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 デュラがにこにこ微笑んでいる。

 カイルは可笑しそうに肩を揺らしている。

 私はというと、羞恥で赤くなった頬を見られたくなくて、むっと目を細めて顔をそらした。


「これで解ったでしょう? あなたが私の運命の相手だという事が」


 言うなり、私がそっぽを向いて油断していたのをいい事に、デュラが繋いでいた手を急に引き寄せた。

 気付けば私はデュラの腕の中にすっぽりと収まってしまい、布越しに彼の体温と引き締まった体を感じ、驚きに私の目が丸くなる。


「いきなり何するの」

「ずっと我慢していたので」


 ようやく触れる事が出来たと私の髪に頬を埋めながら、デュラが囁く。


「もっとずっと我慢してるべきだよ」


 二の腕を押さえられているために、思うように力が出せず、デュラの服を引っ張てみたり体を捩ってみたりと足掻いてみたけれど、その腕の中から逃れられず、私は途方にくれてカイルを見た。

 その間もデュラは私の抵抗など気にもとめずに、頬擦りしている。


 ちょっどさくさにまぎれて、耳に息ふきかけるなっ!


 私があまりにも不憫に思えたのか、最初は笑っていたカイルだったけれど、ようやくこちらへ歩いてきて、私を抱きしめるデュラの腕に手をかけた。


「アオが困ってるだろ、離してやれ」

「困ってない」

「困ってる!」


 デュラの返事にすぐに反応して声を上げた私に、彼はむっと眉を寄せた。

 しかし、先程のような悲痛な影のない、いつものデュラの目になら負ける私じゃない。

 きっと彼を睨み上げる。


「デュラの力は解ったけど、私無理だから」


 そうなのだ。

 集めの器を扱えるのは、この国でデュラだけというのは解った。

 負の感情と思われる、あの黒い靄に触れそれを制御して、器を管理する者。

 でもだからって、それを見る事が出来るだけで私を運命の相手になんてして欲しくない。

 理由は一つ。


 怖いんだよ!


「見る事は出来ても、私手伝ったりなんて出来ないし」

「手伝って欲しいなど言っていない。あなたは私の傍にいてくれるだけでいい」

「それも無理。出来ればもう二度とここには来たくない」


 デュラが手を触れ操り、あの石像から流れ出た黒い靄は、私に得体の知れない恐怖を与える。

 そんなものを操る人のそばになんて、誰が一緒にいたいと思うだろう。


「あー・・・、そんなに嫌がらなくていいんじゃねぇか?」

「カイルはあれが見えないからそう言えるんだよ。アレ本当にすっごい怖いから」


 思い出すだけで背筋が震えた私を、デュラはぎゅっと抱きしめた。

 いや、抱きしめて欲しいんじゃなくて、今はどちらかというと離して欲しいんだけどね。


「なんでこいつがお前にそんなに執着すんのかわからなかったけど、今ならわかるぜ?」

「顔だけでしょ。だって前デュラがそう言ったもん」

「最初はそうだったかもしれないけどよ、今は違うだろ。お前はこの国でたった1人、その力を理解してやれる人間だからだろ」

「はあ?」


 カイルの言葉に私は顔をしかめた。


 あの力を理解!?

 人事だと思って何好きに言ってくれちゃうの。


 そう私が反論しようとしたよりも早くに、カイルが口を開く。


「デュラが持つ力はこいつが死ぬまで誰にも現れない。こいつが死ぬ時に、この国でその時に一番生まれたばかりの子供に引き継がれるんだ」


 この世界に生まれ落ちたばかりの状態で、その力を否応なく受け入れさせられる。

 無意識のままに力を扱う術がその身に宿り、そして、祭司長に祭り上げられる。


 そう言葉を続けたカイルに、私は言葉を失った。

 デュラを見上げると、自嘲気味に笑う。

 それが本当の事を意味するのだと、私を眉を寄せた。


「大変だぜ? 赤ん坊の時に祭事があるとずーっと泣いてるからな」


 それでも、確かに儀式は成功するのだとカイルが言う。

 私はというと、自分の理解力を超えた話に呆然とするばかりで、何と言っていいかわからずに俯いた。

 ただ、赤ちゃんが泣くのは、あの黒い靄に恐怖して泣いているんだろうとわかった。

 それがなんだか悲しくて、私は唇をかみ締めた。

 デュラがそんな私の頭をそっと撫ぜる。


「アオイが混乱している。この話はもう止めよう」

「そうだな。俺もそろそろ戻らねぇと」


 二人の会話が右から左へと流れていく。

 重い話の内容に項垂れている私の顎に指がそえられて、上向かされた。

 自分の発言のせいなのに、心配そうな表情をするカイルが私を覗き込んでいた。


「アオ、そんな顔すんな。デュラもお前に何かしろって言ってねぇだろ? 昨日はこの国を知るために街へ出かけたんだ。それの延長線にこれがあった、ただそれだけだ。な?」


 そんな事言ったって、重いよ、この国。


 平和な日本で普通に生活していた私には、全く理解出来ないこの国の仕組みに眉を寄せると、カイルは安心させるように笑ってみせた。


「難しく考える必要なんてねぇよ。いつもみたいに笑ってりゃいいんだ。それにお前、俺に借りがあるだろ?」


 え? と瞬きした私に、今度はカイルが意地悪く笑う。


「金貸しただろ。すぐに返せないんだから、この国の勉強と思って、お前なりにしっかり理解出来るまでデュラといろ」

「えええ!?ちょ、何言って」

「仲良くしろってだけだって。何かあったらすぐ俺んとこ来ていいからな」


 そう言うなり、カイルは身を翻して、この広い部屋にはそぐわない小さめな扉から颯爽と出て行ってしまった。

 後には、私と私を抱きしめるデュラが残り。


「あいつもたまには良い事を言う」


 そんな事を言って、私に微笑みかけるデュラに、私は開いた口が塞がらなかった。


 カイルをいい男だと思ってきたの、今この時をもって、取り消す!

 あんな奴にお金なんて借りるんじゃなかった・・・


 それでも、今のやりとりのおかげで、暗くなっていた私の気持ちは浮上していたりするわけだから、なんだか悔しくも感じた。

 解っててやってるんだったら、やっぱりカイルはいい男だという事になってしまうので、その事は考えないようにしようと思う。


「部屋に戻ろう」


 そう言って、デュラが私の体を離し、部屋の外へと促した。

 歩き出しながら、ここに来てからずっと海外旅行気分だった私は、今ようやくここが本当に異世界なのだと、本当の意味で理解し始めていた。

 なんとなく振り返って見上げた透明な石像が、私の視線を受けて、淡く光ったような気がした。

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