んなわきゃなかった
◆◇◇◇
「なお、これは最終通告となる。これ以上馬鹿な行動をした場合、貴様を殺処分することになる」
『殺処分』という単語に反応したのか、マジヴーノは大暴れし始めた。
「ふざけるな! 代表になると言ったら殺されるのかよ!」
「代表となるのが部族の総意で、かつ規則に従った上でここに来たのなら代表になれただろうな」
本来ならね。
「だが、規則は守らない。今の話を聞いた限りでは部族の総意も確認していない。これで、なぜ代表になれると思った?」
代表は適当になるものではないんだよ。
「貴様が先ほどからやらかしているのは犯罪行為、それも国に対しての犯罪行為で重罪だ。なら処分されて当然だろう」
「俺は犯罪なんてしてねぇ!」
……はぁ?
「貴様は代表を引き継いでくれなんて言われてないだろう?」
マジヴーノが黙ってしまう。
まぁこちらは遠慮なく追い打ちするがね。
「それを勝手に引継ぎに来たんだろう? 部族内の同意もなく、ジャシーリ殿から引き継がれてもないのに」
ギリッと悔しそうに歯ぎしりするが、ただの常識なんだがなぁ。
「そして、貴様が虚偽の情報を伝えようとした相手は魔王様になる」
「はぁ? 何言ってんだ! まだ魔王に会ってねえだろうがよ!」
過去に会っているかどうかではないんだよ。
「代表の引継ぎには魔王様の許可が必須だ。そして、貴様は魔王様の御前で代表になると宣言しに来たんだろう?」
「まぁ、そうだな。魔王の前で宣言するとは知らなかったが」
その時点でおかしいんだぞ?
その辺りのことも引き継いでないってことなんだから。
「なら貴様が魔王様に虚偽の情報を伝えようとしたってことになる」
「それがどうした!」
「つまり、魔王様に嘘つこうとする奴が代表になれるわけないし、犯罪者扱いされて当然ってことだ。まぁ、軽く見て死ぬまで鉱山、重く見て種族丸ごと殺処分だろう」
『魔王国にとって、魔王様は絶対である。なぜなら我々が瘴気に侵されず無事生きられるのは魔王様のおかげだからだ』
この基本が理解できていないのなら、代表なんてなれるはずがないのにな。
「ふ、ふざけんじゃねぇ、虎人族は全員死ねってことかよ!」
「貴様の処分の重さによってはその通りだ」
わたしが当たり前のことを伝えると、マジヴーノは困惑しつつも騒ぎ立てる。
「魔王ともあろう存在が、部族丸ごと殺すってか!」
「まぁ、そうだな。あぁ、狐人族と狸人族って知ってるか?」
「はぁ?」
何言っているのか分からないといった雰囲気だが……本当に知らない?
結構有名なんだがなぁ。
「なんだよそれ、聞いたこともない部族だ」
「今の貴様と同じように、魔王様に騙そうとして殺処分された部族だよ」
「え゛?」
マジヴーノの理解が追い付いていないようだが……仕方ないので説明してやるか。
「この二つの部族は大体千年前、魔王様が瘴気の浄化で幼児化したところに自分の部族に都合のいい、魔王国としては国が維持できなくなる様な無茶苦茶な契約を持ちかけた」
あぁ、いまだにアレについて怒りが込み上げてくる。
「それも内容に嘘をちりばめて、魔王国にとって必要な契約と思わせ、かつ魔術により契約に強制力を持たせてな。実際の内容は二種族による魔王国の私物化だったがね」
あれは、冗談抜きで国家の危機だった。
記載されていた内容は要約すると全ての部族は狐人族と狸人族の奴隷になれって契約だから、あのままだったら今頃魔王国は存在しなかっただろう。
「この件にわたしたちが気づき、代表どもを捕えたとき、狐人族も狸人族もちょっとした冗談だったと釈明したよ。まぁ、その後部族ごと挽肉にしたがね」
おや、マジヴーノ、何を怯えているのだ?
この程度の覚悟もなく代表になろうとは笑わせてくれる。
微妙に涙目になっているマジヴーノをどこまで追いつめてやろうかと少々楽しみかけていたところで本物の代表が到着した。
「ちょっとお待ちください!」
「おや、ジャシーリ殿。急がれているようですが、何かありましたかな?」
一部体毛が抜けている虎の獣人族、ジャシーリ殿がやってきた。
わたしたち王宮の人間に軽く会釈をし、そのままマジヴーノに近づくと――
バ キ ッ !
――近衛騎士たちのお手本にしたい位に基本に忠実な右ストレートを新代表に叩き込む。
わたしは肉弾戦に詳しくはないが、素人目に見ても素晴らしい。
マジヴーノはふっとばされて倒れている。
気絶はしていないようだが、上手く立てないようだ。
「てめぇ、ジジイ! なぜ殴った!」
「ざっけんな! お前はなぜ代表になれるなんて思った! 代表になれる実力なんてないじゃろうが!」
マジヴーノが突っかかっていくが、ジャシーリ殿の剣幕にすぐにタジタジになる。
「何馬鹿言ってんだ! 俺以上に強い奴なんていないだろう! なら俺が代表だ!」
「強いだけしか誇れないのなら代表の仕事なんてできるはずないじゃろう!」
「え゛?」
なぜ、そこで驚く?
「代表に求められるのは強さではない。部族にとって大事なことを判断できること、他部族と仲良く、かつ互いの部族に利があるような会談ができることじゃ」
マジヴーノ、分かるか?
ジャシーリ殿の説明が全てだぞ?
武力だけで代表になっても意味は――
「え、ぶん殴ればいいんだろ?」
ん な わ け あ る か !
その場にいた皆の心が一つになった瞬間だった。
「腕っぷしの強さが売りなら、騎士にでもなればよい。お前は知識も知恵も無い。そんな奴が代表になったら我が部族は滅ぼされるのがオチじゃ!」
「滅ぶ? そんなんで滅ぶ訳が――」
「――狐人族と狸人族の話を知らんのか!」
あ~、ちょっと補足しておくか。
「ジャシーリ殿、すまない。ちょっとだけ割り込むが、マジヴーノは全く知らなかったぞ。一応、その二種族の顛末は説明したが、どうも信じきれていないようだ」
「え゛、うちの部族で七歳になったら全員習う話なのじゃが……」
「え゛、習ってるの? 全く聞いたこともないって反応だったんだけど……」
ジャシーリ殿と一緒になって頭を抱える。
……冗談でしょ?
「うちの部族の教育方針考えないといけませんのぅ」
「いや、部族ではなく、当人の方に問題あると思いますが。ただ、個別に理解しているかを確認となると難しい……言葉だけで意味を理解しないとか、その場だけの理解とかありますからねぇ」
何と言うか、教育制度の敗北ってやつか?
分かるように、二度と同じ過ちをさせないようにケインと頭抱えて考えたんだがなぁ……。
「おい、てめえら! 俺を無視して喋ってるんじゃねぇ!」
ジャシーリ殿と一緒になって今後の教育について話し合っていると、マジヴーノが騒ぎ出した。
全く……だ・ま・れ・や。
「マジヴーノ、貴様は、冗談じゃ済まされない行動を取っている。それも、やらかした時期が悪すぎる」
「時期ってなんだよ」
「先日、王宮に人間の国から勇者を名乗る者がやってきた。つまり、暗殺者だな」
「え゛」
「追い払ったが、当然第二第三の不審者がやってくると思うのはおかしなことではあるまい?」
「まさか、俺が新しい不審者とでも言うのかよ!」
「当然、貴様が最新の不審者だよ!」
他に誰がいるってんだ?
「ハッ! 新しい代表が不審者ってか? 言い訳にしても無茶だろ」
「言い訳も何も、代表変更の規則を完全に無視してやってくれば、不審者以外の呼び名はないぞ」
まさか、根拠もなく言ってるとでも思ったのか?
「お、俺は、虎人族の代表だったジャシーリの孫で十分に代表となる権利はある!」
「お前が誰の孫かなんて一切関係ない。ジャシーリ殿の許可も得ていないのに王宮に来て代表を入れ替わろうとした時点で不審者だよ」
わたしの言葉に驚いているようだが、なぜ驚く?
そんな難しい事言ってないんだがなぁ……。
「ジャシーリ殿。これについて、後はお任せしてもよろしいですかな?」
「ええ副宰相殿、我らの恥部は我らで処理するつもりですじゃ」
未だ怒りが冷めやらぬといった感じだが先ほどの右ストレートで少しは怒りを発散できたのだろう。
普段の落ち着いたジャシーリ殿に戻っていた。
「それと副宰相殿、副宰相補佐殿、精霊での情報提供と時間稼ぎありがとうございます。あれがなければもっと面倒なことになっていたのじゃ」
「「いえ、お気になさらず」」
わたしたちに謝罪と礼をすると、ジャシーリ殿はマジヴーノを文字通り引きづって帰っていった。
一通り指示出しして執務室に戻り、ケインに一通り説明する。
「流石にジャシーリ殿が反乱どは思えんし、どう考えでもそのマジヴーノの暴走だな」
「ええ、面倒な仕事を増やされてイラッとしましたがね」
ケインのコメントに、少々愚痴をこぼす。
「どごでもわげもんの暴走は面倒なのは変わらんな……」
「若者って……ケイン殿からみたら、皆若者でしょ。年上っていましたっけ?」
わたしたちくらいしかいないでしょ。
「いやぁ、不死族になってがら老げねがら、あまり自分が年上って感じがしねで」
「不死族で老けたらそちらの方が驚きなのでは?」
この年齢関連のネタ何回やったっけ……?
ケインとのやり取りを終え仕事に戻ろうと思ったが、少々気にかかることがある。
ジャシーリ殿ならやりかねないからなぁ……。
「xxxxxxxxxx」
……頼んだぞ。