16.人間と猪人のチーム
・草原 ソル
ソル達は両側に腰くらいの高さの草が一面に生い茂る一本道を歩いていた。
ソルは向こうからの人影にきづいた。「三人やってくる。」
「じゃ、いつもどおりに。」フローラが答えた。
首輪、手枷を付け、フローラがロープを持つ。相手との距離がせばまる。
「一人は猪人だ!人間が二人。」猪人が人間と歩いているなんて!ソルは驚いた。
「本当だ。あちらも獣人使いかしら。」フローラも驚いているようだ。
「あっちは、首輪、手枷無しだ。10代後半かな。」声をおとして伝える。
「人間の方は私と同じくらいね。ぜひ、話を聞きたいわ。あっちもそう思ってるだろうけど。」
ソルはひさしぶりに猪人と会うのが嬉しかった。だが、近づくと相手に睨みつけられているのがわかった。自分が女に連れられた情けないヤツに見える事に思いあたった。
「こんにちは。」向こうの剣士が声をかけてきた。
「俺はシド。こっちは修道士のスレイ。それと、ガル。」
「こんにちは。」スレイが頭を下げた。ガルは二人を睨んだままだ。
「フローラです。こちらはソル。」ソルは頭だけ下げた。
「いゃあ、話は聞いてたけど、本当に女性の獣人使いがいるとは!」
「人間に対しては獣人使いと言っています。そちらは?」
「お供を連れて、世直し旅をしています。」
「誰がお供だ!?」ガルが抗議した。
「トラブルメーカーってだけだろ!」スレイもつっこんだ。
「軽いジョークだよ。」
「オマエの冗談は笑えん。」
「シャレになってないじゃないか。」
二人の厳しいつっこみにシドは道の端に座りこんでしまった。「いじ、いじ。」
ソルは一瞬この三人は仲が悪いのかと思ってしまった。でも、仲が悪かったら猪人が一緒にいるわけがない。どういう付き合いをしているのだろうか。
「あの、”人間に対しては”ってところが気になったのですが。」
スレイがシドのパフォーマンスを無視してきいてきた。
「猪人にはコイツに手枷、首輪をしてオレの専用妻だと言う。」ソルが答えた。
「専用妻!?」人間二人が特に驚いた。
フローラが慌てて。「実際には親友の関係で、愛人でも恋人でもないですから。夜は離れて寝ますし、宿も別の部屋を・・・。」
「宿で別の部屋だと!?」今度はガルの方が驚いた。
「オマエ、人間の村に出入りしているのか!?」
「はい、手枷、首輪をして連れてもらえば入れます。」
「そこまでして、どうして部屋が別なんだ?」ずいっとソルに一歩せまった。
「え、それは・・・。」ソルは答えに困ってしまった。男二人は身を堅くして聞き入っている。
「あの、座って話しませんか?お互い、いろいろあるようですし。」フローラが提案した。
「はい、それはぜひ。」シドが手もみしながら答えた。
「ソル、手枷はもうはずしていいわ。」フローラが笑いながら言った。
「ああ、そうだな。」ソルは腕をひねって、ガチッと手枷をはずし、首輪もはずした。
当然、三人は唖然とした。「自分ではずせたら、枷の意味がないですよね。」スレイがつぶやいた。ソルは歩きながら、どう説明したものか考えあぐねていた。
道から少し離れて立っていた木の根本に全員が輪になって座った。木の周りには背の高い草が生えていない。
「ガルさんはどうして人間と一緒に?」こちらを後回しにしたくて、ソルが切り出した。
「コイツらが賊に襲われているのを見かねて助けた。その際に怪我をしてな、人間の医者に連れ込んでもらったのがキッカケだ。度々、襲われているというので、ほっとけなくなった。」
「シドさん達が襲われる理由は?」フローラが訪ねた。
「妬みかな。で、幼なじみのスレイと家を離れたんだけど、それだけじゃ足りなかったらしくてね。」とシドが答えた。
「きりがないじゃないか。」ソルが言った。
「あっちは派手にはできないし、時がくればおさまるよ。それまで、のんびり旅を続けるさ。」とシド。
「ふうん。」ソルはそんなものかと納得した。
「オマエこそ、どうして女と子作りもせずに旅をしている?」ガルがソルに聞いてきた。
「それは、その・・・。」ソルは答えに困った。急に作り話を考えるなんて、やっぱり無理だ。
「えーと、フローラが猪人の子を産むのを嫌がったんで、村から連れ出したんです。」
「なんだとお!!」ガルが立ち上がろうとしたところを、男二人にしがみつかれた。
「ガル、落ち着け。」「ここで暴れてどうするんですか!」
「ソル、ガルさんになら私達の事を話してもいいと思う。」フローラが言った。
「あぁ、そうだな。姉さん。」ソルがうなづいた。
「姉さん!?」ガルが一番驚いた。
「同じ母から産まれた姉弟なんです。」フローラが人間二人に説明した。
「猪人って人間の女性から産まれるのですか?」スレイが意外そうな顔で聞いてきた。シドも同様な感じだ。ソルとフローラは驚いてガルを見た。
「コイツらは大きな町で育ったので、猪人の事をまったく知らん。」ガルが答えた。
「じゃ、本当に実の姉弟?」シドが聞いた。
「はい。」とフローラ。
「産まれた時から一緒だったのか?」ガルがフローラを指してソルにたずねた。
フローラは二人の出会いから旅に出るまでを手短に話した。
「猪人は人間の女性をさらって、子供を産ませるのですね?」スレイが確認した。
フローラは頷いた。
「ガルも?」シドがガルに尋ねた。
「そうだ。お前達と旅をしている間にも、猪人の村で人間の女と子作りをしている。」ガルが答えた。
「そんな・・・。」スレイが声を震わせた。シドは言葉がなかった。
ソルは見ていられなくて俯いてしまった。
「人間を襲う猪人が嫌になったか?いっそ、二人がかりで殺すか?」
ガルは苦笑いしながら二人にもちかけた。
「お願いです。ガルさんを殺さないでください。猪人はそうしないと子供がいなくなってしまう。」ソルがあわてて二人に頼んだ。シドとスレイは顔を合わせた。
「ソル、ガルさんは二人が殺すはずがないと信じて言っているわ。」フローラがソルに諭した。
「え?」ソルがとまどった。
「ガルには何度も助けられているんだ、殺せるわけないじゃないか。迷惑だろうけど、この先も一緒にいて欲しい。」シドが答えた。
スレイもうなずいた。「それに、二人がかりでも、こっちが負けちゃうよ。」
「あきるまで一緒にいてやる。」ガルが答えた。
「そうか、よかったぁ。」ソルが喜んだ。
「命乞いをしてくれたな。ありがとうよ。」ガルがソルに言った。
「いえ、オレはお願いするしかできないんです。」ソルは俯いた
「ソルは人間の姉がいるから、むやみに人間を殺さないし、無理矢理に子作りもしないと言ってくれています。」フローラがガルに告げた。
「子作りしなくていいのか?」ガルが意外そうに聞いた。
「猪人とでも良いと言う人間の女を探します。」
「事情はわかった。お前はこの女を姉と思うんだな?」
「はい。」ソルは頷いた。
ガルはフローラの方へ向いて「お前は、この猪人が弟だと思えるのだな?」
「はい。ソルとはお互い助け合い、許し合う事で今、共にいます。大事な弟だと思っています。」
「後悔はしてないな?」ガルがソルにたずねた。
「はいっ。」ソルは、はっきり答えた。
「であればオレはとやかく言えん。仲良くやれ。」
「ありがとうございます。」ソルは頭をさげた。
「美しい姉弟愛だな。」とシド。
「なかなかできない事だね。」とスレイ
ソルは嬉し恥ずかしい気持ちになった。
ピクッ。ガルが身を小さく震わせた。ソルも音に気づいて首を巡らせた。二人の様子を見て、フローラが柄に手をやった。
「え?何?」シドが聞いた。
「お客さんって事でしょ。」とスレイ。
「だって、部外者二人が一緒なのに?」
「長話でじれたな。囲まれている。」とガル。
ほとんど身動きしないでわかるなんて、さすがだな。ソルは関心した。
「俺の事で巻き込んですまない。スレイは相手を殺せない。守ってやって欲しい。」シドがソルに手を合わせてきた。
「護衛しろって事だな。相手にエンリョしなくていいか?」とソル。
「しなくていい。相手は殺しのプロだから、手を抜かずに。」
「わかった。最初から我流でいく。」
シドは不思議そうな顔をしたが、ガルから声がかかった。
「シド、行くぞ。」「おう!」
スレイを中心にして、ソルとシドが対称の位置についた。
シドがソルに聞いてきた。「お姉さんを防衛側にしないんだな。」
「アイツは好きに飛び回わらせるほうが良いのさ。まずは、オレが後ろを守る。」ソルが答えた。
しばらく様子を見ていたソルがシドへ叫んだ「交代してくる!」
・ フローラ
フローラが下がってきた。「いい運動だったわ。」
「お二人は敵にしないようにします。」シドが苦笑いしながら言った。
フローラとシドのところにも、敵がやってきた。それぞれ剣を振るう。
「一人、スレイのほうへ行かせる。まかせて大丈夫だ。」シドから声がかかった。
「わかった!」フローラが答えた。
ほどなく戦闘がすんだ。相手は10人程だったようだ。
「いやあ、腕のいい剣士が二人も味方してくれると楽勝だなぁ。」とシド。
「何が楽勝だ。オマエは今回も危なっかしかったぞ。」ガルがしかった。
「しくしく。」
「二人共、見たことのない剣技でした。すばらしかったです。」スレイがシドを無視して話しかけてきた。二の腕の長さ程の木の棒を持っている。
「相手を生け捕りにするなんて、たいした腕じゃないか。」ソルが褒めた。
「まぁ、一人ならなんとか。」はずかしそうに答えた。
「お二人はすぐにここを離れてください。我々は彼とお話をしますので。」
縛り付けてある敵を指して言った。
「はい。そうさせてもらいます。」フローラが答えた。
・ ソル
「ソル、オマエは村の女を連れ出す最低なやつだ。」ガルがなじった。
「はい。」ソルはうなだれた。
「でも、姉を大事にする立派な猪人だ。胸を張って信念を貫け。」
「はいっ。ありがとうございます、オヤジさん。」顔をあげて喜んだ。
ガルはうなずいて、フローラの方へ言った。「コイツを頼む。」
「はい。ありがとうございます。」フローラが頭をさげた。
ガルは転がしてある敵へ向かった。
「又、会おう。その時は手枷、首輪なしでいいからな。友達だろ?」シドが手を差し出してきた。
「うん。ありがとう。」ソルは握手しながら答えた。
「こっちもよろしく。」スレイからも手を差し出された。
「よろしく。面倒見の良いオヤジさんが一緒で良かったな。」握手しながらガルの方を見た。
「オレはアイツらを殺るのが楽しいだけだ!」聞きつけたガルが叫んでよこした。
「はい、すみません!オヤジさん!」ソルは叫んで返した。
ガルは苦笑して背中を見せた。
「あんまり苦労をかけないようにするよ。」スレイは笑って言った。
シドとスレイはフローラとも握手をして別れた。
足早に歩きながら、フローラがソルに話しかけた。
「もう一組、猪人と人間のチームがいると解ってよかったわ。」
「あぁ。もう何チームかいても良さそうだ。」
「そうね。」二人は微笑みあった。
本来、よその村の者を許可なくオヤジ呼ばわりするのは、馴れ馴れしいのです。ソルは指導を受けた感謝の思いで呼んでいるので、ガルに受け入れられています。