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零れ落ちたもの 1

「飲みたい・・・」


 あの、また会いに来ると言って帰って行ったレィニアスさんとの逢瀬の夜から、今日で3日目。

 私は憂鬱の真っ只中だ。

 前回ユーグと会った時、私が倒れたこともあり、彼は私の浮上したり落ち込んだりする姿を気にしながらも、そっとしておいてくれた。

 そして今日は、仕事のないお休みの日。

 またユーグと出かけようかとも思ったけど、前回の怖い逃亡劇事件があったせいで、街に出るのはなんとなく躊躇われた。

 時間を持余した私は今、王宮の人しか確実に入っちゃいけないだろう、あの花の庭園に来ている。

 目的? そんなの決まってる。


 レィニアスさんに会いたいからだ。


 カイル達に会えれば彼の事が何か解るだろうと、この3日の間に動いてみたけれど失敗している。

 仕事でもないのに王宮に入るなんて出来ず、騎士の館に赴く事は勿論出来ない。

 以前のように騎士の修練場の傍に行ってみたけど、人数は前見た時よりずっと少なく、何やら殺伐とした空気を感じた。

 カイルはおろか、アレンやミハの姿も見つけられず、他に頼りもない私は危険を冒してここにいる。


「ふわぁ・・・」


 欠伸をして、簡素なベンチにこてんと横になった。


「眠い」


 また1人で呟く。

 悶々として夜あまり眠れず、飲んで発散するには相手がいない。

 飲みたいとか、眠たいとか、我ながらなんて情けなく素直な欲求なんだと、おかしくなった。

 陽はぽかぽかと優しく私の体に降り注いでいる。

 こんな時でもしっかりと木陰に顔を置く事を忘れない自分が好きだ。

 さわさわと温かな風が通り過ぎ、葉が揺れて出す音は子守唄のよう。


 心地よい眠気に誘われるまま、私はそっと目を閉じた。








『会いたい・・・触れたい、お前に』


 誰?


 思わず問いかけそうになって、私は首を振った。

 相手なんて、わかってる。


 この声は、透明人間さんだ。


 でも、その声は、とても苦しそうで、私の心をぎゅっと締め付けた。

 周りはいろんな色が混ざり合った奇妙な空間。

 私はこれがあの夢現の世界と似たものだと、本能で解った。


『・・・会いたい・・・』


 何で、どうして?

 私達会えたよ?


 透明人間さんの手がかりは声だけだというのに、私は異世界なんてとんでもない場所にやって来て、その声を持つ人と巡り会えた。

 私達はちゃんと出会えてるのに、何でそんなに泣きそうな声を出すのかわからなくて、私は苦しく切ない声を聞き逃すまいと、必死に彼を探した。


『触れたい・・・もう1度、この腕に抱きしめたい』


 大丈夫だよ。

 私達、もう出会ってる。


 でも、以前のような私の意識がはっきりとした夢現の中なのに、聞こえる声はこんなにもしっかりと私の耳に届くのに、私は透明人間さんを見つけられなくて。

 私の声も彼に届いていないみたいだ。


『会いたい・・・』


 透明人間さんの搾り出すような声に、私の胸がひどく軋んだ。


 私達本当に・・・出会ってる、よね?


 







「・・・ん~っ?」


 耳元を擽る何かに、私は浅い眠りからゆっくりと意識を浮上させた。


 人が気持ちよく寝てる時に、何なのよ・・・


 眠くてしょうがない私は、眉間に皺をよせ目を閉じたまま、それを払う。

 すると、耳にくすくすっと微かに笑う声。

 それと同時に、私の頬を何かが優しく撫ぜ上げた。


「・・・何故、お前はこんなところで寝ている」

「っ!」


 その、心の奥を揺さぶる声に、私はぱっと目を開け、がばりと体を起こした。

 そこには、私のいきなりの行動に驚き、中途半端に手を引いた彼。


「レィニアスさん!?」

「なんだ、もう私の顔を忘れたのか」


 悪戯っ子のように、その紫の瞳に意地悪な光を宿し、くくっと喉を鳴らしてレィニアスさんが笑う。

 声だけじゃなく、壮絶好みなその笑顔までときめきまくりな私はぶんぶんっと勢いよく首を振った。

 そんな私の必死な態度が面白かったのか、彼は悪戯な光を消して、楽しそうに微笑んだ。


 好み過ぎて、鼻血出そう・・・


 私がそんな思考でレィニアスさんを見てるなんて気付きもしないで、彼は一頻り笑った後、自分を見つめる私の視線に、困ったように目元を薄く赤らめ軽く目を眇めた。


「・・・だから、そんな目で見るな」


 か、可愛すぎる・・・


 先日の夜が持つ静かで儚い時間に囚われた、今思い出すと恥ずかしくて死んでしまいたい私と違い、いつものテンション高い私は、彼の訴えを聞くことなんてあるわけもなく、じっと彼を見つめた。


 見るなって言われても見ちゃうもんね!

 好きな人がそばにいるのに見ないなんて、そんな勿体無い事出来るわけない。

 しかもこんな可愛い顔・・・!


 1人だったら確実に満面の笑顔で悶える所を、流石に妙な姿を見せるわけにはいかないと、羞恥心と、ある程度の節度を保って見つめるくらい許してほしい。


「・・・全く、何なんだお前は?」


 困ったような吐息と共に、薄く笑うレィニアスさんに、今度は私が意地悪く笑った。


「私は私です。ダメですか?」

「いや・・・そういえば、お前、アオイはカイル達の話しでは、もっと騒々しいと聞いていたが」

「げっ!・・・っと、えーっと、何の事でしょうか?」


 自分では可愛らしく見えるように、小首をかしげて誤魔化してみせたつもりなんだけど、最初に素直に口から飛び出てしまった『げっ』の声がレィニアスさんには強く残ったらしく、彼は吹き出した。

 小刻みに肩を揺らして笑っている。


 うわーん、これじゃ私の求めるラブロマンスにならないっ!

 とにかく軌道修正だっ。


「好きな人の前では、女は緊張するものなんです」


 言ってから、何か違う気がする? と自分に問う。

 伝えたい事は緊張だけじゃなくて、ほら、あれだ。

 あれって何。だからあれだよ。

 うーん、と顎に手を当てて、考える事1分弱。


 そうだっあれだっ!


「可愛く見られたいからだ!」


 びしっと人差し指をたて、すっきりした笑顔でレィニアスさんに意気揚々と言い放ってから気付く。


 それ、相手に言う事じゃないからっ!


 自分の犯した失敗に気付いて、がーっと赤くなって、さーっと青くなった。

 だって、レィニアスさんてば笑ってくれたらいいのに、きょとんとした顔してる。

 軌道修正があえなく撃沈した事を、その表情で知った私は居た堪れなくなって、やっぱり顔を真っ赤にして俯いた。


 あああ、逃げたい逃げたい、逃げ出したい。

 穴があったら入り込んで、誰か親切な人に上から土をかけて欲しい。


 とにかく今の状況を何とかしなければと、ぐるぐる混乱する頭で考えるけれど、血が上った頭では何も思い浮かばず、私はスカートの裾をぎゅっと握り締めた。

 そんな私の手に、そっとレィニアスさんが触れたのは、私がもう消えて無くなりたいと思った時だった。

 驚いて顔を上げた私と、困ったように眉を寄せるレィニアスさんの視線が絡む。


「・・・私はアオイの事が何もわからない。アオイも、私の事を何も知らないはずだ」


 違うか?


 問われて、私は小さく頷いた。


 確かに、レィニアスさんの事、何も知らない。

 なにより、きっかけとなる透明人間さん時代だって、彼が一体なんなのかさっぱりわからない。

 ただ、私の心にすっと入り込んでしまった、放っておけない人。

 レィニアスさんが何を言いたいのか、言葉を待つ私の視線の先で、彼は綺麗なその目を細めると、ふうっと小さく息を吐き出した。

 その唇が、次の言葉を紡ごうとした時、がさっと木々が揺れる音がした。

 同時に、低く威圧めいた声が耳に届く。


「花ごときでどれだけ人を待たせるかと思えば、女との逢瀬か。レィニアス」

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