ピクニックいきた~い!
◆◇◇◇
ある晴れた昼下がり、呪いをかけ直し郵便事業の厄介な作業も少しづつ落ち着いてきたところで魔王様がジタバタと駄々をこねてきた。
「ピクニック行きた~い!」
いつもの執務室メンバー3名+オフィーリアのメンバーで魔王様を落ち着かせようと皆で(無駄な)説得を試みるが……。
「はぁ……魔王様、先日の郵便事業の混乱の沈静化にはもう少し掛がるす。孤児院に行くのは元々必要でしたから問題ねのんだども、流石さ遊びに行ぐのはちょっと……」
「でも、皆机にへばり付きっぱなしで仕事、食事、寝るってレベルの生活してるでしょ! そんなことしてたら倒れちゃうでしょ! それに……ストレス溜まったらどうなるか、実績あるでしょ?」
ケインが何とも疲れた感じでため息をつき、魔王様を説得しにかかる。
だが、魔王様も譲らない。
わたしとしては、どちらの気持ちもわかるんですけどねぇ。
仕事の終わりが見えないくらい混乱が続いているのも事実だし、たまには気分転換しないとっていう魔王様の提案も理解できてしまいます。
なんせ、頑張りすぎてストレスによる炎症を発症させてしまった実績ある身としては魔王様の提案を蹴ることはできません。
二人がこのままギスギスするのも嫌なので、折衷案を提示するか。
「お二人とも、提案なのですが数日後に行くのはいかがでしょう?」
「「数日後?」」
魔王様とケインがハモってくる。
「まず、ケイン殿の言い分は理解できます。ギッポン達の尻拭いでどれだけこっちが苦労しているか……モーリー殿が立て直しに奔走しているようですが落ち着くにはもう少し時間がかかりそうです」
ケインがガクガクとうなずいていますが、首取れません?
「ですが、魔王様の言い分も理解できます。わたしどもは仕事に集中し過ぎて体に負担がかかっているのを無視してしまいがちですし……実績としてストレスによる炎症なんて発生させてしまいましたからねぇ」
魔王様、ピョンピョン跳ねないで結構。
多分『そうそう、そのとおり!』とか言いたいんでしょうけど、なら口で言え。
あなたのお口はオフィーリアの乳しゃぶることしか使わんのか?
……色々と舐めまわしたり甘噛みしたりするのにも使っているとか、そんなコメントはいらん。
「そんなわけで、どこかで一日仕事を忘れる日を用意してはいかがでしょう? そこでピクニックに行ってはいかが?」
あぁ、魔王様。
そんな瞳をキラキラさせて、オフィーリアやサリアに誤解されたら困るのですが。
(チラッ)
……大丈夫そうですね。
オフィーリアは魔王様を、サリアはわたしを見てキュンキュンしているようです。
「そして、それまでの間は全力で郵便事業の混乱を黙らせましょう。
ええ、全力で、文官たちが泣きだしても止めません。
あぁ、でもピクニック直前の日は夕方で仕事を終えましょうね。
休みなしにピクニックに行くなんて本末転倒ですから」
ケインも、単純にさぼろうって提案だと拒否一択だけど、仕事と息抜きを明確に分けようという提案なので、断りづらいだろう。
悩みつつも許可を出してくれた。
「あぁ、それとピクニックに行く人を増やしてみるのはいかがでしょう?」
皆が首をひねる。
そんな、皆でタイミング合わせなくても……。
「例えばタイバーン殿やジャシーリ殿に声かけてご夫妻で参加頂くとか、チェリーさん呼ぶとかですね」
ケインが納得と言った表情をするが……分かってるのか?
この発言の意味は『ケインとチェリーさんにイチャイチャさせるお膳立てしないか?』という意味だぞ?
サリアとオフィーリアは気づいたようでこっそり親指を立ててきた。
理解が早くて何よりだ。
だが、サリアのサムズアップはいいのだが、オフィーリアのは違うと思うぞ。
人差し指と中指の間に親指を入れるのはサムズアップとは言わん。
「それと、スケジュール立てれるのなら事前に料理人たちにお願いしてピクニック用の料理を用意しておいてもらうとか」
魔王様、大ジャンプしてわたしに抱き着いても何も出ませんよ。
喜んでいらっしゃるのは理解しましたが……。
サリアよ、魔王様に嫉妬しない。
オフィーリアもわたしに嫉妬しないでくれ。
二人ともこちらを殺せそうな視線を送ってくるし、それ以前に血の涙流してこちらを見るだけでも怖いんだよ。
ケインは……なに照れてんだ?
まさか、いまだにチェリーさんとの関係をわたしたちが気づいてないとでも思っているのか?
あれだけバレバレな行動取っておいて?
「さて、反対意見は……無いようですね。ケイン殿、三日後辺りでOK? では魔王様とオフィーリアは先ほど挙げた方々に声かけてみていただけませんか?」
二人してにこやかに頷き、声かけに行かれた。
あぁ、全力で遊び倒すつもりですね。
「では、おいがだは三日後のピクニックまで全力で片付げるすか!」
「「はいっ!!」」
ケインの言葉を契機に我々は戦士の顔となった。
◇◇◇◆
三日間、王宮はざわついていた。
魔王様のピクニックに参加するメンバーが国の中枢である以上、国として最大級の護衛、周辺の探索、危険物の除去とやるべきことが大量に発生した。
それも、一緒に行くのが近衛騎士団団長と副団長。
移動中、食事中、散策中、魔王様の急な提案による方針変換等、どのようなことが起こっても対処できるよう、王都にいた全騎士に役割が回って来た。
魔王様や宰相、副宰相夫妻に怪我などされたら騎士団として存亡の危機であるとばかりに全力でピクニック予定地とそこまでの移動ルートに対して殲滅作戦が開始。
特に鼻の効く近衛騎士団第二部隊や獣人騎士団が中心となって周辺の調査・監視を行い、周辺の動物は(危険の無い小動物を除き)騎士団員の腹の中へ。
なお、近衛の他部隊は
「うちら、鼻無いのに何をしろと?」(第三部隊)
「死体がどうやって臭いをかげと?」(第一部隊)
と言い出し第二部隊が出張っている分の王宮の仕事を担当している。
多分、この二部隊は本件で一切被害が無かったと思われる。
また空側の安全の為に王都周辺のハーピー、鳥人族を総動員して監視体制を強化。
近づく飛行物は即時破壊され、当日までに予定地周辺から鳥の鳴き声は消えた。
武官だけが大忙しではない。
文官にも等しく仕事が割り当てられた。
魔王様から『ちょっと、この日にピクニックに行くね』というコメントが届いてすぐに武官側と調整を行い、追加予算を組み上げた。
騎士側は大した影響はないが、厄介なのが個々の種族への依頼。
今回だとハーピーや鳥人族総出で対空監視を行うことになる為、その雇用費用と食事の提供を国として行うことになる。
また並行して郵便事業の尻拭いが一斉に動き始めた。
一騎当千の戦士となった宰相&副宰相夫妻の処理能力向上の煽りを受けて、文官たちに雪崩の如く仕事が舞い込んで来た。
対応した文官の表情は宰相より死体のようだった。
むしろ宰相はテンションが上がりまくっており『宰相、生き返るんじゃね?』という言葉が文官ジョークとして広まっていった。
なお、宰相はピクニック直前の夕方で仕事を止めなかったことから魔王様に泣かれ、女性陣からゴミくずを見るような眼で見られたことをここに記す。