お出かけ 1
「お金貸してっ!」
三日ぶりに会ったカイルに、私は出会い頭、笑顔でそう言った。
明日の休みを利用して、ユーグにいろいろ教えてもらうべく、街を案内してもらう約束を取り付けた私は、折角街へ行くのに無一文というのも、心もとなくて、こうしてカイルへ会いに来ていた。
「・・・お前な、まずはもっと普通の挨拶とかあるだろ」
「最初はそう思ってたよ?ちゃんと挨拶して、一緒にご飯食べて、それから切り出そうと思ってたんだけど、顔見たら安心しちゃって」
「安心して言う言葉かよ、それが」
「ここでは頼れるのカイルだけなんだから。親友の頼みが聞けないの!?」
「おい、俺とお前がいつからそうなった?」
「今からっ!私今絶賛友達募集中だからっ!だからお金貸してっ」
「ぶっ」
「おいっ」
ぽんぽんと漫才のよう言い合う私達の後ろで、吹き出した笑い声とそれを戒める声に、私とカイルは振り返った。
そこには、窘められても笑顔を抑えられず、口元に手を置いてあさっての方向を見る茶色に近い濃い金髪碧眼の人懐っこい感じを受ける青年と、そんな彼を眉根を寄せて睨む黒髪藍眼の冷静沈着な感じの青年が立っていた。
しまった・・・ついカイルに会えたのが嬉しくて、やっちゃった。
ううっしかもあっちでも遠巻きに、凄い見られてる・・・!
そこは騎士の皆が剣技を磨く修練場の傍だ。
ユーグに教えてもらったこの国の第三騎士団の隊長なんて立場を務めるカイルに会うにはどうしたらいいかと悩んだ結果、食堂よりもここの方が会えるかもと、人に邪魔にならないように彼を待ち伏せしていた所を運良く、捕まえたまでは良かったのだけれど。
そんな場所で隊長であるカイルと親しげに話す、しかも、普通の下働きよりも足を出すという、奇妙な服装をした女がいたとなれば、注目されるのは必然だったと私はようやく気付いた。
か、隠れたい・・・
というわけで、私はカイルのでっかい体の後ろに隠れることにした。
彼の私よりずっと大きな筋肉質な体はこの時のためにあったのだと今気づいた。
しっかり私を隠す壁になってちょうだい。
「・・・お前、今更しおらしくしたって無駄だからな」
「煩い」
カイルの背中にしがみつく私を呆れたように彼は鼻で笑うと、目の前に立つ二人に口を開いた。
「俺はこいつの用件を聞く。お前らはあそこの暇な奴ら走らせて来い。それで今日は解散だ」
言って、カイルは鍛錬場の外や中からこちらを興味津々に伺う他の騎士だろう人達のあたりを、くいっと親指で差ししめす。
それを受けて、彼ら2人は動き出すのかと、カイルの背中からそっと顔を出した所で、先程笑いを堪えていた金髪の青年とばっちり目が合った。
へらっと愛想笑いをする私に、彼はにっこりと人好きする笑みを返してきた。
「隊長、折角だから紹介くらいして下さいよ。その子が例の女の子でしょ?」
「ん?まあそうだが、こいつ顔はこうだが、女の子って年齢じゃねぇぞ・・・っいて!」
カイルの言葉が終わるか終わらないかの間に、私の手がカイルの背中を思い切り殴っていた。
確かに女の子じゃないけどね。もっと言い方があるでしょうが。
いくつになっても乙女心は傷つきやすいんだからね。
そう睨みを効かせてカイルを見上げる私を、金髪の彼はまた可笑しそうに吹き出した。
また笑われてしまったと私はカイルの背中に改めて隠れながら、目の前の壁を今度は彼らから見えないようにぼすぼす手加減して殴る。
「お前な・・・ったく、おい紹介するから顔見せろ」
ぐいっと彼を殴っていた腕を引っ張られ、たたらを踏んで青年2人の前に引きずり出された。
私の頭にぼすっと手を置いて、カイルが私の名前を彼らに告げると、青年達もそれぞれに口を開く。
「俺はミハイル・オーストン。よろしく」
「アレン・ブラッフォードです。アオイ様」
「ぶっ」
・・・噴出したのは私じゃない。
私の頭に手を置いている男、カイルだ。
「こいつに様なんていらねぇよ。服から見てわかるだろうが、この国の常識とか全然わかってない、異国の客人でもこいつは違う意味で特別だ」
「ですが・・・」
「あっ私も普通に呼ばれる方がいいです。えーと、アレンさん」
「では、俺もアレンと呼んでください」
「んじゃ俺の事はミハって呼んで下さい。さっき友達募集中って言ってたでしょ?俺なんてどうですか?」
言って、にっこり笑う金髪青年、ミハに私は思わず目を丸くした。
いきなりそう来るとは予想外で、ぽかんと固まる私の頭を、カイルがぐしゃっと撫ぜる。
「やめとけやめとけ。金たかられるぞ」
「ちょっそれはちゃんと理由があるからで」
初対面二人に、変な印象を持たれたくないと慌てる私を無視して、カイルとミハは笑いあって何やら話している。
そんな二人を他所に、真面目な顔をしたアレンがじっと私を見つめてきた。
何かを思案しているような目で見つめられると、何も悪い事をした覚えはないのに、私の心は緊張したようにドキドキした。
う、どうしたら。
何て言おうと考える私の視線の先で、アレンは懐から小さな布袋を取り出すと、私に押し付けてきた。
「今はこれしか持っていないので、足りるかわからないですが」
どうぞ使って下さい。
そう言って、何やら辛そうに眉根を寄せるアレンを、私は意味がわからずぽかんと見つめ返した。
そんな私の手元から、カイルはさっとその布袋を取り上げると、アレンの手に押し付け返す。
「あのな、どういう意味だ?」
「困っているようだったので、俺で良ければと」
「そりゃ確かにこいつは訳有りで俺んとこに来てるんだろうが、そこでお前が金渡すのはおかしいだろ」
カイルの言葉に、私は初めて渡された布袋が財布だったのだと気づいた。
「駄目だよっそんな事しちゃっ!お金はもっと大事にしなくちゃ!」
この世界に来て五日、三日振りに会うカイルにお金をせびりに来た私が言うのもなんだけど。
怒ったように真面目にそう言った私を、今度は驚いたように三人が見下ろしてきた。
何よ、私間違ったこと言ってないからね。
「・・・失礼しました。良かれと思ったのですが、気分を害されてしまいましたか?」
「そんな事ないけど・・・でも、ちゃんと考えてから行動した方がいいですよ」
「すみません。異国から来られているのに、働かれていると聞いていたので、気になってしまい」
「気にかけてくれるのは有難いけど、そういうのは相手がどういう人間かちゃんと知り合ってからにしないと駄目ですよ。子供じゃないんだから」
「・・・はい」
そう言って落ち込んだように目を伏せるアレンに、私はよしよしと頷いた。
根はいい人そうなので、きっとお金に困った事がないんだろうと私は結論づけた。
それにしても、私の事なんて誰も知らないと思ってたのに、カイルがこういった騎士仲間には話していたのだろうか?そっちの方が気になる。
「アレンが女の子に怒られるなんて初めて見た。すげーなんか感動」
「だから、こいつは女の子ってわけじゃ・・・っと、これじゃいつまでも埒があかねぇな。お前ら、ちゃんとやっとけよ。アオ、行くぞ」
ぐいっと肩を抱かれ、歩きにくいと文句を言いたかったけど、それに従って二人で歩き出す。
振り返るとまだ困ったようにこちらを見つめているアレンと目があったので、私はとりあえず手を振っておいた。
気にするような事じゃないからねって意味合いもこめて。
アレンがそれに丁寧にお辞儀を返してきて、ミハはぶんぶんと手を振ってきた。
対照的な二人だなと改めて思いながら、私はしばらく歩いてからカイルの腕を振り解く。
「重い」
「・・・お前、それが金借りに来た女の態度か?」
まあ、それはそれ。これはこれだよ。