3.旅立ち
・訪問者 ソル
ガン。・・・ガンッ。ソルは広場でフローラと剣を撃ち合わせていた。危ないからだめだと言ったが、お互い体がナマらない程度で良いからと押し切られてしまった。でも、この程度ならホンキにならずにカルイ気持ちで済みそうだ。
フローラと暮らし初めて、まだ三日目。いろいろとルールを決めて、どうにかやれている。アイツは何ともないように見えるが、オレはまだドギマギしている。
「猪人から離れろ!」突然、声がかかった。フローラの後方から、軽装備の剣士が抜刀して突っ込んでくる。フローラが驚いて振り返った。ソルも驚いた。なんだ?アイツは?向かって来るからには止めないと。
「やめて!!これは私の弟なの!」フローラが叫んだ。
「何!?」
剣士へ向けて力を込め剣を振り下ろす。ガチーン。受け止められた。いい音だ、手応えを感じる。
「く!」相手は調子を狂わされたらしい。間髪入れず数回、打ち込む。イイ腕だ。細身の人間だからといって気を抜いていい相手じゃない。ヘタするとコイツに殺される。いけない、フローラに話をしなければ!それまでは死ねない!
ガチーン。再度、剣が打ちあわされた。
「フローラ!母さんがオレを産んで喜んだと言ったのは嘘だ!だからオレの事は・・・気にするな!」より力を込めて剣を打ち下ろした。ガチーン!!
「今更なんで、そんな事言うのよ!私はもう信じちゃったんだから!!」フローラが叫んだ。ソルは戦士からとびすさり、剣を脇へ投げ捨て、フローラの元へ急いだ。
・二つの真実 -ソル
泣出しそうなフローラの正面に少し距離をとって膝をついた。
「フローラ、落ち着いてオレの話を聞け。」手を延ばしながら話しかける。
「君達は本当に姉弟なのか?」二人と等距離をとって立った剣士が訊いてきた。
ソルは剣士の方を向いた。剣は降ろされている。すぐフローラの方に向き直って言った。
「オマエに真実を話す。」
「真実?どうして?前の時に、嘘をついているようには思えなかった。母さんを自慢してた。だから信じたのに。」フローラが言った。
「オマエが逃がしてくれてから、オレはオヤジさんの話を思い出した。」
「猪人が子作りの時に出す汁の臭いは人間の心を狂わせる。嗅いだ女は相手が猪人でも子作りしないではいられなくなる。
だから、まず臭いをたっぷり嗅がせて、女をその気にさせろ。臭いの効果は一晩かぎりだが次の時に又、嗅がせれば良い。
女達は皆で回している。大人になると順番が来るから、楽しみに待っているがいい。」
左手を持ち上げながら「母さんは何度も子作りを拒んだが、オレを産んだ時には泣いて喜んで名前と乳をくれたそうだ。」前回と同様の説明をもう一度言った。
左手をおろして、右手を持ち上げた。「臭いを嗅いで心を狂わされたからオレを産んだんだ。」
「母さんは力ずくで産まされたのだと思ってた。」フローラが青さめた顔をして言った。
「オヤジさんはこう続けた。」
「子供を産んだ女は又、猪人と嫌々、子作りをしなくてはならない。だから、女が長生きすることはない。二人産めば良いほうだ。」
ソルは両手を地におろして、うなだれた。
「母さんは長生きできなかった。だからオレには弟がいないんだ。」
「母さん・・・。」フローラの目からボロボロと涙がこぼれた。
・許し ソル
「オヤジさん達はお前の父さんを殺し。専用妻を連れ去り、匂いを使ってオレを産ませた。だからオマエはオレが嫌いだっんだろ?」
「お前はおぞましい存在だった。」フローラは俯いてつぶやいた。
「オレならオヤジさんを殺され、妻を連れ去られたら許さない。そんなヤツ殺すだろ?」
ソルはフローラの剣を指さした。
「両親のカタキ。」フローラはつぶやいて、そろそろと剣をとった。
「黙っていてもよかったのに、どうして話したの。」
「アイツに殺される前に話さないといけないと思った。」ソルは横にいる剣士を指さして言った。
「おととい私に殺されたら話さずに死んだのね。」
「そうだ。」
「私の真実とお前の真実。私の真実って・・・?」フローラはしばらく考えこんだ。
「お前は私を許せるの?」
「逃がしてくれる時に言っただろ?敵とかカタキとか妻と思おうとした。でも、オレの姉さんだと思ってしまうんだ。姉さんは殺せない。」
「・・・解った。両手を上にあげなさい。」フローラは立って、腰だめに剣を構えた。
ソルは両手をあげた。
フローラが剣を構えなおしてキッと睨みつけたと思うと、突っ込んできた。
これで終わりか。とソルは思った。フローラの目を凝視した。フローラの体がぶつかった。フローラの左腕が背中に回された。なぜか、涙があふれた。覚悟していたはずなのに・・・。
・・・!?今回も痛くない??ゆっくり顔を回してフローラの方を向く。
「フローラ?」ソルが声をかけた。
「最初、お前がおぞましかった。だけど、母さんを自慢し、私を姉として情けをかけてきた。私の村で吊されたお前を降ろした時、自分がどうしたいのか、まだわからなかった。私を逃がした理由と、名前の由来を聞いたら、どうやら母さんが産んだ弟らしいと納得してしまったのよ。だから逃がした。」
「数日前もお前を殺す気にはなれなかったし、お前も私を殺さなかった。あの時、お互い許し合ったから今更、殺せない。」
「オレは生きてていいのか?」
「許す。一生つきあう。」
「ありがとう。姉さん。」ソルはフローラを抱きしめた。一旦、目をとじてから、改めて剣士の方を向いた。
「俺を殺すか?」
「抱き合ってちゃ切れないよ。それに、お姉さんに怨まれちまう。」剣士は苦笑しつつ刀を納めた。
「二人の名前の由来を教えてもらえないかな。あと、近くに家があるんだったら、招待していただけるとありがたい。」
・思慕 ソル
剣士はサガと名乗り、二人の出会いから今までの事と猪人の生活についてあれこれ聞かれた。
「なぁ、コイツ、猪人にしては、かなり賢くないか?」とサガがソルを指差してフローラに言った。
「えぇ、そうね。理屈っぽいヤツだと思う。」フローラが答えた。
「それは、母さんの血のおかげだ。長老も知恵を借りる程だったそうだ。」
ソルはサガの方からフローラに向いて言った。
「ええ。父さんも頼りにしていたし、村の人達が相談に来る程だったわ。」とフローラ。
「今度もっと母さんの事を教えてくれ。」
「そっちもね。ソルは母さんが大好きなのね。」
「好きだ。母さんはどうだったかは解らない。」ソルはうなだれた。
「ソル。わかった事があるの。」
「何だ?」
「母さんはソルを産んだのが嬉しくて泣いたのよ。」
「どうしてわかる。」ソルは疑わしく思った。
「私には人間の弟がいるはずだった。」
「オレの兄さんって事か?」もちろん知るはずもない。
「そう。でも、産まれた時には死んでたそうよ。以後、母さんは子供を産むのが怖くなってしまったと言っていた。だから、私には妹弟がいないのだと。」
「でも、母さんはオレを産んだ。」
「そう、元気な男の子を産む事ができて喜んだと思うのよ。それが猪人でも。だから名前もつけた。」
「そうか、よかった。」ソルは喜んだ。
「この話はオレ達の間ではいい話として皆知ってるんだ。」
「数ある母さんの話のうちの一つなのね。」
「そうだ。」二人は微笑みあった。
「仲の良い姉弟だ。」サガが微笑んで言った。
・旅の始まり ソル
「ところで君達、旅にでたらどうだろう。」サガが提案してきた。
「どこへ?なんで?」フローラが訊ねた。
「二人で?」とソル。
「ここで引きこもっていても腐るだけだぞ。二人で嫁探しをするんだ。まずは猪人の女を探してみて、その途中でソルでもよいという人間の女がいれば、そこがゴール。どうだ?」
「人間と猪人がいっしょに旅ができるか?」とソル。
「・・・悪くないかも。」とフローラ。
「そうだろ?村中ではソルに手枷をして、フローラが引き歩けば良い。」とサガ。
「道中の夜は声が届く範囲で離れて寝れば良い。」とフローラ。
「オマエが旅に行く必要はない。」とソル
「私も一緒に婿探しをすれば良い。」
ダメだ。これは言い負かされる。ソルはすぐに降参した。
「わかった。旅に出よう。」
翌日、近くの村で旅に必要な物を揃えた。
幅広の革の剣帯。左肩から右わき腹へ穴あきリベットが並んでつけられている革帯。
左肩に革鎧、内側に厚手のクッション。
特にソル用の手枷は仕掛けのあるものを数日かけて作ってもらうことにした。
ソルが普段、森で世話になっている商人の家を訪ね、フローラに命乞いをされるという一幕もあった。
「だいぶお金をだしてもらっちゃったわね。」フローラがサガに言った。
「こちらが持ちかけた事だからな。」
「必ず返しに行く。いつになるかは、わからないけど。」
「別に待ってないから。じゃ、幸運を祈る。」サガは彼の旅を再開した。
数日後、手枷を受け取った姉弟は旅へと出発した。