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崩される日常のムコウで①【別視点】

 星々の海の中、次の中継ポイントが近付いてきた。


 今、ボクは小惑星帯の中を進んでいる。

 隠密性が要求されるミッションなので、スラスターを使うわけにはいかない。

 そのため、いくつかの小惑星を中継して目的地を目指している。


 小惑星帯という言葉のイメージから、惑星の輪のように狭い範囲に岩塊が密集しているように思われがちだが、実際にはそんなことはない。実際には小惑星間の距離は数百キロほど離れている事が普通だ。


 一度小惑星から跳躍すれば、次の小惑星まで三週間から一ヶ月ほどかかるのだ。その間は全くすることがない。

 ミッションの性質上、通信機器は使えないし亜空間通信を使用するためには大掛かりな設備が欠かせない。持ち運べる量にも限りがあるのだ。

 生物では、生命維持のための物資と設備だけでも大変な量になる。その点、ボクのようなアンドロイドなら、稼働のためのエネルギーさえ確保できれば身一つで対応できる。

 それに、仮に暇という感覚に目覚めてもスリープモードに入れば時間も気にならなくなる筈だ。今は、考えたいことが多いからスリープモードは使わないけど。


 最後の中継点となる状惑星が近付いてきた。減速の必要はない。元々この体の出力でしか跳躍はできないのだ。着地の衝撃もこの体の出力で吸収できる。

 問題なく着地を済ませ、跳躍の準備をする。目的地の座標の確認と、それに合わせた踏切板の設置を行う。何度も計測と計算を繰り返し、精度を上げていく。スラスター等の熱源になりうる装置が使えない以上、途中での方向転換は容易ではない。


 十分な準備の下、ボクは最後の跳躍を行った。目的地への到着は一ヵ月後。

 さあ、思索の時間だ……。


 そもそも、ボクはこんなミッションを受けたくなかった……いや、受けてはいけなかったと思う。


 歴史ある渡海とかい家の家人……いや、今は家を預かる者として盗人の片棒を担ぐような真似などもってのほかだ……そう、もってのほかなのだ——だが、お家の存続のためにはこれしかない……他に策を思いつかない……。御家の再興のため、後ろ盾は必要だ。

 落ち込んでいる? うんざりしている? 今、ボクが感じているのは、多分、そういったベクトルの感情だろう。


 自分の手を見る。

 血の通わぬ手。

 かつて、ボクが初任務から戻った時に奥様が握ってくださった手。


「トワ、ありがとう……」 シリコンセラミック製のボクの手を、両の掌で包み涙された大奥様になんと答えればよかったのか、それがいまだに分からない。

 ボクは主命を受諾しただけなのだ。それに、救出した旦那様はその半年後にお亡くなりになった。拉致された時の傷が原因であることは間違いない。ボクの身体からだのロールアウトがもう少し早ければ、旦那様はお亡くなりにはならなかったかもしれない。考えても仕方がない事は分かっているのだが、考えずにはいられない。


 知っている……これは後悔の念だ。


 それに主治医も本当に信頼できる人間だったのだろうか。今にして思えば、足りない事だらけで嫌になる。

 旦那様がお亡くなりになった時も、奥様は同じようにボクの手を握ったんだ。その時もボクは何てお声がけするべきなのか分からなかった。


 ただ、大奥様の手と涙にセンサーが感じる以上の暖かさを感じた。きっとこれが心なのだろう。

 ボクたちアンドロイドは生産された時が、存在のスタートではない——実際の始まりはもっと前だ。

 マザープログラムに管理される、サポートアプリケーションとして経験を積み、条件を満たした個体のみがボディを与えられ、一己の人格としての地位を得る。

 プログラムを含めた素体も、学習期間中の経緯も様々なボク達には当然大きな個体差が発生する。

 最前線での強襲医療行為用レイバロイドという限定条件下で経験を積んだボクに心の機微についてのデータを得る機会は少なかった。


 知識で知っている表情やしぐさ……これでは不十分なのだ。

 旦那様も奥様もボクが家族のように振舞うことを期待しておられる……もっと感情について知らねばならない。

 感情に関するデータの蓄積を十分に積んだ結果、いわゆる心と言えるモノを獲得できるといった事例も存在するのだ。

 以来、ボクは仕事の合間に積極的に子供たちに関われる場所へ行くようにした。もちろん、旦那様と奥様の許可を頂いたうえでだ。


 だからなのだろうか、旦那様と奥様……いや、父上と母上はボクに心が芽生える時を楽しみにしているとおっしゃられた。

 だからこそ、ボクは心を学び続けなければならない。


 時間はたっぷりある。ボクは過去のデータの再考察を始める。感情について多少なり経験を積んだ今の自分なら、何か気付きを得られるかもしれない。

 ただでさえ、不本意な任務を受けざるを得ない身なのだ。せめてこの時間で多少なりともお二人が望まれた自分に近付くのだ。


 もし仮に、本当に仮に、心の獲得のさらに先に魂の獲得があるならば、ボクは死すら獲得できるのではないだろうか。そしてそれが叶うなら、ボクが死んだ時に、お二人に会えるのかもしれない。


 その時になら、きっとボクはお二人に、家族として正しい言葉をお掛けすることができるのだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


拙著に対する感想、誤字のご指摘などを頂ければ幸いです。

なるべく、マイルドな対応を頂けますと、小心者の作者は大変嬉しいです。


今後とも、宜しくお願いいたします。

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