりにも不確かに思えて、私の背が震えた。

 レィニアスさんの表情が困惑から、事態を飲み込めない苛立ちを滲ませて、私の視線の先のデュラへと向かう。

 デュラは彼の視線を受けて、唇の端を持ち上げて薄く笑った。


「2人を認めるつもりはないので・・・離れる糸口があるなら、それを解くまでだよ」


 挑戦的ともいえる笑みを作り上げるデュラに、レィニアスさんは目を細めた。

 でも私は2人を止める事も出来ずに、呆然と1つの事を考えていた。


 レィニアスさんが透明人間じゃなかったら。

 本当どうなるんだろう。それに・・・


 私が好きなのは・・・レィニアスさん? 透明人間さん?


 いろんな衝撃な事が立て続けに私の胸中を乱し、段々頭の中がぐるぐるしてきた。

 それと同時に、何か自分が忘れているような、何とも言えない焦りと不安が私を襲い・・・


「カイル・・・」

「ん?」

「吐きそう・・・」

「おまっここでか! とにかく我慢しろバカッ」


 レィニアスさんの腕の中から奪うようにカイルは私を担ぎ上げると、足音荒く部屋を飛び出した。

 バタバタと走るカイルの足音を耳に、揺れる体と視界で意識が一瞬遠くなる。


 カイル、これ、逆効果・・・うえっ・・・

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