表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/43

2-6.女剣士志望

・女剣士 ソル


 午後の見せ物に女剣士が来ていた。めずらしい。

気を抜くとケガをしてしまう。ソルは気合いを入れ直した。

 何事もなく”女剣士と猪人の剣練習”が終わった。

「すまないが、少しいいか。」ソルの背中から口調は男だが女の声が聞こえた。

ソルは背中がゾワッとしながら振り向いた。見物していた女剣士がこちらに歩いて来る。

 「何の用だ。」オレを殺したいのか?女剣士を睨みつけた。

「用があるのは、そちらの女剣士殿のほうだ。」キッと睨みつけられてから、相手の視線はフローラへ向かった。

「何でしょうか。」フローラもこちらに向かって歩いて来て、ソルの側で対峙した。

「私と手合わせをお願いしたい。」ソルはピクっと驚いた。オレじゃなくてフローラと?

 フローラも軽く驚いたようだ。「いいですよ。今すぐ始めますか?」

「明日のこの時間ではいかがでしょう。」

「見せ物になってしまいますよ。試合でお金はとらないようにしますが。」

「外での試合に野次馬は付き物。しかたないだろう。」

「では、明日のこの時間に。」

「よろしく頼む。私の事はアテナと呼んでくれ。」フローラへ手を差し出した。

「フローラです。こちらこそ、よろしく。」握手した。

ソルはとりあえずほっとした。

 「てっきりソルとやりたいのかと思ってました。」顔をソルに向けた。

ソルはほっとしたのもつかの間、ぎょっとした。

「正直、話を聞いた時は猪人とやるつもりだったんだ。てっきり女剣士は飾りだろうと。すまない。しかし、先程の練習からすると、かなりの手練れと見た。」

ソルは口を開きかけたが、フローラに睨まれたので頷くだけにした。

 「ソルと同じくらいですよ。」

「猪人と同じくらい強い?そりゃすごい。勝ったら猪人とやらせてもらおうと思ってたんだが、こりゃ無理かな。」

「ソルを傷つけないというのであれば、勝ち負けに関係なく試合をしてみては?」

「私じゃなくて、猪人が心配か。」アテナは笑いながら言った。

「彼は加減をわきまえてますから。」

ソルはフローラにウンウンとうなずいた。

 アテナはその様子に意外そうな顔をした。

「思ってた以上に馴れてるな。」

「彼とは親友、相棒の間柄なので。」

「親友?猪人と?同じくらい強いからか?」

「まぁ、そんなとこです。」

「へぇ、相棒か。それじゃぁ、よろしくな。こっちの相棒に勝ったら挑戦させてもらう。」アテナがソルに手を差し出した。

 「フローラは強いぞ。」ソルが握手しながら言った。

「ずいぶん信用してるんだな。」

「どれだけ強いかを知ってるんだ。」

「どっちが強いかは明日、わかるさ。じゃあな。」女剣士は去って行った。

ソルは手を見つめた。

 「どうしたの?」フローラが顔を覗き込んだ。

「あ、いや、女と握手するなんて、ひさしぶりだなって。」ソルが慌てた。

いつのまにか、そばにきていたレンが「私が毎日、握手してあげる。」

「ありがとう。」ソルは笑いながらレンと握手した。


 次の日の午後、出し物が終わってゼンとフローラが集金しているとアテナがやってきた。

「今日も調子は悪くなさそうだな。」

「もちろん。」フローラがにっこり答えた。

「相棒は何をしているんだ?」

「キャラバンの人達が垂れ幕を出すのを手伝わされてるわ。ごめんなさいね、イベントにされちゃって。お金はとらないから。」

「ま、これくらいかまわないさ。賭事にされた事もあったからな。」

「さすがね。」フローラは苦笑いを浮かべた。

 ”女剣士 フローラ VS 女剣士 アテナ”と書かれた垂れ幕を設置し終えたソルがやってきた。

「真剣勝負にあんなの、いらないと思うんだけどな。」ソルは自分が悪い事をしたような口振りだ。

「キャラバンの一員に試合を申し込んだんだ。しかたないだろ。」アテナがさっぱりと答えた。

「そうか、よかった。」ソルがにっこりした。

「そこで、おとなしく見ててくれ。」

「おう。」ソルがうなずいた。


 フローラとアテナが向き合って立った。

「いつでもいいぞ。」アテナから声がかかった。

「ソル、開始の合図をお願い。」フローラはアテナから目を離さずに言った。

「おう。では、始め!」

 二人はダッシュした後、フローラが突いた。アテナが剣でかろうじて突きの向きを変えた。

ソルは関心した。あれだけで勝負がついてしまう事があるからだ。やはり並みの剣士ではない。

試合はフローラが攻勢なままで続いた。アテナがじれてきているのがソルにもわかった。

アテナが攻勢にでようとしたところをフローラの軽い突きが首筋に決まった。

二人が剣をおろした。ソルはほっとしている自分に気がついた。だいじょうぶだと思っていたはずなんだが。


 「ありがとうございました。」アテナが頭を下げた。

「ありがとうございました。」フローラも頭を下げた。

「歯が立たなかった。」アテナが手をさしだした。

「そこまでじゃないわ。」フローラが握手しながら言った。

「ソルともやってみる?」

「あなたに勝ったらと思ったのだが・・・。」ソルの方に顔を向けた。

「オレはかまわないぞ。」

「いい機会だし、よろしく頼む。」

「おう。」


 ソルとアテナが離れて立った。

女だけど剣士だ。負けたくない。ソルはぎっと睨みつけ言った。「フローラ、合図を。」

「始め!」フローラが即座に発した。

 ソルはダッシュした後、両手で切りつけた。ガキィッ。さすがに受け止められた。

すぐに剣が引かれ攻撃がきた。ソルは左腕の盾で受け、片手で切りつけた。

アテナが慌てて盾から離した剣で受けた。

ソルは片手で次々と切りつけた。アテナがひるんだところで、両手で打ち込む。

アテナが苦しまぎれに出した剣を盾で受け、片手で切りつける。

アテナは受けるのが遅れた。ソルは体に当たる前で剣を止めた。


 「結局、何もさせてもらえなかった。」

「盾で防がれただけで終わらなかったろ。数回やれば勝てると思うぞ。」

「本番で数回やり直すはないだろ。」

「それもそうだな。」

「ちゃんと剣をとめてくれたな。ありがとう。」アテナが手を出した。

「試合でケガなんかさせたら怒られちゃうよ。」ソルが握手しながら言った。

「怒られちゃうって、フローラに?」アテナが意外そうに聞いてきた。

「あー。そうだな。」ソルがにやっとした。オヤジから叱られた事を言ったのだが、今ソルを剣の事で叱るのはフローラしかいないのだった。

 「なるほど、相棒というよりもアネキって感じだな。」

「えっ。そ、そうか?」ソルは頭を掻いた。

「実際、私のほうが年上だしね。」フローラが近づいてきた。

「フローラに叱られた事ないだろ。」

「ソルはいい子だから。」

「子供じゃないぞ。」ソルが睨んだ。

「わかってるわよ。」

「ホントに仲が良いんだな。」アテナが笑った。

「ま、まぁな。」ソルがてれた。



・女剣士志望 ソル


 翌日の夕方、ソルはフローラと並んで観客に頭を下げた。歓声があがった。

今日の”女剣士と猪人の剣練習”の見せ物もこれでおしまいだ。

一旦、檻を改装した部屋へ引き上げることになっている。

後はゼンとフローラにおまかせだ.。二人は金集めを始めた。

 ソルが歩き出そうとした時、フローラに駆け寄る少女がいた。

「お願いします。私を弟子にしてください!」

「えっ!?」ソルとフローラが同時に声をあげて固まった。

「で、弟子って!?」フローラが女の子に尋ねた。

「私、剣士になりたいんです!お願いします。剣を教えてください!」

「剣士に!?・・・とりあえず、馬車で待っていて。ソル、この子を案内して。」

「わかった。」ソルは頷いた。

フローラは集金に戻った。

 「さ、案内してちょうだい。」女の子がソルに命じた。

「オレが怖くないのか。」ソルは意外に思った。

「私には剣士様がついてるから平気よ。何かしたら、おしおきしてもらうから。」

女の子は胸をそらした。

「オシオキなんて、オレは子供じゃないぞ!とにかく、こっちだ。」

ソルは女の子を馬車まで連れて行った。


 腰の小物入れから鍵を取り出し、扉を開けた。「入れ。」

「あんた、ここの鍵をいつも持ってるの?」女の子が目を丸くしてきいてきた。

「あぁ、オレ達の馬車だからな。何かヘンか?」ソルは女の子が何を不思議に思っているのかわからなかった。

「い、いいえ。中で待ってる。」女の子は馬車の部屋へと駆けあがった。

 ソルも後に続こうとして、ふと足を止めた。一緒にいても大丈夫だろうか?

相手は子供だから襲う心配はない。

問題はあっち側だ。さっきは大丈夫と言っていたが、部屋に二人きりは怖いだろう。ゼンやレンなら一緒に楽しく待っていられるんだけどなぁ。

扉を閉め、自分の部屋に入った。

 フローラの部屋に通じるのぞき窓についた戸をたたく。「ここを開けてもいいか。」

「いいわよ。」

ソルはのぞき窓を開けた。

「あらっ!覗けるようになってるなんて、いやだわ!」

「ちゃんと、ことわったぞ!」

 「あぁ、しっかり躾てあるのね。それで、何?」

「シツケてあるって、オレはペットじゃないぞ!」

「違うの?」

「違う!それよりオマエ、剣士になりたいのか?女はあまり剣士にならないんじゃないのか?」

 「確かに女で剣士になりたがる人はあまりいない。でも、私はなりたいの!実際、あんたは女剣士に飼われているじゃない。」

「オレはフローラに飼われてない!」思わず胸前で拳を作ったが、あっちからは見えていない事に気づいて、腕をおろした。「いや、だから、その話じゃなくて。」自分にいいきかせた。

改めて女の子を見た。「猪人を殺したいのか。」

女の子はきょとんとして。「猪人?そうねぇ。猪人をやっつけたら、カッコイイわよねぇ。いいわね、それ。」にんまりした。姿を想像しているらしい。

「猪人が憎いんじゃないのか?」

「うーん。憎いって程じゃないわね。悪いヤツは、やっつけないと。」

「剣士になって悪いヤツをやっつけたいのか?」

「そうね!ステキだわ!」

「あぁ、カッコイイよな。」

二人はにんまりしあった。


 フローラが部屋へ戻ってきた。

「おかえりなさい。」女の子が出迎えた。

フローラは難しい顔をしてから、真顔に戻した。「初めまして。私はフローラ。あっちは相棒のソル。」

「初めまして。私、オリビアです。」ちょこっと会釈した。

「フローラ、オレがペットじゃないって言ってくれよ。ずーっと動物扱いなんだ。」

フローラはソルからオリビアに顔を戻した。「便宜上、私の物っていう事になっているけれど。ソルは相棒で、対等の関係なの。」

「対等?あぁ、だから、ここの鍵を持っているのね。でも、人間の方が偉いでしょう?」

「別に偉くないわ。私の方が年上ってだけ。」

「ふーん。」

 「ところで、オリビアは剣士になりたいの?」

「はいっ。」

「どうして?」

「かっこよく、素敵だからです!」

「悪いヤツをやっつけるとカッコイイって、二人で話してたんだ。」ソルが口を挟んだ。

フローラが額を押さえた。なんかマズイ事を言っただろうか。

フローラは手をおろした。「とりあえず座りましょ。」ソルはそのまま待った。

 「オリビアは何歳?」

「10歳です。」

「そう。ご両親はどう言ってるの?」

「まだ言ってません。さっき決めたので。」

「さっき、決めたの?」

「昨日の女剣士さんとの対決を見た時にステキだって思って。さっき自分もなるって決めたんです。」

 フローラが難しい顔をして考えこんだ。

「女が剣士になるのは男よりも難しいのよ。」

「はい。でも、がんばれば、なれるんでしょう?」

「そうね。」

「何にもしないうちに諦めるのはよくないって、父さんも言っていたわ。」

フローラはさらにしばらく考えこんだ。

 「では、こうしましょう。私達がこの村にいる間、剣士になるにはどれだけの事をする必要があるのかをオリビアに知ってもらう。その上で本当に剣士になるかを決める。どう?」

「はいっ。お願いします。」

「途中でやめてもいいから。」

「そんな気はありません。」オリビアは力を込めて言った。

 「じゃあ、ご両親にお願いしてみましょう。ご両親が良いと言わなかったら、この話はなし。」

「すぐ諦めるなって言ったのは父さんだから、大丈夫よ。」

フローラはソルに向かって「これから、ご両親に会ってくる。ソルはゼンと遊んでいて。」

「わかった。」


 フローラはオリビアを連れて夕食前に戻ってきた。

「今日はこっちに泊めるのか?」フローラへたずねた。

「この村にいる間、私と一緒に暮らしてもらう。ずっと一緒にいられない時もあるから、その際はソルにお願いできないかしら。」

「いいぞ。ゼンやレンと同じでいいんだろ?」

「剣を教える手伝いもして欲しいの。小さい子に剣を教えた事はあるんでしょ?」

「あぁ。猪人の剣ならあるぞ。」

「私は人間よ!本当にソルから教わるんですか?」オリビアがすがるようにフローラに訴えた。

「ソルは人間の剣も知ってるから大丈夫。」オリビアに言いきかせてから、ソルを見た。

「あぁ。知ってる。」ソルはうなずいた。

「えー、でもぉ。」オリビアは不満そうだ。

 「ソルにも手伝ってもらうと言ったはず。ご両親もOKしてくれたわ。」

「ソルが私を襲う事はないと言ったからよ。」

「オマエがオレを襲わないなら、オレもオマエを襲わない。」

「私があんたを襲うわけないでしょ!?無理よ。」

「オマエ、剣を習うんだろ?昼寝してる時にでも襲われたら死ぬ。」

「そんな卑怯な事しないわよ!」

「じゃ、オレを襲わないんだな?」

「襲わない。」

「それなら、オレもオマエを襲わない。」ソルは手を差し出した。オリビアはしばらくためらっていたが、ソルと握手した。

「夕食時にキャラバンの皆に紹介するわ。」


 翌朝、日課のトレーニングを終えると、フローラは朝食の準備へと急いで行った。

「剣士なのに朝食の準備もするなんて、大変ねぇ。」オリビアが関心したように言った。

「フローラはハナヨメ修行中なんだ。」ソルは普段、ゼンが使っているチャンバラ用の木刀を渡しながら教えた。

「花嫁修業!?」

「あぁ、母さんになるには修行が必要なんだってな。オレはゼンゼン知らなかった。」

「・・・確かにそうかも。ところで、本物の剣で教えてよ。フローラさんの使えるでしょ?」

オリビアはまだ師匠とは呼ぶなといわれている。

 「オマエ、ナイフは使えるか?」

「いいえ、ちゃんと持った事もない。」

「じゃ、本物の剣は持たせられないな。ケガするぞ。」

「ナイフが使えないと、いけないの?」

「そうだ。料理くらいはできないと。」

「えっ、あんた、料理できるの!?」

「できる。捕った獲物を料理できないと、一人前にはなれない。」

「それは、猪人の話よね?」

「そうだ。」

「よかった。」オリビアはかなりほっとしたようだ。


 「木刀でいいから、握り方と振り方教えて。」

「かなり順番をとばしているが、ゼンにも教えたからな。」

ソルは説明を始めた。

 そのゼンが様子を見にやってきた。「やぁ、どんな様子?」

「やっと木刀が振れるようになったところだ。チャンバラをやってみるか?」

「やってみる?」ゼンはオリビアに訊いた。

「うん、やりたい!」

 ソルはゼンに自分用の木刀を持たせた。「いつもより、大きく重いからな。加減に気をつけろ。」

「うん、ケガさせないようにね。そっちも気をつけてよ。」ゼンはオリビアが信用できないようだ。

「わかってるわ。」

 二人が暫く打ち合わせていると、熱が入ってきた。

「えいっ。」ゼンが力の入った一撃をくりだした。

ガキッ「きゃあ!」オリビアは受け切れず、剣を落としてしまった。

「痛ったぁ。」オリビアが手を押さえた。

「だいじょぶ?剣をしっかり握っていないと。」ゼンが覗き込んだ。

「しっかり握ってたけど、おさえられなかったのよ。」少し身を引きつつ答えた。

 「チャンバラはやめて、押し合いをしてみろ。」ソルが二人へ言った。

「どうやるの?」ゼンが訊いた。

ソルは二人を向き合わせて立たせて、お互いの剣を体の前で交差させた。

「相手を押して、引いた方が負けだ。」

「わかった。用意はいい?」

「いいわ。」

「よし、始め!」

しばらく押し合っていると、二人はうなり声を出し始めた。

オリビアが足を引き、ゼンが勝った。

あと2戦したが、わりとすぐにゼンが勝った。


 「年下に負けるのは女だから、しかたないか?」ソルは自問した。

「ゼンの方が長く教わってるんだから、当たり前でしょ!」オリビアが睨んだ。

「ゼンは剣士にならないから、剣は教えてないぞ。」

「チャンバラくらいだよ。」

「剣士にならないの!?」

「うん、剣士になりたいとは思わない。」

「つまり、私は普通の男の子に勝てないのね。」オリビアはがっかりしたようだった。

「これから少しづつ強くなればいいんだ。フローラも10歳から初めて、最前線に出て戦うのに8年かかったと言ってたぞ。」

「そうなの!?そうよね今日、始めたばかりだもんね。」

「そうそう、がんばって。」ゼンもはげました。


 「皆で何してるの?」レンがやってきた。

「二人にチャンバラをやらせてたんだが、レンと一緒に追いかけっこしようか。」とソル。

「うん、やるやるー。」レンは喜んだ。

「剣の練習じゃなくて、遊びじゃない!」オリビアは怒ったようだ。

「オマエは敵を捕まえるつもりで走れ。逆にオレ達に捕まったら、やられると思えよ。」ソルは言い聞かせた。

「今までそんなつもりで、俺達と追いかけっこしてたの?」ゼンが驚いた。

「猪人の子は遊びながら体を鍛えていくんだ。」

「ソルは面倒見の良いアニキなんだね。」

「そうか?でも、弟分達の面倒は誰もがやる事だ。」

オリビアはゼンよりも足が遅く、長く走り続けられなかった。


 「皆で体力比べをしよう。」ソルが言い出した。

「どうするの?」オリビアがきいた。

「腕立てとか腹筋とか何回できるかを競うんだ。」

「うん、やろー!」レンが腕をふりあげた。

 オリビアはゼンよりできなかった。

「毎日やってると、もっとできるようになるよ。」ゼンが気落ちしているオリビアに言った。

「うん、なるなるー。」

「なるなるって、さっき教えてないって言ったじゃない!」オリビアがソルに怒った。

「剣は教えてないぞ。何をするにしても体力は必要だから、体を軽く鍛えるのはかまわないと言われた。」

「ゼンはともかく、レンは女の子じゃない。」

「楽器を鳴らすのも体力勝負とレンの母さんが言ってたぞ。」

「そうなのね・・・。」

「これも、少しづつ増やしていけばいいんだ。」


 フローラがやってきた。「オリビアはどんな感じ?」

「3才になったばかりの子くらいだな。」

「3才!?」

「猪人の、という事よ。」

 「オレも3才半くらいと言われた。ソルと同い歳なのにさ。」ゼンは不満げに言った。

「ちょっと、同い歳って、ソルは何歳なの?」

「人間だと18歳くらいだ。」

「ホントは9歳なんだ。猪人は人間の倍の早さで成長するんだって。」とゼン。

「私より年下!?」

 「そうだ、勉強を教えてくれよ。人間の方が賢いだろ。」

「えー、勉強はあまり得意じゃないなぁ。」

「それなら後で、ゼンと一緒に教わりに行くか?」

「一人前の剣士なのに勉強してるの!?」

「勉強もできたほうがカッコいいじゃないか。」

「カッコいい!?」

「ソルの剣の先生は勉強もできた人で、自分も勉強したいそうよ。」フローラがフォローした。

「剣も勉強もできるなんて、すごいなぁ。」オリビアは驚いた様子だ。

「そうだろ?」ソルがうなずいた。

「私は剣だけでいいわ。」オリビアは、とんでもないという表情で頭を振った。

「そう言わずに、二人が勉強しているところを見学しておきなさい。無理すると体を壊すから。あせらずに。」

「はい。」

「もうすぐ、午前の出し物をするから、動きを見ておいて。」

「はいっ。」オリビアが喜んだ。


 フローラとソルの午前の出し物が終わった。

「私は昼食の用意に行くから、後はソルにお願いね。」フローラは走り去った。

「花嫁修行って大変なのねぇ。」

「オレもそう思う。」

「ところで今の、フローラさんがあまり活躍してなかったわね。」

「午後は女剣士の本領発揮って言ったじゃないか。」ゼンが答えた。

「そっか、内容が違うのね。」



 午後の公演が終わった。

「やっぱり私、フローラさんみたいになりたい。」オリビアは興奮していた。

「見慣れたけど、やっぱりスゴイよな。」ゼンも関心していた。

 見物していた男が進み出てきた。「その猪人は手を抜いてるんだろう!」

ソルが言い返そうとしたところをフローラに手で制された。

「私が相手するから、ソルは部屋へ戻って。」

ソルはフローラに頷いて、部屋に閉じこもった。

 と、ドアが激しくたたかれた。ドアの外にはオリビアがいた。

「アンタ、何をしてんのよ!フローラさんが困っているのに。」

「オレは人間どうしのケンカに加わっちゃいけないんだ。」

「そりゃ、アンタは猪人だけど、フローラさんは相棒でしょ!あんなヤツ、アンタなら一発でやっつけられるでしょ!」

「たぶん一発で殺せるだろうな。」

オリビアはひきつった。

 「殺せと言ってんじゃないわ。アンタなら軽く殴るだけで、黙らせられるでしょ。」

「以前、脅しただけで役人を引き連れてきたヤツがいた。もう、キャラバンの皆に迷惑はかけられない。客を叩いたら俺の負けだ。騒ぎがおさまったら呼びにきてくれ。」ソルは扉をしめた。

「そんな、強いのに・・・。」オリビアはドアの前で固まっていたが、気を取り直してフローラの元へ駆けた。


 しばらくしてから再度、今度は軽く扉がたたかれた。外にはフローラがいた。

「ガマンしてくれて、ありがとう。助かったわ。」

「一緒に相手ができなくて、すまない。」ソルは頭をさげた。

フローラは手を振りながら答えた。

「あんなのソルが出てくるまでもないヤツよ。」

ソルはにっこりして顔をあげた。

「そうだな。フローラより強いヤツは、そうそういないよな。」

「気になる言い方ね。実際そうだけど。」

「そうそう。」

「もう。」フローラがソルを軽くはたいた。


 「すごく仲が良いのね。」離れて様子を見ていたオリビアがゼンに言った。

「えっ。あぁ。やっぱり、そう見える?」

「誰でもそう見えるでしょ。」

「二人共、お互いを大切にしてるんだ。」

「獣人使いはそれくらいじゃないといけないのね。」

「そう、だね。」ゼンは歯切れ悪かった。


 「オリビアは実剣を持ちたいんだろ?だったら、フローラを手伝ってきたらどうだ?」ソルはフローラを指して言った。

「料理の手伝いをするの?」

「そうだ。ナイフが使えなければ、実剣は持たせられない。」

「やるわっ。」

「とりあえず、包丁から始めましょ。ナイフは包丁が使えるようになってからでいいわ。」フローラがあわてて言った。


 オリビアが戻ってきた。

「だいぶケガをしたな。」ソルがオリビアの指を見ながら言った。

「うん。ナイフじゃなくて良かったわ。」

「料理は楽しいだろ?」

「とても楽しかった。このサラダ食べてよ。野菜をきざんだりしたのよ。」

「うまく切れてるな。」

「それくらいは簡単よ。」

「オレが初めて切った時は端が繋がってた。」

「あら、意外に不器用ね。」

「ナイフの使い方が、まだまだだったからな。」

「・・・。そのうちナイフでもうまく切れるようになるから。」

「そうだな。」



 ゼン、レンと四人で遊びながら運動した。

「だいぶ汗をかいたな。皆で水浴びに行くか。」

「うん、いくー!」

「そうしよう。」

「私はフローラさんと行くから。」とオリビア。

「レンと一緒にオレ達と来ればいいじゃないか。」ソルは不思議に思った。

「行かないわよ。やらしい。」

「やらしいってオマエ、子供なんだろ?」

「子供だけど、小さい子じゃないんだから!」

「小さいじゃないか。」

 「自分で自分の事ができると、女の子は男とは水浴びしなくなるんだよ。」

ゼンがあわてて遮った。

「へぇ、そうなんだ。」ソルは関心した。

「へぇ、ってなんでわからないのよ。」オリビアは不思議そうだ。

「ソルの村には大人の女の人しかいなかったから、女の子の事は全然わからないんだって。」とゼン。

「困ったものね。」オリビアは顔をしかめた。


 体験最終日が終わった。

「どう?剣士になりたい?他にしたい事ができたんじゃない?」

夕食後、フローラがオリビアに訪ねた。

「あの・・・。剣士よりも料理の方が楽しい。料理をもっとしたいです。」

「料理人になるにも修行が必要なんだぞ。友達がガンバってたのを知ってるからな。」ソルが言った。

「うん。まずは母さんの手伝いから初めてみる。」


 「おいしい料理を作ってね。姉弟で応援してるわ。」

「弟さんがいたんですか?」

「ここにいるぞ。フローラとオレは同じ母さんから産まれたんだ。」ソルが答えた。

「猪人が弟!?・・・だからあんなに仲が良いのね。」

「又、バレてたのか!?」ソルは唖然とした。

「かなりいいセンまでいってたよ。」ゼンが笑って言った。


 「人間はいろいろ試せて良いよな。」ソルは頷きつつ言った。

「そうだね。オレもオリビアみたいに実際に試してみないとね。」とゼン。

「何を試したいの?」オリビアはゼンに首を傾けた。

「まだ決めれてないんだ。」

「急がなくても大丈夫だろ。人間には時間がある。」

「うん。そうだね。」

 「ソルは見せ物師になりたかったの?」オリビアはソルに向き直った。

「いや。ここはいごこちがいいし、勉強もできる。目的も果たせる。」

「目的って?」

「いろんな人に出会う事よ。ここではオリビアと出会えたわ。」フローラが遮った。

「友達になってくれ。」ソルが手を差し出した。

「うん。とっくに友達よ。」オリビアが手を握った。

二人は微笑みあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ