ラシスからの手紙
◆◇◇◇
その後、勇者騒ぎも落ち着きまったりとした日々を送っていたが、一か月程経ったところで人間の国々から『NTR』経由で緊急の手紙が届いた。
『ラシス国で瘴気発生。至急対処願う』
「毎回思うんだげど、人間だぢは魔王国に最速で連絡する手段をいづ考えるのだべ。見でげれこれ、発見がら五が月だってらよ」
ケインが呆れつつ手紙を見せてくる。
確かに、魔王様でも時間を置いた瘴気は対処に苦労される。
だからこそ、瘴気発見したらすぐにでも魔王様に伝えなくてはならない。
瘴気が悪化する前に。
事情を知らないと少々分かりづらいので、説明しよう。
魔王様は瘴気を浄化すると心が若返る、というか、幼児化する。
これは、瘴気の量が多ければ多い程影響が大きい。
そして瘴気の量が莫大だと、幼児化どころか赤子化、もしかすると生まれる前の意識の無い状態まで戻る可能性がある。
その場合魔王様がどうなるのか我々も分からない。
最悪……意識の戻らない、精神的に死んだ状態になるかもしれない。
依頼する人間どもにもその辺を何度も口酸っぱく説明しているのだが、どうも軽視している気がしてならない。
人間どもは分かっているのだろうか、魔王様がいなくなれば瘴気を浄化する方法が無くなることを。
そして、わたしたちは人間の国々より魔王様の体の方が大事であることを。
まぁ、グダグダ言っても仕方がない。
いつもの通りケインは居残り、他四名はスターフィード殿に乗って一路ラシス国へ向かう。
いつものことながらスターフィード殿の飛行速度はとてつもなく早く、二時間程度でラシス国王都に到着した。
流石に魔王国と距離があるのか、出発時に小雨だったのがこちらで快晴だった。
人間国家に近づくと、たまに矢を放つバカ者がいるのだが今回はちゃんと大人しくしていたようだ。
感心感心。
順調に謁見の間でラシス王たちと対面となったが、なんか雰囲気が悪い。
王と『NTR』関係者はともかく、周囲の貴族からの悪意の視線が駄々漏れなんだが。
姿のせいか?
でも、呪いの説明は既にされているしなぁ。
「お久しぶりでございます、ラシス国の王よ。魔王国より参った副宰相マルコと申します。こちらが我らが主、魔王様であらせられます」
「ラシス国国王、オラン・ジェッド・フォン・ラシスだ。魔王国の王よ、助力感謝する」
「王よ、早速では手紙の内容だけでは場所や規模が全く分からなかったので、詳細な情報をいただけないか?」
オラン王は頷き情報を開示してくれる。
ラシス国の東側にある山脈で発生し、発見から半年程経過している。
ラシス国の魔術師たちを集めて浄化しているが、瘴気の発生量に全く追いついていないそうだ。
……まさか?
「王よ、確認なのだが……瘴気発見から依頼を出すまで時間がかかっているようだが、それは単純に発見場所までの道が悪い? それともラシス国内で対処できるか試して、無理と判断してから依頼を出されたか?」
わたしが少々詰め寄るような言い方をしたからか、オラン王は驚きつつも回答する。
「後者だな。我々としても少しでも瘴気を浄化したかったのだよ。まぁ、太刀打ちできなかったがね」
『いやぁ、失敗失敗』みたいな反応をされてしまい、わたしは正直殴りたくて仕方がなかった。
チラッと周りを見ると『NTR』関係者が縮こまっている。
こいつら、止められなかったな……。
「ラシス国では瘴気についてそんな考えでいるのか? ふざけるな!」
「は?」
「「「え?」」」
「貴様、無礼だぞ!」
私が怒ったところ、オラン王と大半の貴族は反応できず、一部の貴族が食ってかかる。
「無礼はどっちだ! 人間国家群と魔王国との間で結ばれた条約に従わないのはそちらだろう!」
「「えっ?」」
オラン王と食って掛かった貴族が驚きこちらをガン見する。
『NTR』関係者は『だから言ったのに……』という雰囲気を醸し出している。
……おい、王と貴族共。
本気で分かっていないのか?
「まず条約上、瘴気発見時に下手に手を出さず急ぎ魔王国に通知すること、それをしない場合、年単位で対処しなければならなくなる可能性が出てくると伝えたはずだが?」
「いや、その……」
王、貴族問わず慌て始める。
なぜ今更慌てる?
知ってて馬鹿な行動したんだろ?
「また、魔王国への依頼が遅れれば遅れる程、魔王様が瘴気を吸収しきれない可能性が高まる。これも条約に明示している」
「それは分かるんだけど……」
なんか言い訳を言い始めたようだが、無視して続きを話す。
「そして、隣国との位置関係によってはラシス国の瘴気が他国に影響を及ぼすことも考えられるが?」
『あ……』『その……』『いや……』等、言いたいことがうまく言葉になっていないようだ。
「最後に、魔王様をこの国で長期間対応させるということは、その間に他の土地で瘴気が発生しても対処できないということだ」
「ん? どういうことだ?」
なんでよくわかってないといった雰囲気になるんだ?
オラン王よ、本気で理解していないのか?
『NTR』よ、説明していないn……あぁ、もう分かった。
そこまで頭抱えるということは、王も貴族も聞く耳持たないってことだな?
「現在、他国で瘴気が発生した場合、魔王様がこの国から動けず魔王国として何もできない以上、瘴気は広範囲に広がるだろう」
まぁ、当然だな。
「その場合、依頼を出すのが遅れ魔王様が動けない理由を作ったこの国は、他国からどれだけ非難されるのだろうな?」
顔を青ざめたオラン王がガタガタ震え始めた。貴族共も言葉を発することもできないようだ。
「『NTR』の関係者もおられるかと思うが、貴殿らはなぜ王や貴族がやらかしているのを止めなかった?」
縮こまっていた『NTR』関係者に問いただすと、怯えつつも答えてくれる。
「初めましてマルコ殿。ここラシス国を担当しております人間国家群対魔王国合同外交連盟ラシス支部長モヒト・ゴルボ・ミントと申します」
めっちゃお疲れの表情ですね。
前回のスヴェン殿といい今回といい、『NTR』って中間管理職系の人しかおらんのか?
「感づかれているとは思いますが、私どもの注意を聞かずやりたい放題した結果が現状であります」
……ぶっちゃけましたね。
まぁ、気持ちは分かります。
「ちょ、モヒト! 流石にそれは言い過ぎで――」
「黙らっしゃい兄上!」
「――ひっ!」
……兄上?
え、兄弟だったの?
「魔王国との契約でやってはいけないと何度私が止めたと思っているのです! マルコ殿のお怒りは正当なものであり、ラシス国側が王・貴族問わず全員が謝罪しなくてはいけないのですよ!」
「い、いや、そんなつもりではなかったんだ……」
オラン王はこちらに言い訳しようとするが――
「その言葉、他国に責められたときに使うがよかろう。確実に各国から馬鹿にされるだろうがな」
――わたしの指摘に『あああぁぁぁ……』と唸り声を出して苦悶する。
やっとまずいことやらかしたと理解しただろうか。
「き、貴様の言い分が確かなら、なぜもっと早く来ない!」
最初に無礼だと騒いだ貴族がまた騒ぎだすが、こいつ本気か?
「わたしたちは、二時間ほど前に手紙を受け取り大急ぎでドラゴンに乗ってこの地に着いたばかりだが?」
「え?」
「二時間を一時間に短縮しても大して意味が無いように感じるが、そなたはどう思うかね?」
あうあう言い出してまた会話にならなくなった。
全く……考えて発言しろよ。
「はぁ……とりあえず、これから現地に移動しますが、魔王様が向かうことは現地で理解されてますかな?」
「あ、ああ。軍隊が向こうに移動していて、魔王殿の事も理解している」
「では、すぐに向かいます」
不快な感情しかわかない王城から、さっさと現場に向かう。
あっちの人間がまともであればいいのだが……。