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説明を要求する!
片手を腰にあて、人差し指をびしっと決めて、そう言い放った私は、今、自分の言葉を後悔しながら広い回廊をしぶしぶと歩んでいた。
説明するなら、実際に集めの器を見ながらの方がいいだろうという事になったからだ。
確かに、説明を要求したのは自分だし、レアモノを見たいと思った事も事実。
でも、やっぱり怖いんだよね・・・
思わず深いため息をつくと、前を歩いていたカイルが肩越しに私を振り返った。
「どうした?」
「・・・何でもない」
自分の言い出した事を、今更やっぱりいいですと言えるはずもなく、首を振って曖昧に笑った。
カイルは片眉を上げて、不思議そうに私を見た後、そっかと頷いて前を向いた。
あと一歩踏み込んでくれたら、正直に怖いんだけどと言えたんだけどな・・・と思ったりしながら、カイルの赤茶色の髪が揺れるのを見つめていたけれど、彼がもう一度振り向く事はなかった。
えーい、女は度胸だ!
頑張れ私。
扉を抜け、階段を降りては少し歩くを繰り返しながら、私はぐっと両手に力を入れる。
あの黒い靄を思い出すと体が竦むけれど、デュラが今日は大丈夫だと言った言葉を信じよう。
そう思いながら、私はカイルの隣を歩くデュラの後姿を見つめた。
ただの変態じゃなかったんだね。
祭司長ってまとめ役のイメージだったけど、特別な力があるからこそだったんだ。
彼の事を苦手とする気持ちばかりが先走って、彼の事も知らない事が多いんだなと改めて思う。
じっとデュラの背中を見つめていると、ふいに彼が立ち止まり振り返った。
「着いたよ」
前を歩く男の背ばかりを見ていたせいで、目的の部屋の前に来ていた事に気づかなかった私は、慌てて立ち止まるべく、たたらを踏んだ。
体勢を崩しかけた私を、カイルの腕が支える。
ありがとうとお礼を言って、私は目の前の扉を見つめた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。昨日は急な来客でまだ器に収まりきっていなくてね。普通の人間には見えないし、器のそばにある時は害になる事もないので、油断したよ」
そう言って肩をすくめてみせるデュラに、視線を上げて頷いた。
確かに、昨日はここに来るまでに嫌な気持ちがしたけれど、今日は何も感じられない。
気分が悪いという事もない。
ただ、昨日の出来事があまりにも私の常識キャパシティを大きく越えていたため、どうにも体が竦んでしまうのだ。
そんな私の気持ちを察したのか、デュラが私に左手を差し出してくる。
「お手をどうぞ」
小首を傾げて薄く笑うデュラに、私は素直に頷いて、その手の上に自分の手を重ねた。
軽く引かれたかと思うと、しっかりと手を握られる。
そんなデュラの態度と、素直に彼に従う私を交互に見て、カイルが首をかしげた。
いつもの私だったら、デュラと手をつなぐなんてありえないだろうから、それが不思議で仕方が無いって顔だ。
「アオがそこまで怖がるなんて、相当だな」
「お前はそれに関しては見た事も、触れた事もないからね。理解出来ないだろう」
「流石にこればかりはな」
デュラはカイルから視線を外すと、空いてる方の手で扉を開いた。
一瞬、どきりと私の心臓が反応したけれど、開いた扉の隙間からは何も出てこず、ほっとしながら私は手を引かれて、扉から中へと歩を進める。
「ここに入るのは三年ぶりか」
先に入っていたカイルが辺りを見回しながらそう呟いた。
私はというと、部屋というよりも広いホールのようなその空間に驚き、ぱちぱちと二度瞬きをした。
高い天井の壁には、色褪せてはいるが、見る者をはっとさせる壮大な絵が描かれている。
老若男女様々な人間が生い茂る黒い蔦の間から手を伸ばし、光を求める絵だ。
「凄い・・・」
感嘆のため息を漏らす私の隣で、デュラにとっては見慣れた場所のせいか、彼は冷たく感じる表情を変える事なく、私の手を引いて部屋の中央へと誘った。
部屋の広さと天井の絵画に気を取られていた私はそこでようやく、目的の物を目にしたのだった。
私の胸元程の高さの台座の上には昨日、ここを案内された時に見かけた、蔦の絡まる白い石像の透明バージョンが、なんと、浮かんでいた。
「う、浮いてる!」
マジック? 超能力?
「ねっこれってどうなってるの?」
先程までの恐怖はどこへいったのか。
わくわくした目でデュラを見上げた私を見て、彼は苦笑しながら首を振った。
「これはこういう物だから説明しようがない。古い書物は700年程前までしか残ってないので詳しくは解らないけれど、こうやって浮かんでいたのを5つに割り、他の大陸へ配ったそうだよ」
こんな蔦の細工を彫ったのは、それから100年程経った頃だったかな?
天井の絵もその時期に描かれたみたいだから、芸術が盛んだったんだろう。
言いながら、デュラがその水晶らしき石像に手を伸ばす。
何をするんだろう? と見守る私の視線の先で、デュラの指先がそれに触れた。
「っ!」
彼の指先が触れたその場所から、透明だった石像が真っ黒に染まりだす。
私は目の前の光景に驚き、目を見開いた。
「その様子だと、これも見えているね」
「え、だって・・・」
靄に関しては見えないかもしれないけど、水晶らしき透明な石が黒く染まるという物理的変化は誰にでも見えるんじゃないの?
疑問を浮かべてカイルに視線を移すと、彼は私の考えを打ち消すように首を振った。
「俺には何も見えねぇぞ」
「透明だったのが黒く染まってるのに?」
「いや、俺にはさっきのままだな。何も変わった所はない」
こんなにもはっきりと黒く染まっているのに、カイルには本当に見えていないらしい。
私はまた石に視線を戻して、それをまじまじと見つめた。
えーっと、あるよね、こう手触れるだけで色が変わるランプ。
ただそれ使えるのが、デュラ限定みたいだけど。
それに、光を灯すっていうよりも、まあ、黒くなるから、あれだよね。
ランプっていうより、インテリア重視?
冷静になろうとする自分が、おかしな方向に考えを巡らせて、目の前の不可思議な現象を例えた。
我ながらよく出来た頭だ。
ちょっと落ち着いた私を感じたのか、デュラが口を開く。
「そう、普通の人間には見えない。この国では私だけが見る事、操る事が出来る」
言って、デュラは目を細めると、石にあてた指先をくるりと回して離した。
するとそこから、黒い靄が外へ流れるように出てくる。
直後に、ぞっと私の背筋に悪寒が走った。
ひえっ何するの!?
思わずデュラのそばから逃げ出した私を見て、デュラは口元だけで笑うと、流れてきた黒い靄を集めるように、また指先を回して石に触れる。
黒い靄が石像の中に吸い込まれていき、彼が手を離すと同時に、黒い色も消え始め、石像は元の透明なものへと姿を戻した。
「驚かせたね。確認しておこうと思ったので」
こちらに歩み寄りながら、デュラが私に手を伸ばしてきた。
今、見た光景に恐怖が残っていた私の体が、伸ばされた手にびくっと揺れるのを見て、彼の細い目が更に細められる。
一瞬で悲痛な影に染まったデュラの瞳を見て、私は慌ててその手を掴んだ。
「おっ驚かせ返してみた!」
・・・他に言いようがないのかと、自分の頭の悪さに恥ずかしくなった。
でも冷たい印象を受ける男の顔が、傷ついた動物みたいに思えたら、普通ほっとけないよね!
ああでも、今すぐこの手を離して、声を殺し肩で笑ってるカイルを殴ってやりたい。