2-4.料理対決
・決闘 ソル
今日の出し物が終わった。ゼンが観客から金を集めている。まずまずの集まりのようだ。
「おい!お前!僕と勝負しろ!!」観客から数歩前へ出てきた男の子がソルへ叫んだ。
男の子をじっと見ると、小太りで剣士のようには見えない。
「オマエ、剣士なのか?」
「違う!でも、お前を許すわけにはいかない!」
ソルは以前会った覚えがなかった。
「オレがオマエに何をしたんだ?」
「僕の父さんと母さんは猪人に殺されたんだ!!」
「え。」ソルは目を見開いて、動きを止めた。
フローラと同じ!?
「そうなのか?」
「そうだ!だから、僕はお前を殺す!!」
ソルは相手を凝視した。オレはコイツに殺されないといけないのか?
「ソル。」フローラから声をかけられた。
ソルは振り返ってフローラを見た。いや、オレは死ぬわけにはいかない。
「今、決闘を申し込まれたんだ。」
「決闘!?どうして?!」
「猪人は許しておけないそうだ。」
「え。」フローラは少年を見た。
「オマエ、名前は?剣が使えるんだろうな?」ソルがあらためて少年にたずねた。
「シュウだ。剣は使えない!でも、お前を許さない!!」
「おい、剣が使えなくてどうするんだよ。」ソルはあきれた。
「でも、どうしても許せないんだ!」かなり思いこんでいるようだ。
「あのなぁ。」ソルは片手を顔にあてた。
「負けたら死ぬんだぞ、オマエ。わかってんのか?」
「でも!でも!!」シュウは目をつぶって両手を握りしめ、歯をくいしばった。
ソルとフローラはその様子をじっと見つめていた。
「わかった。相手をしてやる。ただし、フローラに腕試しをしてもらって、フローラがオレと戦っても良いと言ったらだ。」ソルがシュウに答えた。
少年は顔をあげた。「そんな!お前より女剣士の方が強いじゃないか!」
「フローラと互角の戦いができないと、オレには勝てないぞ。」
「ソルとフローラは同じくらいの強さなんだ。」集金を終えたゼンがシュウに話した。
「だったら、女剣士とじゃなくて、直接、お前と戦ってもいいじゃないか!」
「オレが観客にケガさせるわけにはいないんだよ。出し物をさせてもらえなくなってしまう。」
「出し物の事を考えてる場合じゃないだろ!」
「フローラと戦わないなら、フローラに放り出してもらう。」
「わかった。やるよ。剣を貸してくれ。」
「フローラから借りろ。フローラはオレの剣を使ってもらう。見てのとおり、こっちのほうが重いからな。」
二人はそれぞれ剣を持った。
「オレはオマエの技を見ないように一度、檻に戻ってくるからな。」
ソルは自分のベッドの下にしまってあった木刀を持って戻った。
シュウは座りこんでうなだれていた。
ゼンに低めの声で聞いてみた。「どうだった?」
「全然、話にならない。ド素人だ。」ゼンは呆れたように答えた。
シュウの前のフローラも首を振っている。
「やっぱりなぁ。おい。これでだったら勝負してやるぞ。」ソルはシュウに木刀を差し出した。
「それ、俺とのチャンバラ用じゃないか。」ゼンがソルに言った。
「これなら、ケガしなくて済むだろ?」
「あいつ、俺より弱そうだぜ?」ゼンがシュウを指して言った。
「やめとくか??」再度、シュウに言った。
「・・・やる。」
二人は向き合って木剣を合わせた。
「よし、打ち込んできてみろ。」ソルが指示した。
ソルはシュウの剣を簡単に受けた。ボグッ、ボグッ。鈍い音がした。
「もっと力を入れろ!弱すぎる!」
「くそっ!」
「足を踏ん張って、腕だけじゃなく、体も使え!」
しばらく様子をみていたゼンがフローラに言った。
「あれ。試合じゃなくて、ソルがアイツに剣を教えてるよね?」
「そうね。彼にはあれで丁度いいわ。」フローラが微笑いながら答えた。
シュウが疲れてきたところで、ソルはシュウの剣をはじいて、頭に木刀を振った。
「うわっ!」シュウが目を閉じた。
しばらくして、シュウが目をおそるおそる開けると、木刀が頭を叩く寸前で止まっていた。
シュウはへなへなと座り込んでしまった。
「思いっきり叩けば死ぬぞ。剣も握ったこともない子供が決闘なんかするなよ。」
ソルは諭すように言った。
「僕は子供じゃない!見習いだけど、料理人だ!!」涙目でシュウが訴えた。
「見習いって、子供じゃないのか?」フローラに尋ねた。
「微妙なところね。」フローラが笑って答えた。
「ふーん。だったら、料理で勝負してもいいぞ。」
「料理で勝負!?」全員が驚いた。
「明後日の夕方、オレが狩りでとってきた獲物を料理するのはどうだ。オマエの師匠に腕の善し悪しをきめてもらってもいいぞ。」
「お前こそ、料理ができるんだろうな?」シュウが疑わしそうにきいた。
「猪人の子は獲物が料理できないと、泊まりがけの狩りに連れて行ってもらえないんだぞ。なっ。」ソルはゼンに向いて言った。
「ソルの料理はキャラバンで評判だよ。ソルが狩りに行くと皆、楽しみにしてる。」
ゼンがにこやかに答えた。
「・・・。僕が勝ったら、どうするんだ?」シュウが低い声でソルにきいた。
「そうだなぁ。次の日の獲物を全部オマエにやる。」
「穫れませんでしたで済ませるんじゃないだろうな?」シュウが睨みながら言った。
「ソルは狩りがうまいから、それはないと思うよ。」ゼンが横から口をはさんだ。
「僕が負けたら?」シュウはゼンからソルへ視線を戻した。
「キャラバンの皆にごちそうを作ってもらおうかな。」
「いいだろう。自分の料理に使う材料は用意する。」シュウがソルを再度、睨みつけた。
「料理はフローラと勝負しなくていいからな。フローラの方が相手にならないから。」
バシッ。フローラがソルの腕を叩いた。「余計な事は言わなくていいの!」
「なんだよ。ホントの事だろ。」
「ホントでも言わなくていい事もあるのよ!」
「そりゃ、すまなかったな。オレが勝ったら、オマエに料理を教えてもらった方がよかったか?」
「いらないわよ!ちゃんとキャラバンのお母さん達から教わってるから。」
「そのうち、オレに夕食を作ってくれるんだろうな?」
「作るわよ!楽しみにしてらっしゃい。」
「うん、そうするよ。」ソルがにっこり答えた。
二人の様子を見ていたシュウが唖然として言った。「あの人。猪人とケンカしてる。」
「最近やっとケンカできるようになったんだって。」ゼンがシュウに告げた。
「最近できるようになった?」
「うん。特にソルのほうが、フローラに嫌われてしまわないか怖くてできなかったって。」
「猪人の方が怖い?」
フローラと言い合いを終えたソルはシュウに声をかけた。
「じゃ、明後日のこの時間にここへ来いよ。」
「よし、明後日、また来る。」シュウは走り去った。
ソルはずっとシュウを見送っていた。
・出し物 ソル
対戦の前にフローラの馬車にシュウとその師匠が挨拶に来た。
「トミーといいます。今回、シュウがご面倒をおかけしまして。」
「いえ、面倒だなんて。こちらこそ、ソルが無茶なお願いをしてすみません。」
檻への窓が開いて、ソルが声をかけてきた。
「よう、シュウ。来たな。垂れ幕とかあって出し物になってしまってスマン。
ここには何でも出し物にしたがるヤツがいるんだよ!あと、観客から金はとらないから、小遣いにはならないぞ。」ソルの声には困った様子がにじんでいる。
「真剣な勝負なんだから、お金なんかとられたら困るよ。どうせ、野次馬には囲まれるだろ。変わんないよ。」
「オレと同じ考えだ!よかった。」ソルは嬉しそうだ。
「何がよかったんだよ。」シュウがぼそっと言った。
「じゃ、さっそく、獲物を見てくれ。」
「今回はウサギが穫れたんだ!鳥もあるぞ!野菜もあれこれ採ってきた!」
ソルは獲物を自慢げに見せた。
「僕は卵だけで、肉は使わない。野菜は使いたいものがあれば、使わせてもらう。」
「え、肉を使わないのか!?がんばって穫ったんだけどな。」シュウはにがにがしく言った。
「僕はまだ、肉料理はやらせてもらえないんだよ。だから、卵だけで。」
「そうか。じゃ、しかたないな。」ソルは本気でがっかりした。
「もちろん、そっちは使っていい。」
「せっかく穫ったんだから、そうするよ。」ソルは気をとりなおした。
ソルはサラダ、鳥のスープ、ウサギの香草焼きを作った。
シュウはオムレツに野菜を添えただけだった。
ソルはシュウのオムレツを食べてみた。
「へぇ!卵ってこんな、上品に焼けるものだったんだな。」
シュウもソルの料理を食べてみた。
「おいしい。香ばしく焼いた肉に、あっさりしたスープが合う。野菜もいろいろ、とりまぜてある。」
「それで、お師匠はどうなんだ?」ソルはトミーに判定を即した。
「ソルさんの料理はスープ、サラダと揃っていて、猟師料理としてすばらしいです。」
ソルはにっこりした。
「シュウはオムレツと付け合わせの野菜だけですが、これなら店に出しても良いできです。」
「ほんとですか。」シュウは感激しているようだった。
「あぁ、本当だ。よくできた。」シュウに向かってうなずいてみせた。
「オレのは店には出せないのか?」ソルが疑問に思ってきいた。
「店に出すには、何といいますか、荒っぽいですね。家庭料理には良いと思います。」
トミーはおだやかに答えた。
「客に出せないんじゃ勝負にならないな。オレの負けだ。」ソルは残念に思った。
内容では勝ってると思うのに。
フローラとキャラバンの数人がそれぞれの料理を試食した。
「ソルのは、いつものとおり、おいしいよ。」ゼンがソルに言った。
「そうか。よかった。シュウの料理はどうだ?」
「母さんが作るオムレツとは別のものみたいだ。こんなの今まで食べた事がない。」
ソルはうなずいた「そうだな。オレも初めてだよ。」
皆、同様の感想を言って終了となった。
「明後日、店まで獲物を届けに行く。とりあえず、残りを持って行けよ。」
ソルはシュウに兎と鳥の肉を差し出した。
「だから、僕は使えないんだって。」
「オマエは使えなくても、師匠は使えるだろう。そんな事、言ったら店に獲物を持って行ってもしかたないじゃないか。」
「そうか。ありがとう。」
「おいおい、オマエは勝負に勝ったんだから、礼はいらない。」
「じゃ、ありがたくいただいてくよ。」
「・・・。オマエ、ホントにいいヤツだな。」ソルは少々あきれた。
シュウは顔を赤く染めて、頭をかいた。
・店 ソル
「よう、約束どおり獲物を持ってきたぞ。」
店の通用口から現れたシュウは、首にロープを繋がれ、手枷をはめているソルの姿に驚いた様子だった。
「オレはフローラに連れられないと、村には入れないんだよ。気にしないでくれ。」
ソルは苦笑いした。
「師匠が中に入って欲しいって。」
思わずフローラと顔を見合わせてしまう。「いいのか?」
「うん。ぜひ試食してもらいたいんだって。」
「試食?」ソルはフローラに続いて、店の中に案内された。
席についたソルはきょろきょろと辺りを見渡した。
「人間の店に入るのは久しぶりだ。」
「そうね。最近は入店させてもいいか聞きもしなかったわ。ごめんね。」
「あやまらなくて、いいよ。オレも忘れてたから。」
トミーが厨房からでてきた。
「先日のソルさんの料理がおいしかったので、自分なりにアレンジしてみたんです。
食べてみていただけませんか。」
「えっ、一回食べてみただけで、作れたのか!?」ソルは驚いた。
フローラも横で驚いた顔をしている。
「作っているところも見せていただきましたし、こんな感じかな、という物を作ってみました。できをみていただけないでしょうか。」
「さすが、師匠。食べてみたい。」
フローラもうなずいて。「ぜひ、お願いします。」
「では、首輪と手枷をはずしてもらってください。」
フローラが手枷をはずしている間に、シュウが料理を運んできた。
ソルは首輪をはずしながらたずねた。「オマエはもう試食したのか?」
「いや。師匠はソルさんが良いって言うまではって。」
「え、オレが!?」
「はい、ソルさんの料理が元ですから。」とトミー。
ソルは運ばれてきた料理を見た。
「わぁ。別モノみたいだな。上品に作られてる。ニオイもちよっと違うかな。」
「どうぞ、食べてみてください。」
ソルとフローラは料理を食べてみた。
「わ、味も上品な感じだな。」
「アクセントが弱められてるけど十分、刺激的な感じでおいしい。」
「どうでしょう。もう少し手を入れてから店で出させていただいても良いでしょうか。」とトミー。
ソルは驚いた。「えっ!人間の店で出すのか!?ジンが聞いたら驚くだろうなぁ。」
「ジンって?」フローラが聞いた。
「同じ歳の猪人だ。足の大けがで戦士を諦めて、料理人になったんだよ。
オレの料理はジンの味付けで、他のとは、ちょっとだけ違うんだ。」
「この料理はどうですか?」トミーが聞いた。
「ジンの味付けが元になっているけど、少し違ってる。師匠の料理として出していいんじゃないか?」
「ありがとうございます。」トミーが頭を下げた。
ソルはシュウがじっと見ているのに気がついた。
「なんだ?」
「友達に料理人がいるから、料理で勝負してくれたの?」
「違う。ホントは剣で勝負がしたかった。けど、マオエが剣を使えないから、勝負になりそうなもので勝負したんだ。」
「剣じゃなければ、勝負しないで終わりにしても良かったんじゃ?」
「それじゃ、オレもオマエもすっきりしないじゃないか。」
「でも、親切にされちゃったら憎めないじゃないか。」シュウは泣きそうな様子だった。
「私と同じだわ。」フローラが言った。ソルが驚いてフローラを見た。
「え?」シュウもフローラの方を向いた。
「私もソルに親切にされちゃったから、猪人を憎めなくなったの。」
ソルはシュウに語るフローラをじっと見ていた。
「フローラさんも、猪人が憎かったの?」
「両親が猪人に殺されたので、私は戦士になって、猪人を殺しまくったわ。
ある日、強い猪人が現れて私を捕虜にしてしまった。ソルは私を気の毒に思って、助けてくれたの。」
フローラはソルの方に微笑んだ。ソルが軽くうなずいた。
「それから、二人で仲良く旅をしてる。だから、人間には”獣人使い”でとおしているけど、実際には親友として対等のつき合いをしてる。首輪も枷も他人を安心させる為の飾りにすぎないの。」
「僕も両親を殺されて、復讐したかった。でも、剣士はお前には無理だって言われて、料理人を目指す事になったんだ。数日前にキャラバンで猪人が出し物をしているって聞いて、見に行ったら本当にいて、ゆるせなくなって・・・。」
「猪人を殺しまくっても、気持ちは収まらなかったわ。ソルが復讐を終わらせてくれたの。」
「猪人をたくさん殺しても、気持ちが収まらない?」
「そうよ。だから何回も戦場にでた。ソルが止めてくれなければ、ソルの村の最強の猪人に殺されて終ってた。」
「猪人との料理勝負は僕が勝った。・・・僕は料理を・・・。僕は料理をもっとうまく作りたい。」
「そうね。あなたの場合、料理を作る事が、ご両親を喜ばせるのではないかしら。」
フローラとトミーがうなずいた。
「ジンが元になった料理を人間に食べさせてやってくれ。」ソルがシュウへ言った。
「うん。」
ソルはフローラを見た。軽くうなずいた。
帰り道にソルがフローラへ言った。
「あの料理の作り方をフローラに教えてもらえば良かったかな?」
「私はまだ、人間の料理もできないから、猪人料理はまだ先よ。そのうち、ソルから教えてもらうわ。」
「そうか。ジンの味を作る人間が増えるな。」
二人は微笑みあった。