黄金の天使? 1
「ユーグくーん」
「・・・・・・」
「あっ見てみて、あのお店美味しそう!」
「・・・・・・」
私達は今、町から離れた白莉殿へ向けて歩いている。
あの悪戯により、絶賛お怒り中でだんまりを決め込んだユーグの機嫌を戻そうとしながら。
話しかけても無視。
気を引こうとしても無視。
彼の機嫌が直る気配は一向に感じられない。
うーん、こんなに怒るなんて、失敗失敗。
むっすりと前を向いたまま、白莉殿へと続く道を、ためらいなく進む彼の後ろに付き従いながら、私はそれでも苦笑気味。
ここで更にあの腕取って、ごめんねなんて顔覗き込んだらどうなるんだろうな。
やってみたいけど、更に怒らせて、置いてかれるのも困る。
うん、自重しておこ。
「もうっ本当ごめん!反省してる!いい加減、機嫌直してよ」
機嫌取りから一転、彼の前に回りこんで、両手を合わせて謝った私を、目を丸くして見下ろした彼は、ようやく困ったように笑った。
「・・・別に、そこまで怒ってません」
嘘付け。
今さっきまで散々口聞いてくれなかったくせに。
なんて思いながらも、そこでまたへそを曲げられてはかなわないので、私は良かったと笑った。
店が立ち並び人通りの多かった通りを抜け、横に大きく開けた道へ出る。
馬車が通る移動優先の道のため、店などは建てちゃ駄目なんだって。
一応、考えてあるんだなぁって納得しながら進んでいくと、街の区切りらしい、レンガ調の高い壁が見えた。
広い道を曲がり、その奥にこれまた大きな開け放された門が見える。
その門を抜け、またしばらく歩くと白莉殿があるのだとユーグは言った。
かなり歩いたのに、まだ着かないの!?
・・・もうぶっちゃけ、白莉殿まで行けなくても良くなってきた・・・
でもここまで来て、やっぱ帰ろうってのも言い辛い。
我ながら持久力の無さに乾杯だ。
「ね、ユーグは疲れてない?」
「別に・・・疲れたんですか?もう?」
もう、って言うな。もうって。
だいぶ歩いたよ!
日本では基本自転車、移動はバスや電車の公共車両を愛用。
健康のためにウォーキング、何それ、美味しいの?
なんて生活をしていた私にとっては、もうこれは本当久々過ぎる運動だったりする。
「ここからだと戻るよりも、白莉殿の方が近いですけど、どうしますか?」
「・・・行く」
ユーグの言葉に、あからさまに顔をしかめながらそう返事をした私を見て、ユーグはしょうがない人だなって感じで笑った。
とりあえず、そんな顔を見ると、このお出かけの収穫は確かにあったと確信でき、疲れが少しばかり緩和されてしまう私は、結局単純だ。
「そだ、折角だからユーグの事も話してよ」
「え?僕のことですか」
「そ。私が異世・・・異国から来て、右も左もわからないぺーぺーな庶民だって事はユーグも、もうわかったでしょ?だから次はユーグの事話してよ」
「ぺーぺーって」
私の言い回しがツボに入ったのか、ユーグはまた笑った。
知れば知るほど、以前よりずっと、可愛く感じる少年だ。
「僕も平民ですよ。一年前まではこの街に住んでたんですが、火事で住む所がなくなって、知人のつてで王城での住み込みの仕事を紹介してもらったんです」
思いかげないハードな過去をさらりと話すユーグに、私は驚きを隠せなかった。
「え、と、親は?ユーグ、まだ16だよね?」
まずい事を聞いてしまったかと、思ったことをそのまま口に出してから、後悔する。
けれど、私の視線の先で、彼はきょとんとした表情をしていたが、ああ、と頷き口を開いた。
「この国では16で成人です。親は家がなくなったのをいい事に、以前からやりたがっていた畑仕事に就きたいと、ここから離れた村で暮らしてます」
16で成人っ!
その驚きの事実に私は目を丸くしてユーグを見た。
いや確かに、日本でも、女は16から結婚は出来るけど。
あ、男は18だっけ?でも、成人として認められるのは二十歳になってからだ。
お酒も煙草も二十歳になってからの世界が、ここでは16からOKなのだろうかと考える。
「ユーグはもうお酒飲めるの?」
「自分から飲みたいとは思いませんけど、誘われれば飲みますよ」
「んじゃ、今度一緒に飲もうよ!私お酒大好き」
私の言葉に、ユーグはまたしょうがないなという表情で、いいですよと笑った。
そんな彼の笑顔が、瞬時に固まったのを見て、あれっと私が小首をかしげた。
その時。
「彼よりも、私と先に飲みましょう」
首筋をなめ上げるように低い声に、私もまた固まった。
その金縛りからなんとか、ぐぐっと首だけ動かし、声の聞こえた後ろを見る。
そこには灰群青の髪をゆるく肩から流し、不機嫌そうにこちらを見下ろす、男が立っていた。
「また、その彼と一緒とは。・・・ああ、私を妬かせる算段かな?」
でっ出たああっ!!
いきなりのデュラの出現に、ぎゃっと悲鳴を上げかけた私の青い顔をものともせず、彼は優雅に笑って見せた後、昨日の再現のようにユーグへと冷たい視線を投げつけた。
その視線に、ユーグの顔が緊張で固くなる。
あう、しまった。
とにかくここは話題転換っ!
「あの、デュラ、どうしてここに」
「何故って、ここは私の管理する場所だけど」
辺りを見渡せば、確かにいつのまにか白莉殿が間近にあった。
話しながら歩くと目的地に早く着く錯覚はあるけれど、だからって。
「でもデュラってここの祭司長・・・つまり管理責任者でしょ?一番偉いんでしょ?それがこんな簡単に会えるのって」
おかしいよね!?と思わず本音をもらした私に、彼は目を細めて笑った。
「人を送り出すために丁度外へ出た時に、あなたの姿が見えたので。やはり、あなたは私の運命の」
「祭司長サマ、自ら、お見送り!?」
デュラの言葉をさえぎって、私は驚きの声を上げた。
だって、偉い人がわざわざ外に出てきて、相手を送るって、それってその相手が自分と同格かそれ以上に偉いって事だ。
瞬時にその事が頭に回った私は、昨日見た透明人間さんの声を持つ彼の事を思い出していた。
私が迷い込んだのは王宮の奥。
そんな所に私と違って堂々と入れる身なりの整った人って言えば、やっぱり王族なんじゃないの?
というのが、昨日会った青年の正体をベッドの上で散々考えて、出した結論。
つまりつまり、祭司長なんて偉い肩書きを持つデュラが見送るような相手は、それくらいの地位を持つ人でもおかしくないって事で。
もしかして、いきなり再会っ!?
それこそ、運命だよっ!
先程デュラが言いかけた事は、しっかり聞こえなかった事にして。
「それってどういう人!?」
目を輝かせ笑顔でデュラを見上げると、彼は憮然とした表情で私を見下ろした。
・・・あれ、何か怒ってる?
「私が見送る人間が、気になる?」
「え、うん。どんな人かなーって、あは」
デュラが先程までユーグに向けていた、冷たい氷のような視線が私を捕らえた。
彼には最初から危険な愛情に満ちた瞳でしか見つめられた事のない私は、初めての事に正直驚きうろたえた。
「何故そんなに?」
「何故って、ちょっと気になる人を探してて・・・」
「人、とは?」
ううーん、話しちゃっていいのかな?
透明人間さんの事は伏せておくにしても。
王宮の奥に迷い込んで見かけた人を探してるなんて、怒られないかなぁ
怒られる要素しか見つからないが、ここで何も言わないわけにもいかず、口を開く。
「昨日見かけた男の人なんだけどね」
「・・・男!私より気になる男が!?」
デュラに詰め寄られ、私の両頬が彼の手に包み込まれ、ぐいっと顔を上向かされた。
急な彼の行動に、驚き目を丸くする私の視線の先で、デュラは信じられない言葉を聞いたと、その目に怒りの炎が揺らめかせた。
私はその目を間近で覗き込み、ようやく彼の心理を悟った。
・・・ああ、なるほど。
怒られるとか、それ以前の問題だった。
彼の細い目に宿っているそれは明らかに、嫉妬の炎で。
デュラって本当。
・・・めんどくさ・・・。