変態の正体 1
仕事を始めて今日が三日目の朝。
最初は堅苦しかったユーグとも慣れ親しんできた。
なのでそろそろ我慢出来なかったアレを実行に移すとする。
「なっちょっアオイさんっ」
「おはようユーグ、今日も頑張ろうね」
焦るユーグを無視して笑顔で彼の肩をぽんぽんと叩くと、私は今日のスケジュールや掃除用具が置かれている部屋へと先に歩き出した。
そんな私を慌てて追いかけて来るユーグはまるで子犬のようで、その顔は少しばかり赤い。
「~~まずいですよっ」
「何が?」
「なっ何がって解ってて言ってるでしょう」
「何の事かさっぱりわかんないなぁ」
ユーグの視線がちらちらと私の足元に降りるのを、横目でちらっと見上げると、彼は焦って視線を反らした。
彼の後頭部で歩くたびにぴょこぴょこ揺れる短い髪の束が、いつもより大きく揺れる。
それが犬の尻尾みたいに見えて、私は思わず吹き出した。
それをどう勘違いしたのか、ユーグは赤い顔のまま、口元をむっと引き締めると、そのまま真っ直ぐ前を向いて私の一歩先へと歩を進めた。
そんなユーグの態度に、私は彼が振り返らないよう願いながら、にんまりと人の悪い笑みを口元に浮かべた。
愛い奴め!
だってしょうがないんだよ。
初めて仕事着を渡されたあの日から、ずっとずっと我慢してたのだ。
・・・びろびろと中途半端に長い重い生地のスカート丈を。
最初は掃除といっても細かく聞いてなかったから、床の雑巾がけでもあるのかと思って、長いスカートのまま仕事に赴いた。
仕事だし、真面目にやらないとっていう気持ちもあった。
それで実際始めてみたら、天井の埃取りや掃き掃除はまあ普通。
床はモップ掛けだし、高窓拭きはユーグが梯子を使って上部分を拭き私が下部分を拭く。
トイレ掃除なんて逆に長いスカートが床につかないように気をつかって邪魔でしかなかった。
・・・っていうか、何で異世界に来てまでトイレ掃除・・・
便器をトイレブラシでこすりながら、本気で元の世界に帰りたいって願ったのはいうまでもない。
それに何より仕事中は人に会わないのが決め手かな。
広さの割に、というか広いからこそ、皆それぞれの必要な場所に集まったりしてるんだと思う。
そして空いた場所を誰もいないうちに私たち掃除要員が、さっと掃除して去っていくというのが、この城内での掃除の仕方らしい。
王族や貴族の人たちに、掃除してる所を見せるものじゃないという考えだってユーグが教えてくれた。
うーん、納得するようなしないような。
「・・・じゃあ、今日はまず離宮の外周掃除からだから」
竹箒と大きめの塵取りを渡される。
あれからユーグは少し怒った表情のまま。
私は少し考えてから、さっさと離宮へと歩き出した彼の隣に並んだ。
「あのねユーグ」
「・・・何ですか」
「この国じゃあまり女は足出さないかもだけど、私のせか・・・国じゃ普通なんだよ」
むうっと眉は寄っていて、その口元もまだ引き結んだままだけど、聞こうとしてくれてるユーグの横顔を見上げながら私は言葉を続けた。
「私の国の女の子は、綺麗に、可愛くなろうって凄い頑張ってるの」
服屋さんなんて凄いたくさん種類があって、いろんな個性溢れるお洒落を皆楽しんでるんだよ。
勿論、それよりももっと大事な事があって、他の事頑張ってる子も一杯いるよ?
私はまあ、両方ほどほどにって感じで、適度に服に気を使って、仕事もまあ適当に頑張ってって感じなんだけど、それでも自分がダサいって感じる服装はしたくないっていう女心をしっかり持ってる。
「仕事はちゃんとやるから・・・だめ?」
言って、ユーグの袖を軽く引いた。
彼の肩が驚きでぴくっと揺れ、その目は一度瞬いて丸くなった。
私はそんな彼の視線を真剣な目で見つめ返す。
すると、私の視線の先で、ユーグの頬に少し赤味が差してきた。
「・・・女心とか本当はよくわかりません。でも、僕自身はその姿で構わないって、思います、よ」
目を伏せてそう言ったユーグの頭に、垂れた犬の耳が見えた気がした。
我ながら女のずるいお願いの仕方だなって思うけど、円滑に物事を進める処世術という事で。
私はありがとうとにっこり笑った。
ユーグはぐしゃぐしゃっと前髪を掻き回して、自分の頬の熱と動揺を誤魔化してるように見えた。
「それじゃ、改めて。今日も頑張ろっ」
「・・・はい」
仲直りしたところで、改めて二人で離宮へと向かい、人がいない場所から掃き掃除を始める。
たまに吹き過ぎる風で私のスカートが揺れるたび、ユーグがそわそわしてるのを感じて、私はなんだか可笑しくなって彼に気付かれないように笑った。
可愛い顔してるのに、女の子に免疫ないのかな?
でもあれくらいの歳の男の子って普通に女のスカートの中とか興味津々の時期だもんね。
女の私だってぶっちゃけ気になるもんっ。
駅の階段上がる時とか短いスカート履いてる人が先を上がってたらついねっ!
思う存分、悶々とするがいいさ、性少年っ!
そんな、ユーグが聞いたらまたむっと拗ねそうな事を考える。
でもあまりからからうのも可哀想だし、そろそろ彼が仕事に集中出来るようにしておこうかな。
「あのねユーグ、言ってなかったんだけど」
「え?」
「このスカートの下」
言いながら、スカートの裾を持ち上げた私を見て、ユーグがぎょっと目を見開いた。
彼は慌ててこっちに駆け寄ってくると、ぐっと私の手を捕らえる。
「何するんですかっ」
「え、ユーグこそ何?私見せようと思っただけだけど」
「見せっ!?えっあのっ・・・はあっ!?」
動揺して慌てるユーグの手にはますます力が入り、私の腕を締め付ける。
「痛いってば。ユーグが気にしてるみたいだから、大丈夫だよってスカートの中をね」
「っ!気にしてませんっ!!」
真赤になって叫ぶユーグの目が涙目になってるように潤んで見えた。
恥ずかしくてしょうがないって感じで。
いやだから、スカートの中がどうなってるのか知れば、そんな反応しなくて済む様になるんだってば。
だから、その手を離しなさいって。
「ああなるほど、こういう事」
二人の間にいきなり響いた声に、私とユーグの目がぴたりとお互いを捕らえた。
今、何か言った?
いいえ、何も。アオイさんこそ。
ううん、私も。
そんな感じの、奇妙な意思疎通を終え、二人でゆっくりと私の背後へ視線をずらす。
その瞬間、私の顔にがーんと線が走ったと思う。
だって、そこには。
「短いズボンを中に履くというのは考えたね」
そう言って細く冷たい眼差しの中に甘い光をのせ、私のスカートの裾を遠慮なく持ち上げて、中に履く短パンをしっかり確認して微笑んでいる、灰群青の髪を持つあの、変態さん、が立っていたから。