15.信頼
・ ソル
ソルとフローラは夕方までの契約で屋敷を警護していた。
今回も玄関側ではなく、庭の両端に分かれて配置された。
ソルはのんびりと立っていた。こっちの方が気楽だ。表で訪問者に一々怖がれては、自分の方がおちつかない。
気配があった。剣を抜いて構える。
「おい、そこにいるな!わかってるぞ!」
巨漢が立ち上がった。こんな近くまで忍び寄るなんて。
「又、会ったな、猪野郎。」
「え!?前の村で戦ったヤツか?」
「そうだ。という訳で女剣士の方には3人行かせた。オマエは俺が倒す。」
「何!?」見るとフローラは既に剣を抜いていた。
「敵襲だ!」とりあえず叫んだ。
フローラに3人がかりはマズい。すぐに行かなくては。
それには目の前の強敵をどうにかしないと。
「うまくセリフが言えたな猪野郎。それから、どうするんだ?」
「殺す。」手抜きのできる相手じゃない。
「まぁ待てよ。自由になるチャンスだぞ。」
「自由?」
「そうだ。飼い主の女剣士が死ねばお前は自由の身になるだろ?」
「オレとアイツとは親友だ。飼い主じゃない。」
「人間の女と猪人が親友だと!?」
ガキーン!フローラが剣を打ち合わせた音だ。
「話してる場合じゃない!」巨漢と戦闘を始めた。
何度か剣を打ち合わせた。やはり、簡単に倒せる相手じゃない。
一気に勝負を決めるべく、両手で剣を腰だめにした。
と、巨漢が距離をとった。危険と思ったのだろう。
「俺は大怪我までする気はない。ご主人がそんなに大切か?」
「アイツは主人じゃないって言ってるだろ!」ソルはダッシュした。
巨漢はステップを踏んで、ソルの剣をうまく避けた。
「危ねぇ、さすが猪の突進だ。」
「こいつらはオトリよ!まともに相手をしないで!」フローラから声がかかった。
そうか、なら。ソルはいきなり身を翻してフローラへ向かって突進した。
「猪がそっちへ行ったぞ!」後ろから声がかかった。
フローラを翻弄していた3人のうちの2人がソルに向かってきた。
よし、フローラは1人なら大丈夫だ。
巨漢が声をかけてきた。「ケモノ使い!逃げたらどうだ!?」
「なっ!?」「えっ!?」ソルとフローラが驚いた。
「猪はもうすぐ俺が殺す。逃げるなら今のうちだぞ!」
「う・・・。」確かに不利だ。フローラだけでも逃がさないと。
「1人じゃ逃げない!ソル、屋敷の方へ走って!」フローラが叫んだ。
逃げるのか!?そんな!!
「尻尾まいて逃げるか?いや、尻尾はなさそうだな?」巨漢が笑った。歩いて迫ってくる。
くそう。でも、ここままじゃ囲まれる。ソルは屋敷の方へ動きだした。
「この猪はそんなに高いモノなのか?」
「ソルは売り物じゃないわよ!」
「自分で手なづけたのか!?」
しつこいヤツだ。
「失敗だ!撤退しろ!!」屋敷の方から巨漢達に声がかかった。
「おっと、こっちが逃げないと。続きは次だな。」巨漢が他の男達に腕を振って撤退を指示した。
「次なんてないわよ!」フローラが再び叫んだ。
巨漢達は屋敷から遠ざかって行った。
「だいじょうぶか?」フローラが心配だった。激しく打ち合ってはいなかったようだが。
「傷ひとつないわ。そっちは?」
「オレもだ。良かった。」ホッとした。
・傭兵協会 フローラ
翌朝になって、フローラは傭兵協会の前にソルのロープを繋いだ。
「イヤな臭いがする。」ソルが鼻をひくつかせながら言った。
「何の臭い?」
「何の臭いだったろう?」首をひねっている。
「思い出せないなら、しかたないわね。」フローラは苦笑いしながら協会に入っていった。
と、横から声がかかった。「よう、ケモノ使い。」昨日の巨漢だ!待ち伏せされた!?
「これはどういう事なの?」巨漢から目をはずさずに、協会の受付に向けて言った。
「フローラ!!」ドアをドカンと音をたててソルが飛び込んできた。
「オマエ!フローラに何をした!?」巨漢に指さして怒鳴りつけた。
どうやら、枷と首輪を外して置いてきたようだ。
巨漢が両手を上げた。
「落ち着け。話がしたいだけだ。剣をマスターに預けてここで待たせてもらっている。」
フローラとソルが受付にいるマスターを見た。
「確かに預かっているが、その御仁には気を許すなよ。」
「お知り合い?」
「一応、ギルドメンバーだ。できれば裏家業にまわしたほうが良いという、いわく付きのね。」
「一応、同業者ってことね。」こっちは汚い仕事はしないが。
巨漢に向き直した。「どんな話をしてくれるのかしら?」
「俺が話を聞きたい。まぁ、こっちに座れよ。お前もだ猪野郎。」巨漢が自分の座っているテーブルを指した。フローラはソルと顔を会わせた。頷いて、二人で席についた。
「で?どんな話を聞きたいの?昨日の雇い主の様子とか?」
「それは昨日終わった仕事だ。もう関係ねぇ。」
「じゃ、何?」
「女と猪人が何で一緒に仕事していられるんだ?」
「はぁ?!」横でソルも何も言えない位に驚いている。
当然といえば当然の疑問だけど昨日、敵対していた相手の内情を聞く?
「それを聞きたくて、ずっとここで私達を待っていたの?!」
「そうだ。」
「それはご苦労な事ね。何で教える必要があるのかしら。」
巨漢はソルに向き直り親指をフローラに向けて「コイツはお前の妻なのか?」
「えっ。」ソルはどう答えたものやら困っている様子だ。
「私とソルは親友で恋人でも愛人でもないから。宿の部屋も別にしてる。」
「女と猪人が親友なんて、有り得ねぇ。」
「ここにいるけど?」
「あのな、俺は猪人を良く知ってんだよ。子作り無しに女と一緒に流しの傭兵なんてできねぇ。自分で枷がはずせるなら、なおさらだ。」
ソルが今更ながらにハッと両手を持ち上げた。「いけね。」腰を浮かせる。
「ソル、後ででいいわ。今は油断せずにいて。」
「おぅ。」ソルが再び巨漢をにらみつけた。
「親友じゃ納得いかないから聞いてんだよ。繰り返すなよ。」
「教えないと言ったら?」
「しばらく一緒に仕事をするまでだ。」
フローラはあきれた。「何でそんなに。」
「フローラを嫌がらせるのは許さないぞ!」ソルが身構えた。
巨漢がソルを見た。「俺は相棒の猪人と長続きしなかった。」
「猪人と一緒だったのか!?」ソルが驚く横でフローラも驚いた。
以前、狼人と組んでいた傭兵がいたが・・・。
「ヤツは人間への興味が強かったんだが、おおよそわかったら村へ戻った。特に女に不自由した様子だった。」
「そうか。」ソルがうなだれた。
「ソルはしっかりやってる。これからも大丈夫。」フローラは手を出しかけてひっこめた。
「うん。」ソルがうなずいた。
巨漢はその様子に眉をひそめた。「お前らホントにどういう関係だ?」
「本当の事を言ったところで信じられるのかしら?」
「教えてくれ。頼む。」巨漢が頭をさげた。
フローラとソルは顔を合わせてうなずいた。「血の繋がった姉弟よ。」
「なっ!そんなバカな!」
「やっぱり信じないじゃないか。」ソルが呆れまじりに言った。
「じゃ、本当なのか!?」
フローラも呆れて「じゃ、私は用事を済ませてくるから。」
カウンターへ向かった。
・ ソル
「生まれた時からずっと一緒という事か。」巨漢が呟くように言った。
「いや、出会ってまだ一年経ってない。」ソルが答えた。
巨漢が再度驚いた。「どうやって一緒になったんだよ!?」
「それを話すと長くなるぞ。」
「えっ、本当!?」カウンターからフローラの声が聞こえた。
ソルはフローラへ振り向いた。「どうした?」
「こっちは大丈夫。そっちを油断しないで。」フローラは答えた後カウンターへ向き直った。
ソルは巨漢を睨みなおした。
「言われるままじゃないか。」巨漢が薄く笑いながら言った。
「あっちが年上だからな。それにここは人間の村だ。」
「よく繋がれていられるな。相棒は考えもしなかったぞ。」
「それも教えなくちゃいけないのか?」
「それも話が長くなるのか?」
「そうだな。」
「それじゃ、やめとくしかないな。」目を横に流した。
ソルが顔を少しそちらへ向けると、フローラが戻ってくるところだった。
「姉さん、何かあったんだな?」ソルはフローラがうかない顔をしているのがわかった。
巨漢はソルが姉さんと呼んだのに驚いていた。
フローラはしばらく巨漢を見ていたがソルに向いた。
「昨日の仕事で1/4ずつ報酬をもらえたわ。」
「金をもらえたなら良かったじゃないか。」
「ずいぶん気前の良い雇い主だな。ケガしたんだろう?」巨漢も意外そうだ。
「軽傷で済んだからって。表を守っていた人にも少額配ったそうよ。」
「俺は0だぞ。裏を守ってたお前達には1/4ずつ?」
「二人だけで守り抜いたからだって。違うんだけどね。」
「あぁ、俺達は表にいる奴らを裏に廻させるのが役目だったからな。タイミングがズレてあっちが早く突っ込んだから失敗した。」
「そう。それは表にいた人達も解ったはず。それなのに、私だけ半額もらった形よ。」
「そりゃ、おもしろくないな。」
「そうなるのか?」ソルは話についていけてなかった。
「難癖つけられてもおかしくない。すぐに村を出るわよ。」
「そうか。わかった。」
「俺が聞いても良かったのか?」巨漢が薄く笑いながら訊いた。
「あんた一人じゃ襲えないでしょ。」
「そうだな。誰かに聞かれたらとっくに逃げ出したと言っておく。」
「それは、ありがたいけど。どうして?」
「正直に答えてもらったからな。」
「意外に義理がたいのね。」
「まぁな。」巨漢は軽く手を広げて言った。
「先に店を出ろ。俺は剣を返してもらわないと。」
「そうさせてもらうわ。」
「じゃあな。」ソルが席を立った。
「姉さんを守れよ。」巨漢が小さく拳を上げた。
「もちろんだ。」同じく小さく拳を上げて答えた。
・獣人使い ソル
ソルは表で首輪と枷を付け直し、宿へ急いだ。
村を出て枷を外したところで一息ついた。
「しかし、アイツが猪人と組んだ事があるなんてな。」
「"獣人使い"という言葉がある位だから、私達が思っているより多いのかもしれない。」
「みんな長続きしないのかな。」ソルは気を落とした。
「狼人のペアは長く続いているみたいだった。心配しなくても私達の血の繋がりは切れるものじゃないわ。」
「そうだな。」二人は微笑みあった。