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6.だましあい

・ フローラ


 「相棒のソルよ。」ついて来た男に、フローラが柱にロープで結びつけられているソルを紹介した。

「これが、相棒!?」男は驚いていた。

「そう、”彼”が私の相棒よ。」

「確かに、頼りになりそうだね。じゃ、俺はこれで。」男はそそくさと去って行った。

 「アイツはフローラに何の用があったんだ?」ソルがフローラに尋ねた。

「いいのよ、気にしないで。私と対等に話がしたかったら、猪人を言い負かすくらいの度量がないと。」

それは、ソルが教えた母の逸話だった。確かにフローラは母のその部分の血を強く引いている。

ソルはニヤッとして「確かにそうだな。」と答えた。

 「どうもこの村は猪人をとても恐れる人が多いらしいの。」

「そうか・・・。早く宿に入ろうぜ。」ソルはがっかりしたようだった。村の入り口でとても嫌な顔をされたのを思い出したのかもしれない。

「そうね。」フローラも困った感じで言った。


 フローラは護衛の仕事を紹介してもらい、傭兵ギルドから出た。。

傭兵ギルドは少し大きい村にはたいていある。紹介料金をとられるが、仕事内容が信頼できる。

 旅に出る際に、ギルドを利用する事を教わった。仕事を自分で吟味するには経験がなさすぎるとフローラは思っている。

 戦士になって数年、やっと最前線に出れるようになってすぐに、戦士をやめることになった。社会経験が足りないとは言っていられない。それこそ、大人になったばかりの弟の面倒をみないと。何しろ彼は人間社会そのものを知らない猪人だ。

 別に苦ではない。出会った時は殺し合う間柄だったが、今となっては、弟がいて良かったと思っている。離れて暮らす事は考えられない。


 フローラは宿にある納屋へソルに会いに行った。

「仕事をとってきたわよ。」

「どんなのだ?」ソルが起きあがりながら聞いた。

「夫婦を隣町まで同行して、パーティが終わるまで警護する。」

「帰りはいらないのか?」

「パーティが無事に済ませられればいいんですって。」

「オレがパーティに参加してもいいのか?」

「パーティ中は私が中を、外はソルともう一人、男が警護する。」

「もう一人いるのか!?」ソルが驚いた。

「男は夫の警護として既に決まっていて、妻の警護に女剣士の私に声がかかったの。」

「なんだよ、オレはおまけかよ。」不満そうだ。

「相棒になる男が猪人と組むのが嫌なら、替えるというのでOKした。」

「そんなに妻に女をつけたいのか。」

「そういう事みたいね。」

「ふーん。」納得してくれたようだ。


 夜に宿でもう一人の男と会った。

「ラーズと呼んでくれ。」

「ソルとフローラよ。」

「女の獣人使いなんてめずらしいな。」

「獣人使いという事になっているけど、彼とは対等の関係だから。」

「対等?一緒に仕事して大丈夫なんだろうな?」

「そっちがちょっかい出さなければ大丈夫。」

「フローラにもちょっかい出なすなよ。死ぬぞ。」ソルが口をはさんだ。

「気をつけるよ。」ラーズは肩をすくめた。

フローラはソルを睨んだ。


・ ソル


 三人は暫く打ち合わせを行った。

「さて、段取りが決まったところで、飲み物とつまみを持ってくるわ。」フローラが席をはずした。

「なぁ、あいつとは長いのか?」

「いや。一年とたってない。」

「お前、ちゃんと取り分もらってんのか?」

「金の扱いはまかせている。オレは使えないからな。」

「使えない?なんでだ?」

「オレが店の中へ入ったら店員が逃げ出す。」

「それもそうか。それじゃ、せしめられてもわからないじゃないか。」

「フローラが独り占めするというのか?」ソルは睨みつけた。

「そうだと言っているわけじゃない。気を付けろってことさ。」

「そうか、わかった。」ソルはうなずいた。


 翌日、フローラが控えで夫婦を待っている間、ソルは馬へ挨拶しに行った。

猪人は家畜に毛嫌いされないという特徴がある。

ただし、事前に怖くないと教えておかないといけない。今回の馬達とはすぐに仲良くなれた。


・ フローラ


 「猪人と一緒でよく平気だな。襲われるとは思わないのか。」とラーズ。

「襲われたら、遠慮なく殺す事になっているので、ご心配なく。」

「そりゃ凄い。でも、あっちは不満をつのらせているんじゃないか?金は全部あんたが管理してるんだって?」

「ソルがそう言ったの?」フローラが驚いて尋ねた。

「そういう訳じゃ無いが、気をつけろって事だよ。相手は人間じゃないんだ、いつ殺されてても不思議じゃない。」

フローラが言い返そうとしたところで、警護の対象が現れた。

 「お待たせした。よろしく頼む。」傍らの夫人共々、会釈をした。

馬車までフローラは夫婦の後ろに付いた。

馬車の前でソルと落ち合い、夫婦と一緒に馬車に乗り込んだ。

男二人は御者と並ぶ。

 フローラは馬車の中では旅の様子など、あたりさわりのない話をした。夫婦は猪人の事は聞かないと申し合わせたらしく、ソルの事はまったく聞かれなかった。

あれこれ探られるよりは、ありがたかったが、ソルが全く相手にされていないような気になった。


・ ソル


 道の中程で馬車に矢が一本つき刺さった。

ソルは矢が飛んできたと思われる方向に目をこらしてみたが、射手を見つける事ができなかった。次の矢が飛んでこない。

「屋根の上に行く。前方を頼む。」ラーズに告げ馬車の屋根に乗り、膝立ちになった。

辺りをうかがったが、変わった事はなかった。

「敵が見つけられない。一矢だけで逃げたのかな?」ラーズに聞いた。

「これだけ間が開いて何もないから、そうかもしれない。そのまま警戒を続けろ。」

「わかった。」


 ラーズは馬車を止めさせて、刺さった矢を抜いた。毒が塗ってあるわけでもなく、特に変わったところはない。

ラーズが窓から話かけた。「一矢だけで終わったらしい。」

「嫌がらせって事かしら?」フローラの声が聞こえた。

「警告かな。このまま行くとただでは済ませないっていう。どうします?」最後は雇い主への質問だ。

「危険は元より承知だ。その為に護衛を雇ったんだからな。」雇い主が答えた。

「了解です。先を急ぎましょう。」

「もうしばらく、そこで警戒を続けろ。」

ソルは指示にうなずいた。「わかった。」

 馬車が走り出して暫くしてから、ソルは屋根から降りた。

その後、目的地まで何も起きなかった。


・ ソル


 「ただの嫌がらせだった、なんて事はないわよね?」とフローラ。

「この後、襲撃があると思っておいた方がいい。」とラーズ。

「大人数で来られると困るな。」とソル。

「大人数は目立つ。多分、少人数で潜入してくる。」ラーズが考えながら言った。

「予定を変更して、中を二人にする?」フローラがラーズに提案した。

「そうするか。でも、外から来ないというわけじゃないからな。気を抜くなよ、ソル。」

「おう、外はまかせとけ。」

「よし。じゃ着替えが必要だな。ソルは外周に潜んでいる者がいないか確認しろ。」

「わかった。」ラーズがけげんな顔をした。ソルは何かと思ったが、ラーズは行ってしまった。


 ラーズが着替えてソルのところへ来た。

「別人に見えるな。」ソルがニヤッとして言った。

「こういう、きつ苦しい服は苦手だ。この格好で会場のドアの内側に立つ。剣は側に隠して置いておく。」

「それで良さそうだな。」

 ドレス姿の女性が二人に近づいてきた。よく見るとフローラだった。ソルは目をみはってしまった。今まで男のような姿しか見たことがなかった。ラーズも唖然としている。

 「お待たせ。」

「そんな格好をするとは思わなかった。」ソルはドギマギする心をおさえて言った。

「似合わないかな、やっぱり。」フローラは自分を見下ろして言った。

「いや、ステキだ。」思わず言ってしまってから、あわてて目を反らした。

いけない、もう、フローラを女と意識している。なるべく早く離れないとアブない。

「ダガーと投げナイフを隠し持っているから大丈夫。部屋に飾ってある剣と盾も実用の物と確認済み。私は夫人に着いてまわるから。」フローラが実務的な事を一気にまくしたてた。

「う、うん。わかった」ソルは勢いに気おとされた。

 「じゃ、行きましょ。」フローラはラーズの手を取って歩き出した。

「お、おい、ここは俺がエスコートするとこじゃないか?」ラーズが慌てた。

「ドアマンにエスコートなんかされないわよ!」

「こんな事ならエスコート役にしておくんだった。」

フローラに引きずられてゆくラーズを見送りながら、ソルはほっとしていた。

姉を襲う事態にならなくて、良かった。今はとにかく警護に集中しよう。


 ソルは会場の周りに潜んでいる者がいない事を確認し、入口から少し離れてあぐらで座りこんだ。

入口横にいると客が恐れる。立って警備したいが、それもやめておいた。

入口には招待状を確認する人間が二人いるから、怪しい者は止められる。

駆けつけば間に合う。もちろん、入口の二人には事前にフローラに引き合わせてもらった。猪人が警護につくと知って、だいぶ驚かれた。


開始直前になって、剣士が二人近づいてきた。ソルは立ち上がって、入口の横まで移動した。

「警備で来ました。中へ入れてください。」

「そのような話は聞いていません。」入口にいた男が対応しているところに、ソルが割り込んだ。「ホントに警備をしに来たのか?」

剣士達はたじろいだ、「な、なんだこいつは?」

ソルは入口対応をしていた人間を下がらせながら「オレの事を聞いてないんだったら、敵だな。」

事前にラーズから、そういう見分け方をしろと言われている。

「な、我々は本当に警備の為に来たんだ。」

「中に入るな、外にいろ。」

「いや、我々は中の増強を!」

「いらない。」

「猪人にそんな事を言われる筋合いはない!そこをどかないと切るぞ!」剣に手をかけながら、怒鳴ってきた。

「やるか?」ソルは剣を抜いて構えた。

剣士二人も剣を抜いて構えた。なんかイマイチ、さまになってない感じだ。

 一人目の剣を剣で受け、脇からきた二人目の剣を左腕の盾で受けた。

「何!」剣を二つ受けられるとは思っていなかっただろう。

ソルは両腕に力を入れて、二つの剣を弾いた。

「オマエら力が無さすぎるぞ。ホントに剣士か?次は手加減しないからな、死にたくなかったら逃げた方が良いぞ。」

「俺は遠慮しとく!」剣士が一人ひきさがった。

 会場の中から男達が何人も出てきた、手には棒等、何かしら武器になりそうな物を持っている。

「くそっ!しかたない!」もう一人も逃げだした。

「助かった。」ソルが入口で受付をしていた男に礼を言った。彼が人を引き連れてきてくれたのだ。礼を言われた男は驚いた様子だった。猪人に礼を言われるとは思わなかったのだろう。

「い、いや、当然の対応だろう。特に今日はこんな事態に備えていたからな。」

「そうか。」ソルはうなずいて、元の場所に戻った。


・ フローラ


 フローラは婦人付きの使用人として、ずっと妻に付きっきりでいた。妻は夫に付きっきりだったので、結局、フローラは夫婦を隣で警護する事になった。

 「お飲物はいかがですか?」給仕がカクテルグラスを差し出してきた。

「お二人はこの後のスピーチが終わるまで、アルコールは控えておられます。お水をお願いします。」

「承知いたしました。」給仕が下がって行った。


「ジュースはいかがでしょうか。」声をかけてきた相手は、さっきの給仕だった。

「お水をお願いしたはずですが。」

「すみません。用意がありませんで。」

「そんなはずないでしょう。」

「都合上これで、お願いします。」

「誰のどういう都合なのよ。」給仕の手首を捕まえつつ、反対の手で服の袖から小型のナイフを取り出し、押しつけた。

「おとなしく、こっちへきなさい。」

給仕は意外と大人しく従った。ドアの横のラーズへとあずけた。


 フローラが夫人の元へ戻ろうとすると、後ろ手にカミソリの刃を指に挟んだ女が背後から寄るところだった。急いで相手の後ろへ歩み寄った。カミソリを持つ手を押さえ、反対の手で肩をつかんで、親指の爪を首につき立てた。相手は刃物だと思うだろう。

「声をたてずに、ついてきなさい。」耳へささやいた。

ドアから外へ出て、警備に引き渡した。

 その後は何の襲撃もなく無事に済んだ。


 「お疲れさま。」フローラが料理を盛った皿とグラスを差し出してきた。

「無事に終わったんだよな?」ソルは喜んで料理を受け取った。

「えぇ、途中ちよっと邪魔が入ったけど、たいした事なかったわ。こっちは?」

「こっちも、ちよっと邪魔が入ったが、たいした事なかった。」にっこり答えた。

ソルは飲み食いしながら中の出来事を聞いて、外の事を話した。

「本格的な感じがしないわね。」

「まとまりがなさそうだな。」

「何人かが別々に嫌がらせを仕組んだのかしら。」

「そうなるのか。」

「ラーズの意見も聞いて、雇い主に報告してくる。もうしばらく、ここにいて。気を抜きすぎないで。」

「わかった。」

「そういえば、ラーズがお前の相棒は”わかった”としか返事をしないのかと言ってたわ。」笑いながら扉の中へ消えて行った。

ソルは、そうかなと思ってきょとんとしてしまった。


 空いた皿を眺めて、後でフローラに頼もうと思っていると、横から声がかかった。

「中へ持って行ってやるよ。」

見ると、入口で受付をしていた男だ。

「猪人がコワくないのか?」座ったまま皿を渡した。

「正直、最初は襲われないかビクビクしてたよ。でも、怪しい奴らを傷一つなく追い払っただろ?あれで、安心した。」

「そうか、良かった。」ソルは微笑んだ。

「あんたとだったら又、一緒に仕事をしてもいいな。俺はカーター。あんたは?」

「オレはソル。相棒はフローラだ。機会があれば、よろしく頼む。」

「あぁ、よろしくなソル。」男は皿を持って去った。


 もうしばらく待っていると、着替えたフローラとラーズが出てきた。

「全部終わって、報酬ももらったわ。分配に不安があるんだって?」

「いや、フローラが全部欲しいなら、それでもいい。どうせオレは使えない。」

「ソル自身が使えなくても将来、ソルの奥さんが使うから、少しずつ貯めてるわ。」

「えっ、オレの妻!?」ソルは真っ赤になった。

「そんな事を考えてくれてたのか。」赤くなった顔を見られたくなくて、しばらく顔を

そむけたままにした。

「まだ、たいした額になってないから、そんなに気にしないで。」フローラがあわてた。

「妻帯後の事まで考えるなんて、面倒見すぎだろ。あんたらどういう間柄なんだよ。」

ラーズが驚いて言った。

「母親じゃないわね。あなたが心配しなくても良いわ。じゃ、これで、さようなら。」

「じゃあな。」やっと顔が元に戻ったソルも挨拶した。

憮然とするラーズを後に残して、二人は歩きだした。


 「彼は人間と猪人はお互い騙しあう仲だと決めつけてたわ。」

「まぁ、無理もないな。オレはフローラになら騙されてもしかたない。」

「そしたら、私はソルに殺されてもしかたないわね。」

「ありえないな。」

「ありえないわね。」

二人は顔を見合わせて微笑みあった。

狼、熊、虎の獣人は家畜等の動物から嫌われます。

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