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「後でって、一体いつ・・・」


 一人の部屋で、思わず呟いてしまった。

 夜も更け始めた今、外からの淡い星の光は、室内の明かりによって部屋の中には届かない。

 折角綺麗な星空に、部屋の明かりを消そうかと悩んで、やめた。

 レィニアスさんが来た時に、明かりの消えた部屋を見て、私がもう寝たのだと判断して帰られては困る、そう思ったからだ。

 東京では星空が見えないというけれど、そんな事もなかった。

 光こそ弱いものの、雲の無い日はしっかりと空に瞬き、テレビで今日は流星群が見れますなんて日は、マンションのベランダから今みたいに一人で見たものだ。


 でも最近はあまり見てなかったな。


 この異世界に来てからも、毎日の慌しさでこんな情緒ある事をするのも忘れていた。

 小さなベランダへ続く窓を開けると、そっと夜風が部屋に入り込んできた。

 窓枠にこつんと頭を預けて、夜空を見上げる。

 好きな人を待つ、ぼんやりとした穏やかな時間。


 我ながら乙女だ。


 あの夢現の出来事を経て、異世界にやってきてから、気付けば今日で丁度一週間。

 これが日本でいるだけなら、もうあの夢現の事は忘れているだろうし、こんなふうに優しい気持ちで空を見上げるなんて、まだまだずっと先の事だったと思う。


 やりたい事もなくて、ただ生きていただけの私が、まさか異世界で本気の恋をするなんて。


 今までの、なんとなくいいなって始まった恋愛とは違う。

 たぶん、夢現の中、偽ることのない自分の深層心理から始まった関係だからだろうか。

 久しく忘れていた、もしかしたら初めてかもしれない、恋という甘やかな感情。

 相手は、普段のいつもふざけて過ごしていた自分と違う、子供の頃のような素直な自分を見せることが出来た人。


 初恋だなんて、恥ずかしいことは流石に言わないけどね。


 でも、と思う。

 誰か偉い人が残した言葉が私の中に浮かび上がる。


 人は最後の恋に出会ったとき、これが初めての恋だという。


 そんな恥ずかしいこと、今までの私だったら笑い飛ばしてた。

 今それを素直に思えるのは、こんなに静かで綺麗な夜の中にいるからなのか。

 切ない声で、私の耳元で囁いた彼の願いのせいなのか。

 微かに聞こえる虫の声と、静かに木々を揺らす優しい風が、私の頬をなぜて通り過ぎていく。

 この世界に来て初めて、自分の気持ちと向き合っている気がして、私は1人であるにも関わらず、なんだか気恥ずかしくて、口元に薄く幸せな笑みを浮かべて目を閉じた。


 会いたいなぁ・・・


「・・・夜風は体に悪い。風邪を引くぞ」


 ふいに聞こえた声に、驚きと共に、私の心臓がどきりと音をたてた。

 緊張のせいなのか、震える体に力を込めて、ゆっくりと振り返った私の目に、戸口に肩をもたれさせ腕を組んでいる、彼の姿が映る。


「扉を叩いても返事がないから、もう眠ってしまったのかと思った」


 だが、部屋の明かりが点いていたから・・・


 そう言って、彼は戸口から体を起こすと、そっと扉を閉めた。

 木の扉のきいっと小さな音に、私の心臓がまた音をたてる。

 ずっと会いたかった人と2人だけの空間が作り上げられたことに、私はこれでもかと胸が高鳴るのを感じた。


 なんで、それだけでこんなにどきどきしちゃうかな。


 首元から上がる熱が、私の瞳にまで届いて、うっすらと視界を潤ませた。

 私の視線の先で、彼は数歩部屋の中へと進むと立ち止まる。

 振り返ったまま動かない私を見て、彼は少しだけ小首をかしげた後、すっとその整った頬を下げた。

 薄い金の髪が動きで流れるように彼の頬に落ち、彼の表情を隠してしまう。


「・・・あんな出会い方をしたのに、何故そんな目で私を見る」


 小さく呟くように、疑問を乗せた彼の言葉。

 私は見えない彼の表情を追って、ようやく一歩彼へと踏み出した。


「お前とは、あの時に初めて会った、ただそれだけのはずだ」


 あの時。


 それは、あの夢現のこと?

 私が覚えているように、やはり彼もちゃんと覚えているの?


 彼の前まで来て立ち止まる。

 彼の下げられていた手が、くっと握り締められるのを視界の端に映す。

 ずっと会いたかった彼が今こんなにも近くにいる。

 私は、その存在を確かめるように彼の纏う淡い水色のシャツの裾に手を伸ばした。

 きゅっと握り締めると、驚いたように彼が私の方へ顔を向ける。


「・・・だから、その目だ・・・」


 彼は1度瞬きをした後、何故だか泣きたいような表情を浮かべて、すっと目を細めた。

 彼が何を思っているのかはわからないし、その目と言われたって、自分の顔を見ることが出来ない私にはさっぱりわからない。


 ・・・わからないなんて、嘘ばっかり。


 たぶん、恋焦がれる人が見せる熱い視線を、私は彼に向けてるんだと思う。

 そう意識すると、そんな熱視線を真っ直ぐに相手に向けてしまっているという事実に、私は急に恥ずかしくなって慌てて顔を俯けた。


 だめだっ1回意識すると、もう顔上げられないよっ!


 それと同時に、頬に集まる熱までも急激に上がったような気がした。

 耳まで熱い。

 慣れない感情の起伏に、私の視界がまた潤みだす。


 私、こんなに弱い奴だったかなぁ・・・?

 そりゃ目に見えないものは怖いし、嫌いで、あの黒い靄には滅法弱い。

 なんて、ここで例にあげるには、あまりにも意味が違うか。

 恋愛面で、こんなに弱い自分・・・あまり思い出せない。


 自分がいかに、今まで適当に流されて生きてきたか、こんなときにも実感する。

 真正面からぶつかる恋愛なんて、そういえばしたことなかったかも・・・

 そんなことを思いながら、ぼやけた視界で彼の手を見つめる。

 すっと伸びた綺麗な手だな、なんて思ったところで、その手がそっと動いた。

 それは私が見つめる先で、私の方へと伸ばされ、急なことに驚き、身を竦ませた私の顎を捉える。

 くっと力を込められて、私の顔はいとも簡単に彼へと向かされた。

 戸惑いと微かな熱をふくんだ綺麗な菫色の瞳が、すぐ近くで私を覗き込んでいる。


「お前のその目の意味がわからなくて・・・見たくないと思う、だが」


 言いながら、彼はそっと夕方に触れた、私の薄く傷ついた頬を撫ぜた。

 その優しい手の温もりに、私の視界が揺れる。


「こうやって近くで、見たいとも、思う」


 彼の目が、やはり苦しそうに歪んでいる。

 彼が私をわからないというように、私も彼の目の意味がわからない。

 わかりたいと、そう思う。


 私のは、あの時に根付いた、恋の種が芽吹いてしまったからだ。

 でも、あなたは?

 あんな出会い方って言ったのは、あの夢現のことでいいんだよね?

 違うの?


 浮かんだ疑問と、吐息まで感じられる距離に昂ぶった感情が、なんとか目じりで留めていた私の涙を一滴、すっと音もなく流れ落とさせてしまった。

 それは、顎にそえられていた彼の手まで流れて、その指先を濡らす。

 彼は1度目を閉じた後、薄く目を開け頬を傾けた。

 目元に押し当てられる彼の唇の柔らかさを感じた。


 その時。


 コンコンコンッと響く、無粋なノックの音。


「レィニアス様、そろそろお時間です」


 うわああんっ今、めっちゃいいとこなんだけどっ!

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