仲良し?
自分の常識を超えた非現実的な事にいきなり直面した時、人にはそれを受け入れるための、気持ちを整理する時間が必要だと思う。
混乱したままそれと向き合っても良い結果は生まれないし、見なかった事にするのは簡単だけれど、また同じ状況におちいらないとも言えない。
だから私は私なりに、先程の事を理解し受け入れようと、部屋に戻るなりデュラと二人で、話をしているわけなのだけれど・・・
「・・・魔法はないって言ってたのに」
「あれを空想的な火や水を操る魔法と同列に置くとは思わなかったので」
う、確かにそうだ。
魔法って火や水や雷をどかんどかん使うイメージ。
集めの器やデュラの力を知って、勝手に裏切られたような気持ちだった私は、しぶしぶながら納得して頷いた。
「・・・デュラはあれ怖くないの?」
「人は慣れるものだから」
慣れ、ね。
今の私には勿論理解する事は出来ないけれど、生まれた時からそれが存在する世界なのならば、否応なく慣れていくものなのかもしれない。
「じゃあ、理不尽だって思う事は?」
「幼い頃はね。でもそれは私だけに限った事ではないでしょう? 簡単に例えるなら、王家の者も生れ落ちた時から、どう生きるか定められ、学ばされる」
それは確かにそうだ。
次元は違うけど、日本だって生まれた環境によって、人生の半分くらいはもう決まっているようなものだと思う。
ただ、それが今回、あまりにも不可思議レベルが高かったというだけで。
「・・・ここって本当に異世界なんだね」
最後に息を吐き出すように呟いた私を、デュラが何を今更というような顔で覗き込んできた。
「あなたはこの世界を簡単に受け入れたように見えていたよ」
「自覚が足りなかっただけだよ。私って旅行が好きだから、前に行った事ある海外・・・自分の国以外の場所がここと似てたから、旅行気分だっただけ」
言って、また溜息を吐く。
あまり考えないで行動するというのは、深くその状況と関わろうとしないという事だ。
世間の忙しさに流されて生活するというのは、ただ何も考えないで目の前に置かれた状況を何の疑問もなく受け入れ、生きてきたからだと思う。
自分のやりたい事を決め、決められた時間を有意義に使い、抗いながら生きるという事は、私には出来なかった。
私が流されながら生きてきたのは、ただそれだけの事で、それでも自分なりに楽しく生活していたのだけれど。
暗くなってしまった私を、デュラの腕が抱きしめた。
「この世界に来た事を後悔している?」
「・・・後悔も何もいきなりだったし、何で来たのかもわからないもの」
「何かきっかけがあったのでは?」
「・・・きっかけ?」
デュラの言葉に私は目を丸くした。
そんな事考えた事もなかったけれど、もし、そんなものが存在するとしたら、私の心に浮かぶのは一つだけ。
あの夢とも現実とも言い切れない、あの出会いだ。
『お前と一緒がいい』
ふいに、透明人間さんの声が頭に蘇る。
切なさと甘さを滲ませた、彼の声。
どきりと私の胸が鳴った。
そんな私の胸の鼓動を感じ取ったのか、デュラが抱きしめる腕に少しだけ力を込めながら口を開く。
「例えば私に会うためとか」
「それはない」
きっぱりはっきり否定した。
何を言うのかと思えば、やはりデュラはデュラだ。
そこで私はようやく自分が置かれている今の状況を省みた。
私は今、デュラの腕に抱きしめられながら、彼の足の間に座っている。
何故こういう状況になっているのかというと、先程目の当たりにした力やこの国の風習で、もやもやと暗い気持ちになっていたのもあり、部屋に戻りソファに座る際に、彼の腕に引かれて傍に座るのを、受け入れてしまったからだ。
今更だけど、何やってんの、私。
デュラと会話を交わし、この国の事やデュラ自身がそれを受け入れているというのなら、私が気をもむ事でもないとわかり、落ち着きを取り戻した私は我に返って、自分に回されているデュラの腕をほどかせようとした。
今の私に、このまま座っている理由はないからだ。
「もう落ち着いたから、私あっちに座るわ」
「そうかい? その必要はないだろう」
デュラは抱きしめる腕の力を解いたけれど、その手は私を囲むように組まれた。
立ち上がろうとすると、軽く肩を押さえられて、座り直させられる。
「仲良くするのでしょう」
「いや、でも、なんか方向が違う気がするっていうか、気のせいかな?」
「気のせいだね。私は楽しい」
彼の手が私の手を捉え、その感触を楽しむように指を絡ませた。
先程までのもやもやとした気持ちがなくなった私は、急に今の状況全てが恥ずかしくなってしまい、慌ててデュラの手を振りほどく。
しかし彼はそれはもう、本当に楽しそうに、くすくすと小さな笑い声を零した。
う、困ったどうしよう。
「私は楽しいどころじゃないよ。カイルに仲良くしろって言われたけど、仲良くっていうのは、こういう事じゃないと思うんだよね」
「例えば?」
「え」
仲良くするとは具体的にどうするのかと、デュラが面白そうに口の端を持ち上げて笑った。
「えーと、あ、私友達募集中だから、友達なら」
「友達というのは、どこまで許されるもの?」
「え」
・・・友達っていうと、一緒に遊んだり、悩み相談して助けあったり?
てか、許しが必要なものじゃない気がするんだけど・・・
そう呟いてから、しまったと思った。
デュラの目に、悪戯な光が宿ったからだ。
「ではこのままで」
「いやいやいや、ちょっと待って。これ違うっこれは友達じゃないよ!」
「特別な友達と思えばいいのでは?」
特別って何よそれ。
こんなの友達じゃなくて、恋人だってば。
なんて言おうものなら、即恋人希望と言われそうなので、私はどうしたものかと頭を悩ませた。
「カイルは私を理解しろと言ったけれど、私はそれを望んでいない。私はただあなたの傍にいて、ずっとこうやって触れていたいだけ」
「変態発言禁止」
いやちょっと待って、デュラってば私の年齢知らないはずなんだから、子供に接するものと思えば有りなのかな?
私だって小さい子供は抱きしめたい衝動にかられる。
いやいや、でも私はそこまで小さくない。
それに、デュラの行動ってそれ以上な気がして、ならないんだよね。
待ってるとか言ったし・・・ううーん、危険だ、危険な香りがする。
先程の真面目な事とは違う事で、悶々としだした私の手をデュラが持ち上げた。
また好き勝手触るつもりかと、それを制しようと指先に力を込める。
「手に触れるのは友達もするでしょう?」
「それは確かにするけど」
「ではこれは?」
言って、彼は私の制止の力を気にもとめず、手を持ち上げそこに唇を押し付けた。
本当にデュラは遠慮が無いなと思う。
でもそんな彼に慣れてきている自分もいるのが怖い。
「しないよ」
「敬愛の証でしょう。でも先程より嫌そうではないね・・・ではこれは?」
彼の薄い唇が私の頬に触れた。
逃げられない体勢なのが悔しいのに、本気で逃げようとしていない自分がいる。
今まで変態危険近寄り禁止だけだったデュラを知り慣れただけではなく、心のどこかで彼に同情しているのかもしれないけれど、よくわからない。
実際、女扱いされるのが、嫌いってわけでもないんだよね。
十代の学生の頃の自分だったら、違う行動したかもだけど。
それでも、頬に触れた温もりが恥ずかしくて視線を落とした。
「・・・しないってば」
「これは親愛だよ。問題無いのでは?」
そう言われると、海外では頬に挨拶でキスするのを思い出す。
ここは西洋よりの異世界なのだから、そんな事があってもいい気がしてくるから、自分の一環した『これは駄目!』という考えの無い私は返答に困ってしまう。
答えを出せない私の頬に、デュラはまた唇を落とした。
うーん、これってやっぱり、流されてる!?