4.仲の悪い双子
・酔っ払い ソル
ソルは手に枷をはめ、首輪にロープをつけてフローラの前を歩いていた。自分が村人に襲われないための扮装だと思うことにしている。
ロープの端はフローラがしっかりと保持している。女戦士がしもべを連れているように見える。
しかし、猪人独特の模様がついた腰布は良しとして、幅広の革ベルトで両手片手剣、矢筒に弓を背負い、左肩のガードから穴あきリベットが並んだ革ベルトを胸前でクロスしてかけている。つまりは武装解除しないで連れているのだ。
村の人々がものめずらしそうにその様子を眺めている。中にはわざわざ「その猪人は馴れているのか。」とフローラに訊いてくることもある。
ソルは店先の柱につながれ、座ってフローラを待っていた。村中では女もたくさん店前を通っていく。昼間だからだろうか、相手にできないと解っているからか、その気にならない。もしかして、やった事がないからだろうか。
いかん、こんな事を考えているとその気になってしまう。他の事を考えないと。えーと、フローラはおやつに何かくれるかな。ソルは考えにふけった
ドン。背中に何かぶつかった。何事かと急いで首を回すと、顔を真っ赤にして酔っ払った男が寄りかかっていた。
「おい。」ソルが呼びかけた。
「う?なんだ?ぶつかったのか?気をつけろ。」男は相手をよく見ないままに文句を言ってきた。
「そっちが、ぶつかってきたんだろう。」半分あきれて言った。
「なぁんだとぉ。」ここでやっと相手が猪人だと気がついたようだ。
「うひゃあ!!」叫びながら飛び退いた。
フローラが店から飛び出てきた。「何かありましたか。」
男がフローラに言った。「助けてくれ、コイツに襲われているんだ。」
「え!?」フローラが驚いてソルを見た。
ソルは二人に枷を見せつけてあきれながら言った。「手枷をつけて、繋がれてたら襲えないだろ。」
通りから来た女性が酔っ払いに声をかけた。「ニック。何を騒いでいるの。」
「あっ、ネル。助けてくれ、この猪人に襲われているんだ。」
ソルは驚いた。ネルとニックは髪の長さとヒゲの有無を除けば、そっくりだ。
「なんですって?」ネルがソルを見た。手枷、首輪をつけて繋がれ、おとなしく座ったままだ。
「彼が人を襲うなんてあり得ません。何かしたんでしょう?」とフローラ。
「どうなの?」ネルがニックに聞いた。
「お、俺を疑うのか!」ニックが喚いた。
ソルは姉弟のやりとりを呆然と聞いていたが、我にかえった。
「ソイツが背中にぶつかってきて、オレに文句を言った。言い返したら、騒ぎだしたんだ。」
ネルが驚いてソルを見た。今まで何も言わずに黙っていたので、猪人がまともに話すとは思っていなかったらしい。あらためてニックに向き直って聞いた。
「そうなの?」
「なぁに言ってんだ。そっちがぶつかったんだ。」ニックがもつれた舌で答えた。
ネルはソルとフローラに向き直って頭を下げた。
「弟がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。酔った上での事なので、なにとぞご容赦ください。」
「おい、こっちがあやまるのかよ。」ニックが文句を言った。
「襲ったりしていないと、わかっていただければ良いです。ね。」フローラがソルに確認してきた。ソルはうなずいた。
「ありがとうございます。これで失礼させていただきます。ニック、行くわよ!」ネルがニックの腕を捕まえて引っ張った。
「何だよ。味方してくれないのかよ。」ニックが文句を言った。
「日のあるうちから酔いつぶれているのがいけないのよ。いいかげんやめなさい。」
ネルはいい争いながら、ニックを無理やり連れて行った。
・宿の受付にて フローラ
森でソルが狩った獲物を売った後、フローラは宿に入った。
「私と猪人に部屋を二つ借りたいんだけど。」
宿の主人は当然、驚いた。「猪人だって!?」
「ええ。もちろん体の汚れは拭かせます。」
「相部屋じゃだめなのか?」
「結婚前の男女が同じ部屋で寝るべきではないと思わない?」
主人は苦笑いした。「そうか。わかった。部屋を二つだな。」
「いいんですか!?」フローラは驚いた。
これまで断られるか、良くて納屋、物置小屋を使わせてもらえるのが関の山だったからだ。
「あぁ。以前、脅されて狼人を泊めた事があってな。ヘタな人間の客よりよっぽどマシだったよ。」
「狼人が!?めずらしい。」
「猪人も十分めずらしいよ。」主人が笑って言った。
「それもそうですね。ありがとうございます。部屋でおとなしくさせますから。」
「そうしてもらえると助かる。狼人が食堂に入ってきた時には、しばらくの間、音が一切途絶えたからなぁ。」
「そんな事が・・・。食堂には出入りさせません。ぬるま湯をいっぱいください。あと、ボロ布をもらえると有難いです。」
・宿の部屋にて ソル
部屋に入ってからソルがフローラに言った。「あの二人、そっくりだったな。」
「たぶん双子ね。双子の姉弟を見るのは初めて?」
「女男は初めてだ。男の双子は村にもいた。同時に生まれた姉弟なのに仲が良くなさそうだった。」
「そうね。そういう姉弟もいるわよ。」
「オレは仲の悪い兄弟を見たことがない。人間の兄弟は仲が悪いのが多いのか?」
「仲の良いほうが多いと思うけど、仲の悪い兄弟も少なくなさそうな気がする。猪人の方が血のつながりを重く受けとめているのかもしれない。」
「そうか。」ソルは視線を落としてから。チラッとフローラを見た。
フローラは微笑んで言った。「私達は大丈夫よ。最初に殺し合いまでしちゃったから、そうそう悪くならないわよ。」
「そうか、良かった。」ソルは微笑んだ。
「さて、夕食を仕入れてくるけど、何か飲む?」
「酒ってホントに何回も飲めば、ウマく感じるようになるのか?」
今のところウマイものとは思えない。
「なるわよ。一人じゃないほうが美味しいわよ。一杯だけつきあってあげる。」
「うー。一杯だけだぞ。」苦い顔で同意した。
宿ではフローラと、できるだけ別々に過ごすようにしている。同じ部屋で長く過ごしたら襲ってしまう。いや、外で寝る時もか。食事も火を挟むようにしている。今のところ、それで襲わずに済んでいる。
・幌馬車 フローラ
早朝、村から出てしばらく歩いていると、幌馬車に追いつかれた。
「昨日は失礼しました。良かったら乗っていきませんか。」御者をしているネルが
フローラに声をかけてきた。ニックが隣におもしろくなさそうにしている。
「いいんですか?」
「お詫びのかわりに。」
「どう?」ソルに確認した。
「いいのか?」馬から離れて立つようにしていたソルはニックに向かって聞いた。
「これは姉さんの馬車だ。姉さんが何の荷物を乗せようが姉さんの勝手だ。」ニックがスネぎみに答えた。
ソルはニャッと笑った。「じゃ、エンリョなく荷物にならせてもらおう。」
フローラはソルに首に繋がれたロープの端を渡した。ソルは後ろから幌の中へ入った。もしかして、この双子に興味があるのだろうか?
ネルの隣に座ったフローラがネルに尋ねた。「お二人は運送業をされているのですか?」
「商いをしています。商品を届けるのは普段は別の者に頼んでいるのですが、今回は二人で行こうと思いまして。」ネルが答えた。
「やはりお邪魔だったのでは。」
「いえいえ、お詫びができてちょうど良かったですよ。」
「オマエ達は生まれてからずっと一緒なのか?」ソルが幌ごしに尋ねてきた。
ネルはギョッとした。「ええそうよ。ずっと一緒に暮らしている。」
「オレはずっと仲の良い兄弟がうらやましくてしょうがなかった。同時に生まれてずっと一緒なら、すごく仲が良いんだろな。」
「・・・。」「・・・。」ネルもニック何も答えなかった。
やはりソルはこの双子に関心があるようだ。
・故障 フローラ
ガタガタガタ。「道が悪いわね。前に来た時はこんなにひどくなかったんだけど。」とネル。
「前にっていつの話だよ。」とニック。
「・・・一年以上経ってるわね。」
「おいおい。」
フローラは姉弟のやりとりを黙って聞いていた。
ガタンッ。大きな音をたてて馬車が激しく揺れて止まった。
「いけない。車輪がはまったかな。」
「降りて見よう。」
やりとりを聞いたフローラはこの二人、思ったより連携が良いな。と思った。
「車輪が壊れてる!」とネル。
「替えの車輪は?」
「荷台にある。荷を全部降ろして、馬車を持ち上げないと。」
「わかった。重い荷物はまかせろ。」手枷、首輪を外したソルが二人のすぐ後ろで言った。
その事に気づいたネルが驚きながら答えた。「た、頼みます。」
まずは荷物を馬車から降ろす。さすがにソルはひょいひょいと荷物を降ろしていく。フローラも率先して重めの荷物を持った。
二人の驚いた様子を見たフローラは少しはずかしがりながら、「剣士ならこれくらいの筋力はないと。」言い訳めいた説明をした。
「せーの!」三人が馬車の方輪を押し上げている間にネルが車輪を交換した。
積み荷を再度載せて、ネルが「よーし、終わった。昼食にしましょう。」と言った。
・告白 フローラ
たき火の周りで食事をしながらネルがフローラに尋ねた。「もしかして、普段は枷と首輪ははめてないんですか?」
「はい、彼は仲の良い友達で、あれは周りの人を安心させる為に付けている飾りなんです。」いつもの説明をした。
「飾りですか。」ネルは驚いた様子だ。
「フローラとオレは友達じゃない。姉弟だ。」ソルがボソッと告げた。
三人が驚いてソルを見た。そんなに親しくない人達に言うなんて!
「姉弟!?」ネルが言った。
「そうだ。同じ母親から生まれた姉弟だ。」ソルはしっかり答えた。
「猪人と人間なのに?」
「母は私が9歳の時に猪人に連れ去られ、ソルを産んだんです。」あわててフローラが説明した。
「連れ去られ、産まされた猪人を弟だというのか!?」とニック。
「最初に出会った時、私達は殺しあいました。確かに、猪人は両親を殺したカタキなのですが、ソルは母への思慕を持ち、兄弟の思いを私に寄せてきました。私が彼の仲間を何人も殺したのを許してくれた事もあって、私は彼を弟と思えるようになりました。」
「母親が同じだからという単純な理由じゃないんだな。」ニックが言った。
「”ずっと、仲の良い兄弟がうらやましくてしょうがなかった。”というのは?」とネル。
「私達、出会ってからまだ数ヶ月なんです。それまでは、お互い一人っ子だと思ってました。でも、今は・・・。」ソルを見た。
「姉さんはオレの事を大切にしてくれる。オレも姉さんを大切にしたい。」ソルが答えた。
「大切にされてるわよ。」ソルはうなずいて喜んだ。
「仲の良い姉弟ですね。」ネルがにっこりと微笑んだ。
なんとか話を収集できて良かった。でも、ソルはどういうつもりなんだろう?
・仲直り フローラ
ふたたび走り出した御者台のニックがフローラに明かした
「大人になって俺達は別々に商売をし始めたんだ。でも、俺の商売はうまくいかなくて。姉さんの商売を手伝うことになったんだ。そんな状態に納得がいかなくて、ずっとヤケになって酒を飲んでいた。これからは、しっかり手伝うよ。」最後の言葉はネルへ言った。
「うん、頼むわよ。今回の商いがうまく続くようであれば、ニックに任せるつもりだからね。」ネルが答えた。
「そうなのか?では、はりきらなきゃな!」ニックは喜んだ。
「この取引は今回が初めてよ。まだまだこれからだからね。」ネルが微笑んだ。
ニックがあらためてフローラを見た。
「君達の話を聞いて、姉弟の大切さを思い知らされたよ。ありがとう。弟さんが姉弟である事を明かしてくれたのは、俺達の為なんだろ?猪人は思ってたより賢いんだな。」とニック。
そうか、ソルはそういうつもりだったのか。でも。
「やっちゃいましたね。」とフローラがにっこりした。
「何を?」ときいている間に、後ろからソルが首をだしてきた。
「オレを賢いと思うのなら、それは母さんのおかげだ。とても頭がよかったんだぞ。」
ニックはすっかり驚いてソルの母自慢を聞いている。
ひとしきり話終えたソルが言った。
「ここで母さんを自慢できるとは思わなかった。」
「よかったわね。」とフローラ。
ネルはしばらく目をパチクリしていたが、フローラに向き直って言った。
「とても、かわいい弟さんですね。」
「はい。」フローラは微笑んだ。そうだ、ソルは賢く、母さんが大好きな弟だ。
「なんで俺がかわいくなるんだよ!」ソルがネルを睨みつけた。
ネルが顔をひきつらせて身を引いたので慌てて割り込んだ。「ソルが母さん思いだという意味よ。」
「そうか。」ソルがにっこりとした。
「そういえば、オマエに聞きたい事がある。」ソルがニックに言いだした。
「な、何だ?」ニックが再度身を引いた。
「酒ってそんなに美味いか?」
ネルとフローラが笑った。
・祝杯 ソル
夜、ソルとフローラはネルに紹介してもらった宿の一室で酒杯を傾けていた。
「うー、やっぱりまだ、うまいとは思えない。」
「まだまだ、飲み始めたばかりじゃない。慌てなさんな。」
「あの二人も今頃、一緒に飲んでるかな?」
「取引先の晩餐で飲んでるでしょ。ソルのおかげよ。」
「そうか?」ソルは照れた。
「今日は、あらためて姉弟について考えさせられたわ。これからも、いろいろな人達と仲良くなって、いろいろ教えてもらいましょう。」
「そうだな。」
二人は微笑みあった。