7.猪人の集落にて
・人間の森 ソル
ソルは矢を射った。「キィー!」と鳴き声を上げ、鳥が地へ落ちた。獲物から矢を抜いていると、声がかかった。
「おいっ、猪人がこの森に入るな!」
ソルが声の方を向くと、人間が矢を向けている。
両手をあげながら、「猪人がここにいてはいけないのか?」尋ねた。
「しらばっくれるな!こっちの森は人間の狩り場だと知っているだろう。」
「オレは旅人だ。その取り決めは知らなかった。すぐに出て行く。」
「あくまでも、シラをきるつもりだな?」足取りも荒く近づいてくる。
「待ってください!!」女の声が狩人を引きとめた。
二人が声の主を見た。フローラが木々の間を抜けてくる。
「その猪人は私の連れです。彼が何かしましたか?」
「これは、アンタの猪人なのか?」狩人がフローラに尋ねた。
「はい、一緒に旅をしています。」
「そうか、アンタに命じられたのであれば、いいんだ。もう少しで殺してしまうところだった。ソイツからあまり離れない方が良いぞ。」狩人は矢を戻した。
「はい、気をつけます。」
ソルはほっとして、手をおろした。
「それにしても、ずいぶん馴れているんだな。」狩人は関心した。
「えぇ、彼とはいろいろあったので。」
「”彼”ねぇ。まぁいいか。村へ向かうなら案内するぞ。」
「お願いします。荷物があっちに置いてあるんです。ソル、行きましょう。」
ソルは荷物の方へ歩き出しながら、「猪人との取り決めで、ここは人間の狩り場なんだって。」フローラに告げた。
「猪人と取り決めがあるんですか?」フローラが狩人に尋ねた。
「あぁ、そう遠くない所に村があって、ソイツらと狩り場を分けたんだ。」
「成る程、トラブルが起きなさそうですね。」
フローラは狩人とあたりさわりのない会話をしながら村へ入った。
宿でフローラがソルの部屋に入ってきた。「猪人村の位置がはっきりしなくて、誰も案内したがらない。猪人の森をうろつけば会うかもしれない。と言われたわ。」
「偶然に出会うしかないのかぁ。」
「そういう事らしいわね。でも、行ってみるでしょ?」
「狩りに行く。オレなら狩りをしても良いんだろ?運がよければ猪人に会えるだろ。」
「良い考えね。そうしましょう。」
・狩り場にて
森でソルは鳥を見つけ、弓を引いた。突然、別の方向から矢が飛んできて獲物を射落とした。
ソルが驚いて見ていると、猪人が獲物を拾い上げに来た。20才近くに見える。
久し振りの猪人にソルは嬉しくなって声をかけた。「すばらしい、腕前ですね。」
「うぉっ。気がつかなかった。・・・旅人だな?」猪人がソルをじっと見て言った。
「はい、ソルといいます。この近くに村があるんですよね?」
「あぁ、そうだ。オレはダンという。行くなら案内するぞ。」
「はい、お願いしますダンさん。連れがいるので、しばらくここで待っていてもらえませんか。」
「オレが連れのところへ一緒に行こう。」
「それは、その・・・。」それはまずい。と言うわけにいかなかった。
だが、その時「ソル。何か捕らえたの?」フローラが声をかけてきた。
「えっ、あー・・・。」ソルはうろたえてしまった。
ダンは女の声に驚いている。
「どうしたの?!・・・」フローラはソルの向こうに猪人が立っているのに気づいて驚いた顔をした。
「オマエの連れというのは、コイツの事か!?」ダンはフローラを指した。
ソルはダンとフローラを交互に見て、ごまかせないと思った。
「はい。訳あってフローラとは親友の付き合いをしています。」と言った。
「女と親友付き合いだと!どうしてそんな事を・・・。」フローラを眺めまわした。
「とにかく、村へ行きましょう。」とりあえず、この場をごまかすべくダンに言った。
ソルはフローラに向いて言った。「オレはダンさんの村へ行く。オマエは宿へ戻るか?」
「一緒に行く。」
「女が猪人の村へ入るのは危いぞ。」
「ソルに連れられていけば大丈夫。いつもの逆でしょ。」
「危ないと思うけどな・・・・。ダンさん。荷物があるので、取りに行きます。」
ダンに向き直った。と、ダンが睨んでいる。ソルは何かいけない事をしただろうかと思った。それに気づいたらしいダンが表情を崩した。
「オヤジと呼んでもらってかまわんよ。オマエ、ほんとにソイツと親友付き合いしているんだな。」
「ええ、そうなんですよ、オヤジさん。」ソルは照れて言った。
本来、他の村の猪人とは血の繋りがないので、簡単にはアニキ、オヤジとは呼べない。
ダンは気さくな性格らしい。嬉しさのあまり、他の猪人からすれば女を逃がす行為をした事に気がつかなかった。
・猪人の村 ソル
村の入り口で守衛に声をかけられた。
「隊長、客人と一緒に女を捕まえて来たんですか?」
ダンが手枷と首輪を付けられたフローラを指して言った。「コイツはこのソルの専用妻なんだそうだ。」
「専用妻ですか!?」
「それだけの活躍をしたんだとさ。」
「へぇー!そりゃすごい!ようこそ。」
「ありがとうございます。」ソルは頭をさげた。
村に入ってからソルがダンに尋ねた。「ダンさんは隊長なんですね。」
「あぁ、10人程引き連れている。今更かしこまらんでくれ、部下でもないんだし。」
「ありがとうございます。オヤジさん。」
道をゆく誰もが引き連れている女に驚いて、動きを止めてまで見入っている。
「やはり目立ってしかたないな。まずは、オレの家まで行くぞ。」
「はい。」
ダンの家はそこそこ立派な家だった。
「隊長さんともなると、スゴイ家ですね。」とソル。
「隊長をやっている間だけだ。客間を使ってくれ。」
「あー、ありがとうございます。」
「何だ?邪魔はしないぞ。」
「いっいえ、だいじょぶです。」
「そうか?予想はしていたが、村の中を案内できなかったな。」
ソルはフローラに言った「ここで待っていてくれるか?」
「大人しく待っているから、案内してもらって来て。」とフローラが答えた。
「うん。」ソルはフローラの枷をはずした。もちろん自分で外せるのはナイショだ。
ソルはダンに向き直って「村を案内してもらえませんか?」
と、又ダンが睨んでいた「大丈夫なのか?」
「はい。大丈夫です。」ソルは即答した。
ダンは考えこんでいるようだった。「・・・いいだろう。では、行くぞ。」
「はいっ。」ソルは喜んだ。
・演習場 ソル
ダンはあちこち案内した後で、ソルを演習場へ連れてきた。
「オマエの剣のウデを見せてくれ。」
「はい!オレに剣を教えてください!」ソルは喜んだ。
いつもとは違い、猪人の剣術だけでダンと戦った。何戦かしたが、勝てなかった。
「どうすると、もっと強くなれるでしょうか。」
「うーん。基本はできてるからなぁ。実戦を重ねて経験をつんで・・・、育ち盛りだろ?体も大きくなるし、鍛えていけばいいんじゃないか?」
「そうですか。先生も同じ事を言っていました。」
「先生?」
「はい。あの、もう何戦かしてていただいても、いいでしょうか?今度は我流で。」
「我流?」
「はい。先生から教わったんですが、我流にしろと言われました。」
「おもしろい。見せてくれ。」
「はいっ。」
ソルは人間の剣術を取り入れた我流でダンと対戦した。ダンは驚いた様子だったが、勝てなかった。
「やっぱり、隊長さんには通じないなぁ。」とソル。
「いや、かなりアブなかった。なる程、我流だな。」
「先生、ヒドいんですよ。オレにやり方教えておいて、こんなのが自分の剣と思われたくないから師匠と呼ぶなって。」
「そりゃヒドい。」ダンが笑った。
・ダンの家 ソル
「案内してもらったついでに剣を教えてもらってきた。」
「よかったわね。」フローラが微笑んだ。「うん。」
フローラと楽しげに話すソルにダンが言った。「女との親友付き合いとは、こういうものなのか?」
ソルはビクッと身をすくめた。
「オヤジさんと思えるのなら、話したほうが良いと思う。」とフローラ。
ソルはうなずいて、ダンの方に向き直った。「オヤジさん。フローラはオレの姉さんなんです。」
「姉さん!?どうしてそんな事が!?」当然、ダンは驚いた。
「長いので、座ってお話しましょう。」フローラがすすめた。
ソルは経緯を話した。
「無理だ。人間と仲良くなんてできるわけがない。」
「姉さんとならできます。」
「たとえ姉さんとはできても、他の人間とはできまい。殺されて終わりだ。」
「そんな事は・・・。」
「オマエも無理だと解っているだろ?」
ソルは人間と仲良くしている猪人はいないか考えて思い当たった。
「人間と取引してる人がいるでしょう。」
「取引がない者には無理という事じゃないか。」
「・・・。」ソルはくやしかった。でも、言い返せない。
「私達がしてるのは、猪人と仲良くしたい変わった人間を見つける事なんだわ。」フローラが言った。
「そうか。」ソルは納得した。
「いるもんか。」ダンに言われた。
「何年かけてでも探します。」
「ホンキか?」
「8年でも。」フローラが笑って答えた。
「そうか、そんなにかかるものだったのか。」ソルは唖然とした。
「運が良ければ1年かからないかもしれない。」
「がんばって見つけるしかないな。」
「ノンキなヤツらだ。バカらしくて付き合いきれん。おい、オレが生きてる間に見つけたら知らせろ、見に行ってやる。」
「はい、ゼヒ見に来てください。」
「ホントにノーテンキなヤツだ。」ダンが苦笑いした。
「しかし、人間と姉弟付き合いができるとは、思わなかった。」とダン。
「オレも最初はできるとは思いませんでした。」ソルがしみじみと答えた。
「宿では別の部屋にするとか、いくつもの決まり事や工夫をしています。」とフローラ。
「成る程、そういう事か。おい、ソル。今日はオレと一緒に寝ろ。」とダン。
「えっ、ここのソファを使わせてもらえば良いです。」ソルがあわてた。
「たまには、息子と一緒もいいさ。いろいろ話を聞かせろよ。」
「はいっ、ありがとうございます。」ソルはダンの配慮が嬉しかった。
「ご迷惑をかけてすみません。」とフローラ。
・ダンの寝室 ソル
ベッドでダンがソルの腕をとって話かけてきた。
「再度訊くがお前はあの女を姉さんと思うのだな?」
「はい。・・・だめでしょうか。」
「だめだと言ったらどうする。」
ソルはダンの目を真っ直ぐ見て答えた。「姉さんを連れて逃げます。」
「”姉さんを”か。本当にオマエはそう思えるのだな。それなら、このまま姉と一緒に旅を続けるといい。」
ソルは目を見張った。「いいんですか?」
「今までうまくやってきたんだろ?今さら引き離す事もあるまい。まぁ、専用妻をどう扱おうがソイツの勝手という気もする。」
「よかった。」
「あっちも弟と思っているようだしな。お前だけなら引き離すところだ。」
「本当に、ありがとうございます。オヤジさん。」ソルはダンの手を握った。
・別れ ソル
翌日、門までダンが見送りに来てくれた。おかげで、何事もトラブルがなかった。
「機会があったら又、寄ってくれ。」とダン。
「はい、オヤジさんもお元気で。」
「ありがとうございました。」手枷、首輪付きのフローラが頭を下げた。
「仲良く行ってくれ。と言うよりは、コイツを頼む。かな。」ダンが笑った。
「はい。」フローラが微笑んだ。
「そりゃオレの方が年下だから仕方ないけど・・・。」ソルは不満だった。
「ははは。じゃあな。」
三人は笑いながらわかれた。
・言い訳 ソル
道すがら「久しぶりに猪人の村に来れて良かった。」ソルは楽しい気分で言った。
「私、邪魔だったかしら?」フローラが尋ねた。
「いや、一緒に来てもらって良かった。実は、子作りして行ってくれと頼まれたんだ。
専用妻をもらう代わりに、他のに手をつけないと約束したからって断ったんだ。」
「それは良い言い訳になったわね。」
「だから、次も一緒に行ってくれ。」
「役に立つなら。」
二人は微笑みあった。