8.農家の争い
・告白 フローラ
「僕をあなたの恋人にしてください。」
「は?」フローラは何を言われたのかわからなかった。
後からやっと意味がついてきた。自分に告白をされる日が来るとは!!
「本気なの!?」
「もちろんです。」
フローラはあっけにとられた。
フローラは今まで恋とは縁がなかった。
並みの男戦士よりも強かったので、近づきがたい存在だったし、同性と話が合うわけもなかった。目の前の小柄な彼は昨日、一緒に仕事をしただけだ。しかも、フローラが加勢しなければ、確実にやられていた。間違いなく弱い。
・宿の部屋 ソル
部屋に戻ってきたフローラは機嫌が悪かった。
「又、からかわれたのか?」
フローラは女剣士という事で男の剣士から何かと言われる。
ぐいっと酒をあおってから。「いいえっ。ちよっと言い寄られただけよ!私と付き合うなら、せめて同じ強さじゃないとっ。」
ベテランと言われる程じゃないと無理だろう。
「そりゃあ、なかなかいないだろうなぁ。」
ソルは苦笑した。自分もそうだが、フローラも苦労しそうだ。
・傭兵ギルド フローラ
フローラは傭兵ギルドの店に入った。
カウンターではギルドの男が小柄な初老のおじさんと話をしていた。
「今すぐにどうにかしろと言われましてもねぇ。」
「のんびり待ってらんないんだ。すぐに声をかけられるヤツがいるだろ!?」
「まぁ、確かにいなくはないですけどね。」男がフローラを指した。
おじさんが振り返った。
「どういう状況なんですか?」フローラはギルドの男に尋ねた。
「今、来られたばかりで、受付もしていない状態です。だから、一切の保証なしです。
もし今、その方と契約されるのなら、こちらは関係なしで個人どおしの契約となります。」
フローラは頷いてから、おじさんに向いた。
「女獣人使いを雇う気がありますか?二人分のお金でそれ以上の働きをしますよ。ただし、相棒の猪人を私と同じ扱いでお願いします。」
「猪人に人間と同じ扱いをしろだと?」
「はい、同じ食事、部屋は別で同様のものを。」
「家には娘がいる、猪人を家の中で離すわけにはいかん。」
「それでは、他の人を雇ってください。」
「俺が納屋で一晩過ごす。主と同じなら文句あるまい?」
「は、はい。」驚いた。主人の方が粗末なほうへ来るなんて!
「相棒は外にいるのか?」
「え!?はい。」
おじさんが驚いたままのフローラの前をドカドカと通り過ぎた。
・ギルド前 ソル
ギルドのドア脇に繋がれ、座って待っていたソルは、扉が勢いよく開いたのに気がついた。小柄な初老の男が指を向けた。
「今から女獣人使いと共に明日、応援が来るまで、俺の農園を守れ。」
ソルはいきなりの事に驚いて、男の後に立ったフローラへ声をかけた。
「もう、仕事を引き受けたのか?」
「まだお名前も聞いてないんですけど。」フローラは男に言った。
「そうだった。スティーブだ。明日、俺の息子達が着くまで農園を守って欲しい。」
「悪いヤツらが畑を荒らそうとしてるのか?」ソルが顔を引き締めきいた。
「悪いヤツら?そうだ。荒らされてはたまらん。守らなくては。」
「どうして急に?」とフローラ。
「突然の事で俺も驚いている。もう、近くまで来ているかもしれない。ぐずぐずしていられないのだ。」
「悪いヤツから守るんだったら、オレはやってもいいぞ。」
「話がわかるな。よし、行くぞ。」スイーブが立って歩きだした。
「私はまだ引き受けるとは言ってません。」フローラが止めた。
スティーブが振り返った。
「何かまだ聞きたい事があるのか。」
「今のお話に嘘はありませんね?」
「ない。金は二人分払う。食事も俺と同じ物を出させる。」
フローラはスティーブをじっと見た。「引き受けました。農園へ向かいましょう。」
・農園 ソル
「あそこが俺の農園だ。」スティーブが指した。
「あのへん全部が?個人の農園にしては広いですね。」フローラが答えた。
「家族だけでなく、人も雇っている。」
「これを二人で見回るのか。」荷馬車の荷台からソルが身を乗り出しきた。
手枷、首輪は外してある。付けていたら護衛ができないと納得済みだ。
「俺も入れて三人だ。」
「スティーブさんも?」フローラが驚いた。
「見張りくらいできる。悪い奴がきたら、お前らを呼ぶ。夜は三人が交代で見回れば良いだろう。」
「わかった。」ソルが答え、横でフローラもうなずいた。
荷馬車が家に着くと、中から娘が飛び出してきた。「父さん!お帰りなさい。」
美人ではなさそうだが、お年頃といった感じだ。
スティーブがあわてた。「今すぐ家に戻れ!客を泊める準備をしろ!」
娘は荷馬車に乗っているのが猪人とわかると、慌てて家の中にかけ戻った。
「いいか、娘に指の一本でも触れたら殺すからな。」ソルを睨みつけた。
「相手にその気がなければ触れない。」
「そんな気などない!絶対ない!」
「そんな感じだな。」
「お前はここで待ってろ!家の中にも入るな!」
フローラが顔をしかめた。「人間と同じ扱いをすると約束されたはずですが。」
「人間の傭兵でも同様の扱いをしたいくらいだ。荷物を置くだけなら、お前だけで済むだろう。すぐに農園を案内する。」
ソルはそのまま荷台でフローラを待った。本当にすぐに戻ってきた。
「荷物は部屋まで持っていってもらえるそうよ。ソルの分は後で納屋へ私が持っていくから。」
「そうか。わかった。」
さほど待たずにスティーブも戻ってきた。「さて、行くぞ。」
・見張り ソル
三人で農園を一周し、持ち場を決めた。
日が暮れるまで見張り続けた。何事も起こらなかった。
フローラがソルの所へやってきた。「夕食にしましょ。」
「ここを離れていいのか?」
「夕食の間くらいでは、そんなに荒らせないだろうって。」
「それならいいが。のんびりした話だな。」
「今のところ何もおきてないからでしょ。早めに戻りましょ。」
デッキのテーブルに三人分が用意されていた。
スティーブ、フローラ、ソルが席についた。
「天気が良いから外で食べるのも良いだろ。」
「しゃれてるなぁ。」ソルはキョロキョロ見渡した。
フローラが気むずかしい顔をしているのに気がついた。
「どうした。何かおかしな物でもあるのか?」
「いえ。まぁ、確かにいい夕暮れだし、この家の主が一緒に食事をするのだから、これは好優遇よね。」
「?」ソルはフローラの言っている事が良くわからなかったが、食事を優先することにした。
夕食は盛り沢山だった。終わり頃に娘がお茶を持ってきた。ソルはつい、じっと見てしまった。子供を作るには申し分なさそうだ。
「置いたらすぐに家に戻れ。もう、持って来なくて良い。呼ばれれば取りに行く。」
スティーブが娘に荒く言った。
「ソルでしたら、17才の人間の男と変わりなく、襲いかかったりしないから大丈夫ですよ。」
フローラが娘に声をかけた。
「17才の男?ますます近づけたくないな。」スティーブが即答した。
娘とフローラが驚いて、スティーブをまじまじと見た後、顔を合わせて苦笑いした。
ソルはどうしたら良いかわからず、むしゃむしゃと食べる事に専念することにした。
・納屋 ソル
夜は交代で見回る事にした。
スティーブが戻ってきた音でソルは目を覚ました。「家の中で寝ないのか?」
「納屋で寝る約束をしたからな。気候も良いし、懐かしい。」
「懐かしい?」
「子供の頃は弟と一緒にわらの山で寝たものだ。」
「弟がいるのか。」
「いたんだ。この農園は父さんと三人でここまで広げた。弟は新しい作物を作りたがったが、俺と父さんに反対されて出て行ったんだ。」
「音沙汰がまったくなくて昨日になって、弟の息子だと言う男が訪ねてきた。弟は去年、病気で死んだと言う。今更、農園の一部が欲しいと言われて、すんなりOKできるわけなかろう。再度、味方を引き連れて来ると言って去って行った。」
ソルは慌てた。「おい、襲ってくるのは弟の息子なのか?」
「悪者を何人か引き連れて来るに違いない。ここを守らなくては!」
「同じ父さんの血を引く者どおしで争うのか!?」
「あちらがその気なら、しかたあるまい。」
「人間は血の繋がりを大切にしないんだったな。猪人と人間でもわかり会えるのに。」
「お前とあの女剣士の繋がりが、どれ程のものだと言うんだ?」
「オレはフローラを信じてる。」
「ふぅん。相手もそうだといいな。」スティーブは本気にしていないようだった。
・朝食 ソル
翌朝、フローラが納屋へやってきた。「朝ごはんができてるわよ。」
「姉さん。オレはここは襲われないと思う。」ソルは浮かない気持ちで言った。
「姉さんだと!?」
スティーブが驚いているのをよそにフローラはソルに答えた。「どうして、そう思うの?」
「それは・・・。」ソルは言いよどんだ。
「話は食べながらでも良いだろ。せっかく妻が用意したものが冷めてしまう。」
スティーブはさっさとデッキへと向かい始めた。ソルとフローラは顔を見合わせてから、後を追った。
食事をしながらソルはフローラに理由を話した。
「ソルの言う事はわかった。どうしても嫌なら、ここで仕事を終わりにしてもいい。お金には困ってないし。」フローラは口を開いたスティーブを手で制して続けた。
「でも万が一、甥子さんが悪い奴らを連れてきたらスティーブさんが困ってしまうから、どんな人達が来るか確かめるまでは、ここにいましょうよ。」
「わかった。そうする。」ソルがうなずいた。フローラはスティーブの方に向いた。
「猪人は人間よりも血の繋がりを大切にします。だから同じ母から生まれた私を姉と慕ってくれています。それで一緒に旅をしています。」
「本当の姉弟なのか。」スティーブがつぶやいた。
「私達が一緒だからこそ、ソルは血の繋がった甥子さんを信じたいと思うんです。」
「そうか、血の繋がりがあれば人間と猪人でも、わかりあえると・・・。」
・援軍 ソル
「あなた。」スティーブの妻が急ぎ足でテーブルへ向かってきた。
「ここは、俺にまかせろと言っただろう。」
「昨日来た甥が又、来たんですよ。」
スティーブが立ち上がった「何人連れて来た!?」
「奥さんと赤ちゃんの二人。」
「何!?」スティーブは口を開いたまま動きを止めた。ぶるぶると頭を振って、
「確かめて来る、しばらく待ってろ!」言いながら走りだした。
妻はソル達に軽く頭をさげて、急いで夫のあとを追った。
「戦闘にはならなそうだな。」ソルが言った。
「そうね。話し合いにしかならないでしょ。」フローラがにっこりとして言った。
しばらくしてからスティーブが戻ってきた。
「お前の言うとおりだった。仕事はこれで終わりとする。帰りは送っていけないが、歩いて帰れるよな。」
「あぁ、歩いて帰れる。」ソルが答えた。
「代金だ。送れないのと、いくつか教わったから、上乗せした。」
「何か教えたのか?」ソルがフローラに聞いた。
「さぁ、何かしら?」フローラがにっこりして答えた。
「猪人とでもわかりあえる。お前が教えてくれた。」スティーブがソルに手を差し出した。
「そうだ。人間とでも仲良くできる。」ソルはスティーブの手を握った。
「息子達とも話合って甥となんとか、うまくやってくよ。」
「うん。きっとできる。」
「さ、行きましょ。スティーブさんはこれから強力な援軍を相手にしないといけないから。」
「あぁ、あれはかなり強力だ。」スティーブは苦笑いした。
「甥の妻は剣士だったのか?まさか、赤ん坊は闘わないよな?」ソルがスティーブに聞いた。
フローラは笑いながら言った。「あとで、ソルに交渉術の初歩を教えてあげる。剣を使わずに相手に勝つ方法よ。」
「そんなのがあるのか!?ぜひ教えてくれ!」ソルがフローラに詰め寄った。
「歩きながらね。」フローラが身を引きつつ答えた。
「かわいい弟だな。」スティーブが目を見開きながら言った。
「なんで、オレがかわいくなるんだよ!」ソルがスティーブに吠えた。
「仲の良い姉弟だなという意味よ。さ、行きましょ。失礼します。」フローラがソルをうながした。
「そうか?それならいいんだ。じゃぁな。」ソルはフローラの後について歩きだした。
スティーブは、しばらく二人を見送っていたが、あわてて家の中に戻っていった。
・帰り道 ソル
「なぁ、ホントに妻と赤ん坊が強力な援軍なのか?」並んで歩きながらソルが訊いた。
「ソルだって、妻と赤ん坊を泣かせるような事はできないでしょ?」
ソルはしばらく考えた。「うん、そんな事はやっちゃいけない。」うなずいた。
「だから、赤ちゃんの父さんに酷い事はできないのよ。二人が泣いちゃうでしょ?」
「勝てないじゃないか!」
「そう。スティーブさんは三人と仲良くするしかない。」
「俺達はどうするんだ?援軍はいないぞ。」
「私達は二人で協力すれば、まぁ負けないでしょ。」
「そうか、そうだな。」ソルとフローラは微笑みあった。