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「無駄使いするなよ」
この国で生活する事を考え、知るために街を散策すると説明したら、カイルはあっさりとお金を渡してくれた。
おいおい、いいんですか?
ぶっちゃけ返す当てなんかないからね!
なんて考えはさすがに言わずに、ありがとうとお礼を言うと、私は彼から渡されたお金を大事にポケットにしまった。
ちなみに、いまだこの国の貨幣に関する知識は頭に入っていない。
ユーグと2人だからなんとかなるだろうって思ってる。
「そういえばお前、何か変わった事とかないか?」
「変わった事?」
何の事だろうと首をかしげる私に、カイルは背を預けていた木から体を離しながら口を開いた。
「前に言ってただろ?お前らの国じゃ、異世界に来ちまうと何かしら力が宿るかもって」
ああ、そういえばと思い出す。
異世界トリップの王道で、主人公には神秘な力が宿ったり、巫女と崇められたりするって話をした。
物語の中でだけどって言葉を付け忘れたままなのは、もうこの際忘れたままにしておこう。
その話をした時のカイルってば目が輝いてたし、いまだこうやって話してくるって事はやっぱりどこかで期待してるからかなって思えたから。
でも、私の答えは一つしかない。残念だけど。
「あの時も言ったけど、私には何の力もないよ」
火や水を操ったりなんて勿論出来ないし、精霊、妖精の類も一切見えない。
自分的には忘れていた子供心万歳で、見えてくれても全然いいのに、全然駄目。
肩をすくめて見せた私をカイルの深い碧色の目が、私の中の何かを探るようにじっと見つめてきた。
そんな目で見つめられると、悪い事をしてなくても、普通の人は胸が震えるのをカイルはわかってやっているのだろうか。
ま、話してない事は勿論あるけどね。
あの夢の事とか、今日見たその夢の人物そっくりな声を持つ彼の事とか。
それに、あまりにも自然に話してたから、お互いつっこみ忘れた言葉の事とか。
ちなみに私はなぜか文字まで、意味がわかる。
私が言葉について気付いたのだって、仕事を始めて、スケジュールやらの用紙を見た時に、そこに書いてあるのが日本語じゃないのを見た時に、初めて気付いた程自然に話しすぎていた。
見たことないみみずがのたくったような文字なのに、それの意味が解った時は、一人で驚き感動したものだ。
でも、それを今更言うのもな・・・
言葉が話せるくらい異世界トリップでは、親切な設定ってだけだよね、確か。
とにかく私は後ろめたい事なんて何もないっ!
そう心に強く思い、清廉潔白だと自己主張するべく真っ直ぐカイルを見つめ返した。
すると私の視線の先で、彼がそうかと呟いて息を吐く。
残念とおどけるかと思ったのに、そうとは違うカイルのため息に、私の心に何かが引っかかった。
けれどそれが何かわからずに、私はカイルを見つめるしか出来ず、彼は目を細めて唇の端だけで笑うと口を開いた。
「まぁ何か気付いたらすぐに言えよ」
そう言って、また私の頭にぽんっと手を置いた。
その手はとても大きくて、温かくて、その指が硬くて意外に優しいのを知っている。
先ほど感じた違和感を拭うように、私は頭に置かれたカイルの手に自分の頭をぐりぐり押し付けた。
「勿論すぐ言うよ。変な力がつくってそんな怖い事、一人じゃどうしようもないもの」
無理やり笑顔を作って、カイルの目を覗き込むと、彼は眉を上げて少し驚きの表情を見せた。
野性的で敵に回したら絶対怖いだろう迫力を持つ大きな体のカイル。
でも味方だったら、面倒見が良くって一番頼りになる男だと思う。
打算的にそう考える自分と、心の一番単純な好きか嫌いかの二者択一な気持ちが入り混じる。
好きか嫌いかならば、私はカイルという人間が好きなのだ。
まだ彼が私の事何も知らないように、私も彼の事を全然知らないけれど。
カイルに嫌われたくない。
私に変な力なんて絶対ないけど、何かあったらすぐ言うから。
だから、嫌いにならないで欲しい。
「騎士で隊長のカイルは勿論私の事守ってくれるでしょ?」
言って、にっと笑うと彼はまた驚いたように二度瞬きをした。
「変な奴から国を守るのが俺の仕事なのに、変な力を持ったお前を俺が守るのか?」
「そうだよ。その方が盛り上がるもの」
「何が?」
「私のテンションが」
どーんと心の中で効果音を付けた私の発言に、彼の目が点になった気がしたけれど、気にしない。
私はぐっと手を握り締めた。
「国に逆らってでも私を守り愛を貫こうとする騎士、その運命はいかにって超テンションあがっるっ!いたいっ!」
そう心のままに力説した私の頭が、カイルの手によってすぱーんと小気味良い音をたてたのだ。
急な刺激に私の目がちかちかした。
「女の子に手を上げるなんてひどいっ!」
「女の子って年じゃねーだろ」
「・・・女に手を上げる男って最低」
「アオの頭がおかしくなったのかと思って、正気に戻そうとした」
「ああ、夢見てる人を起こすには叩くのが一番だもんね」
「そういうことだ・・・いってえ!」
カイルのお腹に私の右ストレートが決まったのは言うまでもなく。
たいして痛くもないだろうに、痛そうに身をよじるカイルの姿が可笑しくて、私が声を上げて笑うと、それに続いて彼もまたしょうがないやつだと笑った。
それだけで、先ほどの引っかかりは心の中から融けて消えていく。
力なんて何もないもの。
取り越し苦労って奴だよ、きっと。
守るのは無理でも、せめて嫌いにならないで欲しい。
そんな恥ずかしいお願いを口に出せるわけもないけれど。
なんとなく、カイルは私の気持ちを汲み取ってくれたみたいで、私の頬にそっと指先を触れさせて、しょうがない奴だと笑って今日一番優しく撫ぜてくれた。
「俺に国を捨てさせるほどのいい女になれたらな」
言って、その手がぶにっと私の頬を引っ張った。
・・・こ、この野郎。
カイルの手を払いのけて、ごほんと咳払いを一つ。
じろりとカイルを睨み上げた。
「意地悪ばかり言うと、お土産買って来ないからね」
「・・・俺の金だけどな」
「・・・アオイさん」
翌日、ユーグと私は城から出る荷馬車に乗って、二人で街の繁華街へと降り立っていた。
白い壁と赤茶色のレンガ屋根の町並みは、やはり海外旅行しに来たみたいだなって思う。
私はついきょろきょろと辺りを物珍しそうに見てしまい、隣に立つユーグの顔は先ほどから困り顔。
私を戒めるように何度か名前を呼ばれているけれど、それらは全て華麗にスルーされている。
一緒にいて恥ずかしい奴、この田舎者めって思ってるんだろうな。
でも異世界初町並っ!
ここに来てから感動する暇もなく掃除仕事させられた私なんだから、大目に見て欲しいんだよ。
ちなみに一番最初の荷馬車に乗るだけでも、目を爛々と輝かせた私を、ユーグは不思議そうに困惑した目で見つめてきたので、あははと笑って誤魔化していた。
この国を知ろうなんて真面目に思ってみたけど、実際はあれだ。
気分は観光旅行!
・・・何か変わった食べ物あるといいな。
「・・・アオイさん」
「はーい」
もう何度目かわからないユーグの声に、しぶしぶ振り返った私の視界の端に、その時、大きな白い宮殿が写った。
木々の間に隠れるように建つそれは、今いる場所よりも結構離れている。
普通に街を歩くだけじゃ、見落としてしまいそう。
「ね、ユーグあれは何?あれは貴族様の館とは違うよね?」
私の言葉を受けて、視線を追ったユーグが、ああ、と軽く頷いた。
「あれは祭事の行われる白莉殿です。デュラルース様が住んでますよ」
え、デュラが!?
あんな立派な宮殿任されてるの!?
なんとなく勝手に、彼も王城のどこかに住んでると思ってたけど、こんな王城から離れた場所が本拠地だったなんてちょっと驚いた。
昨日逃げてきたばかりだけど、祭事の行われる場所とか言われちゃうと観光者としてはちょっとどころか、かなり気になる。
背伸びをして、少しでもその宮殿を見ようとしながら言った。
「後であそこも見に行っていいかな?」
「はい。・・・アオイさんって本当子供みたいですね」
それはどういう意味かな。
むっとして彼を見ると、ユーグにしては珍しく苦笑という笑顔で。
そういえば、初めて彼の笑った顔を見た気がするなぁと思った。