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「気付けばここにいた」


 そう彼は話し始めた。

 周りはこんなにも花に溢れて春のような場所なのに、その声は真冬を感じさせるように冷たく重い。


 最初は何も疑問を感じなかった。

 たまに浮かんでくるいろんな色の声に耳を傾けて、ふと視えるここではない世界を見て過ごした。

 私の周りにはないものばかりで溢れる世界なのに、それを見ているだけで、そこで自分と同じような姿の者達が楽しそうに笑っている。ただそれだけで自分も楽しくなれた。

 悲しむ者がいれば、それが少しでも早く癒されるように、同じように悲しんだ。


 しかし。


 いつのまにか何も聞こえなくなり、ここ以外、何も視えなくなった。

 そこで初めて自分の存在が何なのか考えた。

 どうしてここにいるのか。

 自分は一体何なのか。

 自分はいつまでここにいるのか・・・と。


 そこで一旦彼は口を閉じ、重く息を吐いた。

 私の手の中にあった温もりが、私の手を力強く握り締めた。

 彼が自分の中の不安と闘っているのだと感じて、私もまたそれを強く握り返す。


「・・・お前は私が見えないと言ったな」

「・・・ん、そうだね」


 今更嘘をつくわけにもいかず、頷いた。


「私はいつも思っていた。自分など消えてなくなればいいと」


 以前のようにいろんな声が聞こえるわけでもなく、視えるわけでもない。

 何も考えずにいられた頃にはもう戻れない。

 ただ自分だけが在るこの場所で、何故ここにいるのかわからずに、ただ存在しているだけならば、消えてしまいたい。

 そう願い、それが叶わず、悩んでいたといえばそうなるなと彼は苦笑した。


「だが」


 言って、彼は私の手を持ち上げた。

 見えないけれど、私の手の平が先ほど教えてもらった、彼の頬あたりに押し付けられる。


「・・・こんなふうに誰かに触れたのは、これが初めてだ」


 目に映るいろんな者の生活を見て、自分もそこにいるかのように思えた。

 だがそれらはやはり錯覚でしかない。


「触れるのも、話すのも。お前が初めてだ」


 私の左頬が優しい温もりに包まれた。

 透明な彼が、私の頬に触れたのかなと、なんとなく思う。


「あんなにも消えてしまいたいと思ったのに、今は・・・消えたくない」


 怖い。


 消えるのが、怖い。

 自分の存在の意味も、何もわからないまま、消えてしまいたくない。

 今、初めて、人に触れ、話したばかりなのに。

 消えたくない。


 そう震える声で呟く彼が切なくて、私は思わず彼を抱きしめていた。

 温かな空気の温もり・・・つまり、透明人間さんの体が震えた。

 

「大丈夫だよ。大丈夫」


 それを落ち着かせるように、私はその温もりに頬をすりよせ、目を閉じる。

 なんせ、目を開けてたら空を抱く自分の腕が見えるばかりで、こんなシリアスの場面なのにやけに滑稽だからだなんて事は内緒だ。


「・・・あのね会ったばかりで何をって思うかもしれないけど、私の国では言霊って口から出した言葉には力が宿るって言われてるんだよ」


 だから。


「大丈夫。あなたは消えないよ」


 本当にそうなればいいなと強く願いながら言葉を続けた。


「この場所を出て、いろんな人たちに触れて、いろんな経験をする事が、きっと出来るよ」


 私の背を温もりが覆ったかと思うと、力がこもり、抱きしめられた。

 低い、切に願う搾り出すような声が聞こえた。


「・・・本当に、そう思うか?」

「思うよ!それにね、私あなたの姿を見たいよ。消えて欲しくない」


 折角知り合えた透明人間さん。

 私には見えないけれど、実態を持つ人。


「出来れば格好いいといいなぁ」


 思わず本音をもらすと、今までの真面目な空気はどこにいったのか。

 私を包む空気の層が、先ほどとは違う震え方を始めた。

 くくっと彼が喉で笑う声がする。


「期待に答えられなかったら悪いな」

「今の所、声は好みだよ」


 そうか、と言って彼は今度こそ声を上げて笑い出した。


「・・・いいな、お前がいい。もう二度と会えないなんて嘘だ」


 う、それを言われると痛い。


 彼の身の上を聞いても私が冷静でいられて、彼の幸せを心から願えたのには理由がある。

 それもこれも私がこれを夢だと自覚しているからだ。

 彼がここから出られるようにという私の気持ちに嘘はない。

 でも、私は確かにこうも思っていた。


 壮大な悩みだな。

 流石夢。


 悩む人がいれば、これが現実だったら、わからないけどという灰色の慰めをしたかもしれない。

 でも、ここが夢だからこそ、私は私の気持ちを真っ直ぐにぶつけられた。


「言葉には力が宿るのだろ?私はここから出るならお前と一緒がいい」


 私の先ほどの言葉に、希望を見出したように明るい声を出す彼に、私は前言撤回など出来るはずもなく。


「うん、一緒にここから出られるよう頑張ろう!」


 そう言った私は絶対悪くないと思う。

 私の返事に、彼は嬉しそうにもう一度私を抱きしめ直した。

 彼の吐息なのか、肌なのか、温かな空気の層が私の首筋を埋めて、くすぐったい。


「こうやって抱きしめていたら、お前と一緒にここから出られるだろうか?」

「うーん、流石にそこまではわからないけど・・・そうだといいね」


 本当に、そうなればいいなと思いながら、私もまた彼の背に腕を回した。


 私の目覚めと共に、彼が消えてしまうのではなく。

 私の目覚めと共に、彼の世界が広がればいい。

 そう心から思う。


「・・・頼みがある。もしここから本当に出られたら」










 ガサガサッと垣根を揺らす音で、びくりと私の意識は急激に目を覚ました。


 やばい、誰か来るっ!


 あの夢の透明人間さんとの事を考えすぎて、意識が少しの間飛んでいたらしい。

 目の前の花の庭園を囲む低い木の垣根がこちらへ向かって揺れてるのを見るなり、私は慌ててベンチから立ち上がると、低い垣根の間をすり抜け隠れた。

 流石にここが以前いきなり現れる事になった王子様の部屋ってわけじゃないから、隠れる必要なんてないと思うのだけれど、なんとなく、いわゆる条件反射だ。


 理由があったとはいえ、今は普通に仕事サボってる使用人としか思われないしね。


 丁度私が隠れて腰を下ろすのと、ガサガサ音をたてて歩いていたその人が庭園に姿を現すのが同時だった。

 何やらぶつぶつと文句らしき声が聞こえる。

 どんな人が来たんだろうって好奇心が湧いた私は、こっそりと垣根の葉と葉の間からその姿を探した。

 その瞬間、私は息を呑んだ。


 そこには緩く癖のついた金色の髪先を枝に取られ、眉を寄せながらも、丁寧にそれを解いている容姿端麗な男が立っていたからだ。

 美麗な顔は、陽を受けて更に輝きを増す豪華な金の髪よりも、ずっと私の目を捉えて離さない。

 ようやく枝から彼が髪を解くのを見て、私もほっと息をついた。

 それにしても。


 か、格好良過ぎる・・・!


 カイルもデュラも種類の違う整った顔立ちではあるけれど、それらに綺麗という言葉が足され、更に私好みなという感性が加わる。


 あれ、でも何処かで見た事あったかも・・・?


 そう思った直後、私は違う事で頭にいっぱいになった。


「入り口のない庭園だなんて、相変わらずあいつは人を馬鹿にしている」


 ・・・この声って、透明人間さんの声だ!

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