サリアの悩みと淫乱魔神(サリア視点の話)
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私サリアは孤児院の中でも人気の少ないところに移動した。
いや、『移動した』より『逃げ出した』のほうが正しいわね。
私のようなエルフ族の者はそうそう簡単には孕むことはない。
それは種族特性とでも言うのか、自分の意志でどうにかなる者ではないのは痛い程理解している。
それでも……孤児院の子供たちを見ていると、悔しくなる。
『私たちがこれだけ渇望したものをなぜ簡単に作れる?』
『私たちがこれだけ苦労しているのになぜ簡単に生まれる?』
……そう、私は孤児たちの亡くなった親に嫉妬しているの。
それがどれだけ醜いことか自分でも嫌と言うほど分かっているが、孤児たちを見ているとどうしても私の心を黒く塗りつぶしてしまう。
『あの子たちは全力で生きようとしているだけだ』
『あの子たちは亡くなった親達に愛されて生まれたんだ』
『あの子たちは私の不妊になんら関係しない者たちだ』
こんな当たり前の言葉も嫉妬の炎を燃え上がらせる燃料にしかならない。
本来こんな感情を隠しきって孤児院訪問を成し遂げられるはずだったが、最近訪問していなかったこともあり、耐性が落ちていたのかもしれない。
キノコが生えてきそうなくらいにウジウジしていると、オフィーリアが私を探しにやって来た。
「あーやっと見つけましたよぉ……って、どうしたんです、サリア?」
やっぱりオフィーリアにはばれましたか……。
オフィーリアに促されドロドロとした想いをぶちまけると、いきなり笑い始めた!
流石に、笑うのはひどくない?
そこまで馬鹿にする?
右手に魔力を込めて撲殺しようと準備し始めると、オフィーリアも慌てて笑った理由を説明し始めた。
「サリアったら、三千年ほど前にも同じようなこと言い出して引きこもっていたこと忘れちゃいましたかぁ?」
「え゛?」
「あの時も、人の居なそうなところに逃げ出しましたよねぇ。確かシダ植物が生い茂っているところに隠れていた記憶が……あまりにも風景とマッチしていたので見つけるのに苦労した覚えがありますよぉ」
……
…………あぁ!
確かにそんなことありましたね。
同じように幸せそうな子供たちを見て落ち込んでました。
あの時は確か……。
「さて、ボケが始まって昔の記憶が曖昧になっているサリアにオフィーリアおねぇちゃんから、また大事な言葉を伝えましょうかねぇ」
『おねぇちゃんっていう年じゃねぇだろ? あんたも若くねぇんだから』と言いたかったけど、ここは黙って話を聞きましょう。
「『ヤればできる可能性がある。ヤらなければ絶対できない』」
……。
「この子作りの基本にして深奥なる言葉、忘れてしまいましたかぁ?」
「いや、確かにコレ言われた記憶はあるし、基本にして深奥なのも否定しないけど……あの時もこのタイミングで『だからどうした』とツッコんだ記憶が……」
「思い出したなら、次の言葉も思い出しましたかぁ?」
「次、次……って、あっ!」
思い出した。
思い出してしまった。
「『他種族換算したらまだあなたは十四歳。子を成すのにまだ慌てる必要はないわぁ』」
エルフの寿命は全く分からない。
現時点で大体一万年生きているが、一切老けた気がしない。
年上は皆白黒分派運動で亡くなってしまったが、把握している一番長生きした者は十万年を超えていたはずだし、一応寿命っぽい死に方した者も大体五万年は生きている。
まぁ、十万年生きていた者は記憶があやふやすぎて介護が必要だった記憶があるが。
悩んでいた当時の私はまだ七千歳程度の(エルフとしては)ピチピチのお嬢ちゃんだった。
仮に寿命百歳と換算したら自分たちは……という考え方が流行っていて、オフィーリアはそれを逆手にとって私の不妊の悩みを笑い飛ばしてくれた。
「で、最後に『サリアは基本を忠実に行い、後は時を待つだけよぉ。それでも急ぎたいのなら、時を早める術を考えるべきねぇ』と言ったの思い出しましたかぁ?」
……恥ずかしい、私は大事なことを忘れていたようですね。
「オフィーリア、ありがとう。本当に物忘れが激しくなったようだわ」
「サリアももういい年なのだから気を付けないと、徘徊しはじめちゃいますねぇ」
互いに笑い合い、皆がいる方へ向かうことにしました。
……これで終わればよかったのですが……
「さて、あたしに迷惑かけてなおかつ殴ろうとした件について罰ゲームとまいりましょうかぁ」
さりあはにげだした。
しかし、まわりこまれてしまった。
おふぃーりあからはにげられない!
ヒクッ……。
あ、あの、冗談ですよね?
「ちょ、ちょっと待って」
「待てません。ということで、今回は……『これ』を夜のお楽しみで来てみてくださいねぇ」
……『これ』?
渡してきたのは……ちょっとこの場では言えない。
夜のコスチュームのつもりで渡してきたのでしょうけど、これは流石に……。
どのような衣装なのか、それは……その……今ここではちょっと待って。
ただ、これ着た後に夫が暴走し、終わった後とてつもなく落ち込むのが今からでも想像ついてしまいます。
「あ、あの、冗談、よね?」
私が冗談であってほしいと思いつつ問うと、オフィーリアはにっこりと
「あたしがこっち方面で冗談を言うと本気で思ってるぅ?」
と死刑宣告並みの威力を持った発言をぶちかましてきた。
オフィーリアはサキュバスとしての誇りを持っている。
そんな彼女が夜のお楽しみ方面で嘘をつくことはあり得ない。
ということは、今夜は『これ』着るの?
「一応、友人として『お楽しみ』中の監視はしないでおくわぁ」
「……ありがたくって涙が出ちゃうわ」
あなた、ごめんなさい。
淫乱魔神の行動を止められませんでした……。