表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/43

2.再会

・商売人 コル


 コルは森の道をのんびりと歩いていた。

今日もいい取引ができた。来年には馬車で行き来したいものだ。そうすれば、こんな重い荷物を背負って歩くこともない。

 と、少し先の枝に鳥が数羽紐でぶら下がっているのが見えた。周りを見たが、誰もいない。手を伸ばした時、声がかかった。

「オマエの持つ物とそれを取り替えて欲しい。」

「誰だ!?」コルは声のしたほうを見た。草むらに隠れて見えない。

「姿は見せられない。その鳥を捕ったのはオレだ。」

「狩人か?顔に酷い傷でもあるのか?」

「顔にキズはあるけど・・・。」

「そうか、それで人前にはでられないんだな?何が欲しいんだ?」

「・・・柔らかい布が欲しい。」


 コルは背中の荷物を下ろして、ほどきはじめた。

「白い布ならあるぞ。」

「白は目立って良くない。紺とか黒がいい。」

「明後日、持ってきてやる。このくらいの時間にここらで良いか?」

「頼む。又、獲物をつりさげておく。」

「他に欲しい物は?」

「大きなタオルはあるか?」

「普通の大きさならあるんだがな。」

「二つくれ。大きなのも持ってきて欲しい。」

「いいだろう。」


 「オレには、その鳥がどれくらいの金に替えられるのか、わからない。足りるのか?」

「俺は獲物の売買はしたことないからなぁ。村で売って金に替えてきてやるよ。そうすりゃ、いろんな物が買えるだろ?」

「そうか、頼む。」

「俺はコル。お前は?」

「ソル。」

「それじゃ、狩人のソル、今後もよろしくな。」

「うん、よろしく。」

"うん"?声の様子からしても若者らしい。コルはひっかかるものがあったが、荷物をまとめ、鳥を持ってその場を去った。


・狩人の正体 コル


 三日後。コルは同じ場所に鳥三羽が吊り下がっているのに気がついた。

「ソル、頼まれた物を持ってきたぞ。」

「そこに置いてくれ。鳥は売れたか?」

「あぁ、これだけあれば、釣りがくるぞ。」

「釣りをくれるのか?」

「俺はまっとうな商売をする。今後もひいきにしてくれるだろ?」

「あぁ、オマエとしかしない。」


 その後、コルはソルの獲物を売っては金に換え、細々とした日常品を頼まれる。

という事が続いた。

「なぁ、ソル。そろそろ姿を見せてくれても、いいんじゃないか?」

「だめだ。オレを見たら、もう会ってくれない。」

「怪我くらいなら、そこまでならないと思うがなぁ。」

「まだ、見られたくない。」

「そうか、すまない。」


 次の取引の際には双方からその話はしなかった。

いつもはまっすぐに村へ向かうコルだったが、どうしても気になって、こっそり道を引き返すことにした。

遠目に見ると、品物がまだ道端に置かれたままになっている。と、茂みがガサゴソいって、誰かが道へ出てきた。猪人だ!コルは思わず口を押さえた。品物を拾い上げた猪人がこちらを向いて話しかけてきた。

「オレがなんで姿を見せられないか、わかっただろ?」


 ここにいるのがバレてる!コルは観念して道の真ん中へ進み出た。猪人は褌にブーツだけの丸腰のようだ。でも、自分を殺すには素手で十分だろう。

「この辺りに猪人はいなかったのに・・・。」

「うん。おかげでどっちにも見つからずにすんでる。」

「どっちにもって?。」

「人間にも猪人にもだ。オレが猪人とわかったところで、どうする?剣士を連れて来て殺すか?」

 「どうして今まで俺を襲わなかったんだ。」

「襲われなければ、襲わない。」

「襲われなければ襲わない、だと?」

「そうだ。それにオマエはオレに良くしてくれた。」

「良くした?まっとうな商売をしただけだ。」

「いくらでもダマせただろ?」

「それは俺のやりかたじゃない。」

 「相手が猪人でもいいのか?」

「お前、わざと姿を見せたな?そのまま隠れてても良かっただろうに。」

「本当の事を教えないと嫌われる。オマエは姿を見に引き返してきた。」

「・・・俺が悪かった。襲われなければ、襲わないんだな?」

「襲わない。」

「わかった。今後もお得意さまでいてくれ。猪人のソル。」

「うん。良かった。」ソルは下を向いた。ほっとしているらしい。


・人間の商人 ソル


 ソルは顔をあげた。すると、コルがこっちへ歩いて来るのが見えた。

「握手してくれ。」コルが手を出してきた。

ソルは驚いた。「オレが怖くないのか。」

「怖い・・かな。でも、ソルと会ったら必ず握手しようと決めていたんだ。」

ソルは手を差し出しながら聞いた。「なぜ?」

コルが握手しながら顔をじっと見てきた。

「顔の傷なんか気にすんなって言おうと思ってな。確かにキズがあるな。」

ソルは顔のキズに手をやった。「これは、勲章だったんだ。」

フローラとはもう会えない。ソルはしんみり考えた。

 「あぁ、かっこいいぞ。」コルがソルの全身を眺めまわした。

「俺から買った布は下着用だったのか。やわらかい布を欲しがるわけだ。」

「下着?あぁ、人間は何枚も着るんだったな。そう、茶色い毛皮に白は目立って困るんだよ。」

「納得だ。ところで、お前何歳だ?だいぶ若いようだが・・・。」

「8歳で大人になったばかりだ。」

「8歳?大人になったばかり??なるほどなぁ。」

ソルは憮然として「なんだよ。もう子供じゃないぞ。」

コルが笑って言った。「いや、すまん。時々、幼さっていうか、若さがにじみ出るんでな。」

「えっ、そうなのか?どこが??」ソルはおどおどしてしまった。

「ほっといても、じきに大人らしくなるって。気にするな。」

「うー。そう言われるとかえって気になる。」

「ははは。じゃ、又な。」コルはソルから数歩、歩いてから振り返った。

 「そういえば、どうして俺なんだ?他にも商売人は通るだろう?」

「オマエは決まった曜日、決まった時間に決まって大きな荷物を背負って通る。真面目な人間だ。」

コルは目をみはって驚いたようだった。

「人を見ていたんだな。姿を見せても大丈夫と思ったんだな?」

「そうだ。これは村で人間とやり取りしているオヤジから教わったんだ。」

「今度、その話を聞かせろよ。」

「あぁ、オレの家で話すよ。」

「家があるのか!」

「人間の木こりか狩人が使っていたものだと思う。」

「楽しみにしてるよ、じゃぁな。」今度こそコルは去って行った。

ソルはずっと見送っていた。


・迷い人 シン


 どしゃぶりの雨だった。ほんの数歩先しか見えない。シンは森の中で迷ってしまっていた。日が暮れてしまったらしく、どんどん暗くなってゆく。

 ふと、行く先に明かりが見えた。近づくと、木こりの為の小屋らしい。煙突から煙もでている。助かった。と思いながらドアを叩いた。

「こんばんは。道に迷ってしまいました。すみませんが一晩泊めてください。」

「オマエはどこの人間だ?」家の中から図太い声が訊いてきた。

「ネル村のシンです。」

 「ここには入れられない。」

「ネル村で何かあったんですか?」シンは驚いて尋ねた。

「どの村かは関係ない。オマエはこの家に入ったら、やめとけばよかったと思うぞ。だからやめておけ。」

「そんな・・・。今から他をなんて無理です。お願いです、助けてください。」シンは半泣きで訴えた。

 「オマエがオレを襲わないなら、入れてやっても良い。」

「もちろんです。助けてくれる人を襲うはずがありません。」

「絶対だな?」

「はい、もちろんです。」シンは用心深い人だと思った。

「では、中へ入れ。」


 シンはドアをあけて中をのぞき込んだ。誰もいない。

「おじゃまします。」入ってドアをしめた。奥の部屋から声がかけられた。

「オレを襲わないというのはホントだな?」

「はい。」シンはしつこいなぁと思いながら答えた。

「出て行くのなら今のうちだぞ。ネル村の人間。」奥から猪人がのっそりと出てきた。

シンは驚いた。こんな所で猪人に出会うとは!!

 「し、失礼しましたぁ!!」シンは扉を開けて外へ飛び出した。慌てふためいて、家から離れた。何でこんなところに猪人がいるんだ!?無事に逃げ出せて良かった。

でも、これからどうしよう。このまま、さまよって無事に済むのだろうか?

猪人に襲われるよりはましか。そういえば、人間の自分が猪人を襲うってどういう事だ??なんで、あんなにしつこく約束させたんだ?しばし考えこんだ。


 シンは家へ引き返して再度ドアを叩いた。

「なんだ、逃げたんじゃないのか?」

「あなたを襲うことはしないので、助けてください。」

「そうか、じゃあ入れ。」

シンは恐る恐る家の中へ入った。

「濡れているものを脱いで、火にあたれ。」

「はい。そうさせてもらいます。」

しばらく暖まっていると、猪人が暖かい飲み物を持ってきた。

用心しながら口をつけた。ハーブティーだ。

猪人が飲む様子を横目で見たときに、頬にキズがあるのにやっと気がついた。


 「ありがとうございます。でも、何で助けてくれるんですか?」シンは訊ねた。

「約束したからな。」猪人はぼそっと答えた。

「人間なのに・・・。」

「オレは人間と争いたくない。だから、ここに隠れて住んでいる。」

「そうなんですか。」シンはこんな猪人がいるものなのかと驚いた。

「だが、人間の方から襲ってくれば殺す。」猪人がシンを睨んだ。

シンは震えたが、しっかり答えた。「私は助けてもらいたいので、あなたを襲いません。」

「そうか。」猪人はほっとした顔をした。

二人は黙って火にあたり続けた。


 「あの、どうして人間と争いたくなくなったんですか?」シンは出された夕食を食べながら訊ねた。夕食は鳥を焼いたものに野菜と茹でた芋とまっとうな内容だ。

猪人はジロっとシンを睨んだ後、視線を落として答えた。

「捕まったオレを逃がしてくれた女がいた。以後、人間と闘う事を考えるとソイツがチラつくんだ。」

「・・・・」シンはどう答えたらよいか判らなかった。

 「あなたを助けた人は、あなたがここにいる事を?」

猪人はかぶりを振った。「生きてる事も知らない。」

「よければ伝えましょうか?」

猪人はシンをじっと見て考えこんだ。「・・・では、”獣人殺し”アレクサンダーの娘、フローラに会うことがあったら。ソルに会ったと伝えてくれ。」

「必ず伝えます。ソル。」シンは即答したものの、”獣人殺し”の娘に助けられた?といぶかしく思わずにはいられなかった。


 「たいへんお世話になりました。」翌朝、家の戸口でシンはソルに言った。

「ここの事は誰にも言わないでくれ。大人数で来られたら、ひとたまりもない。」

「約束だから、私のせいであなたが襲われる事もしません。」

「そうか。」

二人は別れて二度と会わなかった。



・再戦 ソル


 コンコン。「どこの人間だ?」ドアを叩く音にソルは答えた。

「どこから来たかは関係ない。出てきなさい。」聞き覚えのある女の声が答えた。剣を背負ってからドアを開けた。そこには思ったとおり、フローラが立っていた。以前対戦した時同様の革鎧と細めの剣をたずさえている。

 「オマエ一人か?」ソルはドアの外をうかがった。

「そうよ。」低く堅い声で返事がきた。

「よく来たな。向こうに広場がある。そっちへ行こう。」フローラに先立って案内した。

 フローラはだまってついて来た。

広場で二人は対峙した。「来ると思っていた。」ソルが言った。

「猪人に頼まれた伝言を律儀に届けるなんて、いい人に会ったわね。しかも、この場所をすんなり教えてくれなかったわよ。」フローラはリラックスした姿勢で言った。

「オレを殺したいと言わなかったから、教えてくれたんだろう?」ソルも軽く答えた。

「ぜひ再会したいと言った。」

「ホントにいい人間だ。願いどおりになったな。」

「というところで、そろそろいいかしら?」

 二人は剣を構えあった。どちらからともなく突進して剣を打ち合わせる。

剣を打ち合わせてみてソルはわかった。やはり力ではこちらが有利だ。

フローラはすぐに決着をつけに来るはず。

一旦離れて、腰だめに剣を構えた。フローラも同じ構えをとった。ダッシュ!!相手の心臓へ向かって腕を伸ばすところを直前で狙いをずらす。相手とぶつかり、左腕を相手の背中へ回して引き寄せる。これでいいんだ。フローラに殺されるのなら。ソルは目をつぶった。


 ・・・・・・あれ?痛くない!?驚いて顔を向けるとフローラと目が合った。

「やっぱり。」フローラがつぶやいた。

 剣を落としながら、フローラをふりほどいて跳びすさる。

「な、な、な、な!?」慌てて全身をまさぐるがどこにも怪我をしていない。

フローラも狙いをはずした?つまり、お互いに抱き合っただけ?

「ど、ど、どういうつもりだ!?」ソルはフローラを指さしながら責めた。

「お前こそ、どういうつもり?」フローラは呆然としつつ訊ねた。

「オ、オレはオマエに殺されても良いと。」

「私も同様。」

「なんでオレがオマエを殺すんだよ!?」

フローラはため息をついて言った。「話が長くなるから、落ち着いて、家の中で話しましょう。」


・ フローラ


 家でソルに飲み物を入れさせて、向かいあった。

「人間と闘おうとすると、私がチラつくんだって?」

「いや、闘おうとする気にもならないんだ。」ソルがフローラから視線をはずして答えた。

「ホントは村へ戻って、しかられなきゃいけないだろうけど、その後オマエと出会わないようにするなんてできない。だから猪人と人間の両方から隠れて住む事にした。」

ソルがフローラに向き直った。

「でも、隠れながらこっそり生きるのがイヤになったんだ。オレは崖の上で殺されたほうが良かった。だからオマエに終わらせてもらいたかった。」ソルが言葉を切った。

「オレの事よりオマエの話はどうなった?」


 「私は猪人を殺しすぎたのよ。命乞いをしてきた相手でも親のカタキと思って容赦しなかった。」

「猪人を殺さなきゃ良かったと思ってるのか?そんなヤツは戦士じゃないって言われたろ?」

「これだから女は・・・。と誰にも相手にしてもらえなかった。」

 ソルが不思議そうに聞いてきた。「敵を殺すのが何がいけないんだ?」

「私は猪人が害獣だと思っていた。」

「人間は皆そう思っているだろ?」

「お前が私に猪人は人だと教えたのよ。」

 ソルはきょとんとした。「オレが?そんな事してないぞ?」

「母さんを自慢していた。姉と思って逃がしてくれた。」

「それが、人だという事になるのか?」

「獣が相手ではこうはいかない。」

「だからって、なんで俺に殺されに来るんだよ。」

フローラは考えこんだ。

「周りに相手にされずに思いこんじゃったのね。」

 フローラはふっと笑った。

「確かに私は戦士失格ね。私も自ら進んで猪人を殺すのはやめる。ただし、猪人の方から襲ってくれば殺す。」

「それ、俺が言った言葉の逆だろ?じゃあ村へ戻って、戦士をやめるんだな?」

フローラはしばらく考えた。「・・・ここで、お前と住むというのはどう?」

ソルは思わず椅子から立ち上がってしまった。

「な、何考えてんだ!いつオレに襲われるか判らないぞ!そんな事できるワケないだろ!」

「トドメを外せるだけの覚悟があれば、大丈夫。」フローラは冷静に話し続ける。

「それとはワケが違うっ!」ソルは喚いた。

「お前の逃げる生活も終わるし、私も剣士のままで済む。」

「殺し合いの続きをするハズだろ!」

「私を殺す気ないわよね?もう一度、お互いの心臓を刺し貫いてみる?どうせ又、抱き合って終わるわよ?それとね・・・。」

「何だ?」

「その方が母さんが喜ぶかなって・・・。」フローラが微笑んだ。

 ソルは何も言わずに座った。

「オレに襲われないようにするか。」

「もちろん。」

「襲われたら、ためらいなく殺すか。」

「殺す。」

「わかった。一緒に住んでみよう。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ