瘴気発生
◆◇◇◇
近衛騎士たちと別れ、執務室に向かう。
執務室の重厚な扉を開き入ると、この国の宰相であるケインが既に仕事をしていた。
あ、今日の護衛は第三部隊隊員のインミラーだったか。
メイドとしてチェリーさんも侍ってらっしゃる。
ケインは本名ケイン・キイザ。
不死族-基祖種-魔術属のアンデッドで元は人間だった。
ただ、人間では魔術を極めるには寿命的に問題があると判断したらしく、寿命を捨て自力で不死族化した存在だ。
なんでも不死化の魔術を自分に掛けて、その後心臓にナイフで刺すことで不死族になったとか……。
まぁ、あえて言うのなら『魔術オタク』? 『魔術でヌける人』?
なお、とある人物から『生前、死後とも童貞ですね』って情報を入手した。
その人曰く『ピュアな童貞の匂いがする』とのことだが、童貞って匂うのか?
というか、生前はともかく死後の身体ではどれだけ性欲があっても種族的に勃たせられないのだから童貞のままなのは当然なのだが。
インミラーはマリオネット族の女性。
元々人形劇で使われていた人形が劇団が解散して放置されていたが偶然魂が宿り今に至ったと聞いている。
人形と言っても子供が抱きしめるような大きさではなく、ざっと見てサリアの肩位の身長がある。
身体自体が木製のようで関節もあることから、多分大型の――複数人数で動かすタイプの――人形劇用の身体なのだろう。
武器は木の剣、防具は人形の身体に描かれた鎧の絵。
まぁ、身体自体が鎧の形に作られているので、鎧が本体ともいえる。
……当人に『ボディぺインティングか?』と聞いてガチ泣きされた挙句、サリアからも『あなたにはデリカシーが無いんですか!』と全力で叱られたこともあった。
あの時はすぐに謝罪しなんとか許しを得たが、夫婦関係の危機かと思った。
チェリーさんはサキュバス族の女性。
まぁ、サキュバス族には女性しかいないのだが。
王宮のサキュバスメイドたちを束ねるメイド長であり、魔王城の生活方面の統括役を担っている。
流石に色々とお世話になっているので、わたしや妻も頭が上がらない数少ない方だ。
ちなみに、ケインの童貞情報は彼女からの情報だが、どのようにして生前の情報を手に入れたのかは永遠の謎だ。
まぁ、追及してどうこうするものでもないしなぁ、他者の童貞情報なんて一部の人を除いて関心無いし。
なお、わたしたちも含めてなぜか皆この方の事をさん付けするのだが……なぜだろう。
あと魔王様専属のメイドは別にいるので、紹介はその時に。
「おはようございます、ケイン殿。相変わらず早いですね」
「あぁ、おはようお二人さん。寝る必要がねどやるごどなぐでね」
あ~、先のケインの説明で大事なことが抜けてた。
ケインは出身地域の訛りが強すぎて、少々分かりづらい言葉を使ってくる。
昔から直そうと努力はしており、他国とのやり取りなどの正式な場所ならかなり訛りは薄れている。
ただし、魔王国内、特に王宮の中心メンバーとの会話では特に訛りを気にせずにしゃべるので、慣れないと会話が成立しなくなる。
正直これでも昔よりはわかりやすくなったんだがな?
噂ではケインが緊張して話し出すと今の訛りがかわいいレベルで、かつ嵐のように話してくるのでほぼ通じなくなるというのだが、まだその状況になったのを見たことが無い……わたしは。
誰が見たかは……ノーコメントで。
って、それはともかく……まさか?
サリアとアイコンタクトを取るとフォーメーションT(取調室)に移行する。
光の精霊を呼びケインの顔に光を当て――
「ケイン殿……いや、ケインく~ん? まさかとは思うけど昨日から休みとっていないなんて言わないよねぇ?」
「あらあら、旦那様。まさかケイン様ともあろうお方が魔王様にも止めてと言われた徹夜仕事をされているだなんて……」
「そうだよねぇ、二日前に魔王様を泣かした挙句、御前で謝罪したのに都合よく忘れるだなんて聡明なケイン君がするわけないしなぁ」
「い、いや、その」
――容疑者の取り調べを行う。
ま・さ・か、また魔王様を悲しませるなんてしないよなぁ?
「宰相殿はアタシが朝六時に執務室に入ったときには既に全力で仕事してましたよ」
「インミラー! それは!」
「そうですわねぇ……わたくしもその現場を見ておりますわ」
「チェリーさんまで……」
ナイスだ、インミラー、チェリーさん。
ケイン、なぜ黙っていてもらえると思った?
インミラー&チェリーさんの裏切りと、わたしたち夫婦の共同作業(言葉責めと絶対零度の視線)の結果――
「……あぁ、おいが(徹夜で仕事を)やった」
――がっくりとうなだれ、容疑者は徹夜仕事していたことを自供した。
カツ丼は不要だった。
ケインの反省の言葉も聞けたし、副宰相としての仕事を始める。
いつもの通り書類の山を崩していくが、定期的に書類のおかわりがやってくるので気が抜けない。
……おかわりなんて頼んでないんだがなぁ。
ただでもいらないんだが。
十時過ぎに魔王様がメイドのオフィーリアと一緒に執務室にやってきた……って、あれ?
あぁ、魔王様は一応スライム族。
オフィーリアはサキュバス族で魔王様専属メイド。
そんな関係なのだが……何で、魔王様がオフィーリアの胸の谷間から顔だけ出す?
いや、魔王様はどのような形にでもなれるのは理解できるのだが、なぜそこに?
「あ、あの、魔王様、なしてそごがら顔出してらのだべ?」
質問したケインも流石に困惑しているようだ。
サリアも驚いてい――サリアよ、なぜうらやましそうな表情をしているのだ?
ああいうプレイがお好みか?
ご要望ならわたしの身体中の骨をバッキバキに折りまくってでも全力でかなえるぞ?
「うん。イチャイチャしてから見回る予定だったんだけど、歩くのも元の姿に戻るのも面倒臭いからそのまま来ちゃった」
なんというか、『てへっ』とか言い出しそうな表情だが、オフィーリアは――ヤバい、なんかイきかけてる。
もしかしてオフィーリアの体中にまとわりついてイロイロなことシてない?
服が妙な揺れ方しているのはそれのせい?
インミラー、顔真っ赤にしてるくせして、それでもガン見するの?
乙女と言いはるのならチラ見とか顔隠すくらいした方が男性は騙されてくれるよ?
どれだけ立場が上になっても触れてはいけないものはある。
ケインとアイコンタクトを取り、これ以上は関わらない方向で同意した。
「そ、んだが。魔王様、もしよろしぇば飲み物などいががだべ?」
「おっ、ありがとう。じゃあ、アイスティーおねが――」
コンコン!
「――失礼します!」
……ん?
あわただしいノックの後、扉が乱暴に開き不死族-従種-騎士属のフリック第一部隊隊長と伝令部隊のハーピーが入ってきた。
その場にいる全員の顔つきが険しいものに変わる……が、サリアよ、なぜ悦楽の表情を浮かべるのだ?
あれ、オフィーリアも同じ表情?
仕事始まってもないのに気が早いぞ。
「瘴気発生の可能性ありと連絡ありました! 瘴気の量は小から中程度、場所は王国西部モヒト山の近く、王都から二百キロ程度になります!」