閉会式、まともな魔王様
◆◇◇◇
魔王様と瘴気の処理を終え王都に戻る。
わたしとサリアは呪い解除のおかげで久しぶりに元の体に戻っている。
瘴気自体はそこまで多量ではなかったが魔王様の精神に影響を少し及ぼす程度には多かったようで、十歳位の精神状態になったようだ。
今はオフィーリアの胸にうずもれつつも空飛ぶドラゴンの背から見る景色を楽しんでいるように見える。
まぁ、胸の感触を楽しんでいるのかもしれないがね。
王都に到着すると、中央広場にまだ民が集まっていた。
それどころか魔王様コールが鳴り響いているが……これってもしかして?
「魔王様」
「なぁに? マルコさん」
……今までのやり取りをご存じの方ならこの言葉の異常さに気づかれるでしょう。
十歳位の精神状態になったのは、もしかすると初めてかもしれない。
最低でもわたしやサリアの記憶にないのだが、魔王様からエロ要素が抜けてしまっている!
そして、かなり礼儀正しいやり取りができている!
……いや、この程度で驚くなと言われるかもしれないが、今までの魔王様の行動からするとこれは驚くに値するものだ。
赤子ならオフィーリアの乳を吸い、
幼児ならオフィーリアの乳を揉み、
戻ったらオフィーリアの乳をしゃぶりつつ揉む。
そんな魔王様が礼儀正しく、そして乳を揉まない!
チラチラオフィーリアの胸元を見てしまうのはご愛敬というべきかもしれないが、それ以上の行動は行わない。
最初に気づいたときには世界が終わるかとサリアやオフィーリアと慌てたものだ。
「さん付けは不要……いや、今から王宮に着陸しますが、その後宣言をお願いしたいです」
魔王様は何の『宣言』か分からず困惑している。
精神が若返ったことで微妙に記憶を失っているんだろうけど、ここは付き合ってもらわなくてはならない。
行動を間違えると民の心が魔王様から離れる可能性がある。
記憶自体は瘴気の影響が消えれば元に戻るから今を乗り切るだけでいい。
「実は数日前からこの国では『文武発表祭』というお祭りをしてました。本日最終日で魔王様の閉会宣言をもって終了となります。その閉会宣言をお願いしたいのです」
「ちょ、ちょっと」
あぁ、気持ちは分かるし慌てるのも仕方がない。
でも、やっともらう必要があるのですよ。
「なお、宣言していただく言葉はこちらで考えておりますし、一言だけです。オフィーリアも一緒にいますので、合図したらその一言を言って頂ければ終わりとなります」
「……オフィーリアさんも一緒にいるの?」
……ここはいくつになっても変わりませんね。
「宣言の間、オフィーリアが魔王様を抱えますので一緒におりますよ」
「……やる」
「ご決断ありがとうございます」
たとえそれがオフィーリアの胸部装甲に目を奪われたからだとしても。
王宮に着陸しケインと認識合わせを行う。
「やっぱり、民がイケイケになっているんですね」
「まんず閉会宣言してから瘴気対応させればえがったど少し後悔してらが、魔王様と民の間が少し近ぐなったのならアリがなど」
「あー、それは分かります」
民の魔王様に対する不安や恐怖を取り除くチャンスですからね。
「んで、後は瘴気を消したこと伝えて閉会宣言して終わりでいいんですよね?」
「んだな。魔王様は宣言でぎそうなのが?」
「十代前半位の精神ではありますが、言うことは簡単ですし、瘴気についてはわたしが言えば済むこと。オフィーリアもそばにいるので何とかなるでしょ」
「あぁ、胸部装甲か」
「えぇ」
魔王様に宣言内容を説明し、皆で中央広場へ向かう。
民の熱気が高まっているのが分かる。
「ここにいる皆さん、瘴気を片付けるまで待ってくれてありがとう。瘴気は無事に魔王様が消してくださいました。境の街やその周辺に住む住民や畑にも全く影響はありませんでした」
わぁ!
人や作物に影響なしと聞き、皆安堵と喜びの声が響く。
「なお、瘴気を消した結果として魔王様は現在十代前半くらいの精神になっておられます。この後閉会宣言をしていただきますが少しおかしな発言があったとしてもそこは許容していただけると助かります」
りょーかーい!
ワハハハハ!!
ノリのいい輩が返事をしてくれたし、笑い声も聞こえる。
なんとかなりそうだな。
「では魔王様、閉会宣言をよろしくお願い致します」
オフィーリアの胸に抱かれ、魔王様が皆の前に現れる。
不安なのだろうか、プルプル震えて……って、とてもうまそうな葛饅頭にしか見えない。
さあ、『これにて文武発表祭終了とする』と言うだけですよ。
「まず、ぼくらが戻ってくるまで待っていてくれてありがとう」
……は?
あ、あれ?
そんな言葉教えてないよ?
ケイン、サリア、オフィーリア、三人まとめてわたしに視線を向けるが、こっちも困惑している。
首振ってわたしのせいではないこと知らせるが、『え、じゃあ誰教えたの?』と皆で戸惑いの視線が飛び交う。
そんなことやっている間にも魔王様の演説は続く。
「ぼくは瘴気を消す前の記憶が薄れている。数日中には治るみたいだけどね。なので祭りでどのようなことがあったのかわからない」
集まった民はシン……と静まり返って一言一句聞き漏らさないよう魔王様に集中している。
「でも、そんなぼくでもわかる。ここにいる皆が祭りを楽しんだこと、皆が歓声で、喜んでいる動きで、全身でぼくに教えてくれている!」
うぉぉぉぉぉ!!!!
「だからぼくは少し寂しいけど、安心して宣言できる。祭りは終わりだけど、祭りで楽しんだこと、新しく知ったこと、新しく知り合った友を忘れず、思い出し、またその知ったことを周りに広めてほしい」
は~い!!!!
「ん、いい返事だね! これにて、文武発表祭終了とします!!」
うぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!
暴動を起こすのではないかと不安になるくらいに熱狂した民が拳を突き上げ雄叫びを上げた。
種族毎、もしくは個人的な思惑、好悪。
それらの面倒臭い感情は、この瞬間だけは消え去った。
宣言終了した後、魔王様を皆で囲み説明してもらう。
「魔王様、なして簡潔な言葉で済ませるごどやめだのだべ? ダメと言うわげでねのんだども、急な依頼にあそごまで対応されるどは思ってもみねがったがら、正直おいどもも困惑しておるす」
ケインが代表して問うが、皆同じ認識だ。
現状の魔王様だと、記憶の無い状態でコメントするのは難しいとわたしたちは思っていた。
それに、普段の魔王様からすればあのようなコメントを頂くのは面倒臭がるので難しいと判断した。
だからこそ簡潔な一言で終わらせるように提案したのだが……。
「何となく、民の皆に伝えるべきだと考えたんだ。一言で済ますのは確かに楽だけど、それではぼくが喜んでいること、民に感謝していることが全く伝わらないと思った。なので、ぼくなりに考えて伝えてみたんだ……」
この言葉を聞いて、オフィーリアは滂沱の涙らしきものを流しつつ抱きしめ……いや、胸元に魔王様を仕込もうとする。
サリアも普通に涙ぐんで喜んでいる。
だが、ケインとわたしは視線を合わせ、二人して困惑する。
こ れ 、 ど ち ら さ ま ?
私たちの知る魔王様は
・王宮中でオフィーリアの服の中で戯れ(比喩的表現)をする。
・王宮外でオフィーリアと夜の格闘技(比喩的表現)をして淫気をばらまく。
・魔王命令をコスプレ着させるために発動させ怒られる。
と、少々元気過ぎる(婉曲的表現)きらいがあったが、今の魔王様はかなりまとも(直接的表現)な発言をされており、どう考えても『他者が魔王様を操っている?』と疑念を抱かざるを得ない。
首を捻り悩んでいると、サリアがこちらに気づき何事かと聞いてくる。
困惑している旨伝えると、納得しつつも
「今まで魔王様の精神が若返るとき、赤子だけだったはずです。でも今回珍しく子供の精神になったのでは? もしかすると……わたしたちに会う前の魔王様はあんな感じだったのかもしれません」
え?
それってわたしたちが魔王様のあの行動を助長していた?
「あ、いや、行動の方はオフィーリアと付き合い始めてからだとは思いますけど」
「「あぁ……」」
わたしもケインも納得しました。
つまり、オフィーリアと会わなければ今の滅茶苦茶まともな魔王様に?
……これ以上はまず過ぎる、これ以上の追及はやめましょう。
他の面々も同意してくれたので、さっさと王宮に戻ることにする……くわばらくわばら。