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「あー、その、なんだ・・・事後か?」
デュラの重さに、圧死寸前の私の耳に、救世主の声が飛び込んできた。
うわーん、カイル!
「事後じゃないよっ」
「見れば解るだろう。これからだ」
「違ーうっ!カイルお願い、この変態何とかしてっ!」
むっとカイルを睨むデュラの言葉を無視して叫んだ私に、カイルは、だよなぁと呟くと、私達のベッドに大股で近寄ってきた。
ぐっとデュラの首根っこを掴むと、私から引き剥がして、ぽいっと投げ捨てる。
流石隊長。
デュラも背が高く、すらっとした男の体だというのに、やっぱり彼の筋肉は伊達じゃなかった。
そう感心しながらも、私は慌ててベッドから抜け出すと、カイルの後ろに回り込んだ。
「カイル、本当にデュラってば、変態でやばいよ」
「だから最初に言っただろ?」
「でもカイル最初に言ったでしょ。犯罪おかすような馬鹿じゃないって。デュラったら、私に噛み付いたんだよ!? 本物だよっ下手すると犯罪だよっ」
そうだ、セクハラだっ!
訴えてやる!
力説する私を見て、カイルが吹き出した。
「噛まれたって? そうかそうか、お前相当気に入られたんだな」
「気に入られたとかじゃないよ!」
「まあ、こいつにしてはちょっと頭のネジが前より外れてる気はしたが、そういうもんだろ?」
どういうもんだよっ!
わけがわからないと怒る私に、カイルは可笑しそうに一頻り笑った後、あからさまにむっとした表情のデュラに向き直った。
「お前もどうしたんだ? 余裕がねぇな」
カイルの言葉に、デュラは重い息を吐く。
「自分でもそう思うが、こんな自分も初めてで面白くてね」
全然面白くないからっ!
カイルの後ろに隠れながら、思わず心の中で突っ込みを入れた。
変態を自覚して、そんな自分を楽しんでるって一体、どういう気持ちになのかさっぱりわからないし、その標的が私自身という事は、私にとって恐怖でしかない。
カイルを人として好きと思えるような感情は、はっきり言ってデュラにはない。
嫌いではないが、好きでもないという表現が正しいかもしれない。
だって、何考えてるかさっぱりわかんないし。
出来れば、近寄りたくないかな。
どちらかというと、デュラみたいな冷たい雰囲気の男に振り回されてる女の子を見て、私もカイルのように傍観者として、守ってあげたりしながら笑っている方が自分には合うんだよね。
カイルの後ろから、少し顔を覗かせると、デュラはやっぱりまだ憮然とした表情のままだった。
「私よりも、お前はいつからそんなに懐かれてるんだ?」
「まあな。別にいいもんじゃねぇけど・・・てっ」
カイルの台詞に、私の手がいつかのように彼の背中を殴っていた。
もうなんていうか、カイルの広い背中って本当殴りやすいんだよね。
「お前な。助けてやったのに殴るか、普通」
「それはそれ、これはこれだよ」
「・・・こういう奴だぞ」
「私はされたいけれどね」
楽しそうで、羨ましい。
そう言葉を続けて、こちらに視線を流したデュラの目が怪しく光ったのを見て、私は、ひえっとカイルの後ろに隠れなおした。
ほらっカイル!
デュラって本物でしょ!?
カイルに何回この姿を見せてやりたいと思った事か・・・!
って、そんなに回数こなしてないけどね。
でも、量より質って言葉があるように、デュラは一つ一つの行動が濃いっていうか何ていうか、いや、やっぱり濃いとしか言えない。
「あんまり虐めるなよ。こいつ年の割りに、純情ぶるとこあるから・・・お前な」
最初はデュラに話しかけてたカイルが、背中の衝撃に私を呆れたように振り返った。
そんな彼を思い切り睨み上げてから、私はふんっとそっぽを向く。
カイルは基本いい男だけど、本当にデリカシーがない。
女扱いされ過ぎても困るけど、されないのも切ないという複雑な女心をいい加減知るべきだ。
「それで、お前は何しに来たんだ? 私に何か用か?」
「いや、こいつが倒れたって聞いて、様子見にな。健康そうで何よりだ」
言って、カイルは私の頭に手を置くと、ぐしゃっと髪をかき回すようになでる。
そこでようやく自分が昨日倒れたことを思い出した私は、あっと口を開けた。
「デュラが見せてくれようとした部屋って何があるの?」
カイルの手によって乱された髪を整えながら、デュラを見る。
「この白莉殿が何のためにあるかはもう知っているだろう?」
「負の感情を封じ込める器があるんでしょ? それが置いてあったの?」
言いながら、私は昨日自分が見た、真っ黒な靄を思い出していた。
嫌な感情で溢れた、それ。
思い出すと、悲しい気持ちになってしまった私は、傍に立つカイルの服の裾を掴んだ。
私の様子が変わったのを感じ取ったようで、カイルが私の肩に手をかけて、どうした?と私の顔を覗き込んできた。
けれど、漠然とした不安でしかないそれをどう説明していいのか解らずに、私は曖昧に笑い、何でもない、とその手を離した。
カイルは怪訝そうな顔をした後、私の気持ちを汲んでくれたのか、また私の頭に手を乗せそこをぽんぽんと二度叩き、私達を至極納得いかない表情で見つめるデュラに、呆れたように笑って会話を続けるよう促した。
「・・・負の感情を集める器がね、置いてあったんだが。封じ込める器と違い、ある程度の人間なら普段見るくらいにはなんら問題はないから、アオイに見せてあげようと思ったのだけれど、まさか倒れると思わなくて驚いたよ」
うわん、やっぱり滅多に人を入れないだけあって、レアな物見れるチャンスだったんだ!
あの時は怖くて仕方が無かったし、今もあの黒い靄を思い出すと不安な気持ちになるけれど、私の興味本位が働いてしまう。
「それで、アオは集めの器を見たのか?」
「見てない。扉が開いたらそこから黒い靄が流れてきて、何も見えなかったから」
スモークにしては、ちょっとかなり不気味だから止めた方がいいよね、あれ。
本当の、本気で。
なんて事を思う私を、カイルとデュラが驚いたように見つめてきたので、私も思わず驚き顔になって彼らを見返してしまった。
私、何か変な事言った?
思っただけだよね?
「あなたはあれが見えたのかい?」
「あれって黒い靄の事?」
私の問いかけに、デュラは立ち上がり、こちらへと歩み寄りながら頷いた。
その顔が驚きの表情から、何ともいえない神妙な面立ちになったので、私はやっぱりわけがわからず眉を寄せて彼を見つめた。
デュラは私の目の前まで来ると、すっとその身を屈めて片膝をつき、私の手を取った。
・・・何となく予想がつくけど、いいや。
ここはとりあえず成り行きを見守ってあげよう。
デュラの顔、一応凄く真面目に見えるし。
じっとデュラを見つめていると、彼は私の視線を絡め取るように見返し、その細い目に甘い光を宿して、薄く微笑んだ。
「やはりあなたは私の運命の女性のようだ」
言って、そのまま私の手の甲に、その唇を押し付けた。
私はこれでもかと大きく目を見開いて、息をのんだ。
本当にやったよ、この人・・・!
さすがデュラ。
感心すると共に、私の空いてる方の手がデュラの頭を殴ったのは、言うまでもなく。
とにかく、ちゃんと解るように説明を要求する!