呪い解除
◆◇◇◇
「瘴気発生の可能性ありと連絡ありました! 瘴気の量は小から中程度、場所は王国西部モヒト山の近く、王都から二百キロ程度になります!」
ハーピーからの報告を聞き、すこし弛緩した雰囲気となる。
「この程度だばいつものメンバーで十分だべし、おいは留守番しておぐべ」
ケインがいつも通り差配し始める。
「伝令、レッドドラゴンのスターフィード殿さ移動協力お願いするす。魔王様、お仕事だすがら、オフィーリアど準備お願いするす。集合は王宮入口で」
ケインが伝令に指示を出し、わたしたち夫婦も準備に動き出す。
仕事場の整理、自宅への連絡、現場の情報の整理、これらの作業準備が完了し王宮入口に向かうとスターフィード殿が既に到着していた。
いつもすまないねぇ。
皆急いでスターフィード殿の背中に乗り瘴気発生現場に向かった。
◇◇◇◆
この話は生物学的にエルフ、視覚的には訳あって化け物の夫婦がイチャイチャしつつも瘴気を無くすために苦労する話である。
……ただし、それは本筋ではない。
◆◇◇◇
瘴気発生したところまでスターフィード殿に乗せてもらい、空から影響範囲を確認する。
「山の中腹から、ふもとまでですか。これならサクッと終わりそうですね」
オフィーリアのお気楽なコメントに夫婦そろって苦笑する。
まあ正しい判断ではあるが、だからと言って実際に仕事する方はとても面倒なんだがなぁ。
その後昼過ぎに瘴気発生した場所に近い村に到着、現地で指揮をしていた猿人族の兵士長に会う。
「なんだぁ? こっちは瘴気対応で忙しいんだ、お前たちに構ってる暇はない!」
……こいつは、この状態でそれを言う?
それとも理解していない?
「王宮からやってきた副宰相のマルコだ。そちらがどれだけ忙しかろうと、我々と会うのを拒否するのはいかがなものかと思うが?」
ムッとしつつも作業を優先するため話を進めようとすると――
「おいおい、副宰相の名前を使えば誰でもおとなしくなると思うなよ。それに副宰相はエルフだ。貴様のような化け物じみたツラでよくも言えたもんだ。お前が似ているのは色が黒いところだけじゃねぇか」
――速攻で喧嘩売ってきた。
というか、わたしたちのことを理解してないようだな。
「副宰相がエルフであることを知っているのなら、瘴気対応の為に夫婦そろって呪いをかけていることも知っているな? その呪いの為に醜悪な姿になっていることも」
「はっ、そのぐらい知って……い……は~?!」
お前が喧嘩売った相手が当人であると理解できたか?
それとも、まだ喧嘩売ってくるか?
なら……。
もう一つヤバい真実を教えてやろう。
「あぁ、後ろにおられる方は魔王様だ。流石にそのくらいは知ってるだろう?」
魔王様を紹介すると、なんか震えだしたけど……何をいまさらって感じなんだが。
「さて、理解ができたと思うので、報告してもらえるかな?」
笑顔の素敵なナイスガイっぽい感じに振る舞ってみたが――
「ひゃ、ひゃい……」
――たぶん食べられる(食糧的に)と思ったのか、生まれたばかりの仔鹿のように脚をガクガク振るわせながら報告を始めた。
「し、瘴気は徐々に大きくなっておりますが、サイズ的に小型から中型あたりで変わらず。周辺住民は既に避難させておりこの村には我々以外おりません」
「ちゃんと避難できているね。感心感心」
魔王様はオフィーリアが持つ画板のような簡易玉座に鎮座し出番を待っている。
「マルコもサリアも準備OK?」
「双方問題ありません。魔王様に問題なければすぐにでも始めますが?」
「うん、さっさと始めよう。さて……」
珍しく魔王様が真面目な顔をし――
「マルコ、サリア。汝らの呪いを解くことを許可する」
「「かしこまりました」」
――魔王様から呪い解除の許可が出され、わたしたちは呪文を唱える。
「「6PP236B9PKPB」」
サリアと一緒に魔術言語を唱えると、呼応して私たちの身体がうっすら光りだす。
詠唱完了したところでサリアとアイコンタクトを行い、魔術を開放する。
「「ストルカンテ(解呪)!」」
キーワードを解き放つと、わたしたちの先ほどまでの体が溶け出す。
醜悪な顔は元の(自分で言うのもなんだがそれなりに)端正な顔に。
毛むくじゃらでぶよぶよした肉まみれの体は本来の細身の体に。
そして、溶け出した呪いは魔力となってわたしたちの体内に一時的にとどまる。
サリアも同様に本来のボンキュッボンとしか言いようがない素晴らしい肢体に戻り、魔力を一時的に纏った状態となる。
……元々来ていたのが肉まみれの身体でも入るサイズの服ではあるが、二人とも釣りズボンを着用していたため呪い解除直後にズボンがずり落ちるとかは発生しない。
……初めてこのやり方を試してみたときに恥ずかしい思い(擬音をつけるとしたら、”ポロリ”だろうか)をしてから呪い時は釣りズボン必須にしている。
……なお、恥ずかしい思いをしたのはわたしだけであり、その時サリアはわたしのポロリを見て息が荒くなっていたのを記しておく。
……あの時の視線は焼けるほどに熱かった。
一時的にとどまっている魔力は、当然だがいつまでも魔力がとどまってくれるはずもなく、既に身体から放出されようとしている。
なので、重ねてもう一つの魔術を早急に発動させる。
「「92LPSPSPSP1236987412369874P」」
「「ヴィータグラッサ(魔力吸収)!」」
こちらのキーワードを解き放つと、放出されかけた魔力を無理矢理かき集め、わたしたちの身体に留める。
蓄積されていた魔力は膨大な量なため、わたしたちはかなり危険な状態となる。
なんせ、いつ暴走してもおかしくないほど魔力を強引に維持してるのだから。
◇◇◇◆
ちょっと脱線するが、呪いとは本来相手に悪意を何らかの形にしてぶつける、ぶっちゃけ相手への嫌がらせが主目的である。
ただし、同時にその悪意を成就させるためにかなり無茶な条件を付ける。
例えば、有名な『眠りの森の美女』。
十五歳になったら糸車の錘が指に刺さって死ぬ呪いをかけられるが、この条件として該当年齢まで必ず生きてもらわなくては呪いは成立しない。
呪いをかけた側からすれば、十五歳まで足掻いたうえで何もできず絶望して死ぬことを求める場合、途中で死なれたら興ざめなのではないか?
言い方を変えると『呪いが成立するまで不死(利益)とし、成立したら死(不利益)を』とも言える。
また、呪いを弱体化させ百年間眠り続けるよう変更するが、これも普通に考えたら人は百年生きるのは今でも極稀であり、その上若さを維持なんてそんなの無理。
結果的にではあるが『呪いの力で若さを維持した上で延命する』なんて使い方もあると読み取れる。
例えば現在不治の病を百年後の未来の治療技術に託して眠らせる……なんて事も可能かもしれない。
なら、呪いによる不利益を受け入れ、そのうえで特定のタイミングで解除することにより利益を享受できたら……?