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「立ち話もなんだし、座りません?」
そう提案して、私は建物の石段に腰を下ろした。
目の前には花畑が広がり、風が優しく私の髪を撫でていく。
本当メルヘンだなぁとしみじみと思った。
「・・・座ってます?」
「ああ、隣に」
右隣からの声に条件反射で顔を向けた。
動く音何もしなかったんだけど。
深く考えるとやはり少しばかり怖いので、これは夢これは夢と心の中で繰り返す。
「手、貸して下さい」
言って私は自分の両手を頂戴するかのように上向きに差し出した。
私の行動の意味を計りかねるように、間を置いてから彼は口を開いた。
「・・・何故?」
「だってそこにいるかどうかわからないから」
返事になっているのかわからない私の答えだったけれど、恐る恐るといったように、手の上に先ほどの温もりが移動してきた。
それをぎゅっと捕らえて自分の腕の中に引き寄せる。
その拍子に、とんっと自分の肩に軽くきた衝撃。
「っ!何を」
「えーっと、姿が見えないといるかわかんなくて気になるじゃないですか。だったら最初から触っていようと思って」
「それならそうと最初から言ってくれ」
すぐ近くで彼が大きく息を吐いた。
それが私の頬をくすぐり、ふと肩に触れてるのは、もしかして相手の肩なのかもしれないと気付く。
急に腕を引っ張ったものだから体勢を崩した・・・うん、想像がつく。
「私が今持ってるのって右腕?それとも左?」
「右だ」
その答えを聞いて、見えない彼の姿勢を考え、私はぱちぱちと二回瞬きをした。
・・・かなりらぶらぶのような体勢じゃないだろうか。
肩に当たっているのが相手の肩で、彼の溜息を頬で受けるくらいに顔が近くにある。思わずぱっとその手を離した。
すると肩に触れていた温かみも離れた。
彼も体制を直したのだろう。
「…どうした?」
見えないから触れてないと不安だと言ったそばから、その手を離した私の行動の意味がよめなかったらしい。
困惑している彼の声音を追いながら、私は彼を更なる困惑に落とし込むように手を伸ばした。
「なっ何だ!?」
「いいからいいから」
手を伸ばすと、すぐ隣に温かな空気の層。
それがどんな形をしているのか私は確かめたかったのだ。
まあ流石に、声からして男の人だろう透明人間んさんの下半身に手を伸ばすような痴女ではないから安心してね。
「今私どこ触ってるか、教えてください」
「・・・左腕」
彼にとっては私の意図が読めないままなのに、素直に私の言葉に従う彼がなんだかおかしかった。
思わず口角が上がりそうになるのを堪えながら、彼の答えを聞いて、頭の中でその体のつくりを想像する。
「・・・肩・・・背中」
うん、透明人間さんだから、人間じゃないのかもと思ったけれど、暖かな空気の層は私よりかなり大きいけれど、人間の形をしているようだ。
実はちょっとだけ背中に羽でもあったら面白いのになって思ったりしてた。
だって花畑に神殿っていう場所が場所なだけにね。
「・・・首、・・・顎」
ふいに、彼に触れていた手の平の指先に、彼の吐息を感じて私はその手を止めた。
相変わらず目には映らないけれど、そこに確かに彼の顔があるという事実。
しまった、私、またらぶらぶみたいな事やってる。
慌てて顔と思われる場所から手を離すと、先ほど触れた彼の左腕あたりを握り締めた。
ぐいっと引っ張って、自分の腕と絡める。
「・・・次は何だ?」
「さっきの体勢じゃ話しづらいから、これなら平気でしょ?」
「よくわからん奴だな、お前は」
呆れた口調で返されて、私はへらっと誤魔化すように笑った。
そのまま彼の腕らしい部分を持ち上げて、手の先あたりを触る。
自分と同じ手のひらや指が分かれているかまではわからない。
ただ温かな空気の塊。
私はそれをまるで、ぬいぐるみを触るかのように、ぐにぐにと握り締めたりなぜたりしながら、口を開いた。
「そういえばさっき凄い溜息ついてたけど、どうかしたの?」
何気なく口にした事だったのに、彼から返事の言葉が聞けるまで、数分かかったようが気がした。
いきなりの沈黙に、彼の腕を持っていなかったなら、また彼がそこにいるのかいないのかわからなくなっていただろう。
「何でもない」
「・・・いや、こんなに待たせておいてそれはないでしょ」
思わず出た私のつっこみに、彼はまた大きく溜息をついた。
先ほどまで優しく私たちに吹いていた風がいつのまにかやみ、なんだか辺りを重い空気が包んでいるような気がして、私の眉間に皺がよった。
「そんなに触れて欲しくない話しならもう聞かないけどさ、そんな悩んでる事だったらいっそ話した方が楽になると思うんだけどな」
言いながら、彼の腕をもう一度きゅっと握り締めた。
「それにほら、私たち二度と会えないんだし」
言いやすいでしょ?
そう続けようとして出来なかった。
なぜなら、私の手の中の彼の腕がびくっと動いたから。
今までされるがままだったその温もりが反応した事に私は驚いてしまい、次の言葉が続けられなかった。
「・・・二度と会えないのか?」
「そりゃ・・・会えないでしょ」
低い声で尋ねられ、手の中の温もりを何となく撫ぜながらそう答えた。
だって夢なんだから。
前見た夢をもう一度見たい!続きが見たい!
そう思いながら眠る事は誰にだってある。
私だってその一人だ。
けれど、続きが見れた事も、同じ内容の夢を見た事も私の経験には一度もない。
だからって夢の世界の住人に、それをつきつけるほど、私は現実主義でも鬼でもない。
夢の中では夢の出来事を楽しむに限る。うん。
「・・・会えないのか・・・」
疑問系ではなく、彼の現実を受け入れるような小さな呟き。
その声があまりにも切なく、搾り出すように響いて、私は正直焦った。
「そっ。だからこそ一期一会っていうか。悩み事ならどーんと聞くよ?」
一生懸命笑顔を作って、明るい声を出す。
友達にするように、ばんばんとその見えない背中を叩いた。
その感触が、ぽよんぽよんっといったなんとも今の状況にそぐわず、思わず笑いそうになった事は・・・内緒にしておこっと。