3
一日は24時間、一ヶ月は30日、一年は13ヶ月。
地球の概念と似ている事がすごく助かる。
そして、祭事までは今日を含めてあと26日。
「それでどんな内容なの?」
少し固いパンの間にサラダとベーコンの細切れみたいなお肉が入ったサンドにかぶりつく。
ジャンクフードに慣れた私の舌には、薄味と感じる料理が多いなと思う。
前、海外行った時も思ったけど、もう一声何か味が欲しい。
「凄いですよ。僕は中に入る事が出来ないので実際には見た事ないんですけど、人の持つ負の感情を器に封じ込める儀式が行われるんです」
「ふーん・・・って、ええ!?」
何それ、何だそれ!
そういう事って可能なの!?
驚き、思わず飲み込もうとしたパンが喉に詰まる所だった。
あわてて、口元を布巾で押さえ、ユーグの説明の続きを待つ。
「この国が平和なのも、僕達の中にある負の感情を三年に一度の短い周期で封じ込める事が出来るからだと言われてます。外の4大陸は一度の儀式に一つの大陸しか参加出来ない制約があるので、問題がなければ、12年に一度の周期でこの儀式に参加出来るそうです」
いきなりのとんでも設定に、私は彼の言葉を一生懸命、自分が納得出来るように変換を試みた。
あの白莉殿というところで負の感情を器に封じ込める。
うーん、つまり、あれだあれ。
あそこは神社でお参りすると神様が何とかしてくれる。
そ・れ・だ!
自分の考えに自画自賛したいくらいに、物凄く合点がいった私は残りのサンドを口に放り込んだ。
「確かにここって平和な国って感じだもんね。一日じゃ回りきれないくらい街は大きくて、貴族様とか勿論いるのに、物凄い貧富の差は感じないっていうか」
「はい。13才までは誰もが生活や学問の教育を受ける事も出来ます。他の大陸ではそこまでの機関がまだ整ってない所もあると聞きましたが、アオイさんの国はどうだったんですか?」
「うち?うちもまあ整ってるかな~でも貧富の差はいろいろあるけどね」
セレブって言われる貴族様みたいな人から、駅や公園で過ごすしかない人とかいろいろある。
詳しく話すほどの事でもないかなと思って、濁した返事をする。
つっこんで聞いてくるかなと思ったけれど、ユーグはそうなんですかと頷いて、コップに口をつけて水を飲み干した。
「それではこの後は白莉殿へ行く、でいいですか?」
「うん。よろしくお願いします」
行って席を立ち、お会計を二人分払おうとしたら、ユーグに怒られた。
「僕が払います」
「え、いいよ。今日は私の用事に付き合わせてるんだから」
「・・・それでも、僕が嫌なんです」
むっとした表情で、お会計を済ませる彼に、ありがとうとお礼を言った。
お会計の際に、自分が、いや自分がとお互い譲り合う精神は、店の人からするとどっちでもいいので早く払って欲しいだけなので、一度言って相手が譲らないようなら、さっと引くのが私の方針。
でも、私より8コ下に奢られるっていうのはやはり良心が痛む。
「それじゃ今度何かお礼させてね」
「別にいいです」
そう言って、店先からさっさと歩き出すユーグの背を追い越して、私は彼の前に立った。
眉間にしわを寄せて、腕を組み、あからさまに不機嫌を表に出して彼の前に立つ私に、ユーグの目が驚きで丸くなる。
「・・・ユーグって基本的に私にすぐ遠慮するよね?」
前から少し気になっていた事をついでなので、ずばりと言った。
何か言いたげな表情はするけれど、それら全部飲み込んで、最終的には何も聞いてこないこの少年。
今回のお出かけの目的は、この国を知ろうが一番の目的ではあるけれど、これから一緒に過ごす事が一番多いこの少年と仲良くなろうっていうのが、大前提なのだ。
だって、長くいる人と微妙な関係ってなんか嫌だ。
昨日とりあえず友達って事になったんだし、しっかり話しておかなきゃ。
「私が異世・・・異国の人間だから?年上だから?それとももっと別の理由?」
ユーグの事だって一緒に仕事するから話すようになってはいるけど、普段の彼がどうであるとか全然知らない。
一緒にお出かけというのは、仲良くなるのにいい機会だと思ったのに、本当は面倒臭いとか思われていたらどうしようかと私はむっと眉を寄せて、彼を見つめた。
私の視線の先で、ユーグは驚いた顔をして私をじっと見返してきた後、深く息を吐いた。
「そんな事ない・・・っていうのは嘘ですけど、どうしたらいいのかわからないんです」
ふいっと視線をそらして、ユーグの癖のような、何度も見てきた、むっと唇を引き結んだ彼の表情。
いつもだったら、ここでうやむやに会話は終了するのだけれど、ユーグはぽつぽつと話し出した。
「・・・アオイさんは隊長とか祭司長の知り合いでしょう。僕は、あの方達と話した事もなくて、なんでいきなりそんな偉い人達の知人が一緒に仕事をって最初凄い混乱しました。・・・敬意を払わなきゃって思うのに、アオイさんは凄く普通の態度で、それを僕にも望んでくるから、どうしたらって思って・・・たぶん、それで変な態度になってたと思います」
すいません、とそっぽを向いたままに謝る彼は、本当に混乱してるようだった。
なるほど、私の認識不足って事・・・。
つい自分の事ばかりに気をとられて、この国での身分の上下関係は、日本にいる時に読んだりした、物語の知識で解っているつもりなだけで、実際は何もわかっていなかったのだ。
私にとっては、この世界に来て最初に会ったのがカイルとデュラだったというだけで、何のしがらみもないけれど、この国で生活してる人にはやはりいろいろあるんだよね。
「あのねユーグ、私はもうこれでもかっていうくらい庶民だから。この国に来た時、頼る人がいなくてそれをたまたま見つけたのがカイルで、おまけでデュラが付いて来ただけなんだよ」
「祭司長がおまけ・・・」
「だって本当の事だもん。デュラが祭司長だっていうのも、昨日初めて知ったし」
私が知ってたデュラのことなんて、変態であるって事くらいなんだから。
なんて事は一応偉い人と分類されるデュラの肩書きを守るべく、内緒にしておくけど。
そんな私の考えは読まれてないはずなんだけど、ユーグが、くっと吹き出した。
「祭司長がおまけだなんて・・・」
笑っちゃ駄目だって思いながらも、ツボに入ったらしいユーグの堪えきれずに笑うその姿は、年相応でとても可愛い。
苦笑の次は吹き出し笑いを見られるなんて、ぐっと彼と距離が近くなった気がする。
「こんな大それた事も言えちゃうくらいの女だからさ、ユーグが私に畏まる必要なんてないからね。だから、普通にこれからもっと仲良くしてほしいな」
そう言うと、彼はなんとか笑いをこらえて、頷いた。
「はい」
「あっでも年上の女性だから、そのへんの敬意は払う事。いい?」
片手を腰に手をあてて、指先をユーグの胸元に突きつけると、彼の顔にぐっと緊張が走った。
・・・おや?
ユーグってもしかして。
「・・・あまり女に免疫ないの?」
「・・・そんな事はありません」
そう言って、またふいっと視線をそらした彼の耳元が赤い。
ふーん、そう。
こっちが狙った時はむっとした表情をするくせに、素の彼がふいに赤くなった時を思い出す。
それは、私が足を出した時、ぐっと近寄って彼を見上げた時・・・そして今。
基本的に自分自身、子供っぽい所は多々あるけれど、これでもれっきとした大人の部類に入る女でもある私は、にやっと笑った。
「さっきのご飯のお礼なんだけどさ」
急な話題転換で、私を見下ろしたユーグの襟元に手を伸ばし引き寄せる。
「お姉さんが女を教えてあげようか?」
「っ!!!」
年上の男にはめっきり弱いくせに、年下の安全圏と決め込んだ男の子にはいきなり強くなる。
それが私。
真っ赤になったユーグの顔に大満足して、私は悪戯が大成功した気分で爆笑した。




