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「なんか、緊張するね」


 かつかつとお互いの足音が響く大理石の床を進みながら、私は少し後ろを歩くユーグに言った。

 広い回廊は、しんとした独特な雰囲気を持っている。

 人を受け入れがたいその空間を、高まる気持ちを抑えながら歩く。

 一般人に開放されている広い部屋を覗くと、そこにはたくさんの椅子が並べられ、普段はここで自分の気持ちと向き合うのだと聞かされた時は、ここを初め神社みたいだと思っていた私は、教会だと考えを改めた。

 その部屋の奥の壁際には、蔦の絡まる様が彫られた白い石造が安置されていて、それが神様の像になるのかな?と思ったりした。


 そして、今、この場所に仕える人たちしか入れない、特別な場所を折角だから見せてあげようというデュラの申し出を遠慮なく受けて、歩いているというわけ。

 ユーグの返事はないけれど、その顔を見ると、私と同じ様に、高揚しているのを感じた。

 隣のデュラはというと、やはりこの場所に住んで管理しているというだけあって、平然としている。


 全く実感ないけど、本当、デュラって偉い人なんだなぁ。

 今後のためにも、ゴマでもすっておいた方がいいかな?


 なんて思いながら歩いていると、回廊が終わり、大きな扉の前についた。

 この扉の向こうに何かがあるの?とドキドキする私の心境とは裏腹に、扉を開け中に入ると、そこには下へ降りる階段が見えた。

 少しばかり拍子抜けしながら、先へ進む。

 なだらかな階段は、3・4段ずつ降りては数歩の平らな道、また階段というのを何度か繰り返して、ゆっくりと降りていく作りをしているので、どれくらい下がっているのか、いまいち掴めない。


 なんか、本当に一般人立ち入り禁止って感じ。

 凄いな。


 そう素直に思うのに、私は階段を下りるにつれ、言いようのない違和感を感じ始めていた。


 うーん、なんだか嫌な感じがする・・・


 はっきり言うけど、私にはもちろん、霊感なんて無い。

 でも人間には第六感という、科学的には証明されていない感覚があるというのは、ちょっと信じてる私としては、例えていうならそれが働いてる気がする。いわゆる、虫の知らせ?

 歩を進めるにつれて、その嫌な感じが強くなっていくのを感じて、私は思わず、隣を歩くデュラの服の裾をつかんだ。

 デュラが驚いて、私を見る。


「・・・顔色が悪いね」


 私が何か言うよりも早く、デュラが私の顔を覗きこんでそう言った。

 自分ではわからなかった。

 ただ、嫌な感じがして、これ以上進みたくない。

 後ろに控えていたユーグも、私の隣に来て、私と視線を合わせる。

 彼の目が、心配そうに揺れるのを見て、自分の顔色がそんなにひどいのかと、眉を寄せた。


「そんなに変な顔してる?」

「変な顔、というか、顔色は確かに悪いです」


 さっきまでの、浮かれた観光気分の高揚した表情とは全く違うらしい私の顔に、ユーグもまた不安げに眉を寄せた。


「・・・この場所の空気が合わないのかもしれない」


 確かに先程までの広い回廊には、窓もあり、外の風が吹き抜ける事もあったけれど、扉を開けて地下へと降りているこの場所は窓もない、閉じられた空間だった。

 そう言われると、そんな感じがする。

 しかし、閉め切った場所のこもった空気というのは感じられず、ただ嫌な感じがするとしか例えようが無い私は口をつぐんだ。


「そういえば・・・」


 デュラが何か呟いて、考える仕草を見せた。

 何か心当たりでもあったのかと、デュラの服を掴む手に、無意識に力が入る。

 服の引っ張りに気づいたデュラは、そっと私の手を包みこんで、それを解かせた。


 え、こんな不安なのに離させるの!?


 思わず顔を上げた私に、デュラは静かに微笑むと、その手を私の手に絡めて握り締めた。


「この方が落ち着くでしょう?」


 先程私の指先を噛んで痛みを与えた、その唇が今度は優しく、私の指先に触れた。

 私の状態について何か考えていたくせに、今の私の不安を拭おうとしているのか、はたまた彼の本能なのか解らないが、隙あらば、危険なスキンシップを図るデュラに思わず苦笑した。

 嫌な感じで不安になっていた私の心が、それに気を取られて少し浮上する。


 だからってデュラを受け入れるわけじゃないんだから。

 かっ勘違いしないでよね。


 なんて、ツンデレを心の中で一人演じてから、はっと気づいた。

 ユーグが、こちらをじっと見ている事に。

 真面目少年の前で、こんなの受け入れて笑っていたらまた、彼にいらぬ気遣いを起こさせてしまうと考えた私は、ぺいっとデュラの手を跳ね除けた。

 彼の目が、むっと潜まる。

 どうやら、ユーグの視線を気にしたらしい事に気付いたデュラが、その氷の視線をユーグに向ける前に、私は慌てて口を開いた。


「もう大丈夫だから!折角だし、先進もうよ」


 本当は、微塵も進みたくない。

 でも、一般人に入れない場所というのは気になるし、なにより他にそらせる話題がなかった。


「まだ、顔色が悪い」

「自分じゃよくわからないし、本当に駄目そうならすぐやめるから、あとちょっとだけ、ね」


 もの言いたげなデュラに、お願いっと顔を上げると、彼は大きく溜息を吐いて了承した。

 そして、自分の腕につかまるように差し出してくる。

 流石に断る理由もないかと、先程自分から彼の服を掴んだ事もあり、そっと手を添えてると、私達は再び歩き出した。


 自分で言った事だけど、やっぱり、嫌な感じがするからやだな・・・

 でも、本当、何だろこれ。


 自分自身初めての経験に戸惑いながらも、こんな大きな国の神殿みたいな場所の奥に入れるなんて、滅多にない事なんだからと自分を奮い立たせる。

 大丈夫、大丈夫、頑張れ私。


 それから、また数段階段を下りていき、木で作られた先程よりも小さな扉が目に入った。


 開けたくない。


 見た瞬間に、そう思った。

 今までずっと感じていた、嫌な空気が、ずっと重く私に圧し掛かっている気がする。

 先程、顔色が悪いと言われても、自分ではあまり実感していなかったが、今は違う。

 ぐらぐらと頭痛を感じ、視界が揺れているような気がした。

 何だこれ、と改めて自分の体に起こっている事に、目を細める。


 開けて欲しくない。


 そう言えば、デュラは手を止めるだろう。

 なのに、私の意志は口を開くことなく、ただ彼の手が扉にかかるのを見つめていた。

 そして、扉がぎいっと木の軋む音をたてて、開きかけた時。

 私の目に、その扉の隙間から、黒い何かが溢れてくるのが映った。


 何?


 その黒い靄みたいなものが、さあっと流れるように私の足元に来たのに、驚いて避ける暇もなく、目を見開いた。

 その直後、私の意識は途切れてしまい。


「アオイさんっ!」


 ユーグの私を呼ぶ声が、最後に耳に残った。




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