援助、して?
「日本の警察は死んだ」とは、母が残した言葉だった。
母は明るい人だったが、仕事に関してだけは口が固く、訊ねてもいつもさらりと躱されてしまっていた。
今になって思えば、恐らく水商売なんかをやっていて、子供だった私がいじめられないように黙っていてくれたのかもしれない。
でも、ごめんなさい。
仕事に関しては血は争えなかったみたい。
母を亡くしてからはDV気質な叔父に預けられた。
育児らしい育児を何もしてもらえなかった私は、中学で不良の男子と身体だけの関係を持って、高校生になったら自然と身体を売っていた。
学校ではからかわれることもあるけど、だからと言ってもう、「こんなことをしない方が良かったかも」なんて感性は私には残ってない。
清い交際関係や王子様のお話に憧れたことはあったけど、十七にもなった私にそんな憧れはもうない。
高校を卒業して独り立ちする為にもお金を稼がなきゃ、という想いだけがあるだけだ。
「ビッチちゃん、今日も一人でお勉強? どうせ卒業してもキャバ嬢になるんだから、勉強したって意味ないよ?」
今日もクラスの女子が絡んでくる。
「おい、無視すんなよ。身体売って、恥ずかしくないの?」
でも、気にしない。
卒業したら、どうせ関係なくなる。
「……はぁ。おーい男子? ビッチちゃんが、今日の放課後に一回千円でヤらせてくれるって~!」
「おい、マジかよ!」
「……でも、汚そうじゃね?」
「顔はいいのにな……」
「ビッチじゃなきゃな……」
この世には王子様も、救世主も存在しない。
信じられるものは、自分の身体とお金しかないのだ。
いつものように汚い言葉を浴びせられてから暫くして。
ようやく、終業を知らせるチャイムが鳴った。
「……あ、どこ行くんだよ」
「ビッチちゃん、こんな時間からおじさん探し?」
「それじゃビッチちゃん、放課後よろしく頼むな~」
私はチャイムの音を聞き終わるのも待たず、一目散に下駄箱へ向かった。
靴を履き替えると、そのまま学校の最寄りから離れた歓楽街に向かって、一直線に電車を乗り継いだ。
身体を売っている時間はいい。
学校のことも、今生きている唯一の肉親のことも考えなくていい。
慰めの言葉だけをかけてくる相手のジジイにだけはイラっとすることもあるけど、私にトゲを向けられることがない、という時間は、一日の中では居心地がいい方だ。
「……もし、お嬢さん。今少しいいかな?」
「何?」
「PJをホ別、イチゴでどうかな」
「いいよ」
「ふふ、よろしくたのむよ」
「……おじさん、慣れてるね」
「いやいや、恥ずかしながら、するのはこれで二回目でね」
「……ま、私には関係ないけど」
「場所は、こちらで決めてもいいかな? 同僚に見つかると困るのでね」
「……なら、ホ別ゴだけど」
「分かった、それでいいよ」
ジジイはそう言うと、私を先導するように歩き始めた。
場所は出来ればいつも使ってるホテルが良かったけど、相手が場所を指定するならしょうがない。
ふんだくれるだけふんだくるし、それで死んでも、この人生に悔いはない。
しばらく歩いて人通りの少なくなった路地を通ると、こぢんまりとした喫茶店のような場所に着いた。
「……ねぇ、ここ、ホントにホテル? 私、こんなところにホテルがあるなんて知らないんだけど」
「まぁまぁ、落ち着いて。疑うならジュウゴ追加でもいいから」
「……まぁ、それだけ払ってくれるならいいけど」
少しは疑いもあったけど、これで死んだらしょうがない。
できれば、痛くないように殺して欲しいな。
店内に入っても、カウンターのようなところに店員はいなかった。
ジジイはそのまま店内を通過して、従業員用に見える扉の奥に入っていったので、急いでその後をついて入っていった。
扉の奥は、打ちっぱなしのコンクリートでできた壁に囲まれていた。
壁には黒いシミのような跡があり、年数を感じる見た目をしていた。
扉から数メートル歩き、通路を曲がった先に現れた暖簾をくぐると、気が付けば目の前に木の扉がずらっと並んでいた。
「ここは私を含めた、知り合いの社長やVIPが、お忍びでこういった遊びに使うホテルでね。ここであった内容は絶対に外に漏れないようになっているんだよ」
「……ふーん、徹底してるんだ」
冷静を装えたかは分からないが、内心私は興奮していた。
こんなに金を持っていそうな人の相手を出来たのはいつぶりだろう。
もしかしたら、これ程の上客は初めてかもしれない。
私の頭は、いつの間にか目の前の男をいかに満足させられるかを考えていた。
「ここだ。事前に予約していたのはこの部屋だよ。さあ、入って」
「……分かった」
これから入る部屋が、これから数時間の運命を握る部屋だ、と心を決める。
そして扉を開け放った瞬間、
私の視界は女性の死体を捉えた。






